第52話
トーポシーでクラーケンを討伐した村井たちはファンタジー抜きの水の都、交易所として賑わう市井とファンタジーらしい賑わいを見せる町並みを
「いやぁ、色々ありましたね! 楽しかったです! 明日はさっき買ってきた食べ物をカノンちゃんに料理してもらいましょう!」
ご機嫌な様子でソフィアは買ってきた食材を冷蔵庫の中に入れていく。そこに自分で作るという選択肢は皆無のようだった。ただ、色々と買いこむ間にそういう方針で話がまとまっていたので誰も咎めはしない。
村井の内心としてはカノンの負担になるため、あまりいい顔にはならなかったが、カノンはこの地方の郷土料理や名物を作るに当たってのレシピ本を買い込むなどしてやる気は十分だった。本人がやる気なのであれば村井も止める気はない。楽しそうに買ってきた食材をホテルに備え付けられた魔具に入れていくソフィアに収納は任せて自分はソファに腰を下ろす。
「さて、予定が早く済んだなぁ……」
「そうですね」
レシピ本を見ながら村井の横を陣取るカノン。三日間を予定していた水の都の滞在だが、早くも目的を達成してしまっている。明日の午前中は実地検分を終えたギルドとの話し合いに使われることだろう。そして夜はカノンへの接待が行われるはずだ。
だが、三日目が完全にフリーになってしまった。このままではすぐに帝都に戻るということで断っていた出来事が再浮上する可能性が高い。つまり、町の主だった面子や依頼主である港湾労働者組合との会合、そしてギルドの接待などが三日目にもねじ込まれてしまうということだ。村井は思案する。
(多分、面倒臭いことになるだろうな。荒んだ大人たちのカノンを見る目がキラキラしてたもんなぁ。接待にかこつけてカノンを口説く輩が続出して、カノンのストレスが溜まって、俺に何かするように言ってくるんだろうな……)
レシピ本を見て研究するカノンを横目で盗み見る村井。毎日見ても見飽きぬ端整な顔立ちだ。これだけ見目麗しい英雄であれば何か言わずにはいられないだろう。
「師匠? どうかしましたか?」
村井の視線に気付いたカノンが顔を上げて少し訝し気な顔をする。それに対し村井は頑張って調理してくれるのは嬉しいが、あんまり無理はしないようになどと言って誤魔化した。誤魔化されたカノンは首を傾げながらもレシピ本を村井に見せる。
「うん? 何かいいのがあったのか?」
「いえ、師匠に明日の朝ご飯を決めてもらおうと思いまして」
「ソフィに……」
そこまで言ったところでカノンが何とも言えない顔になって口を挟んだ。
「ソフィアさんにも一品決めてもらいますよ。でも、師匠が先です。メインを決めてください」
優先順位を再確認させるようにカノンはきっぱりとそう告げる。さっき仲良くするように言ったばかりなんだけどなぁと思った村井だが、ソフィアは調理済みのすぐに食べられるお土産に夢中のようで気にしていなかった。
「あー……じゃあ、これ」
村井は元の世界で言うところのアクアパッツァのような郷土料理を指し示す。先程買い込んだ新鮮な魚介をシンプルな味付けでいただきたいと思ったのだ。
(……本当なら煮つけとかみそ焼きとかにしたいんだけどな……)
新鮮な魚を見るとちょっと故郷の味付けを考えてしまう村井だが、カノンに言っても困らせるだけだ。大人しく今ある選択肢から簡単そうなものを選んでおく。
「アクアパッツァですか……まぁ、朝ですから軽めにしておきましょう。では、付け合わせをソフィアさんに選んでもらいますね。ソフィアさん、ちょっといいですか?」
「はーい……またべったりしてる」
「この本の中から明日の朝食で食べたい物を選んでください。師匠はアクアパッツァを選んでいるのでそれ以外で」
ソフィアの呆れるような言葉には応じずにカノンは自分の用件だけ伝えた。そしてレシピ本をソフィアに渡した後はすぐに村井の方に向き直る。
「では、当初の予定も済ませたことです。師匠が子どもの頃に何をしていたのかお話をしてくれるんですよね。あの大きなイカを倒してホテルに戻ったら詳しく聞かせてくれるということでしたから」
「……いや、別に大したことはしてないし、環境が違い過ぎるから説明が大変なんだけど」
「私も行く予定の世界なんです。知っておくに越したことはないはずですよ」
カノンはそう言って前傾姿勢になると更に村井との距離を縮めた。村井は押されたように少し下がりながら曖昧な言葉を返す。
「あー……まぁ、そうかもな……」
「そうです。昔からはぐらかされてましたが、今日は聞かせてくれるんですよね?」
「うーん……まぁ、基本的にあの舟で話した通りだよ」
過度な期待はしないでほしいと前置きした上で村井は語り始めた。
「俺がいた世界はこの世界と同じように色んな星があって、その中の地球って惑星の日本っていう島国に生まれた。で、そこの都市にあるしがない食事処の長男に生まれてある程度は賢い子として育ったけど小学……11歳くらいにパソコン……何て言うかな? まぁ、機械弄りに嵌って勉強を疎かにしていて、微妙に残念な感じで成長してたんだけど……気付けばこの世界に居たって感じかな」
「……何か色々気になる単語ばかりですね。師匠の自動翻訳が微妙に機能し切れてないですよ」
レシピ本を見ていたはずのソフィアから声が上がる。カノンもそれに同意した。
「まず、わくせーって何ですか?」
「……確か、自分から光を放つ恒星っていう星の周囲を回ってる星だったはず。ただその辺のことは割とどうでもいいよ。地球の日本で生まれたってことさえ分かれば」
「そうですか? では、師匠のお気に入りというパソコンについてなんですが、これは私も一緒に出来ますか?」
「え、まぁ。うん。俺がやってた分くらいは誰でもできるよ。日本語さえ分かれば」
村井が元の世界で嵌っていたのはネットサーフィンだ。動画サイトの外、某掲示板などに若くして入り浸っていた。そんなことをしていれば当然、微妙に気がかりな点が出て来る。
(俺と一緒にやるってなると変な知識ばっかり身に付くから止めた方が……)
だが、カノンたちの心配はそこではなかった。
「日本語、ですか……魔力がない世界となると、1から覚えないとダメですよね」
「そう言えばそうか。教えないとダメか」
「むー、さっきから気になる話ばかりじゃないですか! カノンちゃん、明日の朝のオーダーはさっき買った変な形のパスタをなんかいい感じの具材と一緒にしてトマトクリームソースでお願いします! で、アキトさん! その日本語というものがどういうのか私にも教えてください」
「……教えはするけどさ。俺、あんまり国語得意じゃなかったんだよね」
ソフィアの言葉に顔色を曇らせて応じる村井。今の村井には異界渡りの特典として自動翻訳があるため、言語に困ったことはない。その上、一般人でも魔力と伝える意思さえあれば意思疎通には困らない上、文章の読解も基本的には著者が執筆した原本を魔術で転写するため魔力さえあれば文章を理解する分には問題はなかった。
だが、村井が元居た世界ではそんな上手いことは行かない。そのため、村井が二人に日本語を教える必要があった。ただ、そこで問題なのが村井の日本語能力は中学生時点で発展を終えているということだ。村井では教えるのに不安が出て来る。
その旨を正直に話したが、二人揃って村井の言葉を謙遜だとして冗談半分で聞いている。村井は自国の言語すら不満足にしか操れないことを声を大にして主張する気にもなれなかったので適当なところで引いた。
(……まぁ、そう簡単に覚えられるものじゃないだろうし、日常会話レベルが何とかなれば後はネットで調べればなんとかなるか?)
後で言語学習用の魔力が一切篭らない筆記具を学園から貸してもらおう。そんな話をして一行は話題を子どもの頃の話に戻すのだった。
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