第7話 AFTER THE SNOW


「以上が、この国の歴史じゃ」


哀愁漂う顔でバッカーサが告げる。


「ぐかー、ぐかー」


案の定、平吉は眠りこけていた。その隣で、セイも静かに目を瞑っている。


と、タイミングを合わせたように、要塞の扉が開かれた。


「ったく。あの吹雪じゃあ、ろくにタバコも吸えねえ・・って、なんだ。珍しく客人がいるじゃねえか」


中に入ってきた人影は二つ。


その内の一人であるシンは、羽織っていた上着をハンガーに掛けながら言った。

それからタバコを取り出し、口に咥えて火を点ける。


「なんじゃ、無事じゃったのか。帰りが遅いから、どこぞでのたれ死んだものと思っておったわ」

「そりゃあ面白え冗談だ。実体かどうか確かめてみるか」


シンがバッカーサに向けて煙をツーと吐くと、バッカーサはわざとらしく咳き込んだ。


「全く時の流れは残酷じゃのう。あの頃の可愛らしさが見る影もないわ」

「過去に縛られた老いぼれほど惨めなものはないぜ」

「誰が老いぼれじゃ!」


シンは肩をすくめ、端の一席に腰を下ろした。


「あ!お兄ちゃんだ!」


要塞に戻ってきたもう一人。アーチヤは、上着を着たまま李空の元に駆け寄った。

そのまま李空の膝の上にちょこんと飛び乗る。


「なんじゃ、妙に懐かれておるではないか。小僧」


バッカーサの嫉妬の目が李空を睨む。


「あはは。光栄です」


その迫力に、李空は愛想の良い笑みを浮かべた。


(そういえば、昔は七菜をよくこんな風に膝に乗せたっけ)


膝の上で天使の笑みを浮かべるアーチヤに、李空は妹の姿を重ねた。




「くうにいさまの危険を察知しました」


イチノクニ学院隠し書庫にて、七菜は凛とした表情で言った。


「ななちゃん?どうかしたの?」


隣で正誤判定の作業をしていた三上翼が、心配そうに声をかける。


「くうにいさまの危険を察知しました」


七菜はロボットのように繰り返した。


さて、相も変わらず、六下の隠し書庫に置かれた膨大な量の禁書と格闘する解読班であったが、現在この場に居るのは七菜、翼、美波の3人。

代表的な立ち位置となる六下の姿はなかった。


「そういえば、今日は六下先生の姿が見えないですね」


翼が何気なしに言う。


「今日は野暮用で知り合いのところに顔を出す、って言ってたよ」


美波はせっせと資料を整理しながら答えた。


七菜が翻訳し、翼が正誤判定し、美波が整理する。

どの作業も欠かせない歯車であるが、単純な作業量でいえば美波の負担が最も大きかった。


才の効果によるショートカットはなく、地道に積み重ねるしかない。

壱ノ国代表のサポート役として培った事務スキルを以ってしても、禁書の量に合わせて、かかる時間も膨大であった。


「美波さん。少し休んだ方が」


正気を取り戻した七菜が言う。


美波は哀しげな笑顔を七菜に向けたあと、


「ありがとう。でも、もう少しだけ」


再び作業に取りかかった。




話題にあがった六下が向かった先。

それは「サイストア」であった。


「いらっしゃ・・あら。随分と懐かしい顔ね」


大木の幹に直接取り付けられたドアを開くと、うっふんでお馴染みエンちゃんが出迎えた。

六下の顔を視認し、エンちゃんは顔つきを真剣なものへと変える。


「また面倒ごとを持ち込みにきたんじゃないでしょうね。『禁書』集めはもう懲り懲りよ」


イチノクニ学院隠し書庫に集められた、禁書の数々。

国や大陸の過去に関する情報が載ったその書物は、六下の指示でエンちゃんが集めたものであった。


各地に独自のパイプを持つエンちゃんに、六下は無理を言って発注したのだ。


当然、公になれば大問題になるため、エンちゃんは初め断っていたが、六下は『TEENAGE STRUGGLE』で得た賞金をそっくりそのまま報酬として提示した。

エンちゃんは悩んだ末、渋々その任を請負ったのだった。


「いや、今回はそっちの専門分野だよ」


六下は軽い調子で言い放ち、ポケットから片手サイズのメモリのようなものを取り出した。


「サイアイテム。というよりは、才によって実体化されたモノね」


六下から受け取り、エンちゃんがまじまじと眺める。


「正解だ。そのメモリは、ある男の才によって生み出されたモノ。その中には、対象の才情報を保存することができる」


ある男とは、剛堂盛貴のことである。


六下は壱ノ国代表監督時代、当時将を務めていた剛堂に「自分自身の才をメモリに保存」することが可能か試させたことがあった。

それが可能なら、繰り上がり後も全盛期の状態で才を使用することができるのではないか、と考えたのだ。


言われるがまま剛堂は試したが、結果は残念なものだった。そもそも保存ができなかったのだ。


考えてみれば、才の一部が才全体を取り込むようなもの。不可能であることは一目瞭然だった。


才に不可能の三文字はない、というのが通説だが、今回に限っては有効に働かなかったようだ。


それでも六下は、いつか役に立つ時があるかもしれない、と剛堂のメモリを保管していたのだった。


「へぇー、なかなか面白い代物じゃない。それで、これをどうしろと?」

「ああ。コイツをできるだけ多く複製してほしい」


六下はあくまで淡々と告げた。

飄々とした表情からは、その狙いは見えてこない。


「あのねえ。簡単に言ってくれるけど、サイアイテムの開発は生半可なものじゃないのよ」

「なんだ。できないのか」

「・・はあ。やるわよ」


エンちゃんはため息をつきながら、メモリを預かった。

相手にペースを乱される事態には慣れていないのだろう、エンちゃんは終始不機嫌そうだ。


「才情報を保存するメモリをいっぱい増やして、六下先生は一体何をするつもり何でしょうね」


どうせ詳しいことは語らないんだろうけど、と付け加えて、エンちゃんは唇を尖らせる。


「そうだな」


六下は何やら逡巡し、口を開いた。


「『アンダーフローホール』って知ってるか?」

「アンダーフローホール?さあ、知らないわね。何処かで聞いたことがある気はするけど・・」

「それならいい」


それじゃあ頼んだぞ、と短く告げて、六下はサイストアを後にした。


「ちょっと!お代はしっかり貰うからね」


エンちゃんはうっふんを出す余裕もなく、その背中に向けて叫んだ。




───伍ノ国に調査班が入国し、一夜が明けた。


李空ら調査班は、伍ノ国の石版が眠るという聖堂の探索に協力する運びとなった。


効率を重視し、各自分かれて探索することになったが、それで遭難者が出るようでは元も子もない。

話し合いの結果、土地勘がある伍ノ国代表と壱ノ国調査班とで、二人組をつくる段取りが組まれた。


李空と組んだのはセイ。

一面「白」の大地を、同じ上着を羽織った二人が並んで歩く。


「今日は大分マシだな」

「うちは自然も人も気まぐれだからな」


セイの答えに、李空は苦笑を浮かべた。


あくまで昨日の猛吹雪と比べてではあるが、今日の雪は主張を控えていた。

セイが『残像』の傘を作るまでもなく、視界は程よく晴れている。


セイの腰では、鞘に収められた刀がカツカツと揺れていた。


「その刀。面白いな」


李空はセイの刀に目をやって言った


「一目見ただけでそう感じるのか。面白いな」


それは、『TEENAGE STRUGGLE』伍ノ国戦でセイが使用していた『剣』とは別物である。

あの時は「才具」の制約により運営が用意した『剣』を装備していたセイだが、本来の相棒はこの刀であった。


「名の知れた剣豪だった親父が残した業物だ。言っとくが強いぞ」

「そうか。それは頼もしい」


セイと李空の二人が、言葉のキャッチボールで冷えた身体を温める。


「そうだ、セイ。良かったら───」


と、李空が何かを言いかけた。その時。


「「ヒヒイイイイイイン!!!」」


どこからか鳴き声が聞こえてきた。


その声の主である二頭の馬は、李空とセイの眼前で急ブレーキを踏んだ。

炎の鎧を纏った馬と、氷の鎧を纏った馬である。


「チャッカッカ!なんだ、誰かと思えばセイではないか!」


彼らライ・ラン兄弟も、聖堂を探して「白」の大地を駆け回っていたのだった。


「チンカッカ!兄者。隣の漢は、壱の英雄であるぞ!」


氷馬に跨る弟のランは、李空を見て目を輝かせた。

彼らも観客席にて、『TEENAGE STRUGGLE』決勝戦での李空の活躍を見届けていたのだ。


「英雄だなんて、大袈裟ですよ」


李空は照れ臭そうに、悴んだ手で後頭を掻いた。




一方、その頃。

サイストラグル部部長と副部長、滝壺楓と炎天下太一の二人は、『死山』こと「風爺山」を登っていた。


「初めて登りましたけど、人が登る山じゃないっすね」

「ああ、想像以上の険しさだ」


針のように尖った形状のその山は、半端者を寄せ付けない威圧感を放っている。

日頃から部活で鍛えており、国の代表として闘ったこともある滝壺と太一であるが、その額にはじんわりと汗が滲んでいた。


さて、二人がなぜ山登りをしているのかという話であるが、その背景には六下の影があった。


サイストラグル部顧問でもある六下は、滝壺に部員を集めさせ、一つの指示を出していた。

「壱ノ国のどこかにあるとされる『アンダーフローホール』を探して欲しい」、と。


普段の部活動中には見せない六下の真剣な眼差しに、総勢50人近い部員たちは揃って頷き、壱ノ国全土に散らばった。


滝壺と太一の二人も例に漏れず捜索しているわけだが、現時点での収穫は何一つなかった。

仲間たちからの吉報もないため、サイストラグル部全体を通しても同じであろう。


「ここが頂上か。景色だけは良いな」

「そっすね。嫌味なほどの絶景っす」


山頂に辿り着いた二人は、揃って苦笑を浮かべた。


残りの目ぼしいポイントの中から、他の部員には捜索が厳しいであろうこの山までやってきた二人であるが、どうやら結果は空振りだったようだ。

六下の話によると、底が見えないほど深い大穴らしい『アンダーフローホール』の影はどこにもなかった。


「・・ん?滝壺さん!あれ、温泉じゃないすか!」


太一が山頂の一所に白い湯気を見つけ、声をあげる。

そこには、ここまで辿り着いた者に褒美を授けるように佇む、温泉の姿があった。


「温泉、だな。よし、入っていくか」


温泉好きなのだろうか。珍しく目を輝かせた滝壺が先陣を切って温泉に向かう。太一も揚々と後に続いた。


「「はぁ〜〜〜」」


二人の間抜けな声が響く。その景色も相まって、極楽という言葉がぴったりな快楽が身を包む。


「ぶわぁ」

「「うわぁ!!」」


次いで、これまた間抜けな声が響いた。


その声が生まれた理由は、温泉の底から突如何者かが姿を見せたから。

山に住み着く動物でも、ましてや温泉の精でもない。


その正体を素っ裸の翁は、滝壺と太一を見据えて言った。


「ん?主らは誰じゃ」



滝壺と太一は、翁の話の中で、彼が六下と面識のある人物であることを知った。

その名を陸仙人というらしい翁に、ここまできた経緯を説明する。翁は、手でつくった水鉄砲で温泉の湯を飛ばしながら、話を聞いていた。


「なるほどの。主らが『鍵穴』の探索者というわけか。何かためになる情報を与えられたら良いんじゃが、生憎わしは何も持ち合わせとらん。海や空なら何か知っとるかもしれんが、今日はわししかおらんからのう」


最近ここに居座っている海仙人や空仙人、海千兄弟の姿は今はない。

どうやら、場所を移したようである。


「具体的な助言はできんが、長年の経験から一つだけ提言すると、探し物は案外近くに落ちておるものじゃぞ」


陸仙人は、白地のタオルを頭にのせて言った。


「案外近く、ですか・・」

「近場で探していない場所・・」

「「あ!」」


滝壺と太一は、何かに気づいたように顔を見合わせた。




───聖堂捜索5日目。


今日も伍ノ国代表と調査班の面々は聖堂を探していた。

こちらも目立った進展はなく、現時点での成果はゼロに近い状況だ。


「ちっ。なんで俺まで駆り出されなきゃいけないんだ」


そんな悪態をつきながら白の大地を歩くのは、零ノ国案内人伍ノ国代表担当ホーヤである。

人の前では丁寧な言動を心がけているホーヤであるが、それは処世術の一環。実際の顔はこちらの方であった。


今日は雪が特段弱いということで捜索に加わる運びとなったホーヤであるが、凍えるような寒さに口から出てくるのは白い吐息と黒い愚痴のみ。

性格の表裏が激しいホーヤは、適当に辺りをぶらついてさっさと戻ろうと、要塞の周辺を行ったり来たりしていた。


「・・ん?」


その途中。要塞の近くまで戻ってきたところで、ホーヤは違和感を覚えた。

うっすらとではあるが、ホーヤは「音」を聴いたのだ。


彼は才の影響で非常に耳がよかった。才の名は『地獄耳』。文字通り、小さな音を捉える能力だ。


「なんか気づいたんか」

「ッ!」


突然背後から聞こえた声に、ホーヤは焦ったように振り返る。


そこには長身の男。壱ノ国代表将、軒坂平吉の姿があった。

その隣には、彼と共に捜索活動を行っているバッカーサの姿もある。


なんとも高威圧のコンビネーションに、ホーヤはただでさえ寒さで固まった身体をさらに硬直させた。


「えーと、関係があるかは不明ですが、聴き慣れない音を発見しまして・・」


いつもの猫を被った性格に切り替え、ホーヤが言葉を紡ぐ。


「音?それはどんな音じゃ」と、バッカーサ。

「ゴーン、ゴーンと。鐘の音色のような・・・」ホーヤが答える。


「鐘、か・・・」


ホーヤの証言に、バッカーサが何やら思考に耽る。

普通の人間の耳にはほとんど無音に映る沈黙の後。


「よし。全員集合じゃ」


バッカーサは静かに告げた。



「これで全部だよ。ばっかじいじ」


アーチヤは、天使の笑顔をバッカーサに向けた。


「それで、何する気だ。バカジイジ」


シンは怪訝な目を向ける。


バッカーサの号令により要塞に集まった一行は、これまたバッカーサの指示により、要塞内の荷物を外へと運び出していた。

その作業を今し方終え、現在は要塞前に全員集合している状態である。


「この漆黒の要塞は、いつ誰が造ったモノなのか。ずっと不思議に思っておった」


シンの軽口には乗らず、バッカーサが淡々と言葉を吐き出す。


「そして、要塞とは逆に存在を秘匿した聖堂。ないはずなのにある要塞と、あるはずなのにない聖堂。そのからくりが遂に解ったわ」


「皆の衆、下がっておれ」と短く言い放ち、バッカーサは天高く跳んだ。


「何て高さあ〜る」

「人間を超えた跳躍力え〜る」


みちるが空を見上げて言う。

他の者も揃って上を見るが、バッカーサの姿は小さな点でしかない。


やがてその点は大きさを取り戻し、一行はバッカーサの言葉を思い出したように慌てて要塞から距離をとる。


「危ないでありんすよ」

「あ、ありがとうございます」


呆然と立ち尽くしていたホーヤの手を架純がとり、避難する。


その直後。


グオン


と、鈍くも鋭い音が響いた。


それは、バッカーサが握り合わせた両の拳を、要塞の脳天に打ち込んだ音。

その衝撃は要塞の全身を突き抜け、大地に伝達する。


要塞を取り囲み、支えていた積雪が割れる。

轟音が生まれ、足場を失い、要塞が沈む。


「黒」が「白」に呑まれていく光景に、一行は目を丸め、固唾を呑んだ。


それに呼応するように。要塞跡地のすぐ隣に不自然な現象が発生した。

積雪が渦を巻くように動き出し、砂地獄のように辺りの雪を呑み込んでいく。


やがてそこには大きな穴が開き、ある音が白の大地に響き始める。


段々と存在を主張するその音色は、形を持って大地に突出した。


「好き色じゃ」


目が醒めるような純白の聖堂は、見つけてくれたことを喜ぶように、黄金の鐘を鳴らし続けた。



「そりゃ、見つからんわけやで」


破天荒な原理でようやく姿を見せた聖堂に目をやり、平吉が苦く笑う。

しんしん、と降る粉雪と相まって、聖堂は神秘的なオーラを纏っていた。


「これもホーヤのおかげじゃの」


バッカーサが続けて言う。この解に辿り着けたのは、ホーヤが『地獄耳』によって鐘の音を聴いたからであった。


「それにしても、ホーヤが鍵になると何故わかったのじゃ?」


今度は平吉に目を向けるバッカーサ。

聖堂捜索中、一度要塞に戻ろうと言い始めたのは平吉の方であった。


その途中でホーヤの姿を見つけ、平吉はその姿を観察していたのだ。


「昔教えてもらった探し物のコツを思い出してな。灯台下暗し、って奴や。ホーヤに目付けたんは、大した理由はない。ただ、人を見る目にはちょっとばかし自信があるだけや」


ホーヤに意味深な視線を寄越して、平吉が言う。


裏の顔を見られたことを悟ったホーヤは、愛想笑いと苦笑いが混ざった複雑な表情を浮かべた。



それから一行は聖堂内に足を踏み入れた。


「凄い綺麗ですね」


李空が真っ先に抱いた感想はそれだった。


所狭しと張り巡らされた、ステンドグラス。

雪を意識したような寒色をメインとした色の芸術は、色のイメージとは裏腹に心を暖かくしてくれるようであった。


「あったで李空。石版や」


鑑賞もほどほどに、平吉が一所を指差す。

そこには、見慣れた趣きの石版があった。


「それじゃあ、七菜に繋ぎますね」


李空は慣れた手つきでカチューシャを装着し、電話をかける。


「透灰李空・・・」


セイの冷たい視線が気になったが、李空は気づいていないフリに努めた。


「・・くうにいさま!お変わりはありませんか?」


携帯電話越しに聞こえる妹の声に、李空の心に暖かさが満ちた。


「ああ。元気にやってるよ。早速で悪いけど、翻訳を頼めるか」

「はい。お任せください」


暫しの沈黙があり、七菜が綴る。


「『民ハ血潮。廻ラバ潤イ、固マラバ枯レル』」

の言語を読み取れる人物がいるという噂は本当でしたのね」


聖堂内の奥から、憂いを帯びた女性の声が響く。


「すまない、切るぞ」

「くうにいさま・・」


訪れた危機に、通話を切る李空。


「そう構えないで下さい。敵意はありませんから。今の所は、ね」


すぐさま二手に分かれ、警戒の視線を寄越す一行に、女性は底の見えない笑みを浮かべた。


その女性は、「白」を実体化したような容姿をしていた。


真っ白なレース生地のドレスに身を包み、開けた胸元からは膨らみのある白肌が顔を出す。腰の高さまである、躍動感のあるウェーブのかかった白い髪。

凍りついたように白い顔は微笑みを湛えているが、心の奥底は微動だにしていないような、一種の不気味さを纏っている。


「敵意がないじゃと?これだけの精鋭が揃った状況下で、何を腑抜けたことを言っておる。ピンチなのはお主の方じゃろ」


大きく二手に分かれた一行の左側から、バッカーサは余裕を保ったまま言い放った。

左側にはバッカーサの他に、シンやアーチヤ、ライ・ラン兄弟が集まっており、皆同様に目に警戒心を宿らせている。


それは、直前まで気配を見せなかったことから、彼女を実力者と認めたゆえの行動であった。

だからといって、これだけの数の利が簡単に覆るとは到底思えない。


「答えはNOです。私相手に数の有利は働かない。むしろ多ければ多いほど、相手の勝機は薄まることでしょう」


女性もあくまで淡々と答えた。


「確かに、嘘を言っとるようには見えんな」


バッカーサらとは逆側。調査班が集まる右側から、平吉が冷静に分析をする。

壱ノ国の教会で起きた経験から、彼女は敵だという先入観が働いたが、全くの無関係だという線もなくはない。


「将として仲間を無用心に危険に晒すわけにはいかん。いくつか質問させてもらうで」

「良いでしょう。可能な限りお答えします」


淡白な答えが返ってくる。


「片眼鏡の男とは仲間か?」

「仲間、という定義にもよりますが、顔見知りではありますね」

「『リ・エンジニアリング』との関係性は?」

「全く無いといえば、嘘になります」

「ここへは何をしに来た?」

「ここは私が王である国で、この聖堂は私の家みたいなものです。どちらかと言えば、貴方方が来客者という解釈になりますが?」

「そもそもお前たちは、一体何者や?」

「それはお答えできません。後で何を言われるか分かりませんから」


煮え切らない回答のオンパレードに、平吉が溜息をつく。

女性はうっすらと口角を上げ、こう続けた。


「そうですね。私のことだけなら別に構わないでしょう。私は、伍ノ国『信の王』。オクトーバ=ライブラです」


堂々と名乗った後、試すような視線をバッカーサに寄越す。


「と言っても馴染みがないですかね。此の国の民にはこちらの名で自己紹介すべきでしょう。改めまして。白の女神こと、アリアと申します」

「アリア・・」


その名に、バッカーサが露骨な反応を示す。

ライブラはその反応を待っていたように、口の端に薄い笑みを浮かべた。


「特に深い意味はないですが、良い物をお見せしましょう」


そう言って、自身の胸の谷間に片手を落とし込むライブラ。

取り出した手には、首にかけられたが握られていた。


「どうです?綺麗なペンダントでしょ」


不敵な笑みを浮かべて、ライブラが言う。


「・・・こちらからも二つばかり問うぞ」


声色を低くしたバッカーサの言葉が聖堂に響く。


「貴様、アリアの最期を見たか」

「答えはYESです」

「・・アリアを救うことが、貴様にはできた」

「答えは・・」


ライブラは冷たい笑みを浮かべた。


「YES、です」

「上等じゃ」


バッカーサは、一思いに駆けた。


要塞を沈めてしまうほどの威力を誇る、バッカーサの一撃。

ライブラに迫ったその拳は、身に到達する直前に


「なっ!」

「その歳で欲情ですか。レディーに無許可で触れるとは、あまり関心しませんね」


今度はライブラが優しくバッカーサに触れる。

その瞬間。突如生まれた衝撃がバッカーサを襲い、その図体は派手に吹っ飛んだ。


「ばっかじいじ!」


アーチヤがバッカーサの元へ駆け寄る。


「少し悪ふざけが過ぎましたね。国の王としてお詫びします」


ライブラの抑揚のない声が響く。


「あと1分ほどで、次の揺れがくるはずです。貴方方なら、万全の態勢を整えるのに充分な時間でしょう」


最後に、自分を睨むバッカーサの元へと歩み寄り、


「これはお返ししましょう。私が持っていても価値は生まれませんからね」


ペンダントをそっと落とすと、ライブラの姿はふっと消えた。



10秒ほど沈黙があった。


「・・ひとり。欠員が出たという話じゃったな」


沈黙を破ったのはバッカーサであった。


欠員というのは、陸ノ国に残った卓男のこと。

彼が身につけていた白い鍵の首飾は、現在李空が預かっている。


「そうだ、セイ。決心はついたか?」


李空がセイに目を向ける。


「ああ。是非、同行させてくれ」


セイは真っ直ぐな目で言い放った。


李空は「調査班に加わらないか」と、事前にセイに持ちかけていたのだ。


「平吉さん、良いですよね」

「ああ、勿論や」


平吉の答えを聞き、李空はセイに首飾を渡す。

セイは受け取ったそれを首にかけた。


「うちの若きエースを頼んだぞ」

「そっちこそ踏ん張りいや」


バッカーサと平吉。2国の将が言葉を交わし終えると、一行を強い揺れが襲った。


その直後。

首飾を握る、平吉、架純、みちる、李空、セイを置き去りにして。


大地はまたしても回転を始めた。

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