第5話 WING


「大分暗くなってきたな。そろそろ戻るか」


沈みゆく夕日に目をやり、ゴーラが呟く。


「あ、ありがとうございました・・」


李空は疲れ切った顔で頭を下げた。



さらなるパワーアップを求め、共同修行をすることになった調査班と陸ノ国代表。

その取っ掛かりとして、二国のメンバー同士はそれぞれペアをつくり、組み手などを行っていた。


李空の相手をしていたのはゴーラ。


元々の自力に加え、愛竜クオンの機動力。

その純粋な強さに、李空はついていくのがやっとであった。


「それにしてもお前の才は面白いな。あのセウズを打ち倒したのも納得だ」

「その分負担も大きいですけどね」

「相手の才を読み取り、その情報を元に、自身の才が発動した効果の意図を闘いの中で探っているという話だったな」

「はい。単純明快なモノもあるんですけど、中には複雑なモノもあって・・」


李空は過去の苦戦を思い返し、苦笑を浮かべた。


真っ先に思い出されるのは、セウズ戦。

中でもゴーレム退治は、闘いよりも謎解きの方がメインであったように感じられる。


「全く。気まぐれな性格にも困ったものですよ」

「いや。単なる気まぐれとは言いきれんかもしれんぞ」


ゴーラは確かな確信を目に宿して言った。


「お前の才は、相手の才を読むことができる。それでいて自身の才は読むことができない。それじゃあ、そこにある違いはなんだ」


ゴーラの問いに李空は首を捻る。


「他人の才が読み取れる」ということは、才の目利きができるということ。にも関わらず、自身の才が透明というのは、よく考えてみればおかしな話であった。


「自分の顔は自分の目じゃ見れない。そういう話じゃないんですか」

「なるほど。そういう解釈もあるだろう。だが、こうは考えられないか。才が自らを秘匿している、と」

「自分自身を?どういう意図で?」

「それはずばり。お前のパワーアップのためだ」

「・・なるほど。俺への試練というわけですか」

「ああ。成長を願って我が子を逆境に送り込むというのは、自然の世界ではよくある話だ」


『オートネゴシエーション』が李空に最低限のヒントしか与えないのは、その先の成長を促すためではないか、というのがゴーラの持論だった。


「あのセウズを相手にしても、お前の才はその全てを開示することはなかった。つまりは、その先にはまだ闘いが。倒すべき相手が残っているというわけだ」

「あの男たち。というわけですね」


李空の頭に、壱ノ国『知の王』を名乗るカプリコーンの顔が浮かぶ。


あの男、もしくはその仲間。はたまた彼らより上位の存在。

ゴーラの推察が正しければ、『オートネゴシエーション』は来るべく強者との闘いに備え、李空をわざと追い込んでいることになる。


「そうなのか?」

『・・・・・・』


今はまだ話す時でない、という意思表示か。『オートネゴシエーション』からの返事はなかった。


ゴーラはゴホンと咳払いし、話を切り上げるように言葉を吐いた。


「ここまで言っておいてなんだが、この説はあくまで可能性の一つだ。それこそ、自分自身のことがよくわからないなんて奴はざらにいる。あんまり深く考えないことだな」




「おわりおわり!もう終わりでござる!」


卓男は慌てた様子で叫んだ。


「何言ってるっしょ。まだまだこれからっしょ!」

「いやいや。マイメんたちも戻るみたいだし」

「・・ちっ、仕方ない。ここまでにするっしょ」


高度を下げた愛竜の背に乗る陸ノ国代表チッタは、げんなりとした表情で下方の卓男に視線を送った。



それぞれペアを組むことになった壱ノ国調査班と陸ノ国代表であるが、卓男の相方になったのはチッタだった。

護身術程度のスキルを身につけたいだけだと、卓男は事前に伝えてあったのだが、その修行内容はチッタのサンドバッグであった。


チッタの一方的な攻撃をただひたすらに避けるだけ。


ただでさえ竜の有無で力の差が生まれるため、反撃の芽はゼロに等しかった。


「はぁ。やっと終わったでござる・・」


ゴーラの家に戻るチッタの背を確認し、卓男は逆の方向に歩き出す。

その方向に水飲み場があることを、案内の際に覚えていたからだ。


「・・・・ん?」


水飲み場のすぐ隣。

そこには、あまり綺麗とは呼べない小屋があった。


案内の時に見た竜小屋と造りは一緒であるが、随分とおんぼろである。


「むぅ・・むぅ・・・」


その中から声が聞こえる。

どこか怯えているようなその声に、卓男の足は自然と引き寄せられた。


「お前、一人なのか」


そこに居たのは、一匹の子どもの竜だった。

ぶるぶると震えるその竜には、翼が片方しかなかった。


上目でこちらを見つめる子竜と、卓男の視線が重なる。


「気になりますか?」

「うわ!びっくりしたでござる!」


背後から聞こえたその声に、卓男は素っ頓狂な声を上げて振り向いた。

そこに立っていたのは、零ノ国案内人陸ノ国代表担当、モーヤであった。


似た波長を感じ取ったのか。モーヤは皆が集まっていた時よりも流暢に言葉を紡いでいく。


「僕も気になってゴーラさんに訊いてみたんですけど、その子、翼が片方しかないから飛べないらしいんですよ。その所為で誰かの愛竜に選ばれることもなくて。このままだとずっとここに居るみたいですよ」

「ずっとここに・・・」


モーヤの話を聞き、卓男の中で感情が動く。

他人事の一言では済ませられない、何かを感じ取ったのだ。


「あの。どの口が言ってるんだって思うかもしれないんですけど。この竜と貴方。相性が良いと思うんですよね」

「僕とこの竜が?」

「はい。僕の才がそう言ってるんです」


さて、この少年モーヤの才であるが、その名を『シックスセンス』という。


理屈では説明できない直感を磨きに磨いたような才であり、壱ノ国調査班のピンチを察してゴーラを向かわせたのも、この才にて危険信号を受け取ったからであった。


「力を貸してくれるでござるか?」


卓男が子竜の目を見て問いかける。

ぶるぶると震えていた片翼の子竜だったが、いつの間にか震えは止まっていた。


「あっ」


感動的なシーンを目の前に、モーヤが何かに気づいたように声をあげる。


「ござっ!」


程なくして、卓男の頭上にあるものが落ちた。

白いその物質は、紛れもない、烏のフンであった。


「あほー、あほー」と、煽るような鳴き声を響かせながら、烏は遠くへ飛んでいく。


「すみません。才の効果で気付いたんですけど、間に合いませんでした」

「おかげさまで台無しでござるよ」


卓男がげんなりした表情で言う。


「むー、むー」


その様子を眺めていた子竜は、心なしか嬉しそうであった。




陸ノ国にて調査班が共同修行を始めてから、数日が経過した。

こちらはイチノクニ学院。六下の隠し書庫に籠る解読班の様子である。


「うーん。いまいち回らんなあ」


六下は困ったように呟いた。


「ですね。情報の正誤判定が思ったより大変です」


美波が同意を示す。


無数の本が眠る隠し書庫。禁書も多く含まれる本の中には、全く見当違いな記述を含むものも多くあった。

七菜の才『コンパイル』のおかげで翻訳はスムーズだが、その情報の正誤判定にどうしても時間がかかってしまうのだ。


「校閲に向いた才の持ち主とかいないんですかね」

「そうだな。これだけの生徒がいるんだ。一人くらい居そうなものだがな」

「あっ。それなら一人、心当たりがありますよ」


美波と六下の会話に割り込んだのは、翻訳作業にひと段落ついた七菜だった。


「誰のことだ?」

「ななと同じクラスの翼ちゃんです」

「つばさ。どっかで聞いた名前だな・・・」


記憶を辿る六下。その先に、ある人物の影を見た。


「あいつの娘か。そういえばそんな才だったな」


何やら苦い顔をする。

それから席を立つと、六下は美波と七菜に向けて告げた。


「ちょっと行ってくる。適当に休んでおいてくれ」




───イチノクニ学院、東の子「金」のクラス。


七菜やみちるの自教室である一室には、担当の女性教師と一人の生徒の姿があった。


「いい。貴方はこの国を正しい道に導く者。今の内から努力を重ねるのよ」

「はい、母様」

「学院では先生と呼ぶように言ったでしょ」

「そうでした。先生」


長い黒髪を一本のポニーテールにまとめた少女。三上翼は、女性教師の目を見てコクリと頷いた。


二人は教師と生徒の間柄でありながら、実の親子でもあった。

母子家庭の環境。教育熱心な母の影響から、翼は純粋でまっすぐな性格に育っていた。


「邪魔するぞ」


と、教室に一人の男が姿を見せた。


「何しにきたのよ」


その男。六下の顔を見るなり、三上は露骨に嫌な顔をした。


「いや、なに。その子の協力を仰ぎたくてな」


翼に視線を送る六下。


「は?どういうことよ」


三上は、我が子を守るように六下に詰め寄った。


六下は経緯を説明した。

どうやら何かしらの因縁があるらしい二人であるが、少なからず六下は三上に信頼を寄せているようだ。


「・・なるほど。そういうことね」


三上はあまり動揺を見せず、話を呑み込んだ。


「翼。貴方の力が早速必要になったみたいだわ」


翼の小さな両肩を掴み、三上はその目を覗き込んだ。


「ただし、協力するかどうかは貴方が決めなさい。力を使うかの選択は、力を持つ者の特権であり、責任だからね」


翼は小さな頭を捻り、考える素振りを見せた。


「・・・つばさも。つばさも力になりたいです」


翼は、六下の目を真っ直ぐに見据えて言った。


「助かるよ」


六下は愛想の良い笑みを浮かべた。

三上は一度頷き、それからため息をついた。


「翼が決めたことだから反対はしないけどね。あんた、いつも急なのよ。事前に相談するとかしなさいよね」

「すまんすまん。俺もいろいろと忙しかったんだよ」

「どうせまた籠ってたんでしょ」

「まあな」


六下は苦笑を浮かべた。


「それじゃあ早速来てくれるか」

「はい」


呼びかけに応じ、隠し書庫へと戻る六下の背中を翼が追う。

その姿を見送り、三上は長い息を吐いた。




一方、「央」跡地。


六国同盟『サイコロ』の本拠地となる天幕に、各国の代表は集まっていた。


「おっと、俺が最後か。待たせて悪いな」


最後に入ってきたのはゴーラ。陸ノ国にて今日の共同修行を終えた後、愛竜クオンに乗ってここまでやってきたのだ。


「どうだ。うちのは熱心にやってるか」


ゴーラにそんな質問を飛ばしたのは、『サイコロ』壱ノ国代表となった剛堂であった。


「ああ、それはもう。吸収が早くて驚かされる毎日だよ」


ゴーラは率直な感想を口にした。

ゴーラとペアを組むことになった李空であるが、日に日に竜との闘い方を覚え、成長を遂げていた。


柔軟な能力である『オートネゴシエーション』の性質もあり、今ではクオンに乗るゴーラとほぼ互角に渡り合えるほどだ。

ゴーラにしても、クオン搭乗時の戦闘について来れる相手は貴重であり、お互いにとって良き修行となっていた。


「それでは。全員揃ったことだし、第二回会議を始めるか」


変わらず進行役を務めるのはキャスタ。

その視線を剛堂へと移す。


「今日集まってもらったのは、壱ノ国が得た情報を共有するためだ。では、頼む」

「ああ。では、聞いてくれ」


剛堂は六下から聞かされた話をそのまま代弁した。


主な内容は各国に散らばっているとされる石版の存在についてだ。

これらに書かれてある情報。すなわち「鍵」を集めることで、『リ・エンジニアリング』を止めるための扉は初めて開かれる。


それらを集めるために力を貸してほしいと、剛堂は各国の将に協力を仰いだ。


「『才ノ役ハ災厄ヲ払ウコトナリ。最悪ガ迫リシ時、才ハ悪ヲ救ウダロウ』。壱ノ国の石版にはそう書かれていたそうだ」

「悪を救うか。とんだ正義のヒーローもいたもんだな」


剛堂の話に、ヴァーンが反応を示す。

次にワンが口を開いた。


「話はわかった。するとなんだ?俺たちは自国の石版の写しでも取れば良いのか」

「いや、あの石版はどうやら特殊なようでな。携帯なんかで写真を撮ろうとすれば、その文字は見えなくなってしまうらしいんだ」


そう、誰の仕業か、石版の文字は肉眼でなければ見えない仕様となっているのだ。しかし、インプットが肉眼であれば、その伝送には別のツールを経由しても構わない。


「それなら何をすれば良いんだ?」

「今は何もしなくて良い。来たるべき時に協力を求む。それが六下さんの伝言だ」


剛堂が言うと、今まで黙っていたマテナが手を挙げた。


「先ほどから話にあがる六下なる人物ですが、信用できる人物なのですか。何故そこまでの情報を手にしているのか、疑問なのですが」


マテナの言い分は尤もである。

他国の名も聞いたことない人物の話を信じろと言われても、多少の無理がある。自国の、大陸中の未来を左右する話なのだがら、国の代表として慎重になるのは当然だ。


「あの男の言葉は信用に値する。それが、奴と拳を交えた者の見解じゃ」


そんな言葉を吐いたのはバッカーサだ。

彼は、壱ノ国代表時代の六下と闘った経験があった。


「あの時は紛れもなく奴の時代だった。それともう一人の女。奴も手強かったの。名はなんだったか・・」

「三上、よ」


キャスタが捕捉する。


「そうじゃ。無惨な六三コンビ。あれは脅威じゃった」


バッカーサは、過去を懐かしむように目を細めた。


「おっと、話が逸れたの。あの男は強い上に頭が切れた。それから、研究熱心な学者としての面も持っていた。そして、嘘が大の嫌い。まさかこの状況下で騙すような真似はせんじゃろ。どうじゃ、小娘。信じてみるのも手じゃと思うが」


マテナは少し間を置いて答えた。


「安心しました。伍の将がそこまで言うのなら信頼に足る男なのでしょう。壱の代表。無礼な発言をお許しください」

「いや、国の代表として当然の対応だ。何とも思っていないよ」


頭を下げるマテナに、剛堂は首を振って応じた。


「ところで、セウズの容態はどうだ?」


今度は剛堂がマテナに問いを投げた。


「依然目を覚まさずです。時折、呻き声のようなものを上げているようですが」

「そうか。セウズの復活も一つの『鍵』だと、俺は思うんだがな」


そこまで口にして、剛堂はハッとした表情をした。


「そういえば六下さんがよく言ってたな。『怒りは驕り。知識は鎖。焦りは禁忌』だったか。ほんと、偉大な先人だよ」


剛堂は、少し恥ずかしそうに、後ろ首をぽりぽりと掻いた。




さらに数日が過ぎ。この日は共同修行最終日。


「待つっしょ!」

「ござるううぅ」「むう、むぅ」


愛竜に乗るチッタが追うのは、卓男と片翼の子竜。


あれからモーヤを経由して話は進み、子竜は卓男の仮の愛竜となった。

今は言わばお試し期間といったところだ。


卓男は子竜に『ムルムル』と言う名を付けた。

「むうむう」といった鳴き声と、「ぶるぶる」と震える様を組み合わせた名だ。


性根が似ているのか、ふたりの仲は日に日に深まっていた。

が、如何せんムルムルは飛ぶことができない。チッタとの修行は一方的なまま。ムルムルが加わったことでサンドバックが二つに増えただけであった。



その隣で修行を行うは、架純とダイル。

組み手がひと段落つき、二人が会話を交わしている。


「この間の試合では、うちの二人が世話になったな」


視線を隣に移してダイルが言う。

そこには平吉と修行に励む、パオとラフの姿があった。


「お前たちとの試合で何か思うことがあったようでな。素行の悪さが目立つ二人だったが、ようやく協力という言葉を覚えたみたいだ」


組み手を行うパオとラフは、見事な連携を見せながら平吉を追いこんでいた。


すっかり先輩の顔をするダイルの横顔を見て、架純がふっと笑みを浮かべる。


「平ちゃんの毒には、隠しきれない優しさが混じってるでありんすよ」


額に汗を浮かべる平吉を眺めながら、架純は呟いた。



「よし、修行は終わりだ。戻るぞ」


すっかり陽も落ちたことで、ゴーラが皆に呼びかける。

明日は月末。つまり、6日間におよぶ共同修行が今終わったわけだ。


「修行の相手、ありがとうあ〜る」

「勉強になったえ〜る」


みちるが礼を言う相手は、ラビ。


「私も、野生を感じる才に陸の血がうずいたわ。大会でも相手したかったわね」


ラビは、火照った顔で言った。


縦の動きに自信を持つラビと、縦横無尽に空を泳ぐ竜。


その見事なコンビネーションに初めは苦戦を強いられていたみちるであったが、あるとえるに別々の動きをさせるという対策をとった。

慣れない行為であったがその精度は徐々に増し、最後には互角以上に渡り合えるようになっていた。


「ところで。今さらだけど、あの同じ顔ペアは同じじゃないのね。何してるの」


ラビが言う同じ顔ペアとは、海千兄弟のことである。


チッタ・ラビペアは、『TEENAGE STRUGGLE』にて海千矛道・海千盾昌ペアと当たっていた。

その二人の顔がどちらも見えないものだから、ラビは少しだけ気になっていたのだ。


「さあ、知らないあ〜る」

「そもそもちゃんとした面識がないえ〜る」


体調不良により陸ノ国戦は欠場だったみちるは、興味なさげに首を振った。




───所変わって、「風爺山」山頂。


壱ノ国某処にそびえる、別名『死山』とも呼ばれる山の頂には、今にも死にそうな海千兄弟の姿があった。


「師匠。もう限界だっぺ・・」


海千兄弟の弟。海千盾昌は、同じ場所を永遠と走っていた。

その足場には不思議な風が発生しており、盾昌の体は少し浮いていた。


必死に足を回転させる盾昌だったが、進行方向とは逆向きに吹く風によって位置は一向に変わらない。さながら風のランニングマシンといったところだ。


それでいて足の回転を緩めれば、盾昌の体は後方に移動してしまう。

その先に待つのは絶壁の崖。ランニングを止めるわけにもいかないのだった。


「師匠。こっちも限界だべ・・」


海千兄弟の兄。海千矛道は、永遠とおにぎりを食べていた。

既に苦しそうだが、矛道の眼前には山積みのおにぎりがあった。


さて、そんな不可解な状況にある海千兄弟の二人であるが、そのすぐ側には温泉に浸かる三人の翁の姿があった。


「大物は限界を超えた先に待っているものじゃぞ」


その内の一人。海仙人は、海千兄弟に向けて言い放った。

台詞はかっこいいが、温泉の効果で表情は緩みきっている。


「それにしても、こうして集まるのは何年振りかの」


そう口にするのは空仙人。どうやら盾昌の足場の風を止めるつもりはないようだ。


「六下に会ったのも久方振りじゃったが、奴の用意周到さは健在じゃったの」

「全くじゃ。他人に伝えるのが急な所ものう」


海仙人と空仙人が同時に薄く笑う。


最後に今まで黙っていた陸仙人が口を開いた。


「ともあれ、こうして『鍵』は揃った。後は『鍵穴』が見つかるのを待つだけじゃ」




───月末。


調査班にゴーラを加えた面々は、陸ノ国にある神社を訪れていた。


ゴーラの家から徒歩30分ほどの距離。森の茂みの先に見える、蔦が絡まる鳥居を潜ると、立派な御社殿が姿を見せた。立派というのはその大きさのことで、随分と年季の入った外装をしている。


鳥居から続く参道には、3人の子どもが列をなしていた。

男の子が2人に女の子が1人。どうやらこの3人は、今月才を授かったばかりのようだ。つまりは、今日の儀式の対象者ということになる。


到着した調査班は、子どもたちの後ろに並んだ。


「2人はどんな才だったの?」


3人の子どもの内の1人が、残りの2人に呼びかける。


「俺のは鷹みたいでカッコいいぞ!」

「私のは鶴みたいに美しい才よ」


男の子と女の子はそれぞれ答えた。

格好の良さと美しさ。才に求める価値観の違いに、2人の間に僅かな歪みが生まれた。


「何だよ鶴って。だっせえの」

「そっちこそ鷹って。ちっとも可愛くないじゃない」

「なんだと」

「なによ」


2人は喧嘩を始めた。

もう1人の男の子は、険悪なムードにおろおろとしている。


「喧嘩はやめようよ。どっちの才も良いと思うよ」


男の子は、2人の仲を必死に取り持とうとしていた。


「・・・」


そんな子どもたちの姿に、李空は真夏と京夜の影を見た。

自分もあの男の子のように、二人の仲立ちに頭を悩ませたものだ。


二人は無事だろうか。李空の表情に一瞬、影が差した。


「おう、揃っとるのう」


と、御社殿から一人の男が姿を見せた。

歳は50代後半といったところか。いや、まだまだ現役感を残す肉体から察するに、実年齢はもう少し上かもしれない。


「爺ちゃん。今日は頼むよ」


そんな言葉を口にしたのは、ゴーラであった。


彼の祖父はこの神社の宮司だ。ゴーラの家系は、先祖代々「竜」の管理と神社の宮司を務める、名家中の名家なのだ。


「今日の主役は子どもたちだ。お前たちはその後だぞ」


ゴーラの祖父は、厳しさと優しさの混じった声色で答えた。



子どもたちの祈りの儀式が終わるのを待ち、調査班とゴーラは御社殿に足を踏み入れた。


年季の入った外装の割に、中は片付いていた。

おそらくはゴーラの祖父が日頃から綺麗にしているのだろう。


中央部には、例に倣って石版が置かれていた。

李空は渋々カチューシャを装着し、石版の前に立った。


『大陸ハ胴。ソノ大キナ背中ニ光ト闇ヲ同時ニ背負ウ』


携帯電話から七菜の声が聞こえた時。調査班の面々は身構えた。

それは教会で同様の作業を行った際に、カプリコーンやジェミニが突如姿を見せた経験からくる反応だった。


しかし、神社に誰かが現れる気配はなかった。

皆はほっと胸を撫で下ろし、神社を後にした。



「お、おかえりなさい」


ゴーラの家まで戻ると、モーヤが皆を出迎えた。


「むう、むう」

「ムルムル!無事帰ってきたでござるよ!」


身を寄せてきた愛竜と卓男は抱き合った。

その奥には、陸ノ国代表の面々とその愛竜たちの姿も確認できた。


「すっかり相棒って感じだな。別れるのが辛いんじゃないのか」

「別れ・・・」「むうむう・・・」


李空の言葉に、卓男とムルムルが顔を見合わせた。


「それで。これからどうするんだ」

「んー。どないしようかな」


ゴーラと平吉が言葉を交わす。


六国に散らばる石版に書かれた情報を集める。

これこそが調査班のひとまずの目標であるが、陸ノ国の石版の翻訳は無事に完了した。これ以上ここに滞在する意味もない。


「次の国に向かうべきか。しかし、徒歩となるとキツイもんがあるなあ」

「一番近くて伍ノ国か。勿論道はないし、行くなら『央』経由だな」

「今は空地やけどな」


六つの国がそれぞれ独立する性質上、国間に道は通っていない。

さらに伍と陸の国境は特に過酷な自然環境にあるため、直接の移動は現実的でない。それも修行と考え、敢えて身を投じる手も平吉の頭に過ったが、無謀すぎるため却下となった。


それならば央を経由する正式なルート。今は央が地下に沈んだ状況にあるため、面倒な規則などに縛られる恐れもない。しかし、こちらは時間がかかり過ぎてしまうのが傷だ。


はて、どうしたものか。一度六下に相談しようかと平吉が思考を巡らせていると。


「あ!」


モーヤが何かに気づいたように声を上げた。


「皆さん!揺れがきます!」


その直後。陸ノ国に移動した時とよく似た揺れが皆を襲った。


「きたな。皆、『鍵』や」

「もう握ってるでありんすよ」

「もちろんあ〜る」「え〜る」


平吉、架純、みちる、李空は、それぞれ首に下げた白い『鍵』を握った。


「卓男!何してる」


卓男に向かって李空が叫ぶ。


「・・・・・」


その先の卓男は、『鍵』を握らず、思い詰めたように黙りこくっていた。


揺れが続くなか、卓男は愛竜のムルムルと顔を見合わせ、それから李空に視線を寄越した。


「マイメん。僕は残るよ」


卓男は首飾を外し、李空に向けて投げた。

李空は慌てて両手でキャッチする。


「人間的に足りない僕と、片翼のムルムル。僕らは一人じゃ不完全だけど、二人でなら闘えると思うんだ」

「・・・そうか」


揺れに続き、大地が回転を始める。

その場に「ロック」された調査班と、その他の面子との距離が段々と離れていく。


「ござる〜」「むう、むう」


卓男が片腕を、ムルムルが片翼を振る姿を、李空は見えなくなるまでじっと見つめていた。

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