第9話 悪党の街ヒールハイ

 それから二日経ち、双子は現在買い物の為に街へと出かけていた。


 屋敷の中では必ずモニカかハーヴィーのどちらかと行動していたが今日は急にエルとアールだけで買い出しに行くようにとモニカに言われ、ハーヴィーの書いた買い物メモを持って屋敷を出た。

 よく考えればこの街に来てから初めての外出に双子ははしゃいだ。更には買い物さえきちんとすれば少しなら街を自由に歩いてもいいと言われ、それぞれに金貨十五枚も貰い思いがけないお金に戸惑いながらも有り難く受け取った。


「何か久しぶりの気分だよね」


 アールが上機嫌に今にもスキップしそうな程ニコニコと話している。


「うん、そうだね。でものんびりし過ぎはダメだよ、僕達は今仕事中なんだから。早く買い物済ませて、それから街を歩こう」

「じゃあ早く終わらせよう。買い物メモには何が書いてある?」

「えーと、うわっ」

「えっ、どうしたの」


 メモを見るなり顔をしかめたエルにアールも驚いて覗き込むと、エルと全く同じ顔になった。


 メモには買う物が分かりやすいように書かれているが、量は非常にややこしく書かれていた。

 ハーヴィーの買い物メモは品物の横に成人の基本量が書かれ、その下にそれぞれ人の名前と必要な量が書かれているのだがその量が分かりにくい。

 例えばクライスの場合は少し多めで基本量より二割増し、ハーヴィーは一割引きと書かれているが、クラウスは基本量の百二十%、モニカは八十%など表現も統一されていない。

 その他屋敷にいる人達は基本量で統一されているのは救いだが、ややこしいものはややこしい。


「ハーヴィーさんお医者様だからこんな書き方なのかな」

「頭良いんだね」

「とりあえず必要量はどれくらい……あ、うん、分かってだけどやっぱり総量書いてないや」

「えーと、二割増しだから……基本量を十で割ってそこから……エル、何か書くもの持ってない?」

「まずは街でペン買おうか。あとこのメモに計算書くと分からなくなるから別の紙か羊皮紙も。もしかしてこの為にお金くれたのかな」

「ならこれは別に寄り道にならないよね。必要な物だし、遊んでるわけじゃないから」


 誰に言うでもなくアールはそう言いながらエルと共に目的の店を探し始めた。

 この街はカーニースに比べてかなり発展しており、道だけでなく家も全て石で出来ている。

 更に街を囲うようにこれまた石の壁が作られ、恐らく中心と思われる場所には大きくて見事な噴水があった。

 その周りを行き交う人達だけでもカーニース以上にいそうな気がする。


「えーと、この噴水を中心にお店が種類? ごとに分かれているらしくて衣服と装飾品が北側、食料品は南、日用品とか雑貨関係は西で東にはこの街一番の名物闘技場があるんだって」


 初めての街を何のあてもなく彷徨った結果見事迷子になった双子だが、噴水まで辿り着いた時にそこにいた人に話を聞き、街にある店の場所を簡単に教えてもらった。


「じゃあまずは雑貨店だからここから西だね、その後に食料品。ねえエル、最後に闘技場行かない? どんなのか見てみたい」

「うーん、まあ少しぐらいならいいかな。でも中で観戦とかはダメだよ、どれぐらいの時間かかるか分からないから」

「うん、分かってるよ。ほら、せっかく街を歩いていいって言われたからさ、軽く一周したいだけ」


 そのまま話しながら最初の予定通り西側の雑貨店へと向かい、目的の物を扱っている店でエルとアールはインク瓶一つと羽ペンをそれぞれ二つずつ、そして羊皮紙を一枚購入した。


 インク瓶は銀貨一枚、羽ペンは一つ銀貨二枚、羊皮紙は銀貨五枚の合計金貨一枚。

 支払いの時にどちらも払うと言いだし少し揉めたが、エルの兄権限と次の買い物代金をアールが払うということでこの場はエルが支払う事に決まった。


「よし、これで買い物に必要な量も分かったし食料品店の買い物に行けるね」

「うん、お店の人親切で良かったね。お店の中で計算させてくれたし。ここは優しい人がたくさんいるいい街だよね」

「そうだね、ボスもちょっと怖いけど優しいし」

「うーん、僕はやっぱり神父様かなあ」


 そんな事を話しながら次の店へと向かい、何の問題もなく購入を済ませた。

 お店の人は恰幅のいい女性で、いかにも肝っ玉の据わっていそうな人だった。


「沢山買ってくれてありがとうよ! 持てるかい?」

「はい、ありがとうございます。それにしても、ここは本当にいい街ですね。僕達最近この街に来たんですけど、街の人も皆優しくて街だってとても賑やかで綺麗ですね」

「アッハッハ! そう言ってくれるなんて嬉しいねえ。やっぱり住んでる街が褒められるのはいいね、他の人は悪党の街って名前だけで嫌がったりけなすからさ」

「え……?」

「悪党の街? もしかしてここって悪党の街ヒールハイなんですか? 」


 アールが興味を持ったのか食い気味に女性に確認している。


「おや、もしかして知らなかったのかい? あんた達、どうやってこの街に来たんだい」

「あ、えっと、何て言いますか……ちょっと悪い人に売られかけたのを保護されて、この街に……」


 ハッと我に返ったエルが事実を少しぼかしながら話すと女性は「ああ」と納得した顔になった後、申し訳なさそうに謝ってきた。


「そりゃ悪いことを聞いちまったね。ごめんよ、知らなかったとはいえ辛いこと言わせちゃって」

「だ、大丈夫です。アールがいてくれてますし、僕達を保護してくれた人も優しい、うん優しい人ですから。ね、アール」

「うん。僕もエルがいてくれるし、この街だって聞いてたのと全然違いますし、その通りだとしてもここには神父様とシスターとボスがいるから住めるのは嬉しいです」

「神父様? シスター? そんな職は……いや、何でもないよ。そんなことより、あんた達は外で保護されたってことは大丈夫だと思うけど、でも大事なことだから一応注意はしておくよ」

「注意?」


 エルがそう聞くと、おばさんは顔を近づけ周りには聞こえないよう小声で話しだした。


「ここが悪党の街だからと言って悪い事をしてはいけないよ。悪事を禁止しているわけじゃないけど、ここには騎士とか警備隊とかそんな優しい奴らはいないからね」

「え、え?」

「まあ要は他の街と同じってことだよ。悪い事はダメ、勿論この街を治めている四大貴族のことも深く調べなきゃこの街はいい街ってことさ」


 そこまで言うとおばさんは離れ、ニカッと笑うと双子に一つずつ真っ赤で美味しそうなリンゴを手渡した。


「あの、コレは?」

「あたしからの引越し祝いみたいなもんだよ。あと、できればこの店を贔屓にしてくれると嬉しいね。あんた達の為にいいやつ仕入れとくからさ」

「あ、ありがとうございます!」


 双子はお礼を言うと街の中心部の噴水へと戻り、近くに置かれているベンチに座った。


「ここヒールハイだったんだ。街が平和だから全然気づかなかった」

「評判ってあんまりアテにならないね。そこらの街や村よりよっぽど賑やかだし優しい人多いよ、さっきのおばさんとか雑貨店のおじいさんとか」

「うーん。アールはさ、さっきのおばさんの忠告どう思う?」

「どうって……普通じゃない? 悪党の街でも悪事はダメってことでしょ? 四大貴族ってのも、上の人って詮索されるの嫌がるよね」

「まあ、そうだよね」


 今もこの噴水の周りにはたくさんの人達が行き交い、楽器を弾いたりしている人もいれば噴水の水で遊んでいる子供達がいたりとそれぞれ楽しそうに過ごしている。


「うん、悪党の街って言葉に僕が考えすぎなだけかな。普通だし、いい街だよね」

「何で悪党の街なんて言われてるんだろう。まあ何でもいいか、調べてまで知りたいわけじゃないし。ねえエル、それより買い物も終わったから闘技場観に行こうよ」


 ベンチから降りるとアールは早く行こうとエルの手を引っ張り、そんなアールにエルは苦笑いを浮かべながらも特に抵抗することなく素直に立ち上がった。


「分かったからそんなに引っ張らないでよ。でもアールって武闘とか興味あったっけ?」

「この間から気になりだしてさ。僕も神父様みたいに戦えたらなって」


 そう言いながらアールは荷物を持ったまま走りだしたので、エルも慌ててアールを追いかけた。

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