DAY3-<2>

 そんな一幕の後。客間に戻った東郷たちは早速、作戦会議を始めることとなった。

 ……と言うよりは正しくは、口火を切ったのはヤスだったのだが。


「あのう、カシラ……それでこれから、どうするんスか?」


「どうするって、どういう意味だ?」


 首を傾げる東郷に、ヤスは言葉を選びながら続ける。


「ええと……いやその、この家の問題を解決するっていうカシラの方針は分かってるんスけど、そのためにまずは何から始めればいいのかなぁ、とか」


 そんなヤスの質問に、東郷はいとも当然とばかりにこう返した。


「そりゃあお前……また何か起きた時に今度こそ犯人をとっちめて、しばき倒せばいいだけだろ?」


「しばき倒すってカシラ、相手はユーレイっすよ、ユーレイ! 殴る蹴るでどうこうなる相手じゃないッスよ!?」


「気合がありゃあどうにかなるだろ」


「えぇ……」


 げんなりするヤスに、東郷は不服げに舌打ちする。


「じゃあヤス、何かいい案があるのかよ」


「そりゃあまあ、お祓いしてみるとかじゃないッスかね。まずは」


 悩みながら提案するヤスに、隣からコイカワが口を挟んでくる。


「でもよォ、お祓いとかってだいたいホラー映画だと前座っつーか、やられ役だよなァ」


「あるあるッスねー。んで結局どうにもできずに事態が悪化するやつッス」


 そんな二人の会話に、東郷は半眼で肩をすくめて問う。


「……じゃあよぉヤス、コイカワ。お前らの言うところのホラー映画じゃこういう場合、どうすんだ」


 そんな質問に、二人はうーんと頭を抱える。


「だいたいこういうのって、なんかの呪いとかのせいだったりするんスよね。実は家の地下に何か埋まってるとか」


「あとは、前の住人がとんでもない死に方してた……とかも定番だよなァ」


「そうなると結局、俺らにできることはお祓い頼むくらいしかないッスよね……」


 腕を組んで悩むヤスに、東郷はふむ、と顎に手を当て頷いた。


「……よし、じゃあヤス。うちの組でエンコ詰めた後の祈祷にいつも使ってる神社あるだろ。あそこ行って頼んできてくれ」


 東郷のそんな言葉にしかし、ヤスは露骨に顔をしかめる。


「うぇ……できれば他の人の方がいいと思うッスけど」


「お前の方が顔が利くだろ。……それとも何か、俺の指図が聞けねえってことか?」


「そそそそんなわけないッス! 謹んで行かせてもらうッス!」


 慌てて敬礼してみせる彼をもうひと睨みした後で、東郷は今度はリュウジへと向き直り、


「あとは――リュウジ。お前ちょっと、この家売りつけた不動産に行ってこい」


「分かりました。……それで、行って何をしてくれば」


「なんでも良いから前の住人の情報を引っ張り出してきてくれ。それと」


 そう続けて、東郷はにやりと凄惨な笑みを浮かべながら続ける。


「経極組のシマでこんなクソぶつをダマで売りつけたんだ。こんなアコギな商売しやがったクソ業者には、次やったらどうなるかちゃんと分からせとけ」


「了解です、カシラ」


 そう頷くと、機敏に客間を後にするリュウジ。続けてヤスも、「待ってくださいッス~」と彼の後を追うようにして出ていく。

 そんな二人を見送った後、東郷は残ったコイカワに告げた。


「コイカワ。お前は俺と一緒に来い――ちょいと野暮用だ」


――。

 並んで八幡邸の廊下を歩く、ヤクザ二人。

 昼だというのに妙に薄暗いその廊下をきょろきょろと見回しながら、コイカワは東郷に向かって問いを投げた。


「あのォ……カシラ。さっきから家の中をぐるぐると回っているだけな気がするんですが、何の意味があるんですか?」


 若干の戸惑いを滲ませながらそう質問する彼に、東郷は「ああ」と軽い調子で答えた。


「さっきのヤスの与太話に乗るわけじゃないがな、何か手がかりでもないか探してるんだ」


「手がかり、ですか」


「お前は小心者だが、そのぶん目ざといからな。ちったぁ役に立つだろうと思って連れてきたんだ――ほら、分かったら何でもいいから探せ」


「う、うす、わかりやした!」


 言いながら再び周りを見回し始めるコイカワを横目に、東郷は目を閉じて感覚を研ぎ澄ます。

 今はあの殺気は感じられない。だが……依然として誰かに見られているような落ち着かなさはあった。

 そんな調子で廊下を徘徊していた時のことだ。


「わっ」


「きゃっ」


 ちょうど廊下の曲がり角から出てきた誰かにぶつかりかけて、東郷は寸前で立ち止まる。

 するとそこにいたのは、美月だった。


「……何してんの、あんたたち」


「おう、美月ちゃん。ちーす」


「ヤクザが気安く話しかけないで、パンチパーマ」


「ひどい……」


 意気消沈するコイカワを無視して、東郷は彼女に答える。


「この家の中で何か、あのワケの分からん現象の手がかりになるものがないか探してたんだ」


「人の家で勝手に探検とか……。ヘンなところには入らないでよね」


「肝に銘じよう」


 肩をすくめながら、東郷は続けて彼女に問うた。


「んで、せっかくだから訊きたいんだが――君は何か、妙なものとか場所に心当たりはないかい」


「心当たり、って言われても……あ」


 少し思案を巡らせた後、美月は何か思いついた様子でこう続けた。


「妙、ってほどじゃないかもしれないけど。……なんとなくずっと違和感を覚え続けてるのは、間取りかなぁ」


「間取り?」


「ええ。ちょうど、今いるあたりとか」


 そう言って彼女は、東郷たちの立っているあたりの廊下を指差す。

 真っ先に視界に入ったのは、壁に吊るされた猫の写真入りのカレンダー。東郷はさらに周囲を見回して――やがて彼女の言う意味を理解する。

 東郷たちが立っている場所。そこはいわゆる「辻」……廊下同士がちょうど交錯して、十字路ようになっている場所だった。


「そういやこの家、妙にこういう間取りが多いな。交差路というか、丁字路というか――」


 ざっと歩いてみた感覚だと、大雑把に表現するならば碁盤の目のような――各部屋の間を廊下が通っている、そんな構造になっているように思える。

 一般的な日本家屋の造りであれば、部屋同士が障子で仕切られて繋がっていることの方が多いが……なぜかこの家はやたらと廊下で部屋同士が仕切られて、しかもその廊下同士がいたるところで交錯している。

 確かに若干不自然な造りではあるが……とはいえだからどう、というわけではない。

 頷いて返しつつ、東郷はさらに質問を続けることにした。


「他には?」


「うーん、そうね。あとは仏間かな」


「あァ、あの仏間か! 確かに気味悪いよなァ!」


 立ち直ったコイカワの言葉に、そういえば先日も彼が仏間についてちらりと言っていたことを思い出す。


「壁に妙な痕がある、って話だったか」


「そう。越してきた時からそうなってて。前に住んでいた人が何か飾ってただけなんだろうけど……ずいぶんいっぱいあるから、なんか気持ち悪いのよね」


「ほぉ。……せっかくだ、俺も一度見てみるか。美月ちゃん、良かったら案内してもらえねえか」


「イヤよ――と言いたいところだけど、暇だしいいわ。ついてきて」


 そう告げた彼女の後について、東郷とコイカワは仏間へと向けて歩き始める。

 静かで、日中だと言うのに構造のせいもあって陽の光も入らず、薄暗い家の中。

 廊下の軋む音だけが響くその静寂にあって、コイカワがげんなりした様子でぼやいた。


「なんつーかよォ、本当に辛気臭い家だなァここは」


「うっさいわね。……否定はしないけど」


「しかも無駄に広いしよ。なんでこんな家買ったんだ?」


 そんなコイカワの何気ない問いに、美月は若干暗い表情で呟く。


「私だってそう思ったけどね……不動産屋さんにお父さんが押し切られたのよ。広いわりに見通しは悪いし、暗いし、挙句の果てに心霊現象まで起きるし――ろくでもない家」


 彼女の言葉には、けれど単なる嫌気だけではない、複雑な感情が込められているように思えて。だから東郷はなんとなく、彼女に尋ねる。


「取り立てに来た俺たちが言うのも妙な話だが……そう思っていたなら、もっと早くにさっさと引き払って出ていったほうが良かったんじゃないか?」


 すると美月ははっとしたような顔になって、それから小さなため息をついた後で苦笑した。


「……そうね。だけど、未練――なのかな。この家に引っ越してきたばっかりの頃はまだお母さんもいて、今より幸せだったから。だからかな、まだその時の思い出が……名残惜しいんだ」


 そう告げた彼女の横顔は、どこか淋しげで。それゆえに東郷も、空気の読めないコイカワもそれ以上は何も言わずに、彼女についていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る