DAY3-<4>
そんな顛末の後、リュウジが向かったという不動産屋まで駆けつけると、そこにはすでに警察の車両が集まっていた。
東郷の顔を見た警察官たちが制止しようとするが――奥から発された一声が、彼らの動きを止めた。
「そいつは経極組の若頭だ。面倒事を起こされても困る、通せ」
そう告げたのは、黒いスーツ姿の男。東郷に負けず劣らずの強面で、オールバックでまとめた髪とフレームレスの眼鏡と相まってインテリヤクザ的な雰囲気を漂わせているが――
「話が早くて助かるね、不動刑事」
そう言ってにやりと笑う東郷。彼の言った通り、男は
不動、と呼ばれた刑事は東郷の顔をぎろりと睨んで、そして無言で「来い」と顎をしゃくる。
テープの貼られた不動産事務所の中に入ると、薄暗いその片隅に置かれた椅子にリュウジが座っていた。
東郷を見つけると、彼は立ち上がって深々と頭を下げる。
「カシラ、ご苦労さんです。……すいません、面倒事になっちまって」
「いや、気にすんな。……だがこりゃあ一体、どういう状況だ」
そう言って事務所奥の壁を見た東郷。そこには青いブルーシートが貼られていて、床には大量のどす黒い血痕……恐らくは不動産業者のものなのだろう、がこびりついていた。
そんな東郷の問いに、答えたのは不動刑事だった。
「そこにいる組員から通報があってな。来てみたら、ここのオーナーが死んでいた。証拠からいって自殺と考えているが――ただしお前らも無関係ではないと、そう睨んでいる」
「意味が分からねえな。確かにあんたらとは仲良しじゃあないが、何でもかんでも俺たちのせいにされちゃあたまったもんじゃないぜ」
「ああ、そうだな。……だが、こいつを見れば私の言いたいこともわかるはずだ」
そう言うと不動刑事は壁際まで行って、吊られていたブルーシートを剥がす。
そこにあったものを見て――さしもの東郷も思わず、絶句した。
「…………何だ、こりゃあ」
不動産の事務所。その壁には、オーナーと思われる遺体が寄りかかるようにして死んでいた。
首には何か、鋭利なものでやったと思われる傷跡が横一文字に開いていて――しかもそれだけではなく、胸元には凶器だろう、万年筆が深々と、心臓の直上に突き立てられている。
……先ほど不動刑事は、「自殺」と断定したが。
「これのどこが自殺なんだ? ヤクザだってこんな派手な自殺する奴はいねえぞ」
こちらが不利になると分かっていても、そう言わずにはいられなかった。だが東郷のそんな抗弁に、不動刑事は首を横に振って返す。
「言ったろう、証拠があると。……監視カメラでな、オーナーが自分で自分の首を掻っ切って、その後に『それ』を描いてから死んだ――その一部始終がしっかりと映っていたんだ」
そう言って彼が指差した先。「それ」に視線を向けて、東郷は瞠目する。
「……なるほど、俺たちが無関係じゃねえ、ってのは、こういうことか」
そこには、恐らくはオーナーのものだろう――おびただしい血で、ある模様が描かれていた。
いくつかの菱形が組み合わさった中に「経」の字が描かれたその模様は、東郷もよく見知ったもの――経極組の、代紋である。
しかもその上からは荒々しく斜線が引かれていて、それは明らかに、代紋の否定……組に対する挑発のように思われた。
「随分と、派手な真似をしてくれるじゃねえの」
拳を強く握りしめて、歯を剥き出しにした獰猛な笑みを浮かべる東郷。
あの家についての手がかりを探るためにリュウジを寄越したのと同時に起きた、オーナーの不審死。偶然にしては出来すぎている。
間違いなく、あの家に憑いている「何か」が口封じのために殺した――そうとしか考えられなかった。
押し黙る東郷に、不動刑事が横合いから問う。
「何か、心当たりがあるんだな?」
その鋭い言葉に、東郷は血で描かれた代紋を睨んだまま。
「……なあ不動刑事。あんたは幽霊とか、信じる方か?」
――。
これまでの経緯をかいつまんで話し終えると、不動刑事はやがて、深いため息をついて首を横に振った。
「……つまりこれは、お前らに恨みを持ったその悪霊か何かがやったものだと?」
「ああ――って言っても、流石に俺も信じてもらえるとは思っちゃいないがな」
そもそも東郷だって、実際に目にしなければ信じなかったことだ。自嘲気味にそう告げる彼に、不動刑事はしばらく難しい顔で沈黙した後――やがてこう続けた。
「信じられん。信じられんが……東郷、お前とは不愉快なことに、学生時代からの腐れ縁だ。だからお前がそんな馬鹿げた、不合理な嘘をつく奴だとも思ってはいない」
そう告げて、再び壁の代紋を見つめながらこう続けた。
「それに貴様、住宅地の外れの屋敷と言ったな。……その屋敷については私にも心当たりがひとつある」
「心当たり? あんたが?」
意外な言葉に東郷が訊き返すと、不動刑事が「ああ」と頷いた。
「あの屋敷では、確かここ数年で何件もの自殺が起きていてな。所轄内でも噂になっている場所だし――それこそ何か取り憑かれているんじゃないか、と言う奴もいる」
「自殺、か……。他には」
「あいにく、私が知っているのはこのくらいだ。だが――心当たりなら、ひとつある」
そう言って彼が指差したのは、血で描かれた壁の代紋。
「もしも、貴様の言うようにこれが悪霊か何かの仕業だったとして。代紋を描いてヤクザを挑発するなんて真似をするのは、カタギの発想ではない。そんなことをするものがいるとすれば、それは同じ穴の狢くらいのものだろう――貴様らの組長なら、何か知っているかもしれんぞ」
そんな彼の言葉に――東郷ははっとした顔で不動刑事を見返すと、にやりと笑う。
「流石刑事殿、いいアイデアだ。今後も仲良くしていきたいもんだね」
「ぞっとしない話だな。……ああ、そうだ。そこの組員には形式上、まだ事情聴取をしないといけないことがあるんでな。もうしばらく置いていけ」
「頼めるか、リュウジ」
「カシラのご命令とあらば」
そんなやり取りの後、東郷はリュウジに別れを告げて表に出ると、携帯電話を取り出して電話をかける。
「……もしもし。ああそうだ、若頭の東郷だ、悪いんだが至急、親父殿と会わせてもらえるか――」
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