第30話

「……ん」


 エマとソフィアの歓迎会の後、酔い潰れたカノンを連れていつものホテルに戻るのは少々面倒臭いと感じた村井はミリアの勧めもあってギルドの空き部屋に泊まることにした。そんな彼が目を覚ましたのは明け方近く。深酒をした結果、睡眠時間が短くなってしまったのだろう。トイレに行って水を飲んだら二度寝しよう。そう思って彼が体を起こすとすぐ隣に毎日見ているというのに何度見ても見飽きぬ美少女の安らかな寝顔があった。


「ふっ……」


 先の宴会ではソフィアやミリアがエマに対して一人前の扱いを求めると騒いでいたのに合わせて自分に迫ってきたというのにこういうところはまだ子どもだなと村井は少し笑って少女の柔らかな黒髪を撫でる。そして彼はカノンを起こさないように気を付けてベッドから抜け出し、トイレに向かった。


(……明かりが点いてる。こんな時間までよくやるな)


 途中、明かりのついている部屋を見て中から話声が聞こえるのを確認してから村井はトイレに向かう。そこで用を済ませると喉の渇きを覚えたため、戻る途中で亜空間から魔力によって飲み水を生み出す魔具を取り出してそれを使い、水を飲んだ。


「ふぅ……戻って二度寝するか」


 少し目が冴えてしまった気もするが、身体にアルコールも残っていることだし布団に入ればすぐに二度寝に入れるだろう。村井が先程居た部屋に戻りながらそう考えていると再び明かりの付いている部屋の前を通ることになる。こんな時間まで何をしているのか少し気になるが、睡魔との戦いでは好奇心の方が不利だった。自分には関係ないことだと判断して事なかれ主義で村井はそのまま通り過ぎようとする。しかし、そうはいかないらしい。部屋の中から明かりだけが自分から出てきた。


「眩しい……目が覚めるじゃないか」

「悪いね。ちょっといいかい?」


 涼やかな声が耳朶を打つ。一瞬で眠気が覚める村井だが、反射的に音の方を向いたところでそこには誰もいない。音声だけ飛ばしたのだろう。かなりの高等テクニックが必要になる魔術だが、声の主であれば児戯に等しい技だ。ここで無視したところで明日面倒臭いことになるだけと判断した村井は面倒臭そうに声の主がいると思われる室内へと入って行った。


「やぁ。ご機嫌いかがかな?」


 村井の入室を待っていたのは果たして村井の予想に違わず魔術師を越えた魔法使いと呼ばれる存在に達したエルフの美少女エマだった。ついでにミリアもいる。美しき女性が二人が待つ部屋に入った村井だったが嬉しくなさそうにエマの問いに答える。


「眠い。それに尽きるね……で、何の用?」

「あぁ、【黒死王】と【地獄巡り】の件なんだけど。今の内からちょっと話しておこうかと思ってね」

「……明日じゃダメなのか? ある程度気長にやるって言ってたじゃないか」


 エマの言葉に眠そうに答える村井。ミリアもそれに追従した。


「そうじゃの。もう日が昇るような頃合いじゃし、酒が入った後じゃ。お師匠様よ。今日はもういいと思うのじゃが……」

「せっかく面白そうな証言が聞けたんだから今やりたいんだけど」


 ここで「面白そうな証言って?」などと聞けば嬉々として語り始め、更に話が続くだろうと思った村井はその質問をせずにエマに尋ねる。


「エマ、楽しそうなのは分かったけど明日も時間あるから」

「分かってないな。僕は今、話したいんだ。明日のことなら僕が魔術を掛けてあげるから大丈夫。話をしよう」

「……妾が持つ情報は師匠に全部吐いた。もう寝てもよいかのぉ……?」

「アキトに全部話したら寝て良いよ」


 疲労困憊と言った様相のミリアに対して元気いっぱいのエマ。ミリアは早く終わらせたい一心で村井に話を始めた。


「【黒死王】と【地獄巡り】の情報じゃ。師匠が金が要り様とのことで、お主が唆したんじゃろ?」

「……まぁ、訊かれたから答えはしたな」

「それで、ギルドが持っている【黒死王】と【地獄巡り】の話をしたんじゃが……」


 ミリアはエマをちらりと見た。するとエマは薄く笑いながら首を傾げる。


「眠いんだろう? なら、さっさと本題に入ればいいじゃないか」

「そうさせてもらうとするかの……【黒死王】の情報からじゃな」


 自身に害をもたらすあらゆる魔術を防ぐ【悪魔の闇衣】を身に纏い、人類が苦手とする魔術と剣術で多種多様な攻撃してくる六魔将最強の魔術士であり、剣士だ。傍には常に直属の親衛隊が控えており不意打ちも困難な相手で、人類は彼の率いる軍勢を退けることは出来ても彼自体を実力で退けたことは一度もないという。


(まぁ、これに関してはカノンと主人公がいれば物理で何とかしてくれる話だな)


 ミリアの話を聞いて村井はそう思った。だが、魔術を行使するエマにとっては相性が悪いと言えるだろう。村井はエマを見ながら軽くそう告げた。するとエマもそれに同意する。


「そうだね。僕も【悪魔の闇衣】を作れば条件は五分といったところだけど、悪魔が喜ぶ程の知的生命体の大虐殺はあまり望ましくないから止めておこう」

「……出来ない訳じゃないんだな」

「そりゃあね。僕は魔法使いだよ?」


 帝都の貴族が聞けばどれくらいの犠牲者でその儀式が出来るのか訊いて損得勘定を整えて顰蹙を買うことだろう。村井は敢えて儀式内容を聞かなかった。


「となると、もう一方の【地獄巡り】じゃな……こっちは、自身を殺した相手に寄生し、より強い体に宿っていく寄生型の魔族らしいの」

「こっちの方がやりやすそうじゃないかい?」

「まぁねぇ……」


 正直に言えばエマが本気を出せば六魔将どころかこの世界の誰でも倒せる気がするというのが村井の所感だ。そう考えている上、眠いのであまり真面目に話をする気にもならない村井。ただ、ミリアの【地獄巡り】の紹介に村井は少しだけ疑問を抱いたのでミリアに言ってみた。


「文献で見た感じだと傷口なんかから侵入するって話だが……その方法でただ強い奴相手に寄生するだけなら過去に倒されてる気もするんだよ」

「まぁのぉ。確かに、人道を無視すればすぐに幾つか対処法は思いつくが……あぁ、言い忘れておったが寄生した宿主の損傷もすぐに治すらしいの」

「それでも自身を殺した相手に宿るって辺り、死んだ奴には宿れないんだろ? 限界があると思うが……」

「ふむ。僕もその辺りが少し気になっていた」


 ミリアと村井の会話にようやくエマが入って来た。彼女はチョークを浮かせて黒板に記入を始める。


「まぁ、人を集めるとお金がかかるから今回はそう言った手法はなしで、後は僕たちだけでやるんだから人道に反するやり方もやめておこう。それですぐに思いつくのが致命傷を負わせて寄生される前に逃げるってやり方とかだけど」

「……近くに部下か何か控えさせて有事の際にはそいつに寄生するんじゃないか?」

「辺り一面焼け野原にして皆殺しにしてやれば関係ないと思うんだよね。ただ、問題は【地獄巡り】も【黒死王】には及ばないけど【悪魔の衣】という対魔術用の装備をしてるってこと」

「成程、こっちとも相性があんまりよくないのか」


 遠距離戦は魔具で補い、近距離での戦いでは負けそうになると寄生を選ぶ。何ともいやらしい奴だと村井は溜息をつく。しかしエマはしたり顔で言う。


「まぁ、単純な魔術で倒せるようなら既に討伐されてるだろうからね。ただ、幸いにして【悪魔の衣】程度であれば魔法なら突破出来る。少しばかり儀式の準備に時間がかかるけど遠距離で安全に焼き殺すか」

「……そう簡単に行くかな? 相手はあの六魔将だぞ?」

「まぁ、君が言いたいことは分かる。ダメだったらダメだったで次の手を考えよう。何、試すならタダだよタダ……尤も、儀式には費用が掛かるけど」

「そういうことなら妾が費用を出すのじゃ」


 仮に六魔将討伐となれば偉業であり、それに一枚噛んでおけば冒険者ギルドの箔がつくと言ってミリアが出資者に名乗りを上げた。しかしエマは微妙な顔をする。


「え、お金がかかりそうだから自分で取って来るよ」

「そんな! 師匠~可愛い弟子のお願いなのじゃ。ギルドを使ってほしいのじゃ」

「……【地獄巡り】の討伐報奨金は神聖金貨二枚か」

「無視しないでほしいのじゃ」

「まぁいいよ。取り巻きの討伐金もあるだろうし、神聖金貨一枚あれば魔具に使う必要最低限は取れるから」


 喜ぶミリア。村井はこの話し合いに自分がいた意味はあったのか疑問に思いながらも結局はこの後の会議にも付き合って徹夜することになるのだった。



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