第17話 メイド長モニカ

 私はモニカ。

 四大貴族が一人、クラウス様の屋敷で働くメイド長です。


 はい、メイドは私一人しかいませんがメイド長です。

 先月までは私を含め十二人のメイドがいて私もメイド長ではありませんでした。


 先月、私とメイド長以外の全員がやらかしてくれました。

 クラウス様、クライス様の寝所への侵入。


 分かります。

 クラウス様は四大貴族であるアルヴォード家の当主でクライス様はその実弟。更にはお二人共未婚で決まった相手も無しとなれば狙いたくなりますよね。

 正妻、妾、後は何でしょう、とにかく寵愛を受ける人の座を。


 実際縁談の意味も込めていたのでしょうか、十人中四人はクラウス様の部下の娘や結構な身分の方でしたから。

 親からすれば娘が選ばれれば大出世、娘も贅沢三昧な暮らしが待っています。

 狙わせますよね、クラウス様は縁談には全く興味を示さないどころか嫌悪感丸出しですし、クライス様はサラッと逃げて牽制をかけてくるので迂闊に勧められませんからね。


 しかしいくら下心全開でも仕事はしないといけません。

 以前仕事中に色目を使ったメイドは即座に部下の方に連れて行かれていました。

 寵愛目当てでろくに仕事も出来ない見た目だけが取り柄のお嬢様が。

 その時は親ごと処分されていましたからメイドとその親達も不用意な事は出来ないと分かっていた筈なのに、何故こんな事が起きてしまったのか。


 多分焦ったのでしょうね。

 残り六人のメイドは奴隷商人から正式に買った子達で、当時は十二歳ぐらいでした。

 その子達にクラウス様は仕事の合間に文字の読み書きや計算といった教育もするように手配されていました。


 奴隷にしてはあるまじき優遇です。

 クラウス様としてはある程度の教養は必要という考えだったのですが。仕事上でも。


 その子達も年頃になり勘違いしたのか、はたまた恩返しと考えたのか。

 そして焦ったのが最初から働いていた身分のあるお嬢様方。

 一切手を出してこようとしなければ素振りも見せないなか、自分達より若い女がクラウス様とクライス様を狙っていると知れば穏やかではいられないでしょう。

 二十歳を超え、まだ若いとはいえ今更他の方との結婚は出来ませんしやはりそう簡単に四大貴族の妻の座は諦められなかったのでしょう。親子共々。

 そんな焦りの中、万が一彼女達の中から寵愛を受ける娘が出てくれば自分達は元とはいえ奴隷に頭を下げ尽くすことになります。


 変なプライドが働いてしまい、その奴隷達を上手いこと言いくるめ全員で夜這いをかけクラウス様、クライス様に捕らえられてしまいました。


 そして奴隷だった娘達は再び奴隷商人の元へ。

 十七、八の歳で教養もあるならいくらでも買い手はつきそうですが、主しかも四大貴族に逆らった奴隷となれば彼女達の未来は暗いですね。

 身分のある方は親子揃って処分されました。


 詳しい事は知りませんし、聞きません。


 部屋に入ったぐらいで、と思う方もいるかもしれませんがクラウス様はただの貴族ではなく四大貴族。

 自室にはきっちり整理されているとはいえ、重要書類やその他機密書類もあります。そんな部屋に侵入したのです。

 反逆、密偵と思われても仕方ないでしょう。ましてや侵入したのは身分のあるご令嬢で、父親からの頼みでメイドになったのですから。


 メイド長ですか?

 事件発覚を知るやすぐさま逃亡されて呆気なく捕まり同じく処分されました。

 監督不届きによる罰を恐れたのでしょうが、逆効果です。逃げなければ助かっていたと思います、私のように。


 ええ、私は何も知らず気づかずでいつもの時間に起きました。

 私が寵愛の座を狙っていないと分かったからでしょうね。

 変に話してライバルを増やす必要はありませんし、そんな話を聞いた際に反逆の意と捉えられるからと止めたのも原因なのか、完全に蚊帳の外でした。

 まあ、決行日を言っていれば即座にメイド長に報告してクラウス様の耳に入っていたのである意味正しい判断だったのでしょう。


 そしてクラウス様は直々にメイドを全員処分したと言い、私をメイド長に任命されました。


 メイドが私一人なのにメイド長ですか?

 そしてこの屋敷を私一人で?


「人は探す。それまでの間自室の掃除は各自でやらせる。勿論俺とクライスもだ」


 私のような者にもお気遣いいただきありがとうございます、クラウス様。

 部下の方がビクリとされていましたが私には見えませんでした。

 ええ、当主様がご自分で掃除されるのに部下の方達がメイドにさせるわけにはいきませんよね。


 はい、部屋のお掃除以外のお仕事ですね。掃除専門だった私が部屋の掃除以外の全てですか、部屋以外といえばトイレとお風呂、廊下や玄関もですね。それに加えて洗濯買い出し庭の手入れに……え、食事も? 料理長いましたよね? あ、メイドの父親でしたか。

 他にも細々としたものが大量に。


 …………。

 あれ……これ絶対無理ですよね。メイド以外の仕事も入っていますよね。

 というか料理? 私が? 私の手料理をクラウス様やクライス様がお食べに?


 今度は私が勢いよく部下の方達を見ましたがすぐに目をそらされました。


 やるしかありません。いいえなんて言えません。

 逆らって死ぬより過労で死ぬことを私は選びます。


「クラウス、もう少し考えろ。明らかに一人にさせる仕事量じゃない、買い出しぐらいなら部下にも出来るだろう」


 クライス様!

 救いのお言葉ありがとうございます。出来ればもう少し分担させて下さい。むしろ買い出しぐらいなら大丈夫なんです、もう一声。


「確かにそうだな……モニカ、どれぐらいならできそうだ?」


 クラウス様!

 それを私に聞かないでください! 言わせないでください! 自分の能力不足を人前で告白するなんて何の罰ですか!


「に、庭のお手入れを毎日は……週に一度でしたら何とか……」


 しかし躊躇ってなどいられません、己の今後と命がかかっているのです。

 かかっていますが言えたのは一つ、しかもそれすら十分に言えませんでした。


 変なプライドが働いてしまいました。


 居場所がなかった私を拾ってくださったクラウス様に、能力不足の使えない女と思われたくないのです。

 こうなったらやるしかありません。

 やれると言ってやれないのが一番いけません。

 それに前向きに考えましょう、クラウス様に手料理を食べてもらえるのだと。


 ところでクライス様。

 クライス様の部屋に侵入したメイド達ですが、正しくは仮眠室でしたよね? 重要書類など置いていませんよね?

 サラッと自室に侵入されて機密文書に手をつけたことにされていましたが……いいえ、何も言いません。

 明日からの事だけを考えます。

 え、今日から? 朝ご飯……は、昨日の料理長の仕込みがあった! 流石料理長! あ、でも昼食の仕込みがありません。今から朝食を作りお昼までに掃除と洗濯その他色々……。


 が、頑張ります!

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