第51話
「さて、お手並み拝見といくか」
人の味を覚えたクラーケンが居座るトーポシーの海港。その付近でクラーケンの姿を見るのに適した見晴らしのいい廃墟の屋上を陣取った村井は独り呟いた。
クラーケンの下には気配を殺したカノンとソフィアが向かっている。何かあった際にはすぐに駆け付けるつもりで近くに行こうとした村井だったが、必要ないとのことで押し問答の末に少し離れた建物の高層より戦闘を見ることになっていた。
「それにしても馬鹿でかいな……何で海面から顔を出してるのかは不明だが、威圧感が凄い」
海の生き物の癖に海中に居なくても呼吸などは大丈夫なのかと思わなくもない村井だが、別に彼は海洋生物学を学んでいる訳でもないし、そもそもこの世界は元の世界の常識が通用しない魔力のあるファンタジー世界なのでその辺りは気にしないことにしてカノンたちの魔力を探る。
(居ると分かっていても相当注意しないとわからないな……教えたのは俺だが、何てレベルで実践しているんだ……)
遠くからでは殆ど感知できないカノンの魔力を前にして村井は感嘆した。愛弟子のレベルの高さには驚かされてばかりだ。そう思っているとソフィアの方が動いた。海へと流れる川辺の水に手を触れると抑えていた魔力を一気に解放したのだ。
「お……」
遠くにいた村井でも一瞬身構えてしまう程の魔力の爆発。それは一瞬で水面を走るとクラーケンがいる海面周辺にも流れ、海水が不自然に隆起する。そしてそれは続け様にクラーケンの巨体を雁字搦めにした。
そして次の瞬間。
「うわ……」
ソフィアの魔力である程度心構えが出来ていた村井が声を漏らす程の魔力の奔流。発生源は言わずと知れた彼の愛弟子、カノンだ。彼女は愛剣である雷神剣を大上段に掲げると魔力で光の柱を作り、身動きの取れなくなっているクラーケンに向けて振り下ろした。
「……すご」
衝撃の光景に村井は思わず声を漏らす。カノンの一撃。それはクラーケンごと海を割った。まさに真っ二つ。クラーケンが憐れになるような一撃だった。
(これは確かに、俺は要らないな……)
カノンたちがここに来る前に言っていた見ているだけでいいという発言に納得する村井。確かに、この戦いに自分は不要だっただろう。見ている必要すらなかったかもしれない。村井がそう思っていると高速移動でカノンが村井の下に戻って来た。
「師匠! 倒しました!」
「ん、見てたよ。お疲れ様」
「はい。ありがとうございます」
村井が軽く労をねぎらうとカノンは頭をすっと差し出してくる。頭を撫でて褒めて欲しいということだろう。彼女が求めるがままに頭を撫でるとカノンはそのまま村井に軽く抱き着いた。
「……一応私も頑張ったんですけど~?」
そうしているとソフィアも二人の下に戻って来た。彼女は戻って来るなりカノンと村井がいちゃついているのを半眼で見ながら不満を申し立てる。それを受けて村井は彼女も褒めた。
「見てたよ。クラーケンの水魔術をものともしないで凄かったぞ」
「……ま、まぁ。当然ですよ。イカなんかに負ける程軟じゃないので」
当然のことをしたまでだと言いながらも少し得意気にして嬉しそうに顔を綻ばせるソフィア。そうこうしている内に海港に突如現れた光の柱を見て何事だと様子を見に来た人々がクラーケンの死骸を見て歓声の声を上げ始めた。
「カノン、町の人が集まって来た。俺はギルドに報告に行くからカノンはソフィアと一緒に町の人たちが危なくないようにクラーケンの方に……」
「……そこは水路関係なしにギルドまで最短距離で飛んで行けるソフィアさんの方がギルドに行くべきだと思いますが?」
「うー……またそうやって私だけ仲間外れにしようと……」
非常に不満げな顔をしたソフィアを見てカノンは至極冷静に効率を考えた結果だと告げるが、彼女は納得しない。このままでは言い争いに発展しそうだと判断した村井がカノンを宥めるように声を掛けた。
「カノン」
「……はぁ。分かりました。ソフィアさん、行きましょう」
「はーい」
不承不承という態を何とか抑えてソフィアを連れてクラーケンの死骸の方に戻っていくカノン。それを尻目に村井はここまで運んできてくれたゴンドラの渡し守の場所まで移動してギルドへと戻ることにする。
「おや? お嬢さん二人は?」
「クラーケンの討伐に成功したから現地で町の人が危なくないように見張りに立ってもらっている。それより急ぎでギルドまでの道を頼んだ」
「……はいよ」
気怠そうな返事だったが、すぐに全身に魔力を宿して機敏に動き始める船頭。舟は手漕ぎのものとは思えない速度でギルドまでの水路を最短で進み始める。その途中で村井は武装した傭兵団の姿を認めた。
(……多分、ギルドからの調査兵団だな。まぁ危険はないだろうしいいか)
ゴンドラを止めることなくギルドへの道を進ませる村井。程なくしてギルドに到着すると帝都から村井たちを案内する役目を背負ってここまで来ていたギルド員の男が村井を出迎えた。
「ムライさん、予定ではクラーケンの様子を見に行くということでしたが、港の方で光の剣が天を衝く勢いで伸びていたという報告が入っています。これはもしや?」
「あぁ、カノンとソフィが行けそうだということで討伐に入りました。結果は成功でクラーケンは真っ二つになってます。実地検分の方、お願いします」
「本当ですか! 仕事の早い……」
驚く帝都のギルド員の男とトーポシー所属のギルド員。町中に突如現れた光の柱に関してはギルドに報告が上がっていたようだ。何事かと確認しに冒険者の部隊が派遣されたということで、目撃情報と一致したことから村井の話が疑われることもなく、すぐにギルド員による実地検分部隊が組まれて移動することになった。
「すみません、舟が捕まらなかったのでムライさんとお二人は先に現場に行っていてもらえますか?」
実地検分部隊の構成員が帝都からやって来たギルド員とこの依頼の担当者、そして村井にそう告げる。彼らに異論はないようですぐに村井が乗って来た舟に乗り込んで元来た道を戻り始めた。
「いやはや、流石はあの【地獄巡り】を打ち滅ぼした英雄様だ。我々を悩ませたあのクラーケンをこうも短時間で屠るとは。ムライさん、どんな戦いだったのか道すがら教えてもらっても?」
「……もう戦いと呼べるものじゃなかったですね。ただの駆除みたいな一方的な処理でした」
「なんと! 後学のために聞かせて貰ってもいいですか?」
「あれは誰かに真似できそうなものじゃないですが……まぁ、いいですよ」
興奮しているトーポシーの担当ギルド員にソフィアとカノンの活躍を伝える村井。誇張なしで話をしたが、ギルド員たちは半信半疑の様子だった。しかし、それも現地に着くまでの話だ。
「本当に真っ二つですね……」
現地に着くなり存在感を露にするクラーケンの死骸。野次馬が突如発生した光の柱の件で先にギルドから派遣された調査員たちによって遠ざけられる中で、村井たちは担当責任者のギルド員と共にクラーケンと討伐者二人に近づいた。
「カノン、ソフィ、お疲れ様。担当者を連れて来たから後の実地検分は任せて戻ろうか」
「あ、はい。じゃあホテルでお話の続きですね。楽しみです」
「え~? 少し町巡りしましょうよ~何か面白いものあるかもしれませんよ」
ソフィアの言葉にカノンが若干冷たい目を向けかけたがすぐに気を取り直したようだ。
「……じゃあ、一度お買い物に行った後、戻ってお話ですね」
「あ、あぁ……」
「やたっ! 行きましょう!」
クラーケンを倒すという大仕事をこなした後でも全く疲労を見せずに呑気な会話をする一行を見てギルド員たちは感嘆の目を向けるしかないのだった。
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