第41話
夢を見ていた気がする。故郷に帰れた夢を。しかし、朧気な記憶は意識の覚醒と共に消えて行く。
「……?」
「師匠!」
村井は剣と魔法のファンタジー世界にて再び目を覚ました。彼は意識が浮上したと同時に腹部から胸部にかけて感じられた重量に目を向ける。そして村井がその目前に銀色の頭があるのを視認すると同時に歓喜の声を上げる弟子が駆け寄って来た。
「身体は大丈夫ですか? どこか痛いところはないですか?」
村井が目を覚ますなり甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる黒髪紫眼の美少女。彼女は村井の傍で心配そうな顔をしてうるさくならない程度の声量で質問をしてくる。
その様子を首から上だけ動かして確認し、ようやく頭が追いついてきたことで村井はカノンが元気そうで、村井の状態を非常に心配しているということ、そして彼女が乗っ取られていないことを理解した。
しかし、分からないことが多すぎる。村井は彼女の問いに回答する前に現在の状況の方を整理したかった。
「どういう状況……」
「エマさんにお願いして師匠を助けてもらいました。あ……それで……本当に申し訳ないんですが、勝手に師匠のお金を使ってしまいました……」
「……ちょっと頭が追いつかないから待ってくれ。まず、エマが助けてくれたのか」
「はい」
自分の上に散りばめられている良い香りのする銀糸がまとまっている場所。エマの頭を見て村井は一先ず彼女が後始末をしてくれたのであれば大丈夫だろうという安堵の息を漏らしつつ身体が強張っているのを感じてエマを起こさないように横になったまま少し肩を伸ばそうと腕を動かす。その動きをカノンはすぐに察して心配そうに声を掛けて来た。
「痛くないですか?」
「あぁ、問題ない」
「……魔力、通せますか?」
言い辛そうにそう尋ねてくるカノンに対して村井は確認のため、腕に魔力を通してみる。以前と変わりない力がそこに宿っていた。
「大丈夫みたいだ」
「~ッ!」
特に問題ないことを告げられたカノンの身体を歓喜や安堵などの様々な感情が突き抜ける。手で顔を覆い、彼女は涙目になりながら力が抜けたかのようにその場に座り込んで村井の枕元に顔を伏せた。
「よかった。よかったです……本当に……」
「随分と心配をかけたみたいで悪いな……」
村井の言葉で本格的に泣き始めるカノン。直前の村井の記憶ではこちらの方が心配していたと言うのにその件で反撃に転じるのも憚られる状況だった。ソフィアの方を見るも彼女も何とも言えない顔で首を横に振るだけだ。困惑する村井。
「うるさいな……」
そんな折に村井の上から玲瓏な声が響いた。どうやらエマも目覚めたようだ。彼女は煩わしそうに空色の眼を開くとすぐに現在の状況を把握して自身の素肌を見られることがないように村井に目を瞑るように告げる。状況は全く把握していないが、エマの言うことに従って村井が目を強く瞑ったのを確認するとエマは村井の上から降りて立ち上がり、扉付近に立っているソフィアに言った。
「はぁ……疲れた。取り敢えず、二度寝して来るからその間に豪勢な食事でも作っておいてくれ」
「はっ、はい!」
「それと……アキトには後で話があるから。安静にしておくこと。じゃあね」
そう言ってこの部屋を後にするエマ。ソフィアも泣いているカノンと裸を隠すために患者衣の前を急いで閉じている村井を見た後に邪魔にならないように、そしてエマの食事を作るための下準備のためにこの部屋を後にした。
部屋に二人だけが残された状況になると村井は困惑しながらもエマに言われた通りに安静にした状態を保つ。しかし、その隣でカノンが泣いているので何とも居心地が悪かった。
(……どうしたらいいんだろうな?)
困る村井。金銭の絡まない女性関係については非常に疎い男な上、病み上がりで頭が全っ然回っていないのだ。そんな残念な村井だが、何もしないという選択肢は流石に取らない。泣いているカノンの頭をあやすように撫で始めた。
「よしよし……」
取り敢えず子どもをあやすように落ち着くまで頭を撫でることにした村井。レディに対する扱いとしては如何なものかと思われる対応だが、カノンはそれでもよかった様でそのまましばらく泣いていた。そんな彼女の頭を撫でながら村井はふと思う。
(……大きくなったなぁ)
カノンと出会って三年以上が経過する。その間に可憐な少女は更に美しく成長していた。カノンを間近に感じることでそれを強く実感する村井。そして、もうすぐ勇者が召喚され、物語が始まる四年目に突入する。
(……まだ甘いところはあったが、今回の一件でそれも見直してくれるだろう。俺の仕事もここまでだ)
一仕事やり切った気分だ。これで隠居……そう思ったところで血の気が引いた。
(待った。カノンを助けるために俺の全財産
楽隠居は出来ない。カノンを助けるために金を惜しみなく使った選択を取ったことには後悔しないつもりだ。だが、目覚めてからカノンは何と言っただろうか。
(……俺の金を使った? エマに? 俺を助けるためにこいつは何をしたんだ?)
カノンを見やる村井。あやしている間に静かになっていたカノンはどうやら眠ってしまったようだ。これでは話を聞くことが出来ない。天使の様な寝顔だが、村井の心は穏やかにはならなかった。
(……エマも後で話があるって言ってたよな……大丈夫か?)
急に不安が押し寄せてきた村井。エマの要求が何だったのか知らなければ枕を高くして眠ることは出来なさそうだ。一応、あまりにも無茶な内容であればカノンも了承しないだろうが、この子は村井のことを過剰評価するきらいがある。多少無茶な内容ぐらいであればカノンが力を貸せば乗り越えられると思っていそうだ。
(いや、今回の一件で自分の力量を過信してはいけないという教訓は得たはず。それにカノンは賢い子だ。大丈夫だろう……)
不安は拭い切れないが、取り敢えず今は休むことが先決だ。村井は寝つきが悪そうだったので睡眠薬を服用して強制的に眠りにつき、不安から解放されるのだった。
村井がそんな形で不安から逃れている頃。エマは疲労困憊で魔力枯渇を起こしそうな身体を押して村井の記憶の世界で手に入れた、彼の世界にいたこの世界の観測者を割り出しにかかっていた。
(とは言うものの、本当にキツいな……まぁ、やった甲斐はあったが。さて、相手が本当に創造主ならいかに別世界とはいえ探る時点で色々とマズいと感じるはずだが)
本当に疲れているので日を改めてもいいのだが、軽い魔法で簡易検査は出来そうなため、村井が眠っている隙にやっておこうと決めるエマ。ペンネームという仮名ながら広く知られた個を特定する名前を用いることで真名の代用として魔法を成立させてエマは己の仮説が正しいものであることを証明しにかかる。
(……うん。取り敢えず世界間を超えるからそれなりには魔力を使ったけど、調査に膨大な魔力を持って行かれそうということもないし、見つけ出すのも困難な反応しか出ない。元がどうであれ、この程度の存在が僕たちの世界を創るのはどう足掻いても不可能だ。よって、僕の説は正しい)
自説が正しかったことを証明出来て満足したエマ。彼女は特に何も使わずとも快眠出来そうだと判断してそのままベッドにもぐりこんで眠りにつくのだった。
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