第24話

「ししょー準備出来ました~?」

「ん、まぁな」


 剣聖アッシュとの模擬戦を終えたカノン。彼女にとって、村井とお出かけの約束をした日が来るまでの些事はどうでもいいことで、この日が来るまでのことは大体適当に処理していた。

 やっと訪れた約束の日。カノンは新作のソプラヴェステを身に纏い、上機嫌で自分の部屋から出た。そんなカノンを前にしてプールポワンを着た村井はのんびりと紅茶を飲んでいた。そして彼女を見るなり一言告げる。


「今日も綺麗だな。新しい服も似合ってる」

「……ありがとうございます」


 我ながら歯の浮くようなセリフだと思う村井だが、こんな適当な褒め言葉でも言えばカノンが喜ぶので言っておく。

 実際、効果は覿面てきめんで彼女のはにかむ笑顔が見れた。そして笑顔のまま彼女は村井に行動を促す。


「では、師匠の準備も出来たところで出かけましょう?」

「そうだな」


 村井が使用していたティーセットを魔術であっさりと片付けてから二人はホテルを出る。フロントマンに見送られて二人が向かう先はチェリーナの家……つまり、帝都の中心である帝国城だった。


(……髪切りに行くって言ったら帝国城に行くことになるのか。流石は雲上人たちの世界だな。俺には予想できなかった)


 何とも言えない気分で成り行きに身を任せるままカノンの隣を行く村井。村井たちが帝国城に行くことになったのはお出かけの約束を取り付けた日のことで、カノンと剣聖アッシュの試合後だった。

 いいところを十分に見せたということで週末に村井と一緒に髪を切りに行く約束を取り付けていたカノンに対し、チェリーナが自宅で雇う美容師はどうかと勧めてきたことに端を発し、あれよあれよという間に帝国城に行くことが決まったのだった。

 本来ならば髪を切ることが主体となる帝国城来訪よりも村井とのデートを優先するつもりだったカノンだが、チェリーナの柔らかな髪質と金髪から漂う上品な香りを前にそのトリートメント方法などに興味を持ち、本日に至ることになった。

 そんな経緯で帝国城まで行くことになった二人だが、城に続くメインストリートに出てきたところでカノンは視線を自身の前髪に向けて村井に尋ねる。


「うーん、どんな感じにしましょうかね? 私、魔力の関係で巻いたりしてもすぐに戻るのでどうしても目新しい感じにはならないと思いますけど……」

「間違いなく腕のいい美容師さんのところに行くんだからそこで相談しよう。カノンに似合う髪型にしてもらわないとな」

「私は伸びた分を切るくらいでいいんですが……」


 今の髪形が村井の好きな髪型であることが判明しているのでそこまで変化を求めていないカノン。彼女は今日、髪のお手入れの方法について知りに行くというのが目的であって髪型を変えるつもりはない。


 だが、村井は少し違った。


(これからカノンは色んな人に見られていくだろうからな……この世界の感性を持つ人に人気の髪形か、もしくは戦いの邪魔にならないように思い切ってショートにしてもらおうかな……)


 村井はカノンと違って異世界の、それも女子慣れしていない自分の感性に従った今の髪形よりももっと良い髪型にして貰おうと考えていた。そのため、カノンの言葉にやんわりと反論する。


「伸びた分だけ切るのか。カノンの今の髪形って、乾かす時とかに割と手入れが面倒臭そうだけど大丈夫か?」

「? 平気ですよ? 珍しいですね、師匠がそんなこと気にするなんて。何ですか? 昔みたいに髪を乾かすのを手伝ってくれるんですか?」


 少し期待を覗かせてカノンはそう尋ねるが村井は即座にそれを否定して続ける。


「いや、ふと思ってな。カノンもこの際だし自分にとって楽な髪型にしてもらうとか、それか流行の髪形にするとかした方がいいんじゃないかってな」

「……? いや、今の髪形でいいんですが」


 カノンに何を言っているんだろうという顔で見られて村井はこれ以上押しても変に空回りするだけだろうと判断し、別の話題にすることにした。


「そう言えばカノン、せっかくの休みの日に初めて友達の家に行くのに俺が一緒にいて大丈夫か?」

「……師匠、さっきから何か変ですよ? 元々、師匠と一緒に髪を切りに行くという話にリーナさんが横入りしてきただけじゃないですか。何が問題なんですか?」


 ほんの僅かにだが、苛立ちを含ませて反論してくるカノン。村井はカノンが珍しく怒っているなと思いながら誤魔化した。


「いや、カノンくらいの年齢になると保護者と四六時中いるのって恥ずかしいかな、と思ってさ」

「何がですか? 師匠は私といて恥ずかしいんですか?」

「いや、俺はいいけどさ」

「じゃあ何の問題が?」


 少し怒りながら詰問してくるカノンに村井は何とも言えない笑みを浮かべて言葉を濁した。そんな彼を見てカノンは溜息をつく。


「師匠、さっきから変なことばかり言ってますよ? 大丈夫ですか? 今日の予定は取り止めてホテルに戻りますか?」

「あ、いや、大丈夫大丈夫。行こう」

「……無理はしないでくださいね。何かあったらすぐに教えてください」


 結局、心配されるだけに終わった村井の行動。空回りしているのを自覚して溜息をついて村井は帝国城へと入るのだった。




「お待ちしておりましたわ」

「今日はわざわざお休みの日にすみません」

「いえいえ、大事な友人のためですもの。それに、カノンさんには日頃からお世話になっておりますし」


 城内に通された村井たちは身体検査を受けてから応接間まで案内されてチェリーナが来るのを待っていた。程なくしてお付きの侍女、テルーと共に現れた彼女を立って迎え入れるとカノンたちは早速メイク室へと移動することになる。


「……俺が入ってもいいものだろうか?」


 メイク室への移動開始時より女子会を始めた乙女たちに自分がついて行ってもいいものか悩む村井。だが、彼の問いに答えてくれる者はいない。それでも村井は自分が完全に場違いであることだけは理解出来る。


(応接間に残るという手もあるな。というか、それしか手がない)


 無言でカノンを見送って部屋に残ろうとする村井。しかし、カノンは村井が応接間から出てこないのを見てすぐに戻って来る。


「師匠? 行きますよ。それともやっぱり体調悪いんですか?」

「……いや、大丈夫だ」


 結局カノンに連れられて移動することになる村井だが、チェリーナたちとの会話に混ざることなど到底できない。何か微笑ましいなと思いながらついて行くだけだ。

そんな彼を怪しい人物がいるとして警戒するチェリーナの侍女。先頭と後尾で温度差を生みながらメイク室に移動すると個性的な髪型をした男性が迎え入れてくれた。


「お待ちしておりました。どうぞこちらへ」


 優雅に一礼してカノンを席に案内する美容師。彼の仕事場の設備と道具は現代日本の美容室と遜色ない見事なものだった。カノンが村井がいる後方を少し確認して席に着くとチェリーナが声を掛ける。


「カノンさん、私の髪のことでしたら彼に一任しておりますの。気になることがありましたらどうぞ、お尋ねください」

「そうですね……髪質をもっと良くしたいのと、ヘアフレグランスに少し興味があるんですが」

「でしたら……」


 何やら村井にはよく分からない会話が繰り広げられ始める。手持ち無沙汰な村井が自身の必要性の有無について悩みながらただ佇んでいるとチェリーナが村井にも声を掛けて来た。どうやらカノンには聞かれたくないようで小声になっている。

 その上、風の精霊にまでカノンに音が運ばれないように頼んで防音対策を徹底している様子だ。村井はそれを看破した上で彼女の言葉に応じる。


「ムライ様、少々よろしいでしょうか?」

「あ、はい。何でしょう皇女殿下」

「カノンさんのことについて、あなたが彼女に相応しいかどうか。私がチェックしてあげますわ」


 自信満々にそう告げるチェリーナ。その顔は年相応の恋に恋する乙女の表情をしていた。だが、村井の方は彼女の期待に全く応えることもなく笑いながら言った。


「これは面白いことを仰りますね。私があの子に相応しい? そんな訳がないでしょう。あの子には私のことなど忘れて早く飛び立ってもらわないと」

「え……」


 チェリーナは驚いて目を丸くした。冗談を言っているのだろうか? それとも村井にとってカノンはその程度の存在なのか。


(嘘を言っているにしては澄んだ目をしていますし、嫌っているにしては優し過ぎる眼差しを向けてますわ……一体、どういうことでしょうか?)


 困惑するチェリーナ。だがしかし、友人の恋が前途多難であることをいち早く理解した彼女は村井がいない間にカノンに今の話をやんわりとして対策会議をしなければと野次馬魂を大いに燃え上がらせるのだった。



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