第9話 AFTER THE RAIN
「落ち着いたか」
「・・・ええ」
ハテスの呼びかけに、マテナは目尻を指でなぞりながら答えた。
生き別れになっていた母親と再会を果たしたマテナ。
お互いの肩を濡らした涙は降り止み、現在マテナは一行と合流、メテスは別室で休んでいる状況だ。
なんでも、メテスは零ノ国を脱してから今日まで、ろくに食事も取らずに彷徨っていたらしい。
娘と再会できた喜びと安心から、メテスは横になるやいなや深い眠りについた。
「ママに会えて良かったな。騎士さん」
「・・・刺しますよ」
横槍を入れるポセイドゥンを、マテナはキッと睨みつけた。
「落ち着いたみたいやし。話の続き、訊いても良いでありんすか」
タイミングを見計らい、架純が口を開く。
平吉が剛堂に連絡をし、マテナが帰国するまでの間。調査班はポセイドゥンとハテスから、肆ノ国の過去など、色々と話を聞いていたのだった。
「えー、どこまで話したんだったか」
「セウズがエセ神父を追い払ったところまで、でありんす」
「ああ、そうだったな」
ポセイドゥンはその時を思い出すように神妙な面持ちを浮かべ、昔話を始めた。
セウズが神父を殺めた瞬間。
ポセイドゥンとハテスが共通して抱いた感情は、恐怖心でも、爽快感でもなく、羞恥だった。
彼らは、セウズより一足先に才を授かっていた。
しかし、その世界において「神」である、神父に牙を向けることはなかった。
そもそも歯向かうという選択肢がなかった。
なぜなら、他の誰でもない神父に、そう教育されたからだ。
いや、それぞれ神父とは別の「神」を宿したような才を授かったのは、神父への隠された反抗心の表れだったのかもしれない。
神父の最期を目撃したのは、セウズの他にポセイドゥンとハテスだけであった。
その日から一月。セウズは寝込むことになるのだが、その間ポセイドゥンとハテスは二つの取り決めを交わした。
一つは、神殿で暮らす他の子ども達が、安心して暮らせる別の場所を用意すること。
その方法として浮上したのが、『TEENAGE STRUGGLE』への出場だった。
優勝賞金を得ることができれば、共に地獄にいた仲間たちに幸せを贈ることができる。
明確な目標は、肆ノ国代表に絶対的な強さを与えた。
もう一つは、神父の死を隠すこと。
この取り決めは、セウズのため。それから自分たちへの戒めであった。
セウズ一人に重荷を背負わせてしまったことを、二人は激しく悔やんでいた。
この十字架は、自分たちも負うべき業。
そういった思想の元、ポセイドゥンとハテスの二人は、セウズが寝込んだ一月の間に、神父に関するモノ全てを神殿から撤去した。
目覚めたセウズから、負の記憶を遠ざけるために。
ポセイドゥンは、セウズが神父を殺めた事実をあやふやにして、過去の出来事を調査班に話した。
「セウズの才が全知全能と知ったときは、恥ずかしくて死にそうだったがな」
冗談めかしてポセイドゥンが言う。
「こちらの言動や想いも、アイツには筒抜けだったわけだ」
笑い話で締めようとするポセイドゥンに、ハテスも乗っかる。
なるほど、セウズの才は、二人の秘められし想いも既知の範疇に落とし込んだわけだ。
「あの絶対王者にそんな過去があったんでありんすね」
架純が感想を口にすると、
「話はわかった。ほんで、石版はどこにあるんや」
瞑っていた目の片方を開き、平吉が尋ねた。
そう、ポセイドゥンが昔話を始めた発端は、平吉が肆ノ国の石版の在り処を尋ねたことであった。
「遠回りをして悪かったな。そのことだが、まずココにはない」
腕を組んだまま、ポセイドゥンが断言する。
目覚めたセウズから負の記憶を遠ざけるため、ポセイドゥンとハテスは神父に関するモノ全てを神殿から撤去した。
そのモノの中には、転生の間に置かれていた石版も含まれていたのだった。
「ついこの間まで行方も分からない状況だったが、今になって取り戻す術が見つかった」
今度はハテスが言葉を紡ぐ。
一度は手放し、行方不明となった石版。
が、何の因果か、このタイミングで取り戻す手段が突如生まれたのだ。
「面倒な臭いがプンプンするが、とりあえず聞こうか」
煩わしそうに平吉が尋ねる。
ポセイドゥンとハテスは同時に息を吸い込み、
「「ずばり、闘技場だ」」
新たな闘いの場を告げた。
肆ノ国でメジャーな職業の一つに、剣闘士というものがある。
闘技場にて闘い、ファイトマネーを得るというものだ。
その人気は凄まじく、年に一度開催される最も大きな大会には、肆ノ国の国民の9割が集まると言われている。
その日は、闘技場の周りに出店が立ち並び、お祭り騒ぎになるのだった。
「今年の大会が行われるのが4日後なんだが、その優勝賞品の一つに、何故か石版が含まれているという情報を得た」
「しかも、才の使用が許可された無差別級の賞品。上手く出来すぎてて気味が悪いくらいだ」
ポセイドゥンとハテスの口から吐かれる言葉たちが、段々と詳細を明らかにしていく。
「なるほどな。石版の内容が知りたくば、その大会で優勝しろと。そういうわけやな」
「ああ。時間が惜しいかもしれないが、大会の運営側や国民は事情を知らない。下手に動いて混乱を招くよりは、正攻法で石版を取り返す方が良いと考えるが、どう思う?」
「同意見や。焦ってもしゃあない。これだけのメンツが揃っとれば負ける心配もないしな」
ぐるりと見回して平吉が言う。
調査班や肆ノ国代表の面々は、揃ってコクリと頷いた。
「それで、形式はどない感じなんや?」
「ああ、それなんだが───」
ハテスの口から試合形式が発表される。
その場に居合わせた8人の戦士達は、探りの眼差しを交差させた。
───その日の夜。
李空は電話越しに七菜から叱咤されていた。
「くうにいさま!どうしてすぐにかけ直してくれないのですか!」
「ごめんごめん。変化が目紛しくて・・」
それは伍ノ国にてオクトーバ=ライブラと対峙した際。石版解読のため七菜と電話を繋げていた李空であったが、危険を察知して一方的に切った。
そのこと自体には理解がある七菜だったが、その後に連絡がなかったことを怒っているのだった。
「ずっと心配していたんですからね!」
「悪かったよ。次からは気をつける」
その気持ちが嬉しくて、李空は苦笑を浮かべながら頷いた。
「それで、今はどういう状況なんですか?」
「色々あったんだよ。伍ノ国の聖堂では───」
物腰が柔らかくなった七菜の問いかけに、李空は順序立てて状況説明を始めた。
「───マテナさん。良かったですね」
「ああ。メテスさんの体調も回復してるみたいで、何よりだよ」
優しい笑みを浮かべる妹の姿を想像し、李空も表情を緩める。
「それで闘技場、でしたっけ?急造の二人組で大丈夫なんですか?」
心配する七菜の声。
二人組。それがハテスの口から知らされた、今回の大会の試合形式であった。
発表の後。8人の若者はクジを引いた。
2対2の才の闘いでは、二人組の相性が非常に大事になる。が、調査班や肆ノ国代表の面々は、その組み合わせを天に任せた。
そこには、つい先日まで鎬を削っていた面子も多いという事情もあったが、一番の理由は、新たな可能性を知りたいという戦士としての探究心が働いたからだ。
まだ高みを目指せる。目指さねばならない。
その場の誰もが、そういった向上心を持ち合わせていたのだった。
「大丈夫だよ。一流の人達ばかりだから。置いてかれないように俺も頑張らないとな」
「無茶は止めてくださいね」
「わかってるよ」
「大会の日まではどうするんです?」
「それぞれのペアで過ごすことになってるよ。ダブルスでは互いの理解が肝になるからな」
「そうですか。くうにいさまと四六時中行動を共にするなんて羨ましい・・」
「・・ん?何か言ったか?」
「いえ、頑張り過ぎず、頑張ってください」
「ああ。ありがとう」
電話を切った李空は大きく息を吐き、気合いを入れ直すように両頬をバシッと叩いた。
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