DAY1-<3>

「ひぃいいいいぃぃぃぃ!!」


 深夜2時。

 聞こえた悲鳴に反応して――横になっていた東郷と壁際で座ったまま寝ていたリュウジが真っ先に立ち上がり、続いてうつらうつらしていたヤスがきょろきょろと辺りを見回す。


「な、なんスか今の」


「このきったねえダミ声は間違いない、コイカワだ」


 言いながら、今まで寝ていたとは思えない俊敏さで客間を飛び出し、声のした方へと走る東郷。

すると――廊下の突き当りにあるトイレで、コイカワが腰を抜かして座り込んでいた。


「どうした、コイカワ……ってお前、なに貧相なモン出しっぱなしにしてんだ、しまえ」


「いでぇ! 酷いですよォ、カシラ……」


 拳骨を食らって涙目になりながらズボンを直した彼。するとちょうどその辺りで、異変を聞きつけたらしく寝間着姿の八幡氏と美月も駆け寄ってきた。


「なんなのあんたたち、この騒ぎは!」


「さあ。今からこいつに訊こうと思ってるところさ。……おいコイカワ、何があった」


 東郷に問われて、コイカワは混乱した顔ながらトイレを指差して、震える声で話し始める。


「その、ちょいと“ションベンしチビり”たくなったから来たんですが……便所に入ってたら誰かが外からノックしてきて。んで、『入ってる』って言ったら――急に便所の水が、何もしてないのに流れたんスよォ!」


「……なんだァ、そりゃ」


 怪訝な顔になりながら東郷はトイレを見る。洋式の、なんの変哲もないトイレだ。

 もちろんセンサーなどがついている様子もなく、手動のレバーで流す一般的なタイプのようである。


「お前ら、誰かこいつ以外に便所に来たか?」


 集まった全員にそう呼びかけるが、もちろん皆首を横に振る。そんな彼らの反応を見て、コイカワはさらにその顔を青くして震えていた。


「ひぃ……やっぱり、やっぱりなんかいるんですよ、この家ぇ!」


「バカ言え。この古ぼけた家だ、風の音かなんかを聞き間違えたんだろ。便所も自分で流したのを寝ぼけて勘違いしただけじゃねえのか」


「そ……そう言われると、そうかもしれないですけどォ」


 弱腰になるコイカワに、しかし加勢してきたのは八幡氏の娘、美月だった。


「その人の言ってること、勘違いじゃないと思う。私も前、似たようなことがあったもの」


 むっとしながらそう告げる彼女に、東郷は「はっ」と鼻で笑う。


「便所を勝手に流してくれる幽霊ってか? ずいぶんと親切じゃねえか」


「……」


 答えに窮した美月を一瞥した後、コイカワを引っ張って立たせながら東郷は視界の端にあったものを見つける。

 トイレの扉に向けて三脚で固定された、ビデオカメラだ。


「丁度いい、ここならビデオカメラで録画してある。……こいつを確認してみれば、何かいたかどうか分かるだろ。おい、リュウジ」


「はい」


 東郷の意を汲み取ってビデオカメラを手に取ると、映像の確認を始めるリュウジ。東郷と、そして美月もそれを覗き込んで見る。

 二時より少し前、コイカワが鼻歌を歌いながらトイレに入っていき――しばらくしてから、中から彼の声がする。


『……あん、誰だよ? 今入ってんだ、後にしてくれや』


「これ、相手がカシラだったらどうするつもりだったんスかコイカワさん」


「……またチビりそうになってきた」


「うるせえぞてめえら」


 外野を一喝しながら再び映像の確認に戻る。

 コイカワが言ったようなノック音は、聞こえてこない。だが中の彼はというと、


『だから入ってるって言ってんだろうが! 急ぎなら庭ででもしろやボケェ!』


「っていうかコイカワさん、ションベンだけのわりに長くないっスか」


「途中でクソもしたくなってよォ。あ、ケツ拭くの忘れてたわ……」


「うわー、エンガチョっス――ってすいません、すいません静かにするッス!」


 東郷が無言で殺気を立ち上らせたのを察知して無言になる二人。映像を見ると、やはりノック音などもなければ、ドアの外に誰かがいる様子もなく――やがてトイレの流れる音がして、転がるように中からコイカワが飛び出してきた。

 それからほどなくして東郷が駆け寄ってくるのが映って、そこからは見るまでもない。

 ビデオカメラをリュウジに任せると、東郷は肩をすくめて立ち上がった。


「コイカワ。お前はビビリだからな、妙な話聞かされて過敏になってたんだろ」


「そうなんですかねェ……。確かに聞こえたんですけど」


 不承不承ながら納得するコイカワを「しっかりしろ」と軽く叩いた後、東郷は皆に解散を言い渡す。


 その晩は、それ以降起こされることはなかったが――翌日。

 事態は、思わぬ方向に進むことになる。

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