第33話
ついに儀式当日がやって来た。
「さて、始めようか」
儀式を執り行う張本人は何の気負いもなく儀式のために様々な装飾などが施された暗い部屋で詠唱を開始する。玲瓏な声が歌うように、呪うように、囁くように、狭い部屋に響き渡る。
「―――以て我が名において宣言する。彼の地に終焉の果てより獄炎を。裁きの炎で全てを焼かん。【灼熱殲滅陣】」
しばらくして、静かに詠唱が終わる。途端にエマの息が短く、荒いものに変わる。儀式が成功して彼女から膨大な量の魔力が抜かれたようだ。それでも彼女は自身の足で立って隣に待機している二人に毅然と告げる。
「はぁ……儀式は、成功、だ……ソフィ、手筈通りに」
「お任せくださいお師匠様! カノンちゃん、行くよ!」
「はい」
エマから転移するための魔具を借りたソフィアが村井から魔具を借りて戦装束を身に纏ったカノンと一緒に張り切って現地へと飛ぶ。村井はそれをエマと一緒にただ見送った。
「さて、どうなったかな?」
そして彼女たちが飛んだ先の光景をソフィアの視界を通して水晶に映し出し、二人は業火に焼かれた地を見る事になるのだった。
そこにあったのは原形が人型であったことが辛うじてわかる程度に焼かれた死体の群れだった。高位の魔族が揃っていたのだろう。何とか術に抵抗しようと抗ったのか巨大な魔力を表面に宿し、原形を留めた亡骸もあった。だが、それだけだ。結局は死から逃れることなど出来ていなかった。
まるで地獄の一部を切り取ったかのような光景。しかし、美少女二人は耐熱魔術が掛かった魔具を首から下げている以外は平然としてその中を歩いていた。
「お師匠様のギルドカードの通知がうるさいですね。でも、かなり稼げてます!」
「油断しないでください。相手は【六魔将】です。どう出て来るか……」
瞬間、カノンの第六感に反応がある。前方に強い力を感じた。それは呑気にギルドカードの通知音を聞いてはしゃいでいるソフィアの下へと向かってきて―――
「【疾風迅雷】」
―――首を切り裂かれた。
「はぇ? え?」
何が起きたのか分からずに呆けるソフィア。しかし、風と雷を纏うカノンは一切の油断なく首を半ばまで刎ねた相手を見やる。その場に奇襲を仕掛けてきたのは身の丈二メートルは優に越している筋骨隆々の男だった。ボロボロになった闇色のマントに覆われた上半身は裸で、灰色の肌をしていた。頭には髪はなく、捻じれた角が二本。そして山羊に似た黄色の目をしており、頬には大きな傷跡があった。彼は鋭い乱杭歯を血に染めてこちらを見ている。
そんな魔族の男を前にしてカノンは臆することなく静かに尋ねた。
「……あなたが【六魔将】の一人、【地獄巡り】のゴゴーシュでいいですか?」
当然、喋れるような傷ではない。少なくともソフィアはそう判断した。だが、問いかけられた男は口から血を流しながらもにたりと笑ってカノンの問いに答えた。
「素晴らしい。いかにも、俺が【地獄巡り】ゴゴーシュだ」
気付けば、魔族の男の首の傷が塞がっている。
「そうですか……では、ソフィアさん」
「は、はい!」
「
ゴゴーシュから目を離さずに告げられた言葉。ソフィアはすぐに理解した。そして念のためにカノンに確認する。
「行けるんですか?」
「はい。最悪の場合は撤退するので準備をお願いします」
「……わかりました。行っちゃってください!」
ゴーサイン。カノンはゴゴーシュに躍りかかった。
(―――速い!)
先の先。カノンが最も得意とする戦法にゴゴーシュは遅れて対応する。その対応の遅れは当然ながら致命的な損失を生んだ。
「おおっ!」
水平薙ぎ。ゴゴーシュの右脚から血飛沫が舞い上がる。
「やるではないか」
しかしゴゴーシュはその傷に怯むどころか嬉々とした様子でカノンを褒め称える。
そして傷を一瞬で修復させると距離を取って残心していたカノンに襲い掛かった。地が抉れ、後に残るは土煙だけ。相当な速度での突進だ。
「フッ!」
だが、その攻撃もカノンの舞うような動きによって掠りすらしない。それどころかカノンの反撃に遭い、ゴゴーシュの腕が飛んだ。
「おっと」
「はァッ!」
気勢裂帛。腕が飛んだゴゴーシュがバランスを崩したと見てカノンが大技を繰り出す。
「甘いわ!」
カノンの攻撃を【悪魔の衣】に魔力を通すことで硬質化し、受け流してかすり傷で済ませるゴゴーシュ。その間にゴゴーシュの腕は半ばまで生えていた。
「焼き切ったというのにすぐに回復しますね……」
顔を顰めるカノン。対するゴゴーシュは余裕綽々という態度でカノンを見下す。
「何を以てこの俺に単独で挑んだのかは知らんが……後悔するといい」
睨み合う二人。またしても先手を取ったのはカノンだ。速度において、ゴゴーシュはカノンに太刀打ちできないようだった。それは即ち、カノンが一方的にゴゴーシュを斬殺出来るということ。
しかし、ゴゴーシュの耐久力と回復力。それから【六魔将】としての経験。そしていつかやって来るだろう慣れの前にどこまで通用するかは未知数だ。
(危なくなったら即撤退ですからね、カノンちゃん……!)
再び激化し始める二人の戦闘を魔力による強化を施した目で見守るソフィア。丁度そのタイミングでソフィアの頭にエマから通話が入った。
『何をもたもたしているんだい? 【地獄巡り】がノーダメージなのは見れば分かることだろう? 早く逃げるんだ』
開口一番に撤退を促すソフィアの師匠の声。それに対してソフィアは努めて冷静を装って反論した。
「……いや、大丈夫ですよ。カノンちゃんならあいつ倒せそうですし」
しばしの無言。目の前の戦闘よりもドキドキする時間を過ごすソフィアだが、エマから帰って来たのは大きな溜息だった。
『何をこそこそと隠しているのかと思ったら……そういうことか。そんなことして、僕には責任取れないよ?』
「わ、私たちだって色々考えたりお師匠様でも思いつかなかったことをやり遂げたり出来るんです! 責任なら自分たちで取ります!」
『……やれやれだ。カノンちゃんに迷惑をかけるんじゃない。すぐに戻って来るように』
しどろもどろになりながら言いたいことを言ったソフィアに理解に苦しむとばかりにエマから返された言葉。それに対し、ソフィアは高らかに宣言した。
「カノンちゃんもアキトさんに一人前だって認められたいから頑張ってるんです! 私だけの考えじゃありません!」
『……そうかい。なら、勝手にするがいいさ。ただ、僕たちのことを当てにしないこと。死んだら自業自得だからね』
通話先でアキトの焦った声が聞こえた気がするが、自分の師匠から許可は得た。ソフィアは通話を終了して目の前の戦闘に集中するのだった。
「最悪だ。弟子たちが暴走したみたいだよ。アキト」
「……不味いな」
万一の事態を恐れる師の二人はホテルの一室で弟子の暴走を嘆いた。だが、助けに行くことは出来ない。魔力をほとんど失っている魔法使いと、戦いについていけない剣士が現場に赴いたところで足手纏いにしかならないのだ。
「……エマ、万一の時の相談をさせてくれ」
「分かった」
そして師匠たちも【地獄巡り】ゴゴーシュへの対策や弟子たちをどうするかについて考え始めるのだった。
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