第31話

「……なーんかなぁ」


 エマとソフィアが帝都にやって来た翌日のこと。村井は徹夜した後にエマによって魔術を掛けられてきっちり睡眠を取った後と変わらぬ状態にされていた。それにより精神的な違和感を覚えていた村井だが、あまり気にしていても仕方ないと未だベッドで夢の世界にいるカノンを揺り起こす。


「ん……」

「カノン、ホテルに戻るぞ」

「……ん」


 目を開けずに反応だけ返すカノン。昼前なのにこれ程深い眠りについているカノンは珍しいと思った村井はもう少しだけ寝かせておいたやろうか悩んだ。だがしかし、ギルドの使用予定もあるのでそう悠長にこの場に残ることも出来ない。


「カノン、まだ寝るんだったらおんぶしてホテルまで行くぞ」

「ん」

「……こりゃダメだ。仕方ない」


 カノンを背負ってホテルに戻る覚悟を決める村井。そこにノックの音が響いた。


「どうぞ、開いてるよ」

「入るよ。おや、まだ寝てるのかい」


 入室して来たのはエマとソフィアの二人だった。彼女たちは部屋に入るなり未だに眠っているカノンを見つけて問答無用で目覚めの魔術を掛ける。


「う……何ですか……?」


 何とも言えない急速な意識の覚醒にカノンは顔を顰めながら目を覚ました。それを仕掛けた本人は何てことないように告げる。


「チェックアウトの時間だ。支度をしてギルドを出るよ」

「師匠、おんぶしてくれるって言ったのに……」


 恨めし気に村井を見るカノン。村井はちゃんと話を聞いていた上で起きなかったのかと呆れ顔になったが、カノンは気にしないようだ。そんな彼女にエマが言う。


「代わりに僕が運んであげようか? 宙ぶらりんでいいなら」

「結構です……」


 エマの申し出を断ってベッドの上で体を伸ばしてから軽く身支度を整えるカノン。彼女がトイレに行っている間にエマから村井に話しかける。


「僕たちも君と同じホテルに泊まることになった」

「ん、昨日聞いてるよ」

「隣の部屋だからよろしくね」

「はいよ」


 隣人になるらしいエマ。傍から見れば絶世の美少女に囲まれて羨ましい限りの身分だなと村井は思った。内実は手を出せないので生殺しみたいなものだが。


「う~……何か変な気分です。お酒、飲むの控えた方がいいですかね……?」

「多分酒のせいじゃなくて覚醒の魔術のせいだと思うけどな……」

「失敬な。僕の魔術に不備があるとでも?」

「いや、何かちぐはぐな気分になるんだよ」

「ふむ、その辺に改善の余地があるということか。参考にしよう」


 エマと術式改善の話をしている間にカノンが席を外し、その話で盛り上がっている間にカノンが身支度を済ませて戻って来る。全員の外出準備が整ったところで一行はギルドを後にした。その前に村井はエマに尋ねる。


「ギルドマスターに話は良いのか?」

「うん? 今は寝てるよ。儀式のことについてはまた後で話すとするさ」

「儀式ですか? お師匠様。何をするんですか?」

「【灼熱殲滅陣】をやる」


 道すがら話をする一行。しかし村井は周囲の視線が気になって仕方なかった。それも仕方のないことで、今村井の周囲には多様な美しい女性が三人もいて華やかな空気を醸し出しているのだ。話している内容は物騒だが遠目に見る分には分からない。

 そんな華やかな空気の中に顔面偏差値中の下の冴えない男が混じっている。あれは誰なんだと注目を集めるのも無理はなかった。


(……少し離れて歩こうかな? いや、他人の目を気にして知人から変な目で見られるのもな……)


 一人だけ全然話に関係ないことで悩んでいる村井。そんな感じで村井が別のことを考えていると刹那の間に凄まじい剣氣が周囲に発せられた。出元はカノンだ。何事かと一瞬身構える村井だがすぐに何が起きたのか理解して剣から手を離した。


(威嚇か。流石だな。それにしてもこんなに美少女が揃っていればこれだけの人目があっても不埒な考えを抱く輩がいるのか……やっぱりこの世界は治安が悪いなぁ)


「凄い闘気だね。アキトより強いんじゃないかな」

「そうだな。カノンはもう剣聖と同じくらい……」

「あ、もう剣聖相手なら百戦して八十勝以上は堅いですよ。昨日は色々あって言わず仕舞いでしたけど」


 さらっととんでもないことを言ってのけるカノン。剣聖の下に預けられた二日間でどれだけの進歩を遂げたというのだろうか。


(やっぱりカノンは凄いな……)


 最早自分相手では勝負にすらならないだろう。村井がそう思っているとソフィアがカノンを褒め称えていた。


「すごーい! 顔も良くて強くてかわいい! 何でも出来ちゃうんですね!」

「ま、まぁ……ありがとうございます」


 ちらりと村井の方を見てソフィアの言葉を受け入れるカノン。村井は視線に気付くが彼女が何を求めているのかよく分からないので適当に褒めておくことにした。


「流石はカノンだな」

「これでもう学校には行かなくていいですかね?」


 褒められて笑顔でそう告げるカノン。だがしかし、村井は当然の如くその申し出を却下した。原作ストーリーを破壊されては困るのだ。


「それはそれ、これはこれ」

「……何でですか。師匠、私、もう強いですよ? 一人前です。学校に行っても特にやることないんです」

「何だ。この子はまだ学校に通ってるのかい?」

「子ども扱いしないでください」


 エマの言葉に噛みつくカノン。だが、エマは軽くそれをあしらった。


「100も生きてないんだ。僕にとってはアキトだってまだ子どもみたいなものだよ」

「みたいなものとそのものでは意味が違います」

「はいはい。そうやってむきになるのが子どもの悪い癖だ。大人の対応を覚えた方がいいよ?」

「大人の対応は言いたいことを言わせないために使う言葉じゃないと思います」


(……何か今日のカノンは好戦的だな。何でだろう?)


 何でだろうも何も村井が自分の知らない美女に囲まれて親し気にしているからだ。カノンは危機感を覚えていた。だが、村井はそんなこと知らない。


「カノン、仲良くしておいた方がいいぞ。エマはこう見えても凄いんだ」

「どう見えてるのか訊きたいけど、まぁいいさ。一々目くじら立てないから今日の昼ごはんは君が作ってくれ。で、僕の部屋に持って来て」

「今日の師匠のお昼は私が作ります。食べたいなら自分から来てください」

「お、いいよ。村井が君の作るご飯は美味しいと言ってたから楽しみだ」


 エマの言葉にピクリと反応するカノン。彼女はそのまま村井に尋ねた。


「本当ですか?」

「あぁ。言ったな。事実だし」


 その言葉だけで少し機嫌を直すカノン。その次の瞬間、カノンは自身の動きを阻害しようとする者の動きを察知して避けた。空振ってきょとんとしているのはソフィアだ。彼女にカノンは冷静に尋ねる。


「何ですか?」

「つれないですねぇ! 可愛いと思ったからハグしようとしただけですよ!」

「……取り敢えずびっくりするので止めてください」


 困った表情でカノンはソフィアに応じた。しかし、ソフィアの方はカノンがお気に召したらしく、じりじりと近付いていく。


「あの……」

「なぁに?」

「……いえ」


 にじり寄って来るソフィアに対しカノンは村井を盾にしながら歩みを進める。村井からすれば動き辛いことこの上なかった。エマの方を見ると彼女は彼女でミリアから渡された金で買い食いしている。自由だった。


「ん、何だい? これを食べても昼食ならちゃんと食べられるから安心してくれ」

「そんな心配はしてない。あんたの弟子をどうにかしてほしいだけだ」

「……? 何をしてるんだい? ソフィ」

「カノンちゃんをハグしようとして逃げられてます!」


 律義に答えるソフィア。その言葉を聞いて彼女の師匠は頷いた。


「ならアキトごとハグすればいいじゃないか」

「分かりました!」

「!?」

「え、ちょ……」


 驚く村井師弟のことなどお構いなしにソフィアは二人まとめて抱き締めて来た。


「ぎゅー!」

「ま、待った。人の目が痛い!」

「師匠、そんなこと言ってますけど嬉しそうですね」


 それはそうだろう。金髪翠眼の美しきエルフ、しかもスタイル抜群の美少女に抱き着かれて嬉しくない男がいたらそいつは特殊嗜好の持ち主だ。加えて、カノンというこの世界の人類史においても類稀な美少女とのサンドウィッチ。テンションが下がる要素が見当たらない。


「君たちが楽しそうで何よりだよ」

「私はカノンちゃんだけを抱っこしたかったんですけど。手がかかってるくらいしか抱っこ出来てなくて非常に不満です」


 エマ師弟はマイペースに現状を述べる。尤も、流石に人目を惹く上に動けないので普通にやめてもらって一行はホテルに向かい、昼食を共にしてからは儀式魔法の話をすることになるのだった。



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