第18話 モニカの仕事
私がメイド長になってから三日が経ちました。
三日。
三日って何でしたっけ?
いえ、大丈夫です。
慣れても慣れなくても明日は毎日来ますから。食事に至っては一日三回ありますから。
おかげさまで料理の腕は多少上がった気がします。
一日目はボロボロになりながらも何とかやりきりました。前料理長の仕込みに感謝します。
今度何かお供えしますね、お墓ありませんので供えようがありませんが。
二日目からは必死でした。
頑張って出来ないことも、頑張って限界を越えることは出来るんですね。
いきなりですが、メイドの立場はあまり強くありません。
いえ、それなりの身分の方ならそれなりに敬意は払われるのですが、奴隷からの者や私のような者の立場はかなり弱いのです。
クラウス様の部下の方達と私でしたら、圧倒的にあちらの方が上です。メイド長の肩書きは全く意味がありません。
「おいお前! メイドなら部屋の掃除ぐらいちゃんとやれ! こんな下っ端のやることを俺にさせるな!」
新入りの方でしょうか。自室の掃除はクラウス様からの命令なのですが。
「申し訳ありませんギュンター様。ですが今からお食事の用意がありますので……」
「口ごたえするな! 食事などどうでもいい! そんなことより早く部屋を綺麗にしろ! メイドはメイドらしく『はい、かしこまりました』だけ言えばいいんだ!」
そうですか。
「はい、かしこまりました」
「ったく、これだからろくな教育を受けていない奴は嫌なんだ。何がメイド長だ、ただの成り上がりが」
まだ何か仰られていましたが今はそれに構っている時間がありません。
チャチャっと部屋を掃除して食事の用意をしましょう。掃除は好きでしたから嬉しいです。
その夜の食事の時間、部下の方達の顔は全員引きつっていました。
「あの、モ、モニカ、さん。これは……」
部下の中の一人が食卓の上を指差しながら尋ねてきました。
食卓にあるのは二つの大きな皮付き蒸かし芋。
はい、皆様の今晩のお食事です。
「ギュンター様に食事などよりお部屋の掃除を優先しろと言われましたので、その通りに従わせていただきました」
反逆? いいえ、私が忠誠を誓っているのはクラウス様です。
なのでクラウス様クライス様、そして専属医師のハーヴィー様にはきちんとしたお食事を作らせていただきました。
おかげで二日目も乗り越える事が出来ました。
三日目もその調子で仕事を進めていたのですが、その日の晩にギュンター様以外の部下の方達全員に頭を下げられました。
「部屋の掃除は自分でしますのでどうか食事を作ってください」
蒸かし芋も立派な食事ですが……流石に一日三食蒸かし芋はきつかったのでしょうか。
ならマッシュポテトにしましょう。いえ、バターを付けるだけでも変化はありますよね。
そんな事を考えていたのですがうっかり口に出ていたようです。
気がついたらギュンター様が目の前にいて頭を下げて謝罪していました。
ギュンター様に言われては仕方ありませんね、私の返事は一つしか許されていませんから。
「はい、かしこまりました」
ギュンター様は土下座されました。
何故でしょう。
とにかく四日目から本格的に忙しくなりました。
ですが変化もありました。
部下の方達が何故か私にかしこまるようになったのです。呼び方も「モニカ様」と様付きで。
それだけで、仕事内容は何も変わりませんが。
二週間も過ぎると本格的に慣れてきました。
週に一度と言った庭の手入れも、一週間かけて下準備すれば軽いものです。
慣れないのは食事の用意。
最初はクラウス様やクライス様に、私のような素人の手料理を食べさせる事に胃がキリキリとしていました。
ですが何とかない時間を作って勉強して、少しずつ味の向上や見た目の良さを自分なりに研究してきました。
全てはクラウス様とクライス様により良い食事をしてもらう為。
そして気づいたクライス様の日常。
クライス様は基本屋敷にいません。
仕事場から仕事場ヘと飛び回っているので屋敷に帰るのはよくて週に一度の不定期。帰ってくる時間さえも。
ほとんど帰ってこない方に毎日食事の用意は必要でしょうか。
必要です。
クライス様ですから。
いつもいないからと食事の用意をしないのは不敬罪、クラウス様にも失礼です。
ほぼ毎日一人分多い食事ですがこれはすぐに解決しました。
私の分の食事を作らなければいいのです。
クライス様が帰宅されなければ私が食べ、クライス様が帰宅されれば私は後で簡単な賄いを作ればいいだけです。
難点はクライス様は食事量が多めで私には食べ切れないことですが、そういう時はハーヴィー様に手伝ってもらいます。
色々細かいことを気にしてはやっていけません。
しかしそんな苦労を全て吹き飛ばしてくれる出来事があります。
四大貴族の不定例報告会。
基本四大貴族の一人ヴィルモント様が招集をかけられるのですが、この方いつも時間が遅いんです。
しかも当日集合。
朝や昼でしたらまだ対応できるものを、必ずと言っていい程夕方に招集をかけてこられます。
一度夕食中にかけられた事もありましたが、流石に他の四大貴族からも叱られたのかそれ以降なくなりました。
夕方からなのは変わりませんでしたが。
夕方といえば私は食事を作っている時間です。
当然クラウス様が出られたのを知るのは作り終わってから。
余ったクラウス様の食事をどうするか。
部下の方に任せようとしましたがそれだけはご勘弁をと懇願されました。
いわく、やむを得ずとは言えクラウス様の食事に手をつけるのは精神的に死ぬと。次の日に顔を合わせられないと。
……普段からクライス様の食事を取っている私はなんなのでしょうね。そして、誰も食べなければそのクラウス様の食事を捨てることになるのですが、自分が作った食事を自分で捨てる私の心境を考えたことはありますか? しかもクラウス様の食事を。
逃げられました。
こうなっては明日の私の朝ご飯にするしかありません。
残り物をクラウス様に食べさせるわけにはいきませんから。
この怒りは簡単にはおさまりません。
怒りの理由は勿論クラウス様でもクライス様でも、ヴィルモント様でもありません。
「不定期という言葉が憎い……! 不規則も不定形も……とにかく『不』が憎いっ」
「落ち着いてくださいモニカさん。あまり怒っては胃に穴が開きますよ」
そう言ってハーヴィー様が出されたハーブティーはとても美味しかったです。落ち着きました。
「取り乱してしまいすみません……」
「いえ、健康状態を守るのも私の仕事ですから」
仕事に大分慣れ、ハーヴィー様の所へ胃薬やハーブティーを飲む余裕ができました。
余裕が出来ると悩みも増えます。
クライス様が完全に食事を取らなくなりました。というより、元々低かった屋敷に帰ってくる頻度がそこから更に減りました。
ハーヴィー様の開発した簡易栄養食が原因です。
これはもうクライス様の食事は用意しない方がいいのでしょうか。
いえ、必要です。もしかしたら気まぐれを起こして食べられることがあるかもしれませんから。
ある日いつものように医務室へ向かうとクラウス様がおられました。
クラウス様は私がいつも飲んでいるハーブティーを飲み、私がいつも飲んでいる胃薬をハーヴィー様から受け取っていました。
「俺は、普段のすさんだ食生活を栄養面だけでも改善させる為にハーヴィーに簡易栄養食を開発させたのであって、決してアレを主食にさせる為に渡したんじゃない!」
普段冷静沈着で言葉を荒げたことなどないクラウス様が、心配故の怒り声を上げていました。
私は思い上がっていました。
苦労しているのは私だけではなかったのです。
その日はクラウス様とハーヴィー様の三人で、ビールジョッキに注がれたハーブティーで乾杯し午後を過ごしました。
クラウス様と少しお近づきになれた気がします。
そしてその日をきっかけに不定期ですが、三人が集まったらハーブティーを飲みあうちょっとしたお茶会が開かれるようになりました。
前言撤回します。
不定期万歳。いえ、不定期に乾杯。
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