第20話 誰もいない

 ある日いつものように買い出しに行った双子が帰ってこない事に気づいたのはモニカだった。


 帰ってこないとはいえまだ三十分遅れているだけ。

 まだクラウスに報告するべきではないと判断し、とりあえず待つ事を決めた。


 しかし一時間経っても帰って来ない。

 流石にこれ以上待てず報告するとクラウスはこれをすぐに異常事態と判断し、部下達に命令して双子を探しに行かせた。


 ただの寄り道ならそれで良し、あまり良くはないがとにかく良し。


 少しして、部下の一人が手紙を持ってボスの元へと帰ってきた。


「これは?」

「その、我々がエルさんとアールさんを探している時に怪しい人物が渡してきました。顔はフードを深く被っていたので分からなかったのですが、その……クラウス様ではなくクライス様に渡せば分かると言い消えました」


 部下の渡してきた手紙と、当主であるクラウスではなく弟にという言葉にクラウスは部下の言葉を無視して手紙を開き中を見るやグシャリと握りつぶし、すぐにクライスを呼んでくるよう命じた。

 呼ばれて来たクライスも、手紙を開いてすぐに表情を変えた。


「これは……」


 手紙の内容はよくある脅迫状で、双子を預かったので無事に返して欲しければ指定の場所と時間にクライスが一人で来いという内容だった。


「クラウス、どうする?」

「俺も行くに決まっているだろう。おい、すぐに馬車を用意しろ、あとありったけの銃弾もだ。御者はいらん、俺がやる」

「え、ですが」

「聞こえなかったのか。さっさとやれ」

「は、はい!」


 血相を変え慌てて部屋を出て行った部下を見送り、クラウスはクライスへと顔を向ける。


「今度は俺の番だ」

「分かっているさ、邪魔はしない」


 ******


 急いでいるからなのかクラウスは競走馬にでも乗っているかのような勢いで目的地まで馬を走らせている。隣の馬に乗っていたクライスも何も言わず、ただ同じように走らせた。


 指定された場所は街から離れた森の中。

 馬車まで三時間ぐらいの所にあるがクラウス達は馬をずっと走らせ一時間で到着させた。おかげで馬はバテきっており荒い息を吐いている。


「よしよし、悪かったな無理させて。帰りはゆっくりだから安心して休んでいいぞ」


 クライスはバテている馬の背を労わるように撫で、クラウスはただ目の前にある屋敷を前に睨みつけている。


「いつの間にこんな屋敷を建てていたんだ」

「人はそんなにいなさそうだな」

「へー、こんな森の中でも家ってあるの」


 いきなり背後からかかった声にクラウスとクライスは同時に勢いよく振り返った。


「シスター!? 何故ここに」

「お前が何でここにいる。あいつの手下か?」


 振り向くと同時にクラウスはシスターの胸倉を掴みあげ、こめかみに銃口を押し付けた。

 シスターはいきなりのことに驚きはしたが特に抵抗せず、すぐにまたいつもの表情に戻った。


「何でって……普通に馬車にいたら急に動き出したから出られなくなって、静かになったから出てきただけ」

「ああ、最近見つけにくいと思ったら馬車にも隠れていたのか……次からはそこも探すか」

「んん、出なきゃよかったかな」


 関係ない会話を始める二人にクラウスは乱暴にシスターから手を離すとそのままドアを壊す勢いで蹴り開け、目の前の屋敷へと入って行ってしまった。


「……機嫌悪いの?」

「いや、ただ興奮してはしゃいでいるだけだ。まあ俺もはしゃいでいるんだがな。早く、いや普通に行くか」


 そう言ってクライスはエスコートするようにシスターの肩に腕をまわし屋敷へと入っていった。


「うわ……」

「また綺麗にやったな。ああ、弾を節約したのか」


 屋敷に入ってすぐのエントランスには三人の冒険者風な男が倒れていたが、全員首があらぬ方向に曲がっており息絶えていた。

 その様子にシスターが怯えて後ずさろうとするのを、クライスはさりげなく肩を押さえてとどまらせる。


「死体を見るのは初めてじゃないだろう? あの教会の時に大分散らかしていたから見ている筈だ」

「そうだけど、教会とは違って……その、昔」

「クライス!」


 シスターが何か言いかけた時、左側のドアを乱暴に開いてクラウスが顔を出した。


「俺はこっちを調べるからお前はあっちから行け。ヘンドリックを見つけたら殺さず連れて来てくれ、他の奴はどうでもいい」

「分かっている。そんな焦らずとも横取りしないから安心しろ。ほら、シスターは俺と一緒に行こうか」


 そう言ってクライスはシスターの手を引き右側のドアを開けて進むと、近くにあったドアを開け軽く中を覗くとドアを閉めてまた隣の部屋を覗くといったことを繰り返していく。


「……何やってんの?」

「ああ、エルとアールが拐われたから探しているんだ。クラウスは多分双子のことを忘れているから俺が見つけてやらないとな」

「エルとアールが?」


 シスターは誘拐のことを知らなかったらしく、クライスは探しながら簡単に経緯を説明した。


「さっきのヘンドリックっていうのは?」

「双子を拐った犯人。ついでに言うなら、俺とクラウスの父親だ」

「え?」

「あ、神父様! シスター!」


 一番奥のドアを開けると同時に中から聞こえてきたエルとアールの声に神父は安堵のようなため息をついた。

 双子のいる部屋は他の木造と違い重々しい鉄で作られており、双子はそこの頑丈な檻の中に閉じ込められている。


「また檻?」

「檻に入れられやすい人種なんてあったかな」

「シスター! 神父様! この部屋入ったらダメです!!」

「ん?」


 エルの叫びは間に合わず二人が部屋の中に入るとドアが勝手に勢いよく閉まり、ガチャリと鍵のかかる音がした。

 それと同時にゴゴゴ、とゆっくり天井が降りてくる。


「うわああああ、この部屋天井が降りてくる罠部屋なんです!」

「僕達閉じ込めたおじさんが言ってました! この部屋の何処かにあるスイッチを押さないと止まらないって! シスター! 神父様! 急がないと潰されちゃいます!」

「スイッチ探すよりこの部屋から出たほうが早いでしょ」

「え?」


 焦る様子のないシスターは双子に近づくと檻に手をかけいつぞやのように簡単に檻を広げ、そして外に繋がる壁を思い切り殴った。

 鉄製にも関わらず壁は簡単に大きな穴が開き、シスターはそのまま外へと出てしまった。


「スイッチ、檻の中にあるんだが……罠師、いやカラクリ泣かせと言うべきか。ほら、ボーっとしているとサンドイッチの具になるぞ」


 苦笑いを浮かべながらクライスはシスターに続いて外に向かい、まだ何が起きたか分からず呆然としていた双子は声をかけられて我にかえると慌てて飛び出した。


「神父様! シスター! ありがとうございます!」

「今度こそもうダメだと思いました!」


 エルとアールはそう言って泣きながらクライスとシスターに思い切り抱きついた。

 クライスは間で潰されているシスターを助け、双子を引率しながら馬車に向かって歩き出す。


「ケガはないか?」

「はい! いきなり袋みたいなのを被されて驚いたんですけど、檻に入れられてからはそのまま放ったらかしにされている感じでした」

「何処かに売る感じしませんでしたし、それ以外で僕達さらう理由ってあるのか不思議です」

「ああ、お前達というよりは俺達の屋敷にいる人間を拐う必要があっただけだ」


 馬車に着き軽く説明を始めると、丁度屋敷の中から一発の銃声が響いた。

 そしてそれが合図のように一定間隔で一発ずつ銃声が響きだす。


「な、何ですかこの音」

「クラウスがヘンドリック、お前達を拐った犯人を見つけた……というか、再会を喜んでいる音だ。動けるなら少し働いてもらうぞ。なにそんな難しいことじゃない、馬車の中に弾丸や予備の銃を詰め込んでいるんだがそれを中に運ぶだけだ。シスター、お前は運ばなくていいが一緒に来い」

「そう? 分かった」

「あ、はい分かりました」

「うわ、座る場所にもみっちりある……」


 ******


 左側へと進んでいたクラウスは周りの部屋には目もくれず真っ直ぐ進んでいく。

 そのまま廊下に掛けられているある燭台の一つの前に立ちそれを手前に引っ張ると、壁が動いて地下に続く階段が現れた。

 その階段を降りながらクラウスは銃を取り出し念入りにチェックしていく。


 そして目の前のドアを開けると同時に銃を発砲した。


「ク、クライス! 私だ! 撃つな!」


 中にいたのは一人の男性で、クラウスの銃弾がかすったのか頰から血が流れている。


「え? 知っていますよ父上。あの手紙を書いたのは、貴方でしょう。筆跡を見て、すぐ分かりました」


 クラウスは一言話すたびに銃を撃ち、それらは全て男性にかすっていく。


「待て! それ以上撃つな! あの双子なら無事だ! 私はただお前に会いたかっただけだ! こうでもしないと周りに感づかれ危ないだろう!?」


 男性ヘンドリックは必死に話しているが、クラウスは全く相手にせず銃弾を込めている。そしてそれが終わるとまたヘンドリックに向けて銃を撃ちだした。


「それにしても、すっかり醜くなりましたね。顔の肉は垂れ、筋肉はすぼみ、とても見すぼらしい。父上に相応しい姿だ」

「いい加減にしろ!!」


 擦り傷とはいえ何度も撃たれ、ヘンドリックは大声で怒り叫ぶがクラウスは全く怯まずまた銃に弾を込める。


「クライス! お前は誰に銃を向けているのか分かっているのか!!」

「父上こそ。誰と話しているのか分かっておられるのですか」

「ふざけるな!! お前みたいな出来損ないを当主、更には四大貴族と呼ばれるまで育てたのは私だぞ!! その恩を仇で返す気か!!」

「ああ、ああ、都合の悪いことは忘れているのか。それとも己の都合の良いように記憶を変えているのか、まあどちらがどちらでも結果は同じ」

「貴様……! っぎゃあ!!」


 ヘンドリックが右手の人差し指と中指を揃え空中で何かを描こうとしたが、その前にクラウスが銃で人差し指の爪だけを撃ち剥がされた。

 流石に爪を剥がされる痛みには耐えられなかったのかヘンドリックは悲鳴を上げ、描く手を止め指を押さえている。


「魔法は嫌いですが、だからと言って何も知らないとお思いですか? 対策の為に勉強しました。結界を張ろうとしたみたいですが、父上程度ですと陣を描く必要がありますよね。詠唱無しの結界でも発動するまでに少しの時差が発生しますし、この距離からなら銃弾の方が圧倒的に早い」


 再び銃は顔をかすりはじめ、ここで漸くヘンドリックは相手がわざとかすらせていることに気づいた。


「お、お前……何故こんな事をする? 私はただ生きていることを知らせたく……」

「十二年前に母上に陥れられて死んだと思っていましたが、生きていてくれて嬉しいです。おかげで、こうして、直接手を下すことができる」


 顔をかするだけだった銃弾が手足を少し深くかするようになった。


「会おうとしたのは、金でも欲しかったからですか? それとも女? 四大貴族の父親なら、かなりの権力が手に入るとでも? 息子に威張り散らし優雅に遊んで暮らせると」

「ま、待ってくれ……違う、本当に会いたかったんだ。会って、謝りたかったんだ。確かに私は厳しすぎたかもしれん、だがそれは強くなってほしくてだな」


 ヘンドリックの懇願を断ち切るようにドアがノックされ、クライスが顔を出した。


「お楽しみ中すまないが、銃弾と予備の銃を持ってきた」

「そろそろ銃弾が尽きそうだったんだ、助かる」

「クラウス! 私だ! 覚えているか!? 立派になったなあ!」


 天の助けとばかりにクライスに手を伸ばしたヘンドリックだが、クラウスにまた爪を撃ち剥がされた。


「おや、父上。十二年ぶりですがお変わりないようで」

「クラウス! 私は間違っていた! 長男にばかりこだわっていた私を許してくれ、当主はより優れた者がなるべきだ。こんな恩知らずよりクラウス、お前の方が相応しい」


 ヘンドリックの方に一度目をやってからクライスは完全にいないかのように銃弾を運び、それが終わるとそのまま部屋から出ようとしたのをヘンドリックは必死で呼び止め、クライスは嫌々振り返った。


「まだ何か」

「分かっているだろう、私はまだ生きている。つまり屋敷に戻れば当主は私になる、そしてクライスの継承権を剥奪し正当な後継者はクラウス! お前にしよう」

「そうですか、ならもう父上の望みは叶っていますから」

「え……?」

「クラウス、弾はこれで全部だ」

「ああ、ありがとう。先に屋敷に戻っていていいぞ」

「いや、双子の容態も問題ないから馬車で待っているよ」

「……そうか」


 そのまま戸惑うヘンドリックを無視してクライスは馬車へと戻っていってしまった。


「どういうことだ? 四大貴族の一人はアルヴォード家の長男がなったと聞いたぞ。ならお前はクライスだろう」

「そういえば言っていませんでしたね。交換したのですよ、十二年前に。兄と弟を。なので弟だった私は兄で、兄だったクライスは今は弟です」


 ザッとヘンドリックの全身から血が引いた。

 クライスと思っていた相手はクラウスで、クラウスだと思っていたのはクライス。


 ならば今目の前にいるのは……?


「ま、待て、待ってくれ……クラウス? クライス? いや、どちらでも私を殺す理由はないだろう?」

「いえいえまさか。逆ですよ、父上。クラウスだろうとクライスだろうと……どちらも父上を殺したくてたまらない」

「ひぃっ」

「ただ敢えて言うなら……私を守る為にクライスは母上を殺した。だから今度は私の番です。私が、父上を殺す番です」

「た、助けてくれ……頼む、命だけは……謝る、何でもするからっ」

「そうそう父上、貴方が散々言っていたことですが……問題ありませんでしたよ? 魔法など一切使わなくても四大貴族になれましたし、今も問題ありません」

「な……あ……い、命だけは……」


 完全に腰が抜けたのか這いつくばってクラウスの足に縋るヘンドリックを思い切り蹴り飛ばし、足の付け根を撃った。


「がああああ!!」

「大丈夫ですよ、撃ち抜いていませんし大きな血管は避けたので出血もそんなにありません。銃の腕には自信があります、十二年振りに会う息子の銃の腕前、身を持って知ってください。最低でもここにある銃弾全て撃ち当てても生きているようにしてあげられます」


 そう言うクラウスの周りにはクライスが置いていった銃弾の入った箱が十箱以上置かれている。


「い、イヤだ……助けてくれ、誰か……」


 ヘンドリックの言葉に耳を貸す者は、もう何処にもいない。

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