第6話 FIFTH


「って、なんだこれ!?」


大地の回転が収まり、調査班を迎えたのは、視界を覆う「白」であった。

その正体は猛吹雪。自然が生み出す「白」の嵐。「白」以外何も認識できないホワイトアウトの状況に、調査班は顔を手で守りながら目を細める。


「皆、離れるな。遭難は洒落にならんで」


平吉が呼びかけ、その声の元へ架純、李空、みちるが身を寄せる。


「みちるちゃん。匂いで何かわからへん?」と、架純が尋ねる。


「あっちの方に、微かに人の匂いがするあ〜る」

「どこかで嗅いだことがある気がするえ〜る」


みちるは一方を向きながら言った。

といっても、猛吹雪のせいでその姿はうっすらとも見えない。


と、その時。

調査班の頭上を何かが掠めた。その直後、調査班の視界が晴れる。


その先には、一人の男の姿があった。


「・・・セイ!」


その男。伍ノ国代表セイの姿を視認し、李空が声を上げる。


「誰かと思えば透灰李空じゃないか。こんなとこで何をしている」


セイは冷静に言葉を投げかけた。


さて、調査班の視界が突如晴れた理由であるが、天候が変わったわけではない。

事実、彼らの少し離れた周りには、今も雪が吹き荒れていた。


それではどういった原理で視界が晴れたのか。その答えは、セイが右手に握っていた。

それというのは刀。彼はその刀で調査班の頭上を斬り、そこに才の効果である『残像』を残し、見えざる傘を作り上げたのだ。


「どうやら、また采が振られたようじゃの」


いつの間にやら『残像』の傘の中に姿を見せたその男。バッカーサは、調査班の顔を確認して呟いた。


彼は、事前に『サイコロ』にて、『リ・エンジニアリング』の話を聞いていたため、先ほどの揺れと回転から、ある程度の事情を察していたのだった。


「立ち話もなんじゃ。それにその格好じゃと普通の人間は寒いじゃろ。付いてこい」


バッカーサは一方的に言うと、猛吹雪をものともせずに傘の下から抜け出し、走りだした。

しかも、上裸で。


「まったく。ふざけた将やで」


嵐のように過ぎ去ったバッカーサの背中を眺め、平吉が呆れたように呟く。


調査班の面々は、怒涛の展開からようやく理解が追いついたように、その寒さからぶるりと身を震わした。


それからセイを先頭に、次々と新たに生み出される『残像』の傘に守られながら。

調査班はうっすらと影が見える、漆黒の要塞へと向かった。



要塞に取り付けられた丈夫なドアを解錠し中に入ると、会議室のように向かい合って設置された机が目に入った。


「そこに外行き用の服がある。要塞を出る時はそれを着るんじゃな」


既に一席に腰を下ろしていたバッカーサが指差す方向には、何着かの上着が掛かったハンガーラックがあった。


セイが羽織っていた上着を脱ぎ、何も掛かっていなかったハンガーの一つに掛ける。

その他にも服が掛かっていないハンガーが幾つかあり、そのことから外出中の者がいることが推測できた。


「あの寒さで上裸とか、年取ると気温も分からんことなるんか?」

「あほ抜かせ。衰えてないからこそじゃ」


席に着きながら軽口を叩く平吉に、バッカーサは薄く笑った。


平吉に続き、その他の調査班とセイも腰を下ろす。


「これ、よかったらどうぞ」


そこに一人の少年がやってきた。

手元のお盆には人数分のお茶があり、白い湯気がたっていた。


その少年は見たことがあるようでない顔。もっと言えば、コーヤやモーヤと似た顔をしていた。


「ありがとう」


李空は礼を言い、目の前に置かれたお茶を啜った。

冷えた身体に、温もりが染み渡る。


「そんなに気を使わんでもいいんじゃぞ。ホーヤ」


出されたお茶に口をつけ、バッカーサが言う。


「いえ、身を置かせてもらっている立場ですから」


ホーヤと呼ばれた少年は、丁寧に答えた。


その様子を眺め、茶碗片手に架純が口を開く。


「その子が伍ノ国お預かりの案内人でありんすか?」

「はい。申し遅れました。零ノ国案内人伍ノ国代表担当。ホーヤです」


ホーヤは深々と頭を下げた。


「ご丁寧にどうも」


架純は軽く会釈をし、優美に微笑んだ。


「それで。あんな雪の中、何をしとったんや」


平吉が話が切り出す。


猛吹雪の中、バッカーサとセイの二人は外にいた。

バッカーサは寒さを物ともしない体質。セイは『残像』による傘で吹雪を防げるにしても、何かしらの目的がなければあの天候で外出はしないだろう。


「聖堂を探していたんだ」

「聖堂?」


セイが答え、李空が繰り返す。


「各国に散らばる石版を探しておるのじゃろ」


次いでバッカーサが話を引き継いだ。

平吉の首肯を確認して、続ける。


「六下の話では、今は何もしなくて良い。来たるべき時に協力を求む、とのことじゃったが、伍の場合はそうもいかんのじゃ」

「どういうことや」

「実を言うとの、石版があるはずの聖堂。その場所が判らんのじゃよ」


そう、バッカーサやセイは、石版の在処を探していたのだ。

その途中で揺れや回転が起こり、形として入国してきた調査班と合流した次第であった。


「とある事情で聖堂の場所は不明での。朝から捜索をしとったわけじゃ。初めは比較的弱めの雪だったんじゃが、揺れの直前に突然強くなってのう」


バッカーサの言葉に、セイが頷く。


「この吹雪じゃ見つかるもんも見つからん。今日はここで待機じゃの。お主らもゆっくりすると良い」


全員に向けて言ってから、バッカーサは何かしら思いついた顔をした。


「そうじゃ。時間もあることじゃし、伍ノ国の昔話でもしょうかの」


バッカーサの発言に、長話を予測した平吉は露骨に顔をしかめた。





───バッカーサ生誕の日。


「白の国」の何処かで鐘が鳴った。


ゴーン、ゴーン、と鳴る鐘は、彼の誕生を祝うと同時に、地獄の始まりを告げる鐘となった。


「いい加減にしろよ!若造共が!!」

「老いぼれはさっさとくたばってろ!」


降り頻る雪を挟んで、怒号が飛び交う。

その声は、助産院の中まで聞こえてきた。


オギャー、オギャー!


助産師が取り上げた赤子は、地獄を拒絶するように泣き叫んだ。



「白」の異名を持つ伍ノ国。その最大の特徴は、降り止まない「雪」である。

延々と降り注ぐ雪は、側から見ればさぞ幻想的なものに映ることだろう。


しかし、その地に住む者からすれば、それは嫌悪の対象でしかなかった。


その理由は至極単純なもの。劣悪な環境のせいで、伍ノ国の民はひどい食糧難に追い込まれていたのだ。


一触即発の空気を纏った国。

各場に伸びた無数の導火線に火が点くのは、時間の問題であった。


国の某所で鐘が鳴った日。その音色を掻き消すように争いは始まった。


何の因果か、一つの導火線に火種が着火した日。

バッカーサは、この地に生まれ落ちたのだった。



一度幕を上げた争いは、激化の一途を辿った。


強力な才を持つ者はその力を、持たざる者は兵器による武力を。

食糧をめぐる争いに終わりはなく、国は雪と煙の「白」に覆われた。


そんな情勢の中。幼き頃のバッカーサは、国土の外れで母親と二人でひっそりと暮らしていた。


父親は家を出たきり、帰ってはこなかった。

おそらくは争いの犠牲になったのだろう。


貧しい生活を強いられるなか、女手ひとつで子どもを育てることなど、正気の沙汰ではない。

バッカーサの母親は日に日に窶れていった。


蓄積された疲労により、1日の大半を布団の上で過ごすようになった母親の分まで、バッカーサは死戦を掻い潜って食糧を集めた。


そんな不安定な日々が続き、バッカーサが10の歳を迎えようかという頃。

彼の母親は最期の時を迎えようとしていた。


「いいかい、バッカーサ」


布団の上から弱々しく手を伸ばし、バッカーサの母親が、力強さが残った目で息子の目を真っ直ぐに見つめる。


「白は何色にも染まる。そして今、私たちの国は黒に染まりつつある。バッカーサ、貴方は白で在り続けなさい。白が一人でも残っていれば、いつの日か黒はひっくり返せる。時間はかかるだろうけど、白にはきっと光が集まるから」


少年の頃のバッカーサは、深く頷いてみせた。



それからしばらくして、バッカーサは才を授かる10の歳を迎えた。


争いを止めたい。そんな彼の強い想いを知ってか知らずか、バッカーサは『生涯現役』を手にした。

彼の願いとは裏腹に、その才は成熟に時間を要するものであった。


歳を取るごとに強くなるという性質に気付いたのは、随分後のこと。

10代の頃のバッカーサは、その才が身体能力を体感2倍ほど上げるだけのモノと思い込み、焦るように修行に明け暮れた。


争いを止めるためには、より強い力が必要。

この頃のバッカーサの頭には、その考えしかなかった。



「ダメ、だったか・・・」


眼前の戦場を呆然と眺め、バッカーサは白い吐息と共に失望の言葉を漏らした。


それは20の歳を目前にした頃のこと。

才の世界においてタイムリミットとなる十代最後の日に、バッカーサは無謀と自覚しながらも単身戦場に飛び込んだ。


しかし、それは燃え盛る炎に一片の雪が落ちたようなもの。

争いが一時でも止まることはなかった。


これまでの努力は水泡に帰した。

バッカーサの胸中に「黒」が広がる。


その「黒」がバッカーサを呑み込もうかといった、その時。

彼の才『生涯現役』は、その真価を発揮した。


「これは・・・・・」


「繰り上がりの法則」によって半分となるはずのその才は、従来とは逆に倍近く力を増したのだ。


そのことを悟った時、バッカーサを染め上げようとしていた「黒」は、それよりも強い「白」に上塗りされた。


まだ闘える。その事実は、絶望を希望に変えるのに十二分なモノだった。



それから、バッカーサは着々と力を付けていった。


その伸びは凄まじく、小さな争いではあるが仲裁に成功することも何度かあった。

が、彼の目標は争いそのものを止めること。一度着火した大きな炎を止めるには、個人の力では限界があった。


同じ意志を持った仲間を集めることはできないだろうか。バッカーサは度々そんなことを考えるようになっていた。


そんなある日。バッカーサはスカウトを受けた。

それというのは、国の代表として『TEENAGE STRUGGLE』に出場しないかという内容だった。


戦場にて小さな火種を止めるバッカーサの活躍を聞きつけ、接触したのだろう。


バッカーサはその誘いを二つ返事で了承した。

強力な才の持ち主と交流することができる。それは、争いを止めたいと願う彼にとっても得のある話であったからだ。


それ以降、バッカーサは伍ノ国代表として、他国の強力な才の使い手を相手にしながら自身の才に磨きをかけた。

それと並行し、同志を募り、争いを止める活動にも尽力した。


共に闘ってくれた若者もいたが、数の差はそう簡単には覆らない。

争いを止めることは叶わぬまま、時だけが残酷に刻まれていった。


その間に世代は代わり、バッカーサが伍ノ国代表の将になろうかという頃。

一人の少女が代表入りを果たした。幼き頃のキャスタである。


と言っても、選手としてではない。

彼女は伍ノ国代表のサポート役を務める女性の子どもであり、小さい頃から母親に連れられ、代表メンバーが集まる要塞に度々顔を見せていた。


その少女が10歳を迎えたということで、正式なサポート役として、仲間に加わったのだ。


その当時、キャスタは自身が授かった才について、大きな不安を抱いていた。

というのも、彼女の才は『永遠の18歳』。全盛期の肉体を維持するモノであり、この頃の彼女は才を持っていないのと同義であったのだ。


そんな彼女の心の「黒」に、バッカーサはいち早く気がついた。

おそらくは、自分自身の似た経験から、その心情を察することができたのだろう。


「大丈夫だ。君の才もきっと花開く。それまで一緒に耐えよう」


バッカーサの言葉に、幼き頃のキャスタはしばらくの沈黙の後、コクリと頷いた。



それから時は経ち、バッカーサの言葉通り、キャスタの才は開花した。


「優勝を目指そう。賞金を勝ち取れば、争いを止められるかもしれない」


心身共に成長したキャスタは、実に頼もしいことを口にした。


なるほど、優勝賞金を手にすることができれば、央もしくは央経由で別の国から、それなりの食糧を確保することができるだろう。

その提案は、全てを力で解決しようとしてきたバッカーサとは、全く別の角度からくるものであった。


「うむ。試す価値は十分にあるな」


バッカーサは同意し、伍ノ国代表は、その年から本格的に優勝を狙うようになった。

今までも手を抜いていたわけではないが、自国の争いを止めることがバッカーサの中での最優先事項であり、『TEENAGE STRUGGLE』は彼にとってそのための経験値稼ぎのような感覚があったのだ。


しかし、現実はそう甘くなかった。


どの国の代表も一筋縄ではいかず、特に壱ノ国の「無惨な六三コンビ」の異名を持つ六下と三上には、苦汁を嘗めさせられた。


このままでは駄目だ。無力感と焦りから、バッカーサは今まで以上に鍛錬に励むようになる。


そんな時、バッカーサは一人の少女と出会った。

それは決して運命的なものではなかった。山に籠ろうと向かった先で、その少女は積もった雪に溶け込むように倒れていたのだ。


艶やかで長い白髪に、きめ細やかな真っ白な肌。

雪と比べても遜色ない「白」の少女に、バッカーサは一度固まったあと、すぐに駆け寄った。


「どうした!大丈夫か!」


抱き起こすが、返事はない。

軽く火照った顔が、彼女が「白」の妖精でなく、生身の人間であることを教えてくれる。


バッカーサは少女を抱え、伍ノ国代表のアジトである要塞へと駆けた。



「気が付いたか」


目を覚ました少女にバッカーサが呼びかける。

少女はゆっくりとした所作で辺りを見回すと、可愛らしく小首を傾げた。


それから少女に事情を尋ねたバッカーサであったが、成果はなかった。

なんでも、彼女は記憶をほとんど有していなかったのだ。


おそらくは、争いで親御を亡くしたのだろう。

記憶を失ったのは、そのショックによるものだろうか。


バッカーサは自分のなかでそう結論付け、少女を保護することを決心した。


「辛かったの。もう安心だぞ」


少し戸惑った表情を見せた後、少女は優しく微笑んだ。



バッカーサは少女に名を与えた。

彼女は自分の名前すら覚えていなかったのだ。


アリア。伍ノ国にて女神を意味するその響きが、少女の名となった。


バッカーサとアリアは、本物の親子のように時を過ごした。

恋人よりも娘といった感覚が強かったのは、きっと離れた歳のせいだろう。


アリアの成長を見守りながら、争いの終結に尽力する。

二つの生きがいを手にしたバッカーサは、前よりも精力的に『TEENAGE STRUGGLE』優勝を目指すようになる。


しかし、頂の壁は分厚かった。


その背景には、やはり争いの影響があったと思われる。

ただでさえ生まれる子どもが減っている状況下で、優秀な才を授かっても争いに駆り出される可能性が高いという国の内情。


バッカーサとキャスタ。二つの揺るがない柱を以ってしても、伍ノ国代表は不遇の時代が続いた。


その裏で、アリアの方には明るい出来事があった。

子どもを授かったのだ。


相手は、当時の伍ノ国代表メンバーの一人だった。

こいつなら任せて大丈夫だろう、とバッカーサも心から祝福した。


生まれ落ちた赤子を抱き抱え、アリアは聖母の笑みで囁いた。


「あなたの名前はシン。おじいちゃんみたいに真っ直ぐ育ち、芯のある男になるのよ」



その年。バッカーサ率いる伍ノ国代表は、久方振りに『TEENAGE STRUGGLE』にて決勝に駒を進めた。


「それでは行くとするかの」

「まって」


意気揚々と要塞を後にしようとするバッカーサを、アリアが引き止める。

振り返った先の彼女は、その白い手の中に金色のペンダントを収めていた。


「これ、必勝祈願のお守り。シンも小さいし、会場には行けないけど、頑張ってね」

「うむ。ありがとうの」


バッカーサはペンダントを受け取り、照れを隠すようにくしゃっと笑った。


「繰り上がりの法則」により現役を引退したシンの父親や、母親であるアリア。それから、その腕に抱かれた赤子の頃のシンに見送られ。バッカーサら伍ノ国代表は、決勝の地、零ノ国へと向かった。



そして、その年。伍ノ国代表は悲願の『TEENAGE STRUGGLE』優勝を果たした。



優勝賞金という希望を手土産に、白の国へと戻る伍ノ国代表。



しかし、彼らを待っていたのは、すっかり「黒」に染まった。



地獄に変わり果てた自国であった。



「アリア!どこじゃ!!」


バッカーサは火煙が充満する白の大地を駆け回った。


「アリア!!!」


その果てに、愛娘アリアの姿を見つけた。

出会った頃と同じように雪の上に横たわるアリア。その上には、彼女を庇うように覆いかぶさる夫の姿が。その下の雪には、絶望の「赤」が染み渡っていた。


「・・・・・」


神妙な面持ち、慎重な手つきで、バッカーサは二人の身体を起こした。


何かを守るように、必死に身体を丸めていたアリアの腕の中には、泣き喚く赤子の姿があった。


赤子と大人。シンとバッカーサ。


種類の違う二つの泣き声が、白の大地にサイレンのようにいつまでも鳴り響いた。



お金で解決する次元を超えていた。


遂に爆発した争いは、食糧を得るという当初の目的を置き去りにしていた。


そのタイミングが『TEENAGE STRUGGLE』優勝の直後であったことは、実に不運であったとしか言いようがない。


悲願の『TEENAGE STRUGGLE』優勝は実を結ばず、娘のように愛していたアリアを失い、バッカーサの心は「黒」に染まりかけた。


それでも何とか踏みとどまれたのは、残された者の存在が大きかったろう。


アリアが命がけで守ったシン。苦労を共にしてきたキャスタ。

挫けそうな時はアリアがくれた金色のペンダントを握り締め、バッカーサはそれでも「白」を取り戻そうと動き続けた。


『TEENAGE STRUGGLE』には暫し欠場し、争いを止めることだけに力を注ぐ日々が続いた、


その過程には、様々な別れと出会いがあった。

それは、才が導く時の流れに逆境するバッカーサや、抗うキャスタの定めであった。


ある時。一人の少年が要塞の門を叩いた。

その少年。セイが持つ刀を見て、バッカーサは目を丸くした。


その刀は、かつて伍ノ国が優勝を手にした時の代表メンバーの一人が愛用していたものだったのだ。


「そうか。お主、奴の息子か」


セイの親にあたる戦友は、争いに巻き込まれ戦死したと聞いていた。

バッカーサは悲しげな表情を浮かべた後、セイを仲間に引き入れた。


白の国を駆ける異色の暴れ馬こと、ライ・ラン兄弟と出会ったのもその頃だ。

見た目に反し、平和主義者の彼らは、実に頼もしい仲間となった。


頭が切れるキャスタ、成長したシン、抜群のセンスを持つセイ、純粋な武力を誇るライ・ラン兄弟。


バッカーサの才も更なる成長を遂げ、実に頼もしい仲間が揃った頃。


白の国の命運を定める天秤が傾く、運命の日は訪れた。




その日は、一段と強い雪が吹き荒れていた。


「ようやく来たの。今日が勝負じゃ」


首に下げた金色のペンダントを握り締め、バッカーサが言う。


「最後までが鍵というのは癪に障るがな」


バッカーサの隣にはキャスタが。

その後ろには、シンやセイ、ライ・ラン兄弟の姿もあった。


彼らは、国を覆い隠そうとする「白」を忌々しげに睨み、次いでその身を投じた。



伍ノ国にて長年続いてきた争い。降り止むことのない雪のように終わりを見せないその争いだが、数年に一度、勢いを弱める日があった。

それというのは、猛吹雪によりホワイトアウトを起こした日だ。


周りが一切見えない状況が、争いを緩和する役を担うのだ。


雪をきっかけに始まった争いが、雪の強さによって激しさを変える。

皮肉な運命の天秤に弄ばれながら、バッカーサらはその日を待ち望んでいた。


ホワイトアウトで争いの激しさが緩和すれば、この争いに終止符を打つことができる。

今の自分たちであれば、積年の願いを叶えることができる、とバッカーサは確信していた。



彼らは闘った。彼らにとって、ホワイトアウトは大した障害ではなかった。

人の身体能力を超えたバッカーサ。サイアイテムを使いこなすキャスタ。自然の煙幕を物ともしない目を持つシン。雪を遮るセイ。炎と氷を司るライ・ラン兄弟。


そのアドバンテージは数の差を覆し、その日、一瞬の静寂が生まれた。

その静寂は、争いが始まったバッカーサ生誕の日から数えて、初めての静寂であった。


「白の民よ。聞いてくれ」


バッカーサの言霊が、白の大地に響き渡る。

その時だけは、ホワイトアウトを生み出していた雪も、すっかり鳴りを潜めていた。


「これまで、我らは白に怯え、白に弄ばれ、争ってきた。だが、どうじゃ。それによって得られたものは、恨み恨まれの負の連鎖のみ。このままでは犠牲になった者たちが浮かばれん。そうは思わぬか」


バッカーサの言葉は、極寒の地にやけに鮮明に染み渡った。


「今も尚、皆を突き動かす原動力はなんじゃ。食糧難か?それなら解決できる。我々は雪に負けない作物の品種開発に成功した。もう白に怯える必要はないんじゃ」


この札こそ、バッカーサが争いを止められると確信を持った、切り札であった。


この札を用意していたのはキャスタだ。


一度争いが止まったとしても、食糧難の問題が解決しなければ、また同じ惨劇が繰り返されるだけ。

そう考えたキャスタは、劣悪な環境に負けない、たくましい作物の品種を研究していたのだ。


開発に成功した作物の種類は多岐にわたり、一度争いが収まれば、少なくとも食糧を巡っての争いは、よっぽどのことがない限り起こらないだろう。


「食糧はある。復興の為の金もある。争う必要はもうないはずじゃ。あるとすれば、それは己が負の感情のみ。しかし、それが行き着く先が黒であることは皆も承知のはず。この国の未来のために、どうか黒を捨てる決断を。この国に、本物の白を取り戻すために」


バッカーサは深々と頭を下げた。

そんな彼の姿に、武器を持つ彼らの心は大きく揺れた。


ドスン。


一つ、また一つと、雪の大地に武器が落ちる音がする。

その連鎖が終わった頃、雪崩のように歓声が湧いた。


その声は、終日止むことはなかった。



「む。いつの間に・・・」


首に掛けていたはずのペンダントがなくなっていることに気づいたバッカーサが、徐に空を見上げる。


白の大地には、粉雪がしんしんと降り注いでいた。




それから、白の国は急激な勢いで復興を遂げた。

その資金には、以前の『TEENAGE STRUGGLE』優勝賞金が使われた。


一度は無駄だったと思った道も、回り回って明るい未来に続いていたのだ。


終戦時に失くした、アリアから貰った金色のペンダントは結局見つからなかった。

しかし、バッカーサはそこまで悲観的に捉えていなかった。


アリアの想いが、終戦へと導いてくれた。

バッカーサには、そんな風に思えて仕方がなかったのだ。


『TEENAGE STRUGGLE』にも再び参戦するようになり、伍ノ国が真の「白」を取り戻した頃。

外出していたシンが、一人の少女を連れて要塞に戻ってきた。


「おい、ジジイ。この娘、知り合いか?」


生意気に成長したシンの声に振り返り、バッカーサは目を見張った。

長く綺麗な白髪と、それよりも白い肌が眩しい女の子。その容姿は、アリアに酷似していたからだ。


「一人で居たから声をかけたんだが、何もわからないの一点張りでな。唯一引き出せたのは、ジジイの名前だけだった」


シンの言葉は、バッカーサの耳には半分ほどしか届いていなかった。

バッカーサには、この少女はアリアの生まれ変わりだとしか考えられなかったのだ。


「ばっかじいじ?」


可愛らしく小首を傾げる少女を、バッカーサは優しく抱きしめた。


「お主、名前は?」

「アーチヤ、だよ」

「そうか、そうか・・」


啜り泣くバッカーサに、アーチヤはまるで天使のような笑みを浮かべた。



こうして、バッカーサの人生をかけた「白」を取り戻すための闘いは、一先ず幕を下ろしたのだった。

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