DAY3-18:15-<1>

 門から一歩内側に入ったところで、東郷はすでに、周囲に漂う空気の変化を感じつつあった。

 この家にいてたびたび感じたあの刺すような、ひりつくような気配。それがより濃密に、ねっとりと体中にまとわりついてくるように、辺りに漂っている。


「……うわわ、ヤバいッス。前より断然ヤバい感じッス……」


 東郷ですらそう感じるのだ、霊感があるヤスにはなおさらのようだ。

家に入る前からすくみ上がるヤスに東郷は肩をすくめながら――無造作に白鞘を抜いて、振り向きざまに彼の首筋に刃を当てる。


「なあ、ヤス。呪いと俺、どっちの方が怖いか言ってみろ」


「…………明らかにカシラの方ッス。色々引っ込んだッス」


「よし」


 頷いて刀を鞘に収めると、東郷は再び敷地内を進み、玄関口へと至る。

 引き戸を掴んで中へと入ろうとしたところで――しかし彼は、わずかに眉を寄せた。


「……開かねえ」


 渾身の力を込めて扉を開けようとするが、けれど扉はまるで接着されているかのようにびくともしない。破るつもりで蹴り飛ばしてみても、同じだった。


「どうするかな。縁側から回っていってもいいが……リュウジ」


 そう東郷が声を掛けると、察したリュウジが進み出てきて――担いでいた散弾銃の銃口を扉に押し当ると同時、躊躇もなく引き金を引いた。

 轟、と破砕音が響くとともに、もともとそう頑丈でもなさそうな木戸にサッカーボールくらいの風穴が開く。その成果を見つめて、東郷は満足げに頷いた。


「やっぱりこの手に限るな」


「ええ」


 再び木戸に手をかけると、今度は抵抗感もなくするりと戸が滑り開く。その様を見てヤスは苦笑いとも恐怖ともつかない表情を浮かべていたが、東郷はそんなことを知る由もない。


 中に入ってみると、八幡親子はどうやら電灯は点けっぱなしで出てきたらしい。薄ぼんやりとした明かりが、長い廊下を照らしていた。

 土足のまま玄関から上がって、東郷が進もうとしたところ――そこでコイカワが「カシラ」と呼び止めた。


「何だ、コイカワ」


「あいや、八幡さんからこれを預かってきたんでェ、お渡ししとこうかと」


 そう言いながらポケットから彼が出してきたのは、折りたたまれた一枚の大判紙。そこに印刷されていたのは――この家の間取り図だった。


「また昼みてェに“迷路ドツボ”にハマったらやべぇと思って探してもらったんです」


「ほう、お前にしちゃ気が利くな」


「へへ」


 そんなことを言いながら、東郷はコイカワの広げた間取り図に視線を落とす。

 もともとヤクザの屋敷だったこともあって、なるほどこうして見るとやはり広い。親子二人暮らしでは明らかに手に余る物件だが――あのお人好しそうな父親のことだ、あくどい業者の口車に乗せられて買わされたのだろう。

 間取り図を眺めていると、そこでヤスが声を上げた。


「うわ、トイレの位置めっちゃ鬼門の方角じゃないスか。風呂場も……」


「それって悪ィことなのか?」


 よく分かっていない顔のコイカワに、ぶんぶんと頷き返すヤス。


「水場は鬼門を避けるっていうのが風水的な考え方の基本ッス。武家屋敷とかだとあえて度胸試しみたいな意味でそうしてる家もあるッスけど……」


「詳しいな。さすが神社生まれだぜ……っていうかヤス、お前よォ、水くせえじゃねえか。何で今まで家のこと教えてくれなかったんだよ? カシラもこの前は知らんぷりしてたしさ」


 コイカワの何気ない問いかけに、ヤスは苦笑しながら、


「うちの親、ちょっとイロイロあってクソジジイとは絶縁してるんス。だから俺もあんまり大っぴらには言えなかったというか……それでカシラにも、気を遣わせちまってて」


 そう言って頭を下げる彼に対して、しかし東郷は小さく鼻を鳴らす。


「別に、お前なんぞに気なんか遣っちゃいねえよ。お前のツラ見てると神社生まれにゃ見えねえからな――すぐ忘れそうになる」


「へへ、ありがとうございますッス」


 そこで会話を切り上げながら、東郷も引き続き、間取りを観察する。

 屋敷の構造はやはり昨日歩いていた時に感じた通り、田の字がいくつも組み合わさったようなもの。そのせいで全体の敷地面積のわりに各部屋はそれほど広くはなく、ややちぐはぐな印象を受ける。

 まるで、住むことよりも何か別の意図が主であるかのような――そんな気すらしてくる。


「なあヤス。この廊下の間取り……これは何か、意味はありそうか?」


 そう言って十字に交差している廊下を指差すと、ヤスは難しい顔で唸った。


「辻っスね。普通、家建てる時に家の中に辻は作らないもんなんスけど……」


「理由はあるのか?」


「俺もうちの親父に聞いただけだからあんま詳しくないんスけど……辻は昔から魔性のものと出会いやすかったり、あとは異界への入り口になりやすいんだって言ってたッス」


「異界への入り口……」


 その言葉に東郷とコイカワは顔を見合わせる。普段ならば迷信と一蹴するところだが、この家で起きていることを考えるに――おそらくはこの構造自体が何らかの影響を及ぼした結果、

東郷たちを閉じ込めたのではないか。

 ……そう考えるのが、自然であるように思えた。


 東郷が考え込んでいると、しばらく沈黙を守っていたリュウジが口を開く。


「カシラ。確か今は、この家にある『呪い』の触媒とやらを探し出すんでしたよね。……手分けして探してみますか?」


「いや、やめておこう。……この家は敵の胃袋の中みてぇなもんだ、バラバラになったら一人ずつ殺されかねん」


 そんな東郷の返事に「確かに」と頷きつつ、リュウジはさらに言葉を続けた、


「でしたら――ある程度アタリをつけて探した方がいいですかね。ヤス、コイカワ、心当たりはあるか」


 リュウジがそう振ると、二人は腕を組んで考え込み。それからややあって――コイカワが「あ」と声を上げた。


「そういや今日の昼、仏間を見に行こうとしたらカシラと一緒に廊下に閉じ込められたんだよなァ……ひょっとして、俺らを仏間に近付けたくなかったんじゃねェッスか?」


 コイカワの言葉に、東郷は顎に手を当てながら「確かに」と頷いて。


「どのみち、アテがあるわけでもねえ。……まずは仏間を漁ってみるとするか」


 その言葉を皮切りに、一行は軋む廊下を歩き始める。

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