第47話

 エマが出立する日。冒険者ギルドのギルドマスターであるミリアは勇者召喚の儀に際してのアドバイザーとして帝国から招集をかけられて泣く泣く見送りを断念したという状況でエマ、村井、カノン、ソフィアの四人はエマの帝都での隠れ家で壮行会を開いた。

 それが終わるとエマはリビングの中央に移動し、首から下げた【転移石】を持って三人に向き直る。


「それじゃ、またね」

「お気をつけて」

「またな」

「色々とありがとうございました」


 エマの言葉に応じる三人。エマの行き先を聞いたところ常人であれば今生の別れになると思われるような場所に行くつもりだったが、エマであれば大丈夫だろうということで特に動揺することもなく三人は彼女を見送った。


「【転移術式】」


 簡素な別れの言葉だけで術式を構築してその場からいなくなるエマ。それを見届けたところで村井は二人に向き直る。


「さて。エマが次の報告をしに来るまで」


 村井が気分を切り替えようと二人に声をかけた次の瞬間、その言葉を掻き消すかのような深く大きな溜息が周囲に響いた。


「はぁあぁぁ~エマ様行っちゃったよぉ~……」

「……そうですね」

「あ~……今日はもうダメ。お休み。いいですよねアキトさん?」

「ダメです」


 戸惑いのあまりに何も言わない村井の代わりにカノンが態度を急変させたソフィアの言葉を却下する。呆れた様子でソフィアを見ているカノン。そんな彼女をソフィアはじっと見つめ返していたが不意に彼女に飛びついた。カノンは避けるかどうか少し考えたが、今回は受け止めることにした様だ。受け止めてくれたカノンの胸の辺りにソフィアは抱き着いて息を吐く。


「はぁ~……カノンちゃんは可愛いですねぇ。癒される」

「何ですか急に……」

「いい匂い~」


 胸に顔を埋められ、居心地悪そうにして村井を見上げるカノン。村井もこの状況をどうすればいいのかよく分からない。取り敢えず村井は予定通りに行動するという名の逃げの手を打つことにした。


「……じゃあ、俺は依頼探しに行ってくるから」

「えっ、私も行きますよ? あの、ソフィアさん。師匠が仕事に行くって言ってますので放してください」

「え~? ……依頼を見繕うだけですよね? アキトさんだけ行けばいいんじゃないかな?」

「は? 一緒に行くに決まっていますよね?」


 ソフィアのやる気のない言葉にカノンはいきなり半ギレになった。カノンの態度の急変を敏感に感じ取ったソフィアはすぐにカノンから離れてきびきび動き出す。


「アキトさん、行きましょう!」

「あ、あぁ……」

「サポートするって言うから仕方なく師匠の傍にいるのを認めているのに……やる気ないなら邪魔しないでくれませんかね?」

「ふぇぇ……カノンちゃんが厳しい……」


 怒り始めたカノンを鎮めるための生贄のように村井を前に差し出しながらソフィアは怒りが過ぎ去るのを待つ。矢面に立たされた村井はカノンを宥めつつ、ソフィアを連れてエマの帝都での拠点から出るのだった。



 人目を惹きながら帝都の冒険者ギルドに移動した一行だが、カノンとソフィアの姿を見るなりギルド職員が別室に移動するように頭を下げて来た。特に断る理由もないので別室に案内される三人の下に現れたのは副ギルド長のシークだった。


「お待たせしました」

「何だ。急に畏まって変な奴だな」


 顔見知りの相手が妙に畏まっている様子を見て村井は変な顔になる。そんな村井のクレームを受けてシークも微妙な顔をしながら告げた。


「……まぁ、立場とか色々あるんでね。英雄のお二人とそのお付き「師匠です。訂正してください」……オシショウサマが「え、別に私の師匠じゃないんですけど。訂正してください」……すみません。事情はギルドマスターから伺ってるんで、次回からムライさんのみで依頼を受けに来てもらっていいっすかねぇ?」

「「ダメです」」

「……らしい」

「そうかい……」


 頬をひきつらせた後、諦めた顔になるシーク。取り敢えずという形で彼はテーブルの上に幾つか依頼事項がまとめられた書類を並べた。


「まぁ、この辺りがおすすめの依頼になってますよ」


 シークが並べた依頼書をカノンとソフィアが手に取って見てみる。その前に分かりやすく書かれた難易度の項目欄だけをざっと見て今度は村井が顔を引き攣らせることになった。だが、二人は旅行のパンフレットを見るかのように和気藹々としている。


「ワイバーンの討伐にワーム討伐……あ、クラーケンの討伐がありますよ師匠。海、行きますか?」

「そう言えばエマ様もアキトさんと海に行ったって言ってましたね。行きますか?」

「……取り敢えず二人とも依頼難易度を見てみようか」


 村井の言葉を受けてカノンとソフィアはクラーケン討伐の依頼書を見る。


「ゴゴーシュ討伐に比べれば半分以下の難易度です。油断さえしなければ何の問題もなさそうですね」

「そもそもアキトさんは前にエマ様と一緒に海に行った時にクラーケン倒したことがありますよね? あんまり美味しくなかったってエマ様から聞いてますけど」

「……あの時はエマが全部やったからな。俺がやったのは食べられそうな場所を切り分けてバターで焼いただけだ。あんまり美味しくなかったのは醤油がないのが悪い」

「まぁ、なんだ……クラーケン討伐を受けるってことでいいか?」


 何だかとんでもない形に広がりつつある話をシークが適当な感じにまとめる。村井としてはもっと簡単な依頼を受けて細々と生活をしたいところだが、ギルドや帝国の思惑と合致しないようだ。


「もっと簡単なのがいいんだが」

「なら英雄二人に任せて見てるだけにしてればいいんじゃないか?」

「自分の食い扶持ぐらい自分で持つべきだろ」


 村井の発言にカノンとソフィアから自分たちの役目を取らないでほしいという趣旨の異論や借金を返すために少し自重して欲しいという旨の言葉があるが、村井は少し難しい顔をしてそれを聞き流す。


「……難儀な奴だな」


 村井たちのことを見てシークは苦笑交じりにそう漏らす。立場が変わっても旧友は変わっていないようだった。しかし、それはそれとして自分の立場として依頼を押し通すことは忘れない。


「えーと、英雄さん方。海ならムライの【雷刃】は使い辛いらしいからお世話するにはもってこいだと思いますよ」

「そうですね。私も以前海に行った時にそう教えてもらっているので海がいいです」

「そうなんですか! じゃあ海で」

「了解」


 自分抜きで話がまとまっていくのを見て村井は不貞腐れ気味に溜息をついた。


「はぁ……じゃあもう俺抜きで行ってくればいいんじゃないかな」

「それは違います」

「私がエマ様に任されているのはアキトさんのサポートです。アキトさんが家にいるなら私もお家でアキトさんのサポートをすることになるので解釈違いです」

「……分かったよ」


 面倒臭そうに頭を掻きながら海に行くのを了承する村井。話がまとまったところでシークが依頼書の記入を進める。


「海か、どうせ行くなら色々集めたいな。何か足りないものあったっけな……」

「ストックはあるに越したことはないので色々と集めておきましょう」

「海は初めて行くんですけど、何か要る物あります?」

「水の中で戦闘するかもしれないので濡れても良くて動きの邪魔にならない服とかですかね」


 海水浴にでも行くのかというくらいの気楽さで話をする一行。シークは折角の休日に遠出するのを渋る父親の姿を幻視させるような友人の姿を見てお前も大概な奴だなという言葉を飲み込んで己の職務を全うするのだった。

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