第43話
「師匠……」
エマによる帰郷の誘いに前向きな返事をした村井。そんな彼にカノンから沈んだ声が掛けられる。村井はカノンの方を向く前から気が沈んでいることに気付いてはいたが、何も気づいていないふりをして応じた。
「どうした?」
「あの……私、もっと頑張ります。もう二度と今回みたいな失敗はしませんし、いい子になります」
「どうした急に? 別にカノンはいい子にしてるじゃないか。確かに、今回の失敗についてはちょっとアレだったが……それも後に活かせば」
「だ、だったら!」
カノンは村井の方に顔だけでなく身体を向けると縋るように懇願する。
「考え直して、くれませんか……? 私、師匠のお傍にいられるなら何でもします。師匠が快適に暮らせるように頑張りますから……お願いします……!」
真剣な願い。村井がどう反応したものかと一瞬悩んだその隙に横槍が入った。
「アキトのために何でもするって言うなら彼に故郷を諦めさせるんじゃなくて自分が付いていくって選択肢はどうかな?」
カノンと村井の会話に割って入ったのはエマだった。彼女の問いかけを聞いた村井は逆にエマに問いかける。
「そんなこと出来るのか?」
「やる。実際、ソフィを送り込む予定だからね」
「え!?」
唐突に話を振られ、紅茶とデザートを楽しみながら静かに成り行きを見守っていたソフィアが驚きの声を上げた。
「ちょ、え? 私、異世界に飛ばされるんですか?」
「そうだよ」
「……いや~、流石にちょっと厳しくないですか? 私、異世界に飛ばされて生きていける自信ないんですけど……」
愛想笑いを浮かべながら自身の異世界送りの話をやんわり断ろうとするソフィア。エマはそれを受けて微笑みながら説得する。
「その辺はアキトと一緒に生活すれば大丈夫そうだったよ。危険は……まぁ何か至る所に高速移動する乗り物が結構あったからそれにぶつかると死ぬかもしれないけど、多分大丈夫」
「怖いんですけど……」
尚も渋るソフィアにエマはにっこり笑って言った。
「でも、君言ったよね? アキトの面倒を向こう40年看るって。断るなら僕の弟子に戻るって話もなしなんだけど」
「うぅ……エマ様の鬼ぃ……」
「ちょっと待った。40年? 何の話だ?」
「……あぁ、そう言えばカノンちゃんとの契約の話はしてたけど、僕とソフィの間でした話はしてなかったね。ま、簡単に言うなら迷惑かけたお詫びでソフィが君の身の回りの世話をするよ。例えば、異界渡りのサポートとか」
言い忘れていたとエマは軽い調子で告げるが村井……というより、カノンが険しい顔でエマを睨んだ。
「もう治ったのにその話をするんですか? 何でですか? そんなに私にいやがらせをしたいんですか?」
「そんなことはないけど。ただ、君がどうこう言う権利はないよ? アキトを治す時の契約、忘れてないよね?」
エマ、そして彼女が仲間と見るエルフと敵対しない。その一文を思い出して苦い顔になるカノン。しかし、納得はしていなかった。
「そちらから対立を仕掛けてこない限りは、という条件付きですよね? 明確に喧嘩を売ってると思うんですが?」
「そんなことはないよ。試してみるかい? 尤も、僕にその気がない以上……カノンちゃんが重犯罪奴隷になるだけだと思うけど」
「う……」
余裕綽々といった態のエマにたじろぐカノン。村井はエマ相手にそんな不利な条件で契約を行ったのかと自分を大切に思ってくれていることへの感謝と迂闊過ぎる弟子への呆れに複雑な気持ちでカノンを見ていたが、話を戻した。
「俺としては元の世界に戻れるなら何でもいいんだが……ソフィは大丈夫なのか? 40年で戻るとか言ってるが……俺の世界には多分だけど魔力とかないし、エルフがそんな環境で生活できるのか。そして、40年後にどうやってこの世界に戻るのか。俺にはよく分からないが……」
「えぇっ!?」
「問題ない。外に魔力がなくても自分自身の魔力がなくなることはない。後、こちらの世界に召喚するのは帝国の魔術師たちでも出来るんだ。僕に出来ない訳がない」
「エマ様!? 私が向こうの世界にいる間のことを考えてください! 魔力を使えないエルフが人間の世界に送られるなんて……考えただけでも恐ろしいです」
ソフィアの言い分に村井は少しムッと来た。だがしかし、確かにソフィア程の美女であれば彼女が気にしていることが起きない可能性もないわけではない。ただ、それでも野蛮で未成熟な文化しかないこの世界の人間に自分の故郷である世界有数の治安大国である日本が危ないなんて言われる筋合いはないと思ったのだ。
そんな村井を他所にエマは何てことないように告げる。
「そこはギブアンドテイクだよ。アキトに守ってもらうといい」
「……アキトさん、私のこと守ってくれますか?」
「まぁ、はい」
じっと見られて何だか照れ臭い気分になる宣誓だった。それを隣で見ていたカノンはとても面白くない気分にさせられる。
「……師匠、私のこともちゃんと見ててくださいよ? 勿論、私も出来る限り自分で頑張りますけど、魔力が外にない世界というのがどういうものかよくわからないので……慣れるまでは付きっきりで、離れないでください」
不貞腐れながら村井の手を引いて自分に関心を戻そうとするカノン。村井としてはこの世界の人間に故郷の治安について否定的に言われると割と気に入らないのだが、流石に今回はその辺りのことを流してカノンに尋ねる。
「付いてくる気なのか?」
「……何でそんなこと訊くんですか?」
元々機嫌はよくなかったが、明らかに不機嫌になるカノン。村井は地雷を踏んだなと思いつつもそれでもゆっくりと更に前へと踏み出した。
「カノン……お前はもう、この世界の英雄なんだぞ? お前が望めばなんだって手に入る。わざわざ俺の世界に」
「師匠、流石に私も怒る時は怒りますよ? 何回も言ってますよね? 私は、師匠と一緒に居たい。そのためなら何でもするって。口だけだと思ってるんですか?」
「そんなことはないが……」
自分の想いを蔑ろにされて非常にご立腹の様子で迫ってくるカノンに村井はかなり困りながら何とか彼女を宥める。そんな二人の痴話喧嘩を横目にソフィアが風の魔術を使ってエマに秘密の会話を持ち掛けた。
「あの、本当に私を異世界に……?」
「うん。詳しくはまだ僕にもわからないから教えられないけど、アキトの世界は魔術なしでもかなり発展していた。それこそ、僕たちの世界以上にね」
エマは楽しそうにソフィアに告げる。
「発展に必要な同じ物質がこの世界にもあるかどうかは不明だけど、その技術体系は是非とも知っておきたい。特に高速で空を飛ぶ大きな物があるからそれについて君にはしっかり向こうの世界で勉強してもらうよ」
「……魔力はないのに竜族が残ってるんですか?」
「違う。魔力は使ってなかった。それなのに恐らく、伝説上の一般的な竜族より巨大で音速に近い速度で動いていた」
「ふぇ~……なんだかすごいですね」
感心しているらしいがことの重要さを全く理解していない己が元弟子を見てエマは嘆息する。
「はぁ。ソフィでもこの程度の理解か……本当なら僕が行ってもいいくらいの仕事だと言えば君にも伝わるかな?」
「え、でもエマ様は……」
「流石の君でも僕がこの世界から抜けたらエルフ族が危ないということぐらいは理解しているよね。それを理解した上でも僕が行ってもいい位の重大なことだと言えばこれが極めて大切な仕事だということは理解できるかな?」
「はい!」
実にいい笑顔で返事をしてくれたソフィア。これでソフィアに対する話は片付いたと風の魔術を解除するエマ。彼女の目の前では未だに村井とカノンが揉めていた。
「師匠の分からず屋! こんなに一緒に居たいって言ってるのにどうして分かってくれないんですか!」
「一時の感情で一生を決めたらダメだ。大人になれば「いつまで私を子ども扱いするつもりですか!? 私もう成人してます!」……そういう問題じゃなくて「じゃあどういう問題なんですか!」あー……」
どうやら感情が高ぶって容赦するつもりもなくなったカノンを前に、村井は劣勢に立たされているらしい。エマはくすくす笑いながら様子を見守る。しかし、その態度がカノンの癪に障ったようだ。
「何が可笑しいんですか!」
「いや、若いっていいなと思ってね……アキト、カノンちゃんがこれほど言ってるんだから認めてあげたらどうだい?」
「……エマ、仮に俺のいた世界にカノンを飛ばしたとして、嫌になった場合にすぐにこの世界に戻ることは可能か?」
「! だから師匠!」
怒るカノンだがエマはそれを宥めて村井の問いに答えた。
「多分、予め決めてれば出来るよ。ソフィの方はそれで戻す予定だからね」
「そうか……」
「尤も、これから検証していかないといけないことが山積みだからあくまで予想の話だけどね。取り敢えず、何も無理矢理この場で決めることじゃない。検証にある程度時間が必要だからゆっくり考えればいいさ」
「そうだな。そうしよう」
村井の棚上げする旨の発言にカノンは納得いっていない様子だが、ひとまず食事の時間は切り上げることになるのだった。
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