第11話 VALE TUDO ROUND1


「まあ、こうなるわな」


試合結果が書き加えられたトーネメント表を眺め、平吉は感想を口にした。


場所は、闘技場内に用意された選手控え室。

初めは部屋を埋めるほどの剣闘士が集まったものだが、現在この場に居る者は


それすなわち、調査班に肆ノ国代表の三人を加えた面子。

それが意味するは、ここまで勝ち残ったのは彼らだけという事実であった。


東、西、南、北の4つに分けられ行われた予選ブロック。

そこから勝ち上がったのは、ハテス・みちるペア、ポセイドゥン・平吉ペア、マテナ・架純ペア、セイ・李空ペアの4組であった。


この4組による決勝トーナメントに向け、現在会場では整備がなされている。


「こうなるとこれ以上闘う意味はあまり無いが、どうする?」


試すような口ぶりでハテスが問いかける。


そう、一行が大会への出場を決めたのは、優勝賞品として石版を提示されたから。

どう転んでも優勝が一行の誰かとなった今。これ以上争う必要性はないように思われた。


「何を分かりきったこと聞いとんねん。ここからが本番やろ」


大胆不敵に平吉が笑う。

その答えを待っていたように、ハテスら一行も笑みを浮かべた。


確かにきっかけは石版だったが、その目的にはいつしか地力の向上も含まれていた。


実力を認める相手と思う存分手合わせできる、貴重な舞台。

その好機は、効率を重んじる平吉も有益と判断するものだった。


『お待たせ致しました。決勝トーナメントの準備が整いましたので、該当選手はスタンバイをお願いします』


アナウンスが鳴り、選手控え室から4人の剣闘士が立ち上がる。


「やるからには、全力でいかせてもらいます」

「手加減は無用でありんす」

「こちらも負ける気はない」

「お手柔らかにお願いします」


女騎士と花魁。剣士と李空。二組の間で火花が散る。


異種格闘戦の始まりである。



「皆さま、大変お待たせしました!これより決勝トーナメントを開始致します!!」


会場に響く、興奮じみた男の声。

開戦の合図に合わせて、「うおー!」と観客席から大きな歓声があがる。


「実況は本日欠席のミトに代わり、引き続きハトが担当致します。よろしくお願いします」


えー、と原稿を確認する間があり、アナウンスは続く。


「決勝のルールは至極単純。戦闘不能、降参、場外。3つある条件の内、いずれかを満たした選手は脱落。両者共に脱落したペアは敗北となります」


なるほど、決戦の舞台は水上に浮かぶ形をしており、場外とは水場に落ちることを指すのだろう。

陽光が反射し煌く水面は不自然なほど凪いでおり、嵐の前の静けさを体現しているようだ。


「それでは、選手に登場して貰いましょう!」


ハトの合図に合わせ、円形の舞台に二本の橋が架かる。

北と南。それぞれの橋の奥には、うっすらと剣闘士の姿が見えた。


「北の剣闘士『変幻自在の残火』。南の剣闘士『表裏一体の戦乙女』。入場です!!」


ゆっくりとした足取りで、二組のペアが中央の舞台に向かう。


「チーム名を平吉さんに任せたのは失敗だったか・・」

「そうか?俺は悪くないと思うがな」


北からは李空とセイが。


「ワルキューレ、でありんすか」

「ええ。ぴったりでしょう」


南からは架純とマテナが。


今、舞台上で相対し、


「それでは、決勝トーナメント第一試合。スタートです!!」


開戦のゴングが鳴った。



「「「「・・・・」」」」


試合開始早々、会場を異様な静けさが襲った。

舞台を囲む水面もピンと張り、剣闘士同士の睨み合いが続く。


「・・来ないなら、こちらから行くぞ」


沈黙を破ったのはセイだった。


携帯していた刀を鞘から抜き取り、その刀身が露わになる。

白銀に煌く刃。その全容を瞳に宿し、子どものように目を輝かせる者が一人。


「その形状、もしや『残雪』ですか!?」


声を張り上げる対戦相手。マテナの純粋無垢な問いかけに、セイは困惑の表情を浮かべる。


「そうだが。なぜ知っている?」

「知っているに決まってるじゃないですか!雪のように白い刀身は、時に淡雪の如く柔らかく、時に凍雪の如く剛く。対象が斬られたことに気づかぬ程滑らかな太刀筋は、人の心に溶けぬ雪を残す。常識ですよ!」


自他共に認める武器マニアのマテナが、早口で捲し上げる。

その手の大会なれば間違いなく優勝だろう。


どこぞのジショウマニアオタクに引けを取らない熱量に、セイや李空、仲間の架純までもが呆気にとられる。

その温度差に気づいたマテナは、恥じらいの表情を覗かせた後。気を取り直すように相棒のランスを呼び出し、握った。


「『残雪』と一戦交えることができるとは光栄です。参ります」


風を切るように、電光石火のスピードでマテナが迫る。


「良い速さだ」


振り下ろされた『残雪』と、ランスの「突き」が一点で交わる。


膨大なエネルギーの衝突はビックバンが如く炸裂し、会場全体に突風が吹き荒れる。

静かだった水面にも波が生まれ、その場の誰もが目を細めた。


「流石は肆ノ国代表といったところか」

「そちらこそ。刀に振られるような柔な鍛え方はしていないようですね」


肆と伍。二国の若きエースが互いの実力を認め、笑う。


好敵手を見つけたと、悦ぶように。



「完全に蚊帳の外だな・・・」


激闘を繰り広げるセイとマテナを尻目に、李空が呟く。


二人の剣劇は更にヒートアップ。そこに付け入る隙はなく、李空と架純は手持ち無沙汰となっていた。


「ほんなら、あちき達も始めるでありんすか」


李空に向けて架純が言う。


「拒否権はないみたいですね」


李空が答えると、架純は指を3本立てた。


「3つ。くうちゃんの活躍を観る中であちきが見つけた、くうちゃんの弱点の数でありんす」


「くうちゃん?」と自身の慣れない呼称に戸惑いながら、李空は続きを待つ。


「闘いに身を置く者なら、強者と認めた相手との闘いを脳内でシミュレートするものでありんしょ」

「ですね。俺の場合は想像が難しいですけど」

「そこで見つけた必勝法。それを試し、ハマった時。それが一番の快感でありんす」


語り終えると、架純は姿を晦ました。


代わりに李空の前に現れた個体。

その姿に、李空は戸惑いの声を漏らす。


「かすみ・・さん?」


そこに立っていたのは、幼き子どもが落書きで描いたような。

かろうじてモチーフが架純とわかる。一目で偽物と判断できる。


あからさまな罠。出来損ないの囮であった。



「くうちゃん、たおす、でありんす・・・」


歩き始めの赤子のように。おぼつかない足取りで近づいてくる架純の偽物。

脅威は感じずとも敵であることは間違いないわけで。李空は才を発動する。


「これは、棒・・?」


が、『オートネゴシエーション』が李空に与えたのは、「木の棒」という初期アイテムの代名詞であった。


「くうちゃんの弱点その1。最弱で最強、最強で最弱。でありんす」


どこからか、架純の声が聞こえてくる。


「平ちゃんも言っていたように、くうちゃんの才は最弱で最強。強者の前では強者でありんすが、弱者の前では弱者でありんす」


そう、『オートネゴシエーション』は、環境で強弱が変わる才。

その真偽は、李空の手に握られた「木の棒」が証明していた。


「まあ、十分か」


意図的に生み出された最弱によって引き出された最弱。

「木の棒」で偽物の架純に軽く一太刀を浴びせると、その体は簡単に弾けて消えた。


「弱点その2」


その声は、「木の棒」を構える李空の背後から。


「マルチタスクには不向きでありんす」

「しまっ!」


忽然と姿を見せた架純の手には、マテナ御用達のランスが。マテナが使用しているのとは別。2本目のランスである。

その切っ先が、無防備に晒された李空の背中に迫る。


カツン、と金属音が鳴る。

その発生源は、ランスと刀。架純が握るランスと、セイが握る『残雪』であった。


「危なかったな。透灰李空」

「すまない。助かった」


セイの声は少し離れた場所から。

『残雪』はその、李空のピンチを救ったのだ。


「そういえば、その刀は伸びる仕様やったね・・」


惜しそうに言葉を残し、架純は再び姿を晦ます。


その情報を架純が得たのは、伍ノ国に入国した直後のこと。

豪雪によるホワイトアウトの中、調査班の視界を回復させた『残像』の傘。


うっすらと見えた、頭上を掠めた刀身と、セイの立ち位置から。架純は『残雪』の伸びる性質に気がついていたのだった。


「闘いの最中に他所見は感心しませんね」


李空を守るため、『残雪』の刀身を伸ばしたセイ。

その隙を突き、今度はマテナのランスがセイに迫る。


「残念だが、一度仕切り直しだ」

「なっ!」


が、そこに在ったのはセイの『残像』。

マテナのランスは虚空を突き、難を逃れたセイ本体は李空のすぐ側へ。


同じく架純もマテナの横につき、再び2対2の構図が生まれる。


「・・でありんす」

「・・いいでしょう」

「・・はどうだ」

「・・ああ、助かる」


お互い、ペア同士で短い会話を交わす。


先に動いたのは李空だった。


「頼むぞ相棒」


合図と共に、会場に異変が起きる。

互いの位置を隠すような、濃い霧が発生したのだ。


「・・霧?これは好都合でありんすね」

「そうですね」


霧の向こうから、架純とマテナの声が聞こえる。

対する李空とセイは、背中を合わせ、警戒の構えをとる。


程なくして霧の向こう。が浮かび上がった。


「「何だ・・」」


右に左に。背中合わせの状態で同じ方向を向き、同じ言葉を漏らす。


李空とセイの視線の先。

大きな影は更に大きさを増し、その正体を露わにする。


「おかげでになれました。感謝します」


霧を掻き分け攻め入るは、木馬に騎乗した女騎士。

騎士本来の戦闘スタイルを手にしたマテナは、木馬の背上で意気揚々と純白のランスを掲げた。



マテナが跨る木馬は、架純の『ハニーポット』によって生み出されたモノであった。

材質が木というだけでその動きは本物の馬と遜色なく、怒涛の勢いでこちらに迫る姿は、李空とセイに身の危険を感じさせるのに十分であった。


「!」「!」


木馬の分高くなった位置からランスが迫り、李空とセイは左右に飛び退く。

元居た地面にランスの切っ先が刺さり、床に大きくヒビが入った。


「あの機動力に、この威力。厄介だな」

「そうでしょう。名付けて『信偽の木馬』。乗馬の隙を与えたのは失策でしたね」


セイの呟きに、マテナが整然と答える。


李空が発生させた霧は、結果として『信偽の木馬』完成を援護する形となった。

更に、木馬の颯爽とした動きに合わせ、霧の大部分はすっかり晴れてしまっていた。


「だが、それはあくまで『攻』の話。慣れない馬の背上では、『守』の力は落ちるはず」


冷静な分析と共に、セイの『残雪』が伸び、マテナの身に迫る。


「見事な考察。相手が私でなければ、ですがね」


しかし、マテナを横から強襲しようかという刀身は、純白の盾によって防がれる。絶対防御の『パラスの盾』によって。


「『伸びる』という性質自体は脅威ですが、そのスピードは大したことない。把握していれば十分に対処できます」


次いで、マテナのランスが指した先。

出現した盾の奥に迫っていた李空は、鋭く尖った切っ先を眼前に、背筋をピンと伸ばした。


「霧を発生させた時点で死角を狙おうという魂胆は見え見えです。盾の影に隠れることも計算の範囲内」

「・・敵を信じるのが騎士のモットーという話では?」

「我が国の将を討った貴方なら、私を欺くためにそれくらいのことはしてくる。と信じたまでです」

「そんな屁理屈な」


苦笑を浮かべながら、李空は木馬に乗るマテナから距離を取る。

セイも同じく距離を取り、木馬を挟むように陣取った。


「セイ、気をつけろ。架純さんは何処からでも出てくるからな」


と、対極のセイに李空が呼びかけた。その時。


「その通りでありんす」


艶かしい吐息と共に、李空の耳元でその声は囁かれた。

咄嗟に振り向くが彼女の姿はなく。虚空から架純の声だけが響く。


「くうちゃんの弱点その3。優しすぎる。でありんす」

「りっくん!」

「くうにいさま」

「っ!」


李空の両隣から届く、聞き覚えのある声。


突然現れた二つの人影。見た目を晴乃智真夏と透灰七菜そっくりの二人は、李空の身体を取り合うように両腕をがっしりと掴んでいた。


「マテナちゃん。準備完了でありんす」


身動きが取れなくなった李空の目前に、架純が姿を現す。


「名残惜しいですが、了解しました」


返事をするやいなや、マテナは惜しそうに木馬を乗り捨て、架純の元へ駆け寄った。


「ヒヒイイイン!!」

「なんだ!?」


騎手を失った木馬は、暴れ馬の如くセイに向けて猪突猛進。

セイは『残雪』を振り回し、木馬の猛追を食い止める。


その様子を、李空は離れた位置から眺めるしかなく。


「くうちゃんの才が牙をむけば、真夏ちゃんと七菜ちゃんを模した囮くらいどうとでもなる。けどくうちゃんにはできない。それはくうちゃんが優しすぎるからでありんす」

「優しさと強さは紙一重というわけですね」


架純とマテナのランス。2つの切っ先が李空の喉元に突きつけられる。


そう、マテナの戦闘スタイルを完成させる一手と思われた木馬、それすらも囮。


その狙いは、李空の集中を木馬に引きつけること。

これにより、李空の警戒は木馬との二つに自然と吸い寄せられた。


実力者の李空が、木馬を前にして架純の存在を気にかけることも計算済み。

意識しているという思い込みは、無意識からの一手に対する隙となる。


耳元で囁かれた架純の声に意識を完全に持っていかれた李空は、次いで現れた真夏と七菜の囮に簡単に左右を挟まれ、身動きを封じ込まれたのだった。


「りっくん!離れちゃダメだよ!」

「くうにいさま。動かないでください」

「・・・・くっ」


両腕を掴む、2人の囮の力が一層強まる。


架純が言うように、李空が才を働かせれば、何らかの形で拘束は解けるだろう。


しかし、李空はそうしなかった。


ただし、できなかったのではない。のだ。


「さあ、くうちゃん。降参するでありんす」

「・・・いいえ。勝ったのはです」


その言葉に架純とマテナは訝しむ。

真夏と七菜、二人の女の子に拘束され、架純とマテナ、二人の女性にランスを突きつけられる。誰が見ても修羅場。圧倒的不利な形勢。


しかし、李空の目は死んでいない。

その目は勝利を疑わず、眼には仲間の姿が映る。


暴走する木馬を止めるため。その男、セイは『残雪』を振り回していた。


何かに取り憑かれたように一心不乱に。

「木馬を止める」という目的を達するには、必要十分すぎる数の剣撃を。


「整ったぞ。待たせたな、透灰李空」


短く言い放ち、一閃。

木馬は縦真っ二つに割れ、音も立てず崩れ落ちる。


「みたいですよ」


李空はニヤリと笑い、頭上を指差す。


架純とマテナがチラリと視線を送る。

そこには未だ残っていた「霧」の残影が。


その時を待っていたように。霧のカーテンがゆっくりと開かれる。


「「!!」」


そこには、無数の『斬像』の束が、発射準備を整えている様があった。


舞台の形に合わせ、円柱状に束ねられた、宙に浮かぶ無数の『斬像』。その色は白であった。


斬撃の残像。『斬像』は、色によって性質が変わる。

通常の『斬像』は透明。飛ぶ性質を持つ『飛斬像』は黒。


そして、白は・・。


「知っているか?雪は時に人の命を奪うんだぞ」


重たい言葉を吐きながら、セイが『残雪』を一振り。

少しのラグがあり、風船のようにぷかぷかと浮かんでいく『斬像』が確認できた。


その『斬像』は、半透明の状態から段々「白」へと近づいていく。

その光景から。架純やマテナは、上空に浮かぶ無数の『斬像』の正体を知った。


それは、この試合でセイが『残雪』を振った数と同じ。

セイの剣撃は、マテナや木馬を相手すると同時に、この『雪斬像』の下準備も兼ねていたわけだ。


「ここまでバレなかったのは、透灰李空の優しさのおかげだな」

「・・やられたでありんす」


罠に誰よりも敏感である架純の目を欺けたのは、李空が生み出した「霧」があったから。

それも会場全体を包む大規模な霧であったため、真の狙いが頭上の『雪斬像』を隠すためとは気がつかなかったのだ。


架純が李空の弱点の一つとして挙げた「優しさ」。

セイの技をサポートする李空の優しさに、架純とマテナは欺かれたのだ。


「透灰李空!」

「!」「!」


見上げる架純とマテナの隙を突き、セイが『飛斬像』を飛ばす。

その残像は、セイの声に咄嗟に反応した架純とマテナの間をすり抜ける。比較的遅めのスピードで迫るその残像に、李空は真夏と七菜の囮を抱き抱えて跳び乗った。


「りっくん!」「くうにいさま」


本当の真夏と七菜のように頬を染める二人の囮。

三人を乗せた『飛斬像』は、舞台を囲む水面の上でピタッと停止した。


「全ての準備は整った。天候にはよく注意するんだな。『移ろいの空・霙仟像』」


自身を守るように、四方と頭上に『残像』を生み出すセイ。

人ひとり入るスペースの『残像』のバリアに、セイの体はすっぽりと収まった。


時を同じくして、風船のように飛んでいた一つの『雪斬像』が、他と同じように真っ白となり、束に合流する。


これにより舞台と同じ形、同じサイズの綺麗な円柱が完成。会場にゴゴゴと轟音が響き始めた。


完成した、千の『雪斬像』が織りなす『移ろいの空・霙仟像』。


「「・・・は!」」


その圧巻の光景を前に、架純とマテナは一瞬言葉を失うもすぐに我に返り、逆転の糸を模索する。


「マテナちゃん盾!盾でありんす!」

「それです!」


見つけた一縷の希望。

なるほど、『パラスの盾』を二人の頭上に展開できれば、この危機を脱することができるだろう。


しかし。


「「なっ!」」


揃って声をあげる架純とマテナ。

その視線はマテナの背後。そこには、望みとは違う方向に出現した盾が。


少し遅れて、何かが落ちる乾いた音がした。


「ただの木の棒でしたけど、木偶の坊ではなかったみたいですね」


音の正体は、木の棒。声の主は、李空。

安全圏である『飛斬像』の上から、彼はマテナに向かって木の棒を投げたのだ。


「これでも盾は発動するのか?」と、疑いの意思が込められた木の棒は、見事に『パラスの盾』の発動条件を満たしたのだった。


ちなみに真夏と七菜を模した囮はすっかり李空に懐いており、左右から李空の腰に腕を回して抱きついている。


「今からでもマテナちゃんの頭上からあちきが攻撃すれば・・」

「・・いえ。どうやら時間切れのようです」


すぐそこまで迫った千の『雪斬像』を前に、マテナは諦めの声を漏らした。



「ぷは!」「ぷわ!」


間一髪。既のところで水場に飛び込んだ架純とマテナは、ほとんど同時に顔を出した。


『残像』のバリアを貼っていたセイの立つ部分だけを残して、舞台は壊滅。

それほどに『移ろいの空・霙仟像』の威力は凄まじく、セイを守っていた『残像』もすっかり割れていた。


「その刀を千度振るえば、勝敗を決す終末の雪が降る。『残雪』の伝承は受け継がれていたのですね」


立ち泳ぎの状態で、舞台に唯一残ったセイに向けてマテナが言葉を投げる。


「意思を継いだまでだ」


『残雪』を鞘に収め、セイは静かに答えた。



「く、く、悔しいでありんす!!」


もう一方。着物を濡らした架純は仰向けの状態で水に浮き、子どものようにぱしゃぱしゃと両腕を水面に打ちつけていた。


その頭上に浮かぶ『飛斬像』には、勝者となった李空と、真夏と七菜の見た目をした囮の姿が。

依然李空に抱きつく2人の囮を眺め、架純は息を吐く。


「囮を撃退するどころか仲間に引き込むなんて。優しさを通り越して恐怖でありんすよ」

「そんなつもりなかったんですけどね」


困ったように呟く李空。


「泥棒猫!くうにいさまの占領面積が広すぎます。離れてください」

「おさななじみとっけんだよ!だからごーほー」

「それなら妹特権を行使します」


モデルの人格まで受け継いだのだろうか。

二人の囮は、まるで本物の2人のように、李空を取り合って喧嘩を始めようとしていた。


今一度架純が溜息をもらす。

2人の囮はポンっと消えた。


「作戦も見事だったでありんす。霧を有効利用できたと思い込んだことで、頭上の霧から注意を逸らされた。霧が発生すればあちきが利用しようとすることも計算していたんでありんすね」

「はい。闘いに身を置く者なら、強者との闘いを脳内シミュレートするものですから」

「嫌味な後輩でありんす」


皮肉めいた笑みで応える李空に、架純は苦笑を溢した。


「闘いの場において、くうちゃんは策士。才はともかく、使い手はマルチタスクも得意ということを計算に入れておくべきだったでありんすね・・」


水にぷかーっと浮かびながら、架純が反省会を始める。

それから頭上の李空に視線だけを向け、言葉を続けた。


「木の棒も計算の内だったでありんすか?」

「いえ、あれはたまたまです。けど───」


架純の問いかけに、李空が答えようとしたその時。

李空を乗せた『飛斬像』の効果が終わり、足場を失った李空はそのまま水場に転落した。


「すまない。透灰李空」


どばっと上がった水しぶきを舞台から眺め、セイが申し訳なさそうに言う。

暫くして「ぷはっ!」と、李空の顔が水面に現れた。


右手で髪を掻きあげ、李空は言葉の続きを口にする。


「最弱を最強に。それが俺の才の本質ですから」


架純は飛び込んできた後輩男子の方を向き。


「説得力があるでありんす」


子どもらしい笑みを浮かべた。

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