第37話
「さて……まずは容態を見て行こうか」
約束通り三人を治療することにしたエマは意識のない三人を術で運んで同じベッドに押し込んだ。そして彼女は村井たちの様子を魔術で把握することから始める。
「……ふむ。カノンちゃんは回復力が強いな。誰かに魔術経路を封じられてるみたいだけど、これさえ治せば馬鹿ソフィに任せても大丈夫そうだ。あの子を一時的に解呪してソフィにカノンちゃんを治させよう」
三人に魔力を通したことでエマは状況を理解した。ひとまず、カノンは危険な状況だが、まだ自己回復する魔力も残っており、未熟な弟子が目を覚ませば彼女でも対応できそうだった。
問題は次だ。
「さて、二人はそれでいいとして……僕はアキトの面倒を看ようかな。まぁ、今まで通りの生活は送れそうにないけど、仲間の
重症度は村井が一番酷く、次にカノン、ソフィアの順だった。その全員が命の危険がある状態だが、エマからすれば全員分の命を助けることは可能な状況だ。
「じゃあまずは馬鹿ソフィからだね」
エマはまず馬鹿弟子ソフィアの治療にかかる。彼女にかけられた【黒死王】の呪いは確かに強く、死に至るものだ。だが、死に至るまでにはある程度の時間があった。完全な治癒には【奇跡の湖】に行くかエマが万全な状態でなければ難しいが、現時点での症状の抑え込みと緩和だけであれば今のエマにも容易に可能だった。
「【解呪】」
エマの言葉によってソフィアの身体に光が舞い降りる。同時に激しく痙攣を始めたソフィアだったが、エマは特にそれを気にすることなくソフィアの頬を叩いた。
「う……」
「起きろ、馬鹿ソフィ」
「え……あ……」
ゆっくりを目を開けるソフィア。ややぼんやりした覚醒だが、エマは彼女の状態にお構いなしで用件を告げる。
「起きたならカノンちゃんの治療をしてあげるんだ。折角綺麗な女の子だったのに傷だらけになってる。迷惑かけたんだから傷痕一つ残さないように」
「え、と……?」
「早くしなさい。怒るよ?」
「はっ、はいぃっ!」
急速に意識を覚醒させたソフィア。理解は追いついていないが、エマに怒られるという非常事態を前に身体が勝手に目覚めたようだ。当然、指示の内容は覚えていないため、申し訳なさそうな顔で師匠を見上げる。エマはカノンにかけられた封印術式を破壊してから再度同じ指示を出すことで彼女はすぐにカノンの治療に当たった。
「さて……僕は手遅れな知り合いの治療に当たるとするか」
そして次が本丸である村井の治療になる。頭、胸、腹、股間、両腕、両足……村井は黒雷を纏っていた八つの場所に酷い火傷を負っていた。更に、全身には酷い呪いを浴びている状態に近いナニカが留まっている。エマはそれを見た後に取り敢えず延命処置を施すため、頭と胸の穢れの解呪と治療を急いだ。
「はぁ……骨が折れる。全く、幾ら弟子が不出来だったとはいえ、ここまで師が面倒を看なくてもいいと思うんだけどね」
エマの嘆きにびくりと身体を震わせるソフィア。彼女は泣きそうな顔をしながらも懸命にカノンの治療に当たる。その様子を見てエマは溜息をついた。
「はぁ。泣きたいのは彼の方だと思うよ? 剣士としての命は絶たれた。その上、僕に高額な報酬を支払わないといけない。これから先、どうやって生きて行くのか」
その言葉に顔を上げることなくソフィアが懺悔するように呟く。
「……私のせいです。私が責任持って最期まで看取ります」
「ま、それくらいしてあげるんだね。四十年くらいになると思うけど、頭を冷やすには丁度いいくらいだろう?」
軽い調子でエマはソフィアの重い決意を受け取った。四十年という歳月は数百年を生きるエルフの寿命からすればそれほど長い期間ではないとはいえ、それなりの長さではある。だが、それ位言い出してもらわないとエマが弟子として育て方を間違えたと言うべきだった。
「はい……
「ん。謝るならアキトに謝るんだね。正直に言って僕は君たちのことを諦めた。彼が助けると言って聞かないから仕方なく動いたんだ」
「……はい」
「全く……色々と言いたいことはあるけど、僕もアキトの治療で手一杯だ。さっさとカノンちゃんを回復させて僕の手伝いをするように」
会話を打ち切って村井の治療に当たるエマ。しばし無言の時間が流れる。その静寂を破ったのは傷だらけで眠っていたカノンの目覚めだった。
「―――ッ!」
目を覚ますなり跳ね起きたカノン。痛みに顔を歪めるが、彼女はそれを振り払って周囲の様子を確認する。そしてすぐ隣にいる村井に気が付くと彼女は声を上げた。
「っ! 師匠!」
「ソフィ」
「はい」
村井に抱き寄ろうとするカノンを素早く止めるソフィア。平常時のカノンであればソフィアでは止めることは出来なかったかもしれないが、今の状態のカノンであれば少し苦労するが拘束自体は可能だった。カノンの方も動いた後に状況を把握したようで大人しくベッドにへたり込む。
「エマさん、師匠は、師匠は大丈夫なんですか?」
「大丈夫なわけがないだろう? 君を助けるために全身ずたずただよ」
エマはカノンを冷たい視線で少し見て問いに答える。エマの答えを聞いたカノンの鼓動が跳ねた。こんなつもりではなかった。目の前が暗くなっていく。絶望が彼女の身を蝕む。
「そ、んな……」
「ま、結果だけ言うなら人類を脅かす敵の将を打ち倒して犠牲者一人というのは上々なんじゃないかな? 君たちが成し遂げた偉業だ。誇ればいい」
冷めきった口調で呆然とする少女にそう告げるエマ。カノンは拘束がなければ彼女に飛び掛かっているところだった。だが、拘束があることでその衝動を抑えることに成功した。次いで、エマがわざと冷たく言ったことを把握して自分には怒る権利などないことも理解し、即座に頭を冷やす。
(落ち着かないと。焦っても状況は変わらない。師匠はまだ死んだわけじゃない。私に出来ることがあるはず。落ち込んだり怒ったりするのは後でも出来る。今は師匠のために出来ることを教えてもらわないと……)
カノンは大きく息を吐いて瞑目し、呼吸と鼓動を整えた後にエマに告げる。
「ご迷惑をおかけしてすみませんでした。師匠の状態を確認させていただいてもよろしいでしょうか?」
「御覧の通り、死の淵に立っているところだよ。僕が居なければまぁ、もうそこから飛び降りて死へと真っ逆さまだっただろうね」
「本当にありがとうございます。それで、私に何か出来ることは何ですか?」
「特にないね」
エマの言葉を聞いてカノンの挙動が止まる。
「……どういうことですか?」
「どういうことか? ちょっと意味が分からないな。後、僕はアキトの治療で神経を使ってるんだ。あんまり話しかけないでほしい」
「! 失礼しました」
エマの邪魔をしてはいけないとカノンはすぐに静かになる。しかし、恐る恐るだがカノンは小声でソフィアに尋ねた。
「あの、ソフィアさん。私も師匠の治療を手助けしたいんですが……」
「アキトさんも確かに重症です。ですが、カノンちゃんも十二分に重傷です。自分の治療を優先してください」
「……でしたら、自分の治療は自分でします。ですのでせめてソフィアさんだけでも師匠を……」
「お師匠様が治療しているんです。問題ありません」
カノンへの治療を続けながらそう告げるソフィア。そこには確かな信頼と、そんな凄い人物を師にしていることに対する得意気な空気があった。そんなソフィアの言葉の一部にエマが反応する。
「……あ、言い忘れてたけど、ソフィ。君との師弟関係は当分お預けだ。約束を一方的に破る子なんて危なくて弟子に取れない。僕が信用出来ると思えるようになるまで君はアキトのところで頑張りなさい」
「……はい」
思い出したように告げたエマの言葉にカノンは色々と訊きたいことが増える。だが取り敢えずは言われた通り、静かにベッドに横になることにするのだった。
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