第50話

 ホテルで至極健全な関係修復を済ませた村井、カノン、ソフィアの三人は討伐対象がいる現場の下見をしにゴンドラに乗って移動していた。今回は前回の反省を活かして船に乗る前から座る場所を決めることで揉めることがないようにしての移動だ。


「カノンちゃん、今日の晩御飯はなぁに~?」

「……ホテルで提供される何かだと思いますよ。恐らくは魚料理が中心ですね」

「カノンちゃんの料理がいい」

「ホテルを出る前に言ってもらわないとどうしようもないです」


(素っ気ないなぁ……)


 船旅中、村井の前で隣り合って座っている二人の弾まない会話を聞いて村井は軽く溜息を吐きたい気分になる。揉めたり争ったりすることこそないが、何となく不仲な印象を与えるような会話だ。積極的に話しかけてくるソフィアに対し、カノンは端的な答えを返すだけなのがその原因だろう。

 そんなカノンと一対一で楽しい会話をするのは難しいと諦めたのか、はたまた目の前にいたからか、ソフィアは彼女の前に座っている村井に話しかけて来た。


「アキトさん、アキトさん」

「ん?」

「何か盛り上げてください」

「また無茶振りだな……」


 非常に雑な振りに村井はげんなりしてしまう。彼は本人の認識ではコミュ障とまでは行かないが、人と会話をし続けるのに疲労感を覚えるタイプの人間だ。この世界に来てからカノンと出会うまで基本的にソロで活動していたことがその所作だろう。


「何か盛り上げる、ねぇ……」


 接客のプロであるはずの渡し守の方を少しだけ見る村井だが、こちらを興味深そうに見ていた彼にも視線を逸らされてしまう。次に主に盛り上げる対象であるカノンを見るとカノンは微笑みかけて来た。


「お困りですか?」

「……そうだな」


 主に、お前らのせいで。その言葉を飲み込んで村井は頷く。カノンは笑みを深めてその花唇を開いた。


「話題作りでしたら、自分の話題を話すところから始めた方がいいですよ。本にはそう書いてありました」

「まぁ、そうだな」


 自己開示がうんちゃらという話は村井もいつだったかは忘れたが、暇を持て余していた時に帝都の図書館か何かで読んだ記憶がある。カノンの言う通りだろう。


「ですので、師匠の話を聞かせてもらいましょう。まずは、子どもの頃の話から」

「……うーん」


 突然会話に乗り気になったカノンを見て彼女が個人的に聞きたいだけではないかと村井は思った。だが、二人の間を円滑に取り持つ潤滑油になるべく、多少は言いたいことを飲み込んでこの場を盛り上げることに尽力することにする。

 しかし、生まれ育った環境が違い過ぎるため、二人に自己開示しても盛り上がるとは到底思えない。それに渡し守という部外者もいる。異世界人であるとバレると後々の活動に支障が出る可能性があるので隠しておきたかった。

 その結果、村井は軽く話すとしてもそこまで自己開示することのないふんわりした内容の話だけに留めておくことにする。


「俺の子ども時代の話は特に面白くないよ。食事処の長男として生まれて、小さい頃はそれなりに賢い子として育ったけど……まぁ、その後はお察しだ」

「そうですか……ホテルに戻ったらもう少し詳しく聞かせてください」


 村井の視線が聞き耳を立てている渡し守に何度か向いていたことで彼の考えを理解したカノンは村井の話を深堀りすることなく後での楽しみにしておくことにした。

 ただ、取り敢えずカノンを上機嫌にさせて後の会話の弾みを作ることには成功したということで村井のミッションは完了だ。そのままソフィアに流して後はお任せの形にする。


「じゃ、話題は作ったから後はソフィの子どもの頃の話でも頼もうか」

「はい、はーい! カノンちゃんの子どもの頃の話が聞きたいでーす!」

「……私の子どもの頃の話、ですか」


 会話の主導権を渡した次の瞬間に思いっきり地雷を踏み抜いたソフィアに村井は頭を抱えたくなった。しかし、カノンはなんてことはないかのように告げる。


「私は伯爵家の次女として、他家に嫁ぐのに恥ずかしくないようにと色々とお稽古をこなす日々でした。その後、家を魔族に襲われて人生のどん底に堕ちましたが、師匠に助けてもらってからはご存知の通り、今みたいな生活ですね」

「……カノンちゃんって貴族だったんだ」

「はい。既に滅んだのであまり関係ありませんが」

「う……ごめんなさい」


 エマや村井にあまり触れるべきではないと言われていたカノンの過去。それをこの際だからちょうどいいとばかりにソフィアは軽率に触れてしまった。カノンはそれを気にしていないかのような声音だったが、それに反して内容は重たいものだったためソフィアは流石に反省した。

 ただ、カノンの方は話を振った時点で自分のことも聞かれる可能性については考慮していたため、そこまで気にしてはいなかった。


「まぁ、あまり気軽にお話しすることでもないですが、そこまで気に病む必要はないですよ。最後にソフィアさんの子どもの頃の話を聞きましょうか」

「え? 私?」

「はい」

「うーん……」


 軽い質問のようで斉一性の圧力が相当込められた質問がソフィアを襲う。ソフィアも村井やカノンと同様に簡単にでも子どもの頃の話をしなければならないという空気になっているが、彼女はまだエルフとして正式に成人を迎えていない子どもだ。

 そのため、彼女の子どもの頃の話と言われても現状を話すことになってしまう。だが、自分から子どもであると言うのも何となく嫌だった。


「まぁ、エマ様の研究のお手伝いですかね~?」


 少し考えてソフィアはそれっぽい回答を出すことにした。村井はエマから弟子とは色々契約を結んでいるので手伝いの内容も口外出来ないようにされているのではないかと思い、その話題を広げていいものか少し悩んだが、触れずに沈黙に陥るのも悪いかなと会話に乗ってみた。


「大変そうだな」

「まぁ、大変でしたよ? 思い立ったらすぐ行動みたいな人ですし」


 どこか得意気にそう告げるソフィア。エマと行動を共にしていたことがある村井は彼女が言っていることがすんなり入って来た。ただ、カノンだけその話に微妙に乗り切れない。彼女も数ヶ月間だけエマと生活を共にしていたが、カノンからすれば時折ちょっかいを掛けてくるが、基本的には食べ物を与えておけば大人しくなるくらいの認識だったので扱いとしては比較的楽だったのだ。

 しかし、村井が納得している様子を見てわざわざ掘り返すのもアレかなと思い、何も言わないで二人の会話を見守っておいた。ただ、ほどなくしてカノンの魔力感知に人間のものとは異なる大きな魔力が引っ掛かると彼女は会話を終わらせるように警告し、渡し守に確認した。


「渡し守さん、クラーケンの近くまで来ましたね?」

「あ、あぁ……まだ距離はあるが、奴の目についたら商売あがったりだ。そろそろ舟を降りて陸路で行ってもらおうと思っていたところだよ」

「分かりました。師匠、ソフィアさん、行きましょう」


 さっきまで談笑していたとは思えない切り替えと広範囲の索敵能力に渡し守は流石は英雄だと思いながら三人をゴンドラから降ろす。今回は索敵のつもりだと告げるとここで待っているとのことだ。一行はそれを了承してクラーケンが待ち受けているであろう場所へと歩みを進める。一行がクラーケンがいるであろう場所に進むにつれ、破壊されたゴンドラの残骸や壊された家屋の破片が増えて行き、その被害が想像以上であることが分かった。


「美しい街並みだったんでしょうに……残念ですね」

「そうだな。まぁ、カノンとソフィがクラーケンを倒せば復興出来るさ」

「……! カノンちゃん、アキトさん! あれ!」


 ソフィアが指差す場所、トーポシーの町で最も海側に突出している港にその巨大な姿はあった。


「……エマが食べたやつより大きい気がするな」


 まだそれなりに距離があっても見える敵影を見て過去の記憶より大きな相手の気がすると呟く村井。それを聞いてソフィアが確認を取る。


「エマ様は縦に真っ二つにしたんですよね? カノンちゃん、行けそう?」

「そうですね。相手が逃げなければ出来ると思いますよ」

「なるほど……アキトさん。行けそうなので今日倒してもいいですかね?」


(あの師匠にこの弟子ありって感じだな……まぁ別にいいけど)


 思い立ったが吉日とばかりに行動を開始しようとするソフィアを見て村井はエマのことを言えた義理じゃないなと思いつつ戦闘の許可を出すのだった。



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