第12話 VALE TUDO ROUND2


『修繕作業のため、決勝トーナメント第二試合出場選手は暫し待機をお願いします』


選手控え室にアナウンスが届く。


「李空の奴。また成長しよったな」


部屋に備え付けられたモニターで試合の行末を見守っていた平吉は、感想を口にした。


「伍ノ国の剣士もなかなかやるようだな」

「架純とマテナも息ピッタリだったあ〜る」

「暴れ馬とも闘ってみたかったえ〜る」


ハテスとみちるも感想を語り合う。


「借倉架純。なんと美しい・・・」


ポセイドゥンだけは、試合とは直接関係ない感想を口にしていた。



───数十分後、観客席。

舞台を囲むように設置された観客席の後列。前列と比べてであるが熱気が緩やかな一帯の角には、メテスとノーヤの姿があった。


「良い試合でしたね」

「・・ええ。とっても」


メテスは、目にハンカチを当てている。


「ここにいたでありんすか」


そこに、試合を終えた架純とマテナの二人が合流した。


李空とセイの姿はない。

出番を終えた彼女らと違い、決勝に駒を進めた李空とセイは選手控え室に戻ったようだ。


架純とマテナの二人は濡れた衣装を着替えており、お揃いのジャージを身につけていた。


白とピンクを基調としたジャージ。

大会運営側が用意していたのだろうその衣装は、マテナにはぴったりであったが、架純には小さかったようだ。


ポセイドゥンが悩殺された、架純のスタイルを隠すには頼りなく。浮かび上がるシルエットが他の観客、主には男の視線を引きつける。


架純はその視線に気づきながらも、堂々と胸を張って歩く。そのまま「後ろ、失礼するでありんす」と、ノーヤ達の後ろの席に腰を下ろした。


「お疲れ様。良い試合だったわ」

「どうせなら勝利を届けたかったのですが。鍛錬が足りませんでした」


温かい言葉で迎えるメテスに、マテナは苦い顔で答える。そのままマテナも架純の横に腰掛けた。


短い会話を終えた四人の視線は、自然と舞台上に寄せられる。

整備は着々と進んでおり、第二試合が始まるのも時間の問題と思われた。


「平ちゃんとみちるちゃんの直接対決。楽しみでありんす」

「あのふたりがぶつかる。不安になってきました・・・」


同じ国の代表二人をそれぞれ思い浮かべ、架純とマテナは別々の感想を口にする。


闘いの刻は近い。




「大変お待たせしました!これより決勝トーナメントを再開致します!」


実況者ハトの声が会場に響く。

観客席からも「うおー!」と、大きな歓声があがった。


「それでは早速、選手に登場して貰いましょう!」


ハトの合図に合わせ、円形の舞台に二本の橋が架かる。

前回とは違い、東と西。それぞれの橋の奥には、うっすらと剣闘士の姿が見えた。


「東の剣闘士『地獄の番犬』。西の剣闘士『海神の一撃』。入場です!!」


堂々とした足取りで、二組のペアが中央の舞台に向かう。


「地獄の番犬。まさに『ケルベロス』あ〜る」

「冥府の神とケルベロス。最凶の組み合わせえ〜る」

「海神、か。久しぶりにを出すことになりそうだな」


東からはみちるとハテスが。


「海神の会心の一撃。頼んだで」

「壱の奴らは本当に洒落が好きだな」


西からは平吉とポセイドゥンが。


今、舞台上で相対し、


「それでは、決勝トーナメント第二試合。スタートです!!」


開戦のゴングが鳴った。



「お前と遣り合うのは久しぶりだな。ハテス」

「そうだな、ポセイドゥン。一つ決着をつけるとするか」


開始早々。ポセイドゥンとハテスの間で火花が散る。

二人の右手には、いつの間にやらそれぞれ相棒の槍が握られていた。


不適な笑みを互いに浮かべ、ハテスが「バイデント」を、ポセイドゥンが「トライデント」を、それぞれ掲げ、天を刺す。

宙に浮かぶ太陽に向けられた矛先。人間からの挑戦を喜ぶように、舞台に浮かんでいた二人の影が、みるみる形を変えていく。


それは、本体が形を変えたのではなく。死人が息を吹き返したように、平面だった影が立体に。

ハテスとポセイドゥン。大柄な男二人より遥かに大きい、異様な圧を放つ大影が、それぞれの背後に浮かび上がった。


あと少しで円を描こうかといった形の大鎌。全身黒の衣装。フードの奥から覗く青白い顔と、丸まった背中が印象的なハテスの化身。

歪な形をした王冠。左肩から腰の右側にかけられた布地。控えめな刀身の短剣と、なにより鍛え上げられた肉体が特徴的なポセイドゥンの化身。


「死神と海神」「どちらが真の神か、決めようか」


言い放つやいなや、二人は槍を交えた。

その動きに合わせ、二つの化身が拳を交わす。


化身同士の衝突は一瞬時が止まったような静寂を生み出し、次いでビックバンのような衝撃が波紋状に広がった。


耳をつんざくような爆音。強い揺れと共に、舞台には激しい隆起が。ステージは山岳地帯へと早変わりした。


逆立つ観客の髪と共に、ブルーだった水面が一瞬の内に表情を変える。

海神側はレッドに、死神側はブラックに。


「ぬおおお!」「ぬううん!」


二つの化身は、そのまま大鎌と短剣を交える。

その動きに呼応するように。二色に分かれた水が意思を持ったように舞台上に乱入。


赤と黒の海が、隆起した舞台に降り注ぎ、谷には混色の川が流れ始めた。


「死の谷に魔の川。あの時と同じ光景だな」

「二色のオーシャン。太陽の加護といったところか」


衝撃で消滅した大鎌と短剣。

舞台を囲む堀は、すっかり乾き切っている。


死の谷を流れる魔の川を挟み。視線を交えるポセイドゥンとハテスが、同時にニヤリと口角を上げる。


数秒後。再び会場を衝撃が襲った。



見た目も十分派手ながら、その裏での頭脳戦が勝敗を左右した第一試合と違い、第二試合は大技と大技の応酬、力と力のぶつかり合いといった印象のものであった。


「全く、他の国の代表は我が強うて敵わんわ」


変わり果てた舞台を眺め、平吉がボソリと呟く。

彼のすぐ隣。ハテスとポセイドゥンの背に浮かぶ化身は、互いの両手をガシッと掴み、取っ組み合いをしていた。


そんな異様な光景のすぐ横で、壱ノ国代表の二人は呆れ混じりの視線を交差させる。


「平吉。そろそろこっちも始めるあ〜る」

「手加減ならいらないえ〜る」


じっとしているのはもう飽きたと、みちるは両手に嵌める人形を投げ捨てた。

それすなわち開戦の合図。露わになった両手から影が伸びる。


「そんな粗雑に扱いようて。美波が見たら悲しむで」


投げ捨てられた人形を拾い上げ、平吉が言う。

その行為にどのような意図があるのか。そのまま自らの両手にゆっくりと嵌めた。


「ちときついがええか・・」


美波お手製の人形はみちるサイズであるため、平吉の手ではせいぜい半分が隠れる程度だ。謎の行動の説明もせぬまま、平吉はそのまま静かに両目を閉じた。


「何をする気だ・・・」


「ドッグイヤー」を体現するように、これまで急速に成長を遂げてきたみちる。

人形を外しても自我を保ったまま。低い声で疑問を呈する。


程なくして平吉の目が開かれる。その顔にはニヤリと笑みが浮かんでいた。


「知っとるかみちる。宿んやで」


そう平吉が口にした瞬間。人形の目に光が宿ったように見えた。


「!」


人形はそのまま平吉の手元を離れ、主人であるはずのみちるに襲い掛かる。


あまりに突然の出来事に反応できずにいた主人を庇うように、「ある」と「える」が立ち塞がった。


「あ〜る!」「え〜る!」


二つの人形はその行動を期待していたように、二匹と主人を繋ぐ影のリードを噛みちぎった。


「ようやった」


その光景に満足げに笑み、首輪をなくした「ある」と「える」に、平吉が素早く触れる。

そのまま目を瞑り、反撃を警戒するように、みちるから距離を取った。


「あ〜る・・」「え〜る・・」


鎖を切られた「ある」と「える」は、それでも主人の元に戻ろうとしていたが、直前で動きが止まった。

その奥では、目を開いた平吉が意味ありげに笑みを讃えている。


「ある、える・・?」


その挙動に、みちるの低い声が戸惑いを見せると。


「ワン!」「ワン!」


二匹の犬は主人に向かって吠え、そのまま尾を向けると、依然宙に浮いていた人形に自ら吸い込まれていった。


「・・・なんだ?」


その行為に、みちるは虚をつかれたように目を丸くした。


さて、この人形であるが、その材質は特殊で、内側からの衝撃には非常に強い作りとなっている。

自由自在に形を変える影をその内に留めるのだから、当然と言えば当然の仕様だ。


平吉の『キャッシュポイズニング』によって、意思を持った二つの人形。

その内側に「ある」と「える」の二匹が籠ると、人形に明確な変化があった。


影と人形とが共鳴したように、その形はみるみる膨らみ始めたのだ。


「ワオーン!」「ワオーン!」


その末に、二つは揃って同一の姿を導き出した。

遠吠えを上げ、猟犬のようにギラついた目で睨みを利かし、人形の皮を被った「ある」と「える」が駆ける。


対象を噛みつかんとする勢いで。猛犬さながらの出立ちで。主人であるはずのみちるに向かって。


「飼い犬に手を噛まれるとはまさにこのことやな」


平吉は澄まし顔で呟いた。



ハテス対ポセイドゥン。死神と海神の闘いは、今決着しようとしていた。


「またも相討か・・・」

「神に優劣をつけるものではないな」


二つの化身は命からがらといった様子で最後に拳を交え、そのまま同時に消滅した。

この大技は、主も相当の体力を消費するのだろう。ハテスとポセイドゥンは肩で息をしている。


「ようやく終わったか」


そこに合流するは、軒坂平吉。

まだまだ余裕を残した彼は、当然ポセイドゥン側へ。


「・・・・」


チラリと仲間の方に視線を寄越すハテス。

そこには、愛犬に追いかけ回される犬飼みちるの姿があった。


「お疲れのところ悪いが、早速第2ラウンドといこうや」

「2対1はあまり気が進まんが、負けるよりは幾分マシか」


平吉の提案を呑み、ポセイドゥンがトライデントを握る手に一層力を込める。

そのままハテスに視線を送るが、何かに気づいたように目を見張った。


「ハテス。お前、バイデントはどうし───」

「気づくのが少し遅かったな」


ハテスの相棒。二又の槍、バイデント。

いつ間にやらハテスの手中から消えていたその槍は、まるで地面から生えてきたように、ポセイドゥンの背後にポッと湧き出た。


全体の半分ほど顔を出したバイデントは、そのままポセイドゥンを囲むように一周。描かれた円は底無しの穴を生み出し、ポセイドゥンは真っ逆さまに落ちていった。


「全く、学ばない男だ。地下は俺の領域だというのに」


役目を果たしたバイデントが、主人の元に帰る飼い犬のように、ハテスの手中へと戻る。


「貧乏くじを引いたな。さあ、どう動く?」

「どうしたもんか、困ったもんやで」


ポセイドゥンが消えた穴の方を眺め、平吉が首を振る。ただし、バイデントの行方はしっかりと横目で追っていた。


さて、ポセイドゥンが脱落したと考えれば、平吉は一人で二人を相手することになる。

みちるは現在「ある」と「える」の相手で手一杯であるが、それもいつまで続くかはわからない。


ハテスに疲れが見えることを考慮しても、平吉の方が不利な状況だと言えるだろう。


「・・・ん?」


黙考する平吉が、何かに気づいたように声を上げる。

その意味に、ハテスも少し遅れて気が付いた。


それというのは「音」。お腹に響くような低い音が、自分の領域であるはずの地下から迫り上がってくるのを感じ取ったのだ。


「───残念だったな!ハテス!!確かに地下はお前の領域だが、ここに限ってはそうじゃなかったようだ!」


穴底から飛び出たのは、ポセイドゥン。その身体を押し上げたのは、大量の水であった。


「地下に水が通っていたか。運の良い奴め・・」


恨めしげな表情で、ハテスがポセイドゥンを睨む。


「む!あそこにいるのは借倉架純!?ジャージ姿もなんと美しい・・」


ポセイドゥンは、観客席に借倉架純の姿を見つけ、アピールを始めた。




「全く、あの人は。騎士の風上にも置けませんね」


こちらにブンブンと手を振るポセイドゥンを、観客席のマテナはげんなりとした顔で眺めていた。

彼の行為が、架純に対する好意からくるものであることを理解した上での反応である。


「ほんと、面白い人達ね」


舞台上を眺め、メテスは笑みを浮かべている。


「面白い、ですか。面白い感想ですね」


彼女の横顔を見て、ノーヤはそんな感想を口にした。


才を用いた特殊な闘い。その奥深さ、面白さにハマるのは男性のケースが多い。

観客席をぐるりと見回せば男女どちらの姿もあるが、その顔つきには歴然とした差があった。


その差を生み出すのは求めるものの違いだろう。

男性が闘いに興奮を求めるのに対し、女性が求めるのはスリルである場合が多い。


どちらも広義では「面白い」に当てはまるが、そこには熱量の差が生じる。

しかし、メテスの目には、確かな熱がこもっていた。


そこには今は亡き夫の影があるのではないか。と、彼女の過去を聞いていたノーヤは想像を働かせた。


「・・ん?誰でありんす」


と、その時。架純の携帯電話に着信があった。

ジャージのポケットから取り出し、相手を確認する。


「六下?」


表示されていた名前に様々な憶測を瞬時に立て、架純は電話をとった。




「今度こそ第2ラウンドといこうか」


復活を遂げだポセイドゥンが、意気揚々と宣戦布告する。


彼の横には平吉の姿があり、相対するはハテス一人。

みちるは今も「ある」と「える」に追いかけ回されている。


「ああ、そうや。その前に何か武器出してえや。仲間に『毒』仕込むんは躊躇われるからな」

「武器、か。使えそうなのはくらいしかないな」


平吉の言葉にポセイドゥンは一瞬思案し、次いでトライデントの石突を地面に突き刺した。

その行為が意味するところは何か。その答えは、引き抜かれたトライデントが示していた。


「錨、やな。まあ使えるか」


再び顔を出した柄に巻きついていたのは、頑丈そうな鎖が伸びた「錨」であった。

平吉はそれを受け取り、鎖部分を握ると目を閉じた。


「───コイツも条件クリアや」


再び目を開いた時。錨に明確な変化があった。

というのも、みちるの人形の時と同様。まるで生を受けたように動き始めたのだ。


「それは一体どういう仕組みなんだ?」


ポセイドゥンが訊く。


「これか?これはな、物の記憶を刺激して、感情を呼び起こしとるんや」


今にも暴れ出そうとする錨の鎖を引っ張りながら、平吉が答える。

「と言っても」と言って、平吉の説明は続いた。


「この技を覚えたんは最近でな。詳しい制約は分かっとらん。現時点で判明しとんのは、思い入れが強いものでなくてはならんっちゅう条件と、最も強い感情を呼び起こすという仕様だけや」


平吉がリードを握る錨は、今にもハテスに噛みつく勢いで暴れている。

その動きから、錨が呼び起こされた感情は「怒り」だと平吉は確信した。


「やるしかないか・・」


ポセイドゥンと平吉の二人を交互に見て、ハテスがバイデントを握り直す。


「犬飼みちる、聞け」


視線は対戦相手に向けたまま。背後の仲間に向けてハテスが言う。


「人も動物も同じ一つの生命。心を通わす方法もまた同じであるはずだ」

「・・・」


「ある」と「える」の相手をしながら、みちるはハテスの言葉の意味を思案している様子だ。


「さあ、始めるぞ」


その裏で、ポセイドゥンの合図と共に第2ラウンドが始まった。



(心を通わす方法、か・・・)


みちるは突然動きを止め、抵抗を止めた。

人形の皮を被った「ある」と「える」は、そのままみちるの右脚と左脚にそれぞれ噛み付く。


「・・・」「・・・」


これにて勝負あったかと思われたが、「ある」と「える」の2匹はそのままの状態で動きを止めた。


「・・・」


みちるにしても両脚を噛まれたまま、振り払おうとはせずに直立している。


平吉、ポセイドゥン、ハテスの3人が派手な攻防を繰り広げる中。


みちる、ある、えるの3者は、異様な硬直状態を生み出したのだった。





『コウシテ話スノハ久シブリダネ、ミチル』

『顔ハイツモ合ワセテルケドネ』

「・・・もしかして、怒ってる?」

『ソンナコトナイヨ。怒ッテルワケジャナイ』

『タダ君ト一緒ニ歩ケナイ事ガ。君ノ成長ガ寂シインダ』

「・・・そんな事ないよ。僕は全然成長してない。平吉に架純に李空に京夜。みんなに支えられて、僕はなんとか立ってる」

『ソンナコトナクナイヨ。ミチルハ確カニ成長シテル』

『仲間モミチルヲ信頼シテル。僕達ハソノ事ガ誇ラシクモアリ、少シ寂シクモアルンダ』

「・・・どういうこと?」

『少シ前マデ、ミチルノ良サヲ知ッテルノハ僕達ダケダッタ』

『デモ今ハ違ウ。多クノ人間ガミチルの優シサヲ、強サヲ知ッテル。ソノ事ニ僕達ハ、ソウダネ、多分「嫉妬」ヲシテイルンダ』

「・・・嫉妬?どうして?あるとえるは最初で一番なのに」

『最初デ・・』『一番・・』

「そうだよ。二人が居たから、いいや、今も居るから。僕は闘えるんだよ」

『・・・ソッカ。ソウダヨネ』

『・・・過去モ現在モ。僕達ハ三デ一ツ、ダモンネ』

「うん。これからも、未来も一緒だよ。

『ソウイウ未来モあるカモネ』

『ソノ時マデ。僕達ガ支えるヨ』

「・・・もう一人の僕ともわかりアエルかな」

『『大丈夫。コンナ風ニ対話デキレバ、キット「」トモ心ノ底カラ通イあえるヨ』』





「捉えたで」


平吉・ポセイドゥンの猛攻を何とか耐え凌いでいたハテスであったが、指折りの強者である二人の攻撃を受け切るのは並大抵のことではなく、遂に均衡が崩れた。


「っ!」


その手に馴染んできた、平吉操る「錨」がハテスの横腹に直撃しようかとした、その時。


「わん!」「わん!」


二つの影が、それを防いだ。

言わずもがな。その影とは、人形を被った「ある」と「える」である。


錨を前足で踏みつけ、「「わおーん!!」」と揃って遠吠えを上げる。


「ちっ。ビクともせえへん」


錨と繋がった鎖を引っ張る平吉であったが、「ある」と「える」の押さえつける力に全く敵わない様子だ。


「間に合ったようだな」

「ハテスの助言のおかげだよ。ありがとう」


ハテスの横に並び、みちるはその目で平吉を見据える。

どこか遠くに目を向けていた平吉は、遅れてみちるの視線に合わせた。


「平吉は僕に言った。飼い犬に手を噛まれるとはまさにこのこと、と。でもそれは違う。あるとえるは友達であり家族であり兄弟。そこに上下関係はない!」


強く言い放つと、平吉は一瞬呆けた顔をした後、ニヤリと笑った。

その横でポセイドゥンが豪快に笑う。


「これで試合は振り出しか。どうする軒坂」


試すような口振りでポセイドゥンが言う。


みちるも戦線に復帰したことで、再び2対2の構図に戻った。

体力の消耗などの差は多少あれど、有利不利はほとんどない戦況だと言っていいだろう。


「決まっとる」


平吉は決心したように一歩踏み出ると、弱々しく両手を上げた。


「降参や。この勝負をワイら『海神の一撃』は降りさしてもらう」


突然の敗北宣言に、会場の誰もが目を丸くした。

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