第32話
エマが帝都にやって来てからしばらくが経過した。その間、冒険者ギルドのトップであるミリアの支援の下で儀式魔法の下準備を進めていたエマとソフィアだったが、ついに儀式は完成間近になっていた。
「帝都の冒険者は優秀だね」
儀式が思うように進んで機嫌が良いエマ。そんな彼女は今日も今日とて弟子であるソフィアと共に村井のところに昼食を集りに来ていた。だが、村井の方も慣れたもので一人当たりのメインディッシュの量を減らす代わりにおかずの品目を増やすことでそれに対応する。配膳が済んで席に着いたところで村井はエマに尋ねた。
「自分で取ってきた方が早かったんじゃないか?」
「いや、役割分担が出来るに越したことはないよ。流石の僕でもこれだけ大掛かりな魔法を使うとなると準備でもかなり消耗するからね」
「成程、その役割の中で俺は給仕役を担ってる訳か」
「そう捉えてくれても構わないよ。お代は僕がお金持ちになったら払おう」
エマの言葉に村井は苦笑して食事を開始する。エルフの美少女たちもそれに倣って食事を始めた。軽く前菜のサラダを食べ、続いてメインディッシュの魔獣肉のソテーを食べたところでソフィアが村井に笑顔で告げる。
「いや~、今日もご飯ありがとうございます! 美味しいです!」
「そうか。喜んでもらえて幸いだよ」
「もう、ずーっと儀式の準備で魔力がきついんですよ。楽しみはアキトさんかカノンちゃんのご飯くらいです! このまましばらくお世話になりたいなぁ! お師匠様、【地獄巡り】を倒した後に魔具作る時もアキトさん達と一緒ですか?」
「……う~ん、アキトたちがついて来てくれるならそれでいいんだけど」
ちらりと村井の方を見てその透明感溢れる美貌でおねだりするような顔になるエマだが村井は困ったように笑いながら首を横に振った。
「悪いが、帝都での役目が終わったら俺は家に帰ってひっそりとした生活に戻りたいんだ」
村井の消極的な言葉は今回の儀式に協力するという話が持ち上がってから似たような形でずっと繰り広げられていた。今回の儀式や【地獄巡り】討伐にもかつてのエマに対する借りを返すだけで名を残したくないというのが村井の要望で、エマはそれを飲むことで彼から協力の約束を取り付けている。
それならば、村井ではなく弟子のカノンはどうだろうか。ソフィアは一縷の望みをかけておねだりするような声で村井に訊いてみる。
「え~……じゃあカノンちゃんはどうですかね?」
「カノンは……多分、剣聖になって今代の勇者と一緒に魔王軍と戦うことになるよ」
「え、そうなんですか?」
村井の言葉に驚くソフィア。カノンは村井にべったりで独立する素振りなど見せていなかったからだ。
それもそのはずで、村井の言葉はそうなったらいいなぁという村井の願望が多分に含まれているものなのだ。それを見透かしたかのようにエマは少し笑いながら村井に告げる。
「それは君視点の話だろう? 彼女はそんなこと考えていないようだけど」
「ま、今はそうかもしれないけど将来的にはそうなるっていう想像」
「それは予言者としての言葉かい?」
揶揄うようにそう尋ねて来たエマ。予言者とは魔王復活を予言し、的中させた者として一部の者から呼ばれている村井の二つ名の一つだ。それを聞かされた村井は溜息をついて応じた。
「エマだけには予言者なんて言われたくないな。共犯者なんだし」
「おっと、話が壮大にズレそうだ。軌道修正してくれ。カノンちゃんの将来を決める大事な話だよ」
自分から話し始めたと言うのにエマはすぐに話題修正を行った。村井としても予言の類について触れても別に楽しいことはないので修正された軌道に乗っかった。話はカノンの将来についてだ。
「カノンの将来は自分で決めてもらう。ま、多少は誘導するけど」
「……多くの弟子を取ってきた先達から言わせてもらうと、そう簡単に事は運ばない気がするけどね」
含み笑いをしながらエマはパンをちぎって一口大にして口に運んでソフィアに少し視線を向ける。村井がその視線を辿ってソフィアを見るも彼女は呑気に食事を楽しんでいるように見えた。彼女の様子について強いて言うのであれば可愛いくらいの感想しか抱かなかった村井がそのまま視線をエマに戻すとエマはそれ以上は何も言わずに食事と村井との会話に戻る。
そんな中、ソフィアは涼しい顔で背中に汗を流しながらマッシュポテトのグラタンをスープで流し込んでいた。
(危なかったぁ……お師匠様にバレてないよね? ただ上手くコントロール出来ない弟子ってことで見られただけだよね?)
エマ達からの視線を向けられたソフィアは内心の動揺を師匠たちに覚られないように食事を続ける。彼女は村井とエマのいないところでカノンから【地獄巡り】討伐作戦についてある話を持ち掛けられ、賛同していたのだ。その時のことを思い出しつつソフィアはスープで緊張から来る喉の渇きを潤す。
(……カノンちゃんを英雄たちと一緒にする、か。【灼熱殲滅陣】が【地獄巡り】に通じたら何の意味もない話になるけど、もしかすると今回の一件でカノンちゃんは表舞台から降りるかもしれない。アキトさんは気付いてないみたいだけど)
カノンと自分だけが知っている秘密の作戦をソフィアは少しだけ考える。まず前提として今回の【灼熱殲滅陣】の成功後、ソフィアが【地獄巡り】の生死を確認すべくエマの魔具を使って現地に飛ぶことになっていた。本来ならエマが確認に行けばいいのだが、【灼熱殲滅陣】を使用した後は魔力不足でしばらく身動きが取れなくなるということでソフィアが代理で行くことになったのだ。その際、万一の備えとして彼女にカノンが同行するが、ここから場合分けが起きる。
【灼熱殲滅陣】で【地獄巡り】が死んでいた場合。ソフィアのギルドカードに討伐完了と出て終了。これが一番楽で何もないパターンになる。
次に【灼熱殲滅陣】から【地獄巡り】が生き残った場合。ソフィアはすぐにその場から撤退。次の手を考えることにする。
これがエマの考えたプランだった。
その案に、カノンは同行するに当たってソフィアに少し話を持ち掛けたのだ。
【地獄巡り】が生き残っていた場合、もし現地に飛んだ二人で倒すことが可能そうであれば倒してその功績の割合に応じて賞金の一部を貰いたい、と。
ソフィアは最初、【六魔将】に挑む蛮勇とも取れるカノンの発言を諫め、師匠たちに言いつけようとした。しかし、カノンから剣聖と試合をするのを見てから判断してほしいと言われ、その戦いに魅せられて考えを改めた。
(カノンちゃん、かわいいだけじゃなくて本当に強かったなぁ。魔術掛けて強化した私の目でも捉え切れなかったし……)
剣聖との試合の時のカノンの姿を思い出して少し陶酔するソフィア。カノンの強い姿を見て彼女に活躍の場を与えたいと思う者がここにもいたのだ。
だが、本人は自覚していない。
カノンに活躍の場を与えたいという表向きの目的の裏で自身がカノンを使って師匠であるエマを出し抜きたいという欲望に浸っていることを。そしてその感情をカノンに見透かされて利用されていることを。
「ごちそうさまでした! 美味しかったです」
食事を終えて席を立つソフィア。弟子たちによる師匠を出し抜こうとする作戦が吉と出るか凶と出るか、それはまだ誰も知らない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます