第49話
ギルドを経由して依頼を受け、ホテルに移動した一行は部屋割りでまたしても少し揉めてから三人でも泊まれるペントハウスに入ることになった。
「埋め合わせするって言ったのに……」
「師匠だけ別部屋なんて論外です」
案内されたホテルの一室のリビングに荷物を置きながら文句を言い合う二人を村井は宥める。特にカノンの方はいくら村井のためとはいえ、ギルドが用意したスイートルーム二部屋に対し、ソフィアといがみ合うことでホテル側から一部料金を返金する形で部屋を変更させるなど、我儘が過ぎるので軽く窘めておいた。
「カノン、俺を気遣ってくれるのは嬉しいが周りのこともよく見て動いてくれ」
「はい」
(返事はいいんだよな返事は)
素直な返事をしてくれたカノンの頭を撫でながら村井は拗ねてソファに沈み込んでいるソフィアの方を見る。彼女は村井の視線に気付くとそっぽを向いた。
「ふーん。カノンちゃんのおっぱいに顔を埋めさせてくれるまで許しませんよ~」
「でも師匠? あのエルフ、あんなこと言うんですよ? 二人きりになんてなりたくないです」
「……まぁ、さもありなんってところだな……」
がっかりする台詞を吐くソフィアを見て村井は彼女にも雑に扱われる原因があるとして溜息をつく。そんな村井にソフィアが噛みついた。
「何ですか。そんな呆れた目をして……そもそもの話、私がお世話しないといけないアキトさんが美形じゃないのが悪いんです。可愛い男の子だったらカノンちゃんに被害はなかったんですよ? 反省してもらえます?」
「は? 師匠がかっこよくない?」
「カノン、落ち着いて。ソフィも今更そういうこと言われても困る」
すぐに火が入るカノンを宥めてソフィアを注意する村井。しかしその程度の注意ではカノンが納得することなど到底あり得なかった。
「【地獄巡り】と【黒死王】を前に何も出来なかったくせに。師匠に助けてもらってなかったらと死んでたくせに。何で恩を仇で返すあなたの方が師匠に庇ってもらえるんですか?」
「う……まぁ、その点については感謝してます、よ……?」
「全然そうは見えませんけどね。この恩知らず」
痛いところを突かれて目を泳がせるソフィアに対して忌々しそうにそう言いながら興奮冷めやらぬカノンは今度、村井の方を見る。
「師匠も師匠です。怒ってください。馬鹿にされてるんですよ?」
「はぁ……落ち着け、カノン」
「一番大事なものを馬鹿にされて落ち着いていられると思うんですか?」
「分かったから。俺のために怒ってくれてありがとう」
ただ、と村井は続ける。
「カノンはちょっと怒り過ぎだ。あんまりカノンが怒ると俺からは何も言えなくなるし、あんなこと言われるとソフィだって委縮して何も言えなくなるだろ?」
「でも、師匠は命懸けで私たちを助けてくれたのにあのエルフは……」
そう言いながらカノンはソフィアの方を冷たく見る。そんな彼女の白い両頬を村井は両手で優しく挟んで自分の方に向けて言った。
「一応、感謝してるみたいだから。何とも思ってないんだったらエマの下を離れて俺に付くとは言い出さないだろ? エルフが人の下……特にこう言ったらカノンは怒るかもしれないが俺みたいな冴えない一個人の、ましてや異性の下に付くってのは本来ならありえないことなんだ。例え、いくらエマが言ったとしても、だ」
エルフの事情をエマから聞いている村井はカノンを諭すようにそう告げる。しかし事情を詳しく聞いていないカノンは納得してくれないようだ。
「なら態度で……」
「あんまりソフィに無理を押し付けない。人には人のペースとかやり方があるんだ。カノンはとっても優秀だからその辺のことは人一倍気にしていかないといけないぞ?」
そう言ってじっとカノンを見つめる村井。
「……師匠はズルいです」
しばし見つめ合うことでカノンが折れた。カノンはそのまま村井に抱き着いて胸に顔を埋め、その後少ししてソフィアの方を見て謝罪した。
「すみません、少しだけ言い過ぎたかもしれません」
「……余計なこと言いました。ごめんなさい」
表面上は仲直りしてくれた二人を見て村井は1つ息を漏らす。この有様では戦闘時のコンビネーションに問題が出るのではないかと思わざるを得ない。だが、収まったものを蒸し返すのもまた面倒だ。村井は今後の二人の仲の発展を祈念するだけでこの場を流すことにした。
「さて、仲直りしたところで……現場の下見にでも行くか?」
「そうですね。ソフィアさんはどうしますか? 疲れているなら私と師匠で……」
「私も行きますよっ!」
ソファから跳ね起きてその場に直立し、カノンの方へやって来るソフィア。その顔には仲間外れにするなという色が強く表れている。しかし、カノンは村井の方ばかりを見ていて拗ねているソフィアのことをあまり見てくれない。ソフィアの堪忍袋の緒が切れた。
「さっきからカノンちゃんはアキトさんばっかり! 私にも構ってくださいよ!」
ソフィアの言葉を受けて村井も頷く。
「そうだな……確かにカノンは俺といると俺のことばかり気にして暴走気味になっているみたいだ。ここは実際に戦う二人で現場に行ってみたらどうだ?」
村井の言葉にカノンは不満げな顔をして彼の顔を見上げた。
「……さっきから師匠はソフィアさんのことばかり贔屓してますね。ズルいです」
「アキトさんばっかり気にして私のことおざなりにしてるカノンちゃんが言えたことじゃないですぅー! カノンちゃんが私のこと適当にするからその分アキトさんが補填してるんですよ。悔しかったら私に優しくしてください!」
「……ホントですか?」
至近距離でカノンの端整な顔にじっと見つめられる村井。彼は正直に答えた。
「まぁ、その面も多々あるかな……」
「……ホントですね? じゃあ、私がソフィアさんに優しくしたらその分、師匠は私に優しくしてくれるんですね?」
「……俺、カノンにも優しくしてるつもりなんだけどな」
「つもりじゃ困ります」
(正直、この状況でそういうこと言われてもこっちも困るんだが……)
抱き着かれたままの状態で拗ねられても惚気てるとしか思えないだろうと考えつつソフィアを見る。するとカノンの嫋やかな手が村井の顔を挟んだ。
「ほら、こうしている時にもソフィアさん。こんなに近くに居る私「いちゃつくだけなら私も入りますよ!」え、ちょ」
真剣な話をしているつもりだったカノンは彼女が抱き着いている村井ごとカノンも抱きしめにかかったソフィアに驚いて言葉を切らす。抗議する目でソフィアを見るも彼女はどこ吹く風だ。
「ソフィアさん、今師匠と大事な話をしてるところなんですが」
「いちゃついてるだけじゃん! さっきから私を除け者にしないでください~! 私だってこれから長いことお付き合いするんですから~!」
「分かりました。取り敢えず、師匠から離れてください」
「分かってない~!」
どうでもいいが、村井は美少女に挟まれて幸福な気分だった。特にソフィアからは柔らかい双丘の感触が服の上からでも分かりやすく伝えられている。カノンはそれに気付いているので早急に村井とソフィアを離したいのだが、ソフィアは仲間外れが嫌なので離れてくれない。
「私も行く~!」
「分かりました。分かりましたから。三人で行きましょう。ソフィアさん、すぐに準備してください」
「はーい」
カノンがソフィアの手を引くことでようやく解放される村井。一抹の寂しさを覚えつつもこんな有様で実戦は大丈夫かと思うのだった。
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