DAY3-<7>
車を回して八幡邸へと戻ると、すでに不動産屋の件は一段落していたらしい――門の前にはリュウジの姿もあった。
「ご苦労さんです、カシラ」
「おう、リュウジ。あっちはもう大丈夫か」
「ええ。不動刑事もひとまず自殺の線で進めていくとのことです――ところで、ヤスからカチコミすると聞きましたが」
「おう。この家で起きている妙なことにケリをつけるには、これしかねえって言うんでな。……ビビったか?」
茶化すように東郷がそう言うと、リュウジは珍しく口元に笑みを浮かべてみせる。
「まさか。以前はカシラをお一人で行かせちまいましたから――今度はちゃんと、ついて行かせて下さい」
「おう。頼りにしてるぜ」
そんなやり取りの後、東郷は辺りをざっと見回して肩をすくめる。
「……にしても、ヤスの奴はまだ来てねえのか。準備に手間取ってんのか?」
事務所はちょうど神社とこの屋敷との間にあるため、そう寄り道になるはずもないのだが。
そんなことを考えていると……ややあって遠くの方から、一台の赤い軽自動車が走ってくるのが見えた。
ヤスは単車しか持っていないはずだったが――わずかに疑問を浮かべる東郷の近くで停車すると、運転手が降りだしてくる。
その顔を見て、東郷はわずかに驚きを浮かべた。
「コイカワ。お前、何してんだ」
そう。今日の一件で満身創痍になっていたコイカワ――なんと彼が、車を回していたのである。
神社で応急処置を受けたのだろう、色々なところに包帯がぐるぐると巻かれた姿ながらピンピンとした様子の彼。そんな彼の代わりに答えたのは、助手席を降りてきたヤスだった。
「出る前にコイカワさんに一応話したら、行くってきかなくて……なんで、俺車持ってないんで代わりに回してもらったッス」
そんな彼の言葉に、運転席のコイカワもまた頷いてみせる。
「昼はカシラに面倒かけちまいましたから。今度こそリベンジさせて頂きやすぜ!」
「リベンジってお前、その怪我でついてこられちゃあ迷惑だ。骨の3本や4本は逝ってるだろ。確かに手応えあったぞ」
「手応え?」
「なんでもない」
さっと話を畳む東郷の言葉を大して気にしたふうもなく、車を降りてくるコイカワ。
普通に後部トランクを開けて何か取り出したりしているその様子から見て、本当にもはや(本人的には)なんともないらしい。
……東郷ですら若干引くほどの、驚くべき生命力だった。
そんな彼の内心をよそに、ヤスがトランクの中を指差して告げる。
「んでんでカシラ、コイカワさんが車動かしてくれたんで結構イロイロ持ってこれたッスよ」
彼の言葉にトランクを覗き込んでみると――そう大きくない容積の中にぎっしりと、各種武装類が詰め込まれていた。
木刀や竹刀、金属バットにバール、他には安全メットや防弾チョッキなどの防具類や懐中電灯など……のみならず拳銃や散弾銃といった完全非合法のブツまで揃っている。
「……お前これ、持って帰る時にサツに引っかかるんじゃねえぞ?」
言いながら、白鞘を握っている東郷は拳銃を一丁だけ手に取りベルトに突っ込む。その後に他三人も、思い思いのものをトランクからピックアップしていく。
結果――リュウジが散弾銃と拳銃とバール、コイカワが金属バットと懐中電灯、そしてヤスが木刀とヘッドライト付きの安全メット、さらに彼がチョイスしたという細々とした「除霊グッズ」を詰めたリュックサックをそれぞれ携えて、東郷に向かって頷いてみせた。
「ああ、そうそう。コイカワさん、殴り系で行くならこいつを貼っとくといいッス!」
ヤスが何か思いついた様子でそう言うと、リュックサックから一枚の細長い紙切れを取り出してコイカワの金属バットの先端部分に貼り付ける。
見てみるとそれは、どうやら御札のようだった。
「なんだこりゃァ」
「うちのクソジジイ謹製の魔除けの御札ッス。効くかわかんないッスけど、ないよりはマシだと思うッス」
「へェ~、なんか雰囲気出るじゃねェの」
少年のように目を輝かせるコイカワの隣でヤスも自分の木刀に護符を貼り付けると、再びリュックサックを物色して何やらまた取り出す。
彼が引っ張り出したのは、小包サイズの白い粉末が詰められたビニール袋だった。
「カシラ、リュウジさん。これキめるッス」
「ふざけるなよ。カシラにヤク吸わせるたあどういう了見だヤス」
キレ気味に呟いて拳銃の銃口を向けるリュウジに、ヤスは青い顔で「違うッス!」とぶんぶん首を横に振り――なんと袋を開けると、中の粉をぺろりと舐めて見せた。
「塩! 塩ッスよ! うちの神社で清めた特製の塩ッス!」
「紛らわしい言い方してんじゃねえ、ボケ」
東郷がひっぱたくと、「痛いッス……」と涙目になりながら彼は再び顔を上げて続けた。
「こいつを体に振りかけておくッス。そうすると少しは呪詛への抵抗力が上がる……気がするッス。俺が勝手に思ってるだけッスけど」
「……このスーツ、云百万するんだが――クリーニング代はお前が出すってことか?」
「エッ」
「冗談だよ。それじゃあやってくれ」
値段自体は冗談じゃないのだが、それをこの非常事態に言っても仕方がないのでそう言うと、ヤスは親指と人差し指とで塩をつまんで東郷とリュウジ、そしてコイカワと自分にもぱらぱらと振りかけると、今度は余った塩を小皿に盛って門の両脇に置き始めた。
「何してんだ?」
「こいつを出入り口に置いておくと、内側の悪霊が外に出られなくなるんスよ」
自信満々に言うヤスに、コイカワが微妙な面持ちで呟く。
「それってよォ、逆にとことんお互いやり合う羽目になるってことじゃねェのか?」
「…………そうとも言うッス」
「丁度いいじゃねえか。こちとら殴り込みに来てるんだ、尻尾巻いて逃げられちまったら困るってもんだ」
そう言いながら東郷は、一同をぐるりと見回しながら続ける。
「さて……それじゃあ、用意はいいな?」
その問いに、今さら首を横に振る者はいなかった。
日が落ち始め、赤から薄闇色へと変わり始める空の下――東郷は目の前にそびえる屋敷を見上げ、白鞘で肩を叩きながらにやりと笑う。
「それじゃあ、悪霊相手にカチコミと行こうか――」
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