第10話 SLEEPING
───肆ノ国入国2日目。
闘技場にて行われる大会に出場することになった8人の戦士たちは、試合形式に乗っ取り2人1組の4ペアに分かれ、行動を共にしていた。
「・・・・」
神殿内の農園にて、祈りを捧げるマテナ。
その眼前には、オリーブの木が2本植えられていた。
「このオリーブは、私の親友がくれたものです」
オリーブの方を向いて手を合わせたまま、マテナが呟く。
「彼女の命日や決戦の前。彼女に報告したい出来事があった時は、こうしてこの場所を訪れるようにしているんです」
「・・そうでありんすか。届くと良いでありんすね」
マテナの背後から答えるのは、架純。
この度の大会にて、二人はペアとして出場することとなったのだった。
『TEENAGE STRUGGLE』決勝戦では、直接相対した架純とマテナ。
クジの結果この二人が組むことになったのは、神の悪戯に思えて仕方がなかった。
「オリーブの花言葉をご存知ですか」
振り返ったマテナが、架純に向けて問いかける。
「『平和』でありんすか?」
「ええ。その他にも『安らぎ』や『知恵』、『勝利』といった意味もあります」
頷き、マテナは言葉を続ける。
「肆ノ国の一部では、才を授かる転生の日に苗木をプレゼントする習わしがあります。パラスもこの習わしに倣ったはずですが、何故オリーブを選んだのか。私は疑問に思っていました」
架純は黙って耳を傾ける。
「きっと花言葉を知って選んだのだろう。そんなふうに思っていましたが、最近になって別の可能性を見つけたんです」
「何でありんす?」
「オリーブは違った品種を二本以上植えると、実がつきやすくなります。この二つの苗木に、パラスは自分と私の二人を重ねたのではないか。そんな風に考えるようになったのです」
事実、パラスが残したオリーブの苗木は2本であった。
妹のように慕っていたマテナと、この先も二人三脚で歩んでいきたい。
オリーブの苗木には、そんな想いが隠されていたのかもしれない。
「素敵な話でありんすね」
「ええ。実がつくのが楽しみです」
オリーブの木の手入れをしながら微笑むマテナに、架純も優しい笑みを浮かべた。
───同じく神殿の一室。
薄暗い部屋の中で、薄気味悪い笑みを浮かべる男が一人。
「今日も可愛いなあ。お前たち」
所狭しと並んだケージの中に在る存在。その多くが爬虫類である動物たちを眺め、ハテスは恍惚とした様で呟いた。
「・・・気持ち悪いあ〜る」
「何か言ったか」
「・・・何でもないえ〜る」
有無を言わせないハテスの妙な迫力に、みちるは諦めたように答えた。
みちるとハテス。この二人も、大会に出場することになった組み合わせであった。
「お前もこの可愛さが理解できない人種か。整ったモノに美しさが宿るように、そうでないモノには可愛らしさが在る。と、俺は思うんだがな」
ハテスの言葉に、みちるの両手に宿る「ある」と「える」は、揃って小首を傾げた。
「そういえば、架純が似たような事を言っていたあ〜る」
「主人が眠った後、伝言を預かったと言っていたえ〜る」
それは『TEENAGE STRUGGLE』決勝戦にて、みちるがハテスに敗れた際のこと。
みちるを心配してリング上に駆けつけた架純に、ハテスはこんな言伝を残していた。
"孤独は理想と現実を映す合わせ鏡。その奥に浮かぶ生と死は力強くも儚く、ゆえに美しい"
「そういえば、そんなことを言ったな。この世界には、整っていなくとも美しい。整っていないからこそ美しいモノもある、という話さ」
「える」と「ある」に続き、みちるも首を傾げる。
ケージの中の爬虫類は、眠そうに瞬きをしていた。
───こちらは神殿内に設けられた銭湯。
熱々のお湯が張られた湯船には、二人の大男が浸かっていた。
「どうだ。真昼間から風呂も悪くないだろ」
その内の一人。ポセイドゥンが、もう一人の男に向けて言う。
「・・・・・せやな」
その男。白地のタオルを頭に載せた平吉は、両目を瞑ったまま答えた。
彼らもまた、この度の大会で組むことになった二人である。
親睦を深めるという建前の元、ポセイドゥンの趣味である銭湯を愉しむ運びとなったのだった。
「にしても、ほんま水気が好きなんやな」
「肆ノ国に伝わる海神を才として宿してるくらいだからな。無意識の内に、遺伝子レベルで水を欲しているのかもしれない」
「海神、か。もしかすると、海千とも仲良うなれるかもしれへんな」
しゃべくり兄弟でお馴染み、海千矛道と海千盾昌の二人を思い浮かべる平吉。
「いや、アイツらは別か」と、平吉は直ぐに考えを改めた。
「ところで墨桜、だったか。あの黒箱の坊主は何をしている」
平吉の方を向き、ポセイドゥンが問いかける。
『TEENAGE STRUGGLE』決勝戦にて、壱ノ国代表としてポセイドゥンと相対したのは、墨桜京夜。
調査班には加わっていない、激闘を繰り広げた彼が今現在何をしているのか。ポセイドゥンは密かに気にかけていたのだ。
「さあな。あいつは不器用な男やから」
平吉は表情を変えずに答えた。
その言葉にポセイドゥンは暫し口を噤む。
訪れる束の間の沈黙。
それを破るように。ポセイドゥンは突然ガバッと立ち上がると、生まれたままの姿で仁王立ち。覚悟を決めた顔つきで、平吉の顔を真っ直ぐに見据えた。
「時に、軒坂。あの女とはどういう関係だ!」
「・・・はあ?」
突然の物言いに、平吉は呆けた声を漏らす。
「借倉架純のことだ。お前と彼女はデキているのか。そう問うている!」
「・・いやあ、そういう関係ではあらへんで」
「そうか!それは良いことを聞いた。漢の戦闘に妬み恨みは無しだぞ!いいな!!」
大声を上げ、水を滴らせながら。
大きな歩幅で湯船を出るポセイドゥン。
「今は、な・・・」
銭湯を後にする大きな背中を見送り、平吉は静かに目を閉じた。
「まさかこの二人で共闘する日が来るとはな」
「ああ。どうやら神は見ているらしい」
最後の組み合わせ。ペアを組み大会に参加することになった李空とセイの二人は、揃って肆ノ国の街中を闊歩していた。
肆ノ国の街並みは、整然としていた。
直線で引いたように整った街はどこか歪で、例えるなら血の通っていない面のようである。
「おっ!そこの兄ちゃん達!寄ってかないかい!」
と、活気のある声が李空とセイを呼び止めた。
その声の主。元気のあるおじさんの前には、潮の香りを漂わせる魚貝類が並んでいた。どうやら、魚屋の店主のようだ。
「どうする、セイ。魚は好きか?」
「好物だ」
「なら寄ってくか」
夕飯の買い出しも兼ねていた二人は、そのまま立ち寄ることにした。
「兄ちゃん達。運が良いねえ。今日は活きが良いのが入ってるよ!」
店主の話にすっかり魚の舌になった二人は、そのまま買って帰ることを決めた。
「毎度!」と袋詰めする店主が、そのまま舌を止めずに会話する。
「見ない顔だね。もしかして剣闘士さんかい?」
「はい。流れで参加することになりまして」
「そうかい、そうかい。それは頑張って貰わないとね!」
李空が答えると、店主は注文より多くの魚貝を詰め出した。
「ほい。サービスだよ!」
「良いんですか?」
「ああ。剣闘士さんには英気を養って貰わないとね」
気前の良い店主に礼を言い、李空が大量の袋を受け取る。
ふとセイの方に視線を向けると、彼は近くの建物に目を向けていた。
「なんだい。未来園が気になるのかい?」
店主が問いかける。
その建物には小さな子どもの姿が多く見られ、温かな空気が流れていた。
静かで凛とした街とは、明らかに一線を画している。
「なんですか。未来園って」
「未来園を知らないのかい。そうだねえ、一言で言うなら、子ども預かり施設だよ」
店主の話を聞きながら、未来園なる施設の方を眺める。
そこには、親と思われる人物が子どもを引き取っている様子があった。
「子どもを育てる為には働かなくちゃならないが、子どもを手放すのは国のタブー。リアルとモラルの板挟みだった状況を改善する為に、数年前にある若者が建設した施設がこれさ」
「・・その若者って、もしかしてセウズって名前ですか?」
「ああ、そうだよ。よく知ってるね」
店主の話を聞き、李空は目を細めた。
『TEENAGE STRUGGLE』にて、無敗を誇った絶対王者。
最高の舞台で手合わせして尚、うっすらとしか見せなかったセウズの内側に、初めて触れられた気がしたのだ。
「絶対王者セウズか。今は眠っているんだったか」
「ああ。目覚めてくれると百人力なんだけどな」
セイの言葉に李空は頷き、仲間が待つ神殿へと踵を返した。
───大会当日。
選手として出場する8人に、ノーヤとメテスを加えた計10人は、決戦の地である闘技場を目指していた。
「いやあ、肆ノ国の海鮮もなかなか美味かったな」
「そうだろ。なんていったって、海神の住む国だからな」
平吉の言葉に、ポセイドゥンが反応を示す。
「いつもより断然美味しく感じた。ノーヤの調理スキルには惚れ惚れするな」
「光栄です」
ハテスの言葉に、ノーヤは頭を下げて応えた。
先日、意図せず大量の魚介を仕入れた李空とセイ。
これにより、一行は2日連続で魚料理を食べる羽目になったのだが、苦に感じる者はいなかった。
それは海鮮が新鮮であったことと、ノーヤの調理スキルがプロ並みであったからだろう。
「着きました」
マテナが言い、一行の足が止まる。
眼前には、遺憾なく存在を主張する闘技場があった。
大きな円を描く積み重なったレンガはその一部が欠け落ちており、重ねた歴史を語っている。
悠然と構えるその建物に、肆ノ国の民が次々と吸い込まれていく光景がそこにはあった。
「噂に聞いた通りの賑わいあ〜る」
「出店もたくさんえ〜る」
闘技場をぐるりと囲むように並ぶ出店には、早くも客が列をなしていた。
「あっちにトーナメント表が出てるみたいでありんすよ」
架純が声を上げ、一行は闘技場入口付近へと進む。
「これは綺麗にバラけたな」
そう感想を口にするのはセイ。
その言葉通り、全4ブロックに分かれる予選には、4チームがそれぞれ別々に配置されていた。
「粋な演出やな。ほいたら、上で会おうや」
「ですね」
平吉の言葉に李空が頷く。
「それでは、私たちは観戦させて貰いますね」
「健闘を祈ります」
メテスとノーヤは、その足で観客席へと向かった。
急造ながら、実力を認める者同士が、天の導き通りに手を組んだ4組のペア。
開催国肆ノ国の今大会で、頂に立つのはどの二人組か。
開戦の刻は直ぐだ。
───肆ノ国最大の病院の一室。
殺風景な病室に備え付けられたベッドには、眠る最強の漢の姿があった。
「セウズ様・・・」
そのすぐ側には、もう一つの人影が。
セウズを心の底から敬愛する、肆ノ国代表が一人。ユノである。
彼女が一行の前に姿を現さなかったのは、終日セウズの看病をしていたからであった。
「・・・・」
両手で輪っかをつくっては、元に戻してを繰り返すユノ。
ここ数日、何度も見られた動きだ。
対象の過去を知り、対象の才を能くす才。『専知専能』。
彼女の才で、セウズの『全知全能』を能くすことができれば、セウズの容体を回復させることができるかもしれない。
しかし、ユノは実行に移せなかった。
それは、自分の才の完成形である『全知全能』を、『専知専能』に落とし込めるとは到底思えなかったから。
いや、そんな理由は後付けに過ぎない。
セウズを救える「能」を手に入れる可能性が少しでもあるのなら、自分を蝕むかもしれない副作用の存在など、ユノは怖くも何ともなかった。
それでもユノが躊躇するのは、「知」が怖かったから。
『全知全能』を能くすには、セウズの過去を知らなければならない。
過去を知るということは、セウズの想いを知るということ。
そこに、自分に向けられた負の感情があれば、ユノは自我を保てない自信があった。
精神が不安定な状態で才を発動してしまえば、何が起こるか分かったものではない。
ましてや最強と謳われた『全知全能』。
それこそ、身動きが取れないセウズに危害を加えてしまう可能性もある。
繊細で集中力を要する自分の才を鑑みれば、ありえない話ではなかった。
「セウズ様・・・」
決心がつかず、ユノは再び言葉を漏らす。
愛する男が目覚めることを願って。
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