DAY2-<1>
翌朝。最初にそれに気付いたのは、家中に設置したビデオカメラの映像をチェックしていたリュウジであった。
「カシラ、ちょっとお耳に入れたいことが」
珍しく深刻な表情で――と言っても常にサングラスをつけているのであまり表情の機微は読み取れないのだが――そう言ってきたリュウジに、東郷は問う。
「どうした」
「昨晩の映像で、ちょいと妙なものがありまして」
促されて東郷が覗き込むと、リュウジはノートパソコンに表示されている動画を早送りで再生する。
カメラの映像からすると、居間に設置したもののようだ。時刻は二時前……ちょうど、トイレでの騒ぎがあった時間帯である。
「テレビのところ、見ていて下さい」
そんなリュウジの指示に従って、画角に映り込んでいるテレビに注目する。当然のことながら、夜中で居間には誰もいないし、テレビも消えている。
だが――見ているとある時突然、急にテレビの画面に、何かが映った。
「……あん? なんだこりゃ」
真っ暗な居間が、テレビの光でぼんやりと照らされる。映っているのは砂嵐で、その音が延々と聞こえてくるばかり。
それが数分ほど続いただろうか。やがてある時を境にぷつりとテレビの画面は消えて、また元通りの暗闇が戻る。
その一連の様子を示したところで、リュウジが口を開いた。
「見ての通りです。テレビが勝手に点いて、消えた。こりゃあ一体、何でしょうか……」
「……誤作動かなんかじゃねえのか?」
「かもしれません。ですが、妙な点はもう一つあります。……砂嵐、スノーノイズというのが正式名称ですが、こいつは普通、アナログ放送でしか起こらないはずなんですよ」
言いながら彼は、画面に映っているテレビを指し示して続ける。
「今朝にも確認しましたが、この家のテレビはデジタル対応で、リモコンにもアナログ切り替えのボタンはついていませんでした。……映るわけがないんですよ、砂嵐が」
リュウジの言葉を受けて、東郷は顎に手を当てて唸る。
「じゃあ何か、トイレを勝手に流したり、テレビを点けたり消したりする霊でもいるってことか。何がしてえんだ、そいつは」
「さあ……。嫌がらせですかね。そんなマネできるならもっとデカいことしてみろとは思いますが」
そんなことを言いながらも、とはいえ東郷としても流石にこれは気に留めざるを得なかった。
リュウジは若頭補佐の中でも特に信頼できる男であるし、何よりこの手のオカルト的な話に対しては東郷と同様、ドライな立場である。
そんな彼をしてこう言わしめるのであれば。やはりこの家には、何かが――
「ひぇえぇぇぇ!!」
そんな東郷の思考を遮るように、聞こえてきたのはヤスの悲鳴だった。
外で(なぜか)庭掃除をしていたはずだが、何かあったのか。襖を開けて廊下に飛び出し、そのまま庭に降りて彼の元へ駆けつけると――ホウキを握りしめたまま立ちすくんでいるヤスに問う。
「どうした、ヤス。何があった」
「かかか、カシラ、あれ……」
震えながら庭木の足元を指差したヤス。その視線の先を追って、東郷もまた顔をしかめる。
そこにあったのは――大量の蛾の、死骸だった。
「何だこりゃあ。気持ち悪ぃ」
数にして、10や20はあるだろう。毒々しい色合いの蛾が翅を広げたまま、落ち葉のように重なっている。
虫が苦手というわけではないが、とはいえこの光景は流石に、生理的嫌悪感を催す。
「カシラぁ……やっぱ変ッスよ、この家ぇ……」
渋面で立ち尽くす東郷の服の裾を引っ張って、涙目で呻くヤス。そんな彼に、東郷は舌打ちしながら手を振って払った。
「ったくガタガタうるせえよ。確かに気味は悪いが、それがどうした。ドス構えて走ってくるヤクザとこの蛾の死骸の山、どっちの方が怖いと思う」
「そりゃあまあ、タマ取りにくる方が怖いッスけど……」
「じゃあこのくらい、大したことねえだろ。ほら、とっとと片付けとけ」
「うえぇ~……」
嫌そうな顔をしながらもゴミ袋を取ってきて蛾の死骸を掃き入れ始めるヤスを横目に、東郷は内ポケットから取り出した煙草に火を点ける。
その時。
「……?」
まただ。また、昨日と同じ――猛烈な敵意に満ちた視線を感じて。
けれどそれを吹き飛ばすように、東郷は吸い込んだ紫煙を深く吐き出した。
そうして、その日中は大きなことはなく終わり、二日目の夜。
……東郷は否応なしに、この「現象」を認めざるを得なくなる。
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