DAY3-<1>
そんなことがあった翌朝。丁度土曜日であったこともあり、八幡親子も含めて全員が居間に集められていた。
「あのう……何なんでしょうか、その、お話しというのは……。昨晩も、何かあったとお聞きしましたが」
怯えた様子で問う八幡氏に、腕を組んで壁に寄りかかりながら――東郷が側に控えていたコイカワに顎をしゃくる。
するとコイカワが、タオルに包まれた昨晩の出刃包丁をちゃぶ台の上に置いた。
「これに見覚えは?」
「これ――うちの包丁よ。これがどうしたって言うの」
驚きとともに呟いた美月に、東郷は軽く肩をすくめながら答えを返す。
「昨日の夜、散歩してたらこいつが飛んできてな。悪いがおたくの玄関扉、傷がついちまった」
「……飛んできた、って」
流石に青ざめる美月と、その隣で言葉を失っている八幡氏を交互に見ながら、東郷は小さなため息をつく。
「まあ、それは大したことじゃないんだが――せっかくだから昨日と一昨日の晩に撮った映像を調べていたらな、これまた妙なもんが映ってたんだ」
「妙なもん、ですか……?」
不安げな顔の八幡氏の代わりに、美月が東郷を睨みつける。
「勿体つけないでよ。言いたいことがあるなら、さっさと話して」
「こら、美月……そんなふうに言うもんじゃ」
「いや、気にしなさんな。そのくらい跳ねっ返りの方が、いい女になる」
そう言って余裕げに笑うと、東郷はちゃぶ台の上でノートパソコンを操作しているリュウジに合図を出す。
すると、パソコンと繋げられていたテレビに、映像が出力され始めた。
まず映っているのは、居間のテレビの映像。勝手にテレビが点いて、消えた――一日目の晩のあの映像である。
それを見て眉をひそめる美月、彼女の後ろではヤスとコイカワが青い顔をして騒いでいた。
「なんスか、なんスかこれ! テレビが勝手につつつつつ点いてるッスよ!?」
「ひぇええ、怖っ! 怖っ!!」
「ヤクザもんのくせにカタギの嬢ちゃんより怯えてんじゃねえよ、殺すぞ。……リュウジ、次は昨日の晩の台所を」
「はい」
リュウジが操作を続けると、映像が切り替わる。表示は昨日の夜一時過ぎ。場所は台所だ。
何も動くもののない映像が、早送りで流れて――すると、ある瞬間。
台所下の収納扉がゆっくりと開いて、出刃包丁が一本、ふわりと空中に浮き上がったのだ。
「うそ……」
口に手を当てて青ざめる美月。一同が映像を注視する中、包丁はそのまま空中を浮いたまま、画角の外へと消えていく。
映像が終わると、東郷は一同を見回して再び口を開いた。
「テレビに細工がないかは、一応調べさせてもらった。……何の変哲もないテレビだ、こんな込み入った手品はできねえだろう。こっちの出刃包丁についても同じ――仮に人間の仕業だとして、少なくとも八幡さんやお嬢ちゃんの腕力じゃ、あんな投げ方は不可能だ」
「じゃあ、カシラ……」
コイカワの震え声に、東郷は頷く。
「ああ。少なくともこの家には、『何か』がある。そちらのお嬢ちゃんが言った通りにな」
そう言うと彼はリュウジに再び指図して、彼がちゃぶ台の下から出してきた一枚の書類を受け取ると右手の手袋を外し、
「――っ」
親指の先を噛んで滲んだ血、その血判をそのまま書類に押し付け、八幡氏に向かって差し出した。
「これは……」
「約束だからな。八幡さん、あんたの借金の返済期限は無期限にしとく。……返すあてができたら、そのうち返してくれればいい。それと――」
そう区切って今度は身構える美月に向き直ると、東郷はいきなりその場で膝と両手を畳につけて、深々と頭を下げてみせた。
「お嬢ちゃん、一昨日は済まなかった。……こんな頭を下げたところで詫びにはならねえだろうから、ケジメをつけさせてくれ」
「ケジメって、カシラ――」
リュウジが珍しく血相を変えるのと同時、東郷は懐から短刀を取り出して左手に握ると、むき出しの右手、その小指に向かって躊躇いもなく振り下ろそうとして――
「っ、やめて!」
その刃がわずかに小指の関節に埋まりかけ、血が滲んだところで、彼の手を美月が両手で押し留めた。
顔を上げる東郷を鋭く睨みつけたまま、美月は彼の手から短刀をもぎ取って横に放ると、返す手で彼の頬を勢いよく叩く。
ばちん、と乾いた音が響いて、ヤスとコイカワが揃って肩を縮み上がらせた。
「これで、許してあげるわ。……あんたみたいなヤクザの血で畳を汚されたら、迷惑だもの」
全く怯むこともなく、堂々とそう言ってのけた美月。
そんな彼女に、父親だけでなくヤクザ三人は絶句したまま固まって。そして東郷もまた、しばらく呆然として――それからやがて、口元に小さな笑みを浮かべる。
「……は、はは。迷惑、迷惑と来たか。確かに、そりゃあ違いねえ――お嬢ちゃん。お前さんのその気骨、いい任侠になれるぜ」
「なりたくないわよそんなの」
肩を震わせて愉快そうに呟く彼を見て、いつも鉄面皮のリュウジが珍しく顔色を変えておののく。
「カシラがこんなに楽しそうに笑っているの、初めて見たぞ……」
「今までの超常現象より怖いッス……」
ぼやく二人をよそに、東郷はと言うとゆっくりとその場で立ち上がり、美月を真正面から見つめ返してこう続けた。
「……よし、決めたぜ。お嬢ちゃん、悪いがもう何日かここに泊めさせてもらえねえか」
「は? 何で……」
「俺たちが、この家で起きてるこの妙な現象を解決してやる」
「「えぇぇぇぇ!!??」」
東郷の提案に、叫んだのは美月……ではなくヤスとコイカワ。
二人は涙目になって東郷にすがりつきながら、ぶんぶんと首を横に振る。
「やめましょうよカシラぁ! こんな家にこれ以上いたらオレ夜トイレに行けなくなって“
「そうッスよそうッスよ! 俺もお風呂で怖くてシャンプーできなくなっちゃうッス!」
「ガキかよお前ら、殺すぞ」
呆れ混じりに呟く東郷に、そこで美月もまた怪訝な顔で口を挟む。
「……どういうつもり」
「どうもこうも。この家に何か妙なことが起きてて、そのせいでおたくが借金を返せなくなっちまった。それならその原因を解決しねえと俺たちも困るだろう。それに――」
先ほど傷つけた右手の小指を一瞥した後、東郷は小さく鼻を鳴らす。
「小指詰める代わりだ。このぐらいの義理は果たさねえと、任侠失格ってもんよ」
そんな彼の返しに美月はまだ何か言いたげな様子で、隣の父親へと視線を向ける。すると、
「東郷さんがこう言って下さってるんだ。頼っても、いいんじゃないかな」
気弱そうな、けれど優しげな笑みを浮かべてそう返す八幡氏に、美月は渋面のまま、ため息を吐いた。
「……あーもう、分かったわよ。ヤクザなんかにこれ以上出入りされるのはイヤだけど――これ以上こんな気味の悪いことが起きるのはイヤだし」
そこで言葉を区切ると、不承不承ながら頭を下げて、こう続けた。
「お願い。私たちを助けて。……それと、私は『お嬢ちゃん』じゃない。美月って名前があるの」
その言葉に、東郷は一瞬虚を突かれた顔になって。
「ああ、心得たよ。美月ちゃん」
再び頷くと、くるりと振り返り――誰もいない居間を見回しながら、牙を剥いて吠える。
「おい、見てるんだろクソったれ。……すぐにこの家から叩き出してやるからな、覚悟しろよ?」
それに対する反応はもちろんなかったが、それでも東郷は、肌で理解する。
何度か感じたあの、刺すような敵意。それが今この瞬間にも、自分に向き続けていることに――
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