第23話
アッシュにテルーから折れた木剣の代わりが手渡される中、カノンに折れた木刀の代わりを持って行ったのは村井だった。ただ、木刀を持ってきた村井に対してカノンは膨れっ面でそれを迎え入れる。
「カノン?」
「師匠、私の戦いちゃんと見てください」
カノンの様子を変に思った村井が声を掛けるとカノンから帰って来たのはクレームだった。村井はなんか変な我儘スイッチ入ってるなと思いながらカノンをじっと見て答える。
「見てる見てる。カノンこそ相手に集中しないと」
じっと見つめ合うことしばし。先に折れたのはカノンだった。
「はぁ……もう。今からはちゃんと見てくださいね」
「今以上に?」
まるで今まではちゃんと見ていなかったかのような言い草だったが、村井はそこを深く追求せずに今後のことを確認する。
「はい」
「……分かった。頑張れよ」
「はい!」
確認を済ませてカノンは剣聖との試合に戻る。席に戻るとミリアがさっそくどんなやり取りをしたのか訊いて来た。
「何か言ってたみたいじゃの」
「うるさいから黙って見てくださいとのことで」
「あれだけの戦いでこちらに気を回す余裕まであるのか! は~」
カノンの言葉を荒っぽく翻訳した村井に気を悪くした様子もなくミリアは感嘆の息を溢す。カノンがそんな二人のことを少し眉を
「これでよいかの」
「ま、黙って見てればいいと思いますよ」
そう言っている間に試合が再開する。当たれば痛いでは済まない量の魔力が木刀に付与され、すぐに試合は白熱。
黙って見ていろと言われたミリアだが抑えようにも両者の実力の高さの前に感嘆の声を漏らさざるを得なかった。
(まさか、これほどまでとは……)
地方ギルドからの太鼓判を貰っているといえども【雷刃】と同程度、もしくはそれをやや上回る程度の実力かと思って居ればとんでもない実力者だった。ミリアは自分の考えを改める必要があることを既に理解していた。
(……顔が良いからギルドの広告塔にしようかと思っておったが、これほどの実力者となれば国が手にしようとするのも仕方ない。これまでの徴用とは話が違う。帝国のため、真に必要となる移籍となるのぉ)
魔族との戦いが激化していた最中、村井の研究通りに魔王が復活した。これからの帝国では更に戦火が広がっていくだろう。その際にカノンの力を冒険者ギルド一つに留めておくのは難しい。ミリアは既にこの試合の先を見通してカノンを冒険者ギルドに無理に押し止めておくことを諦めていた。
そんな彼女の目前で戦闘は更に激化していく。【雷刃】はその戦いをどう見ているのだろうか。ミリアの目が彼に少し向いた。
(そう言えば、こやつも実力を隠すタイプじゃったの。今の戦いも普通に座って目で追えているようじゃが……まぁ、魔力量を考えるにこれ以上は無粋な問いになるか)
村井のことを少し考えて彼もカノンと一緒に国に仕えるのだろうかと考えるミリアだったが、彼の性格と能力上、それはないことが分かっている。
カノンの魔力量についてはミリアでも測り知れないが、村井についてはミリアの師に当たるエルフの魔法使いが既に測定しており、カノンどころかミリアよりも少ないことが分かっている。一般人と比べればかなり多い魔力の持ち主でギルド内でも強者と言っていいが、様々な条件を踏まえると村井はカノンと違い自由を謳歌できる程度の実力であることがはっきりしていた。
それに加え、これまでの村井の活動内容からして帝国に対する愛国心も殆どない。元帝国貴族のカノンとははっきり異なる存在として認識されているだろう。
(さて、色々と理解しているとは思うが……その上で、こやつはどんな結論を出すんじゃろうな……)
帝国上層部の思惑、魔族との戦争、帝国が置かれている現状……村井はそれを全く知らないとは言えない。
だが、だからこそ、村井は様々な道を選ぶことが可能だった。
(ま、後悔だけはしないようにしてほしいもんじゃの。ギルドに迷惑をかけない範囲で、な)
今から損をしないように多くの手を打っておくことにするミリア。ただ、今。この少しの間だけは帝国最高峰の二人の剣技を純粋に見て楽しむことにするのだった。
斬る。薙ぐ。穿つ。斬り下げる。斬り払う。斬り上げる。薙ぎ払う。突く。流す。受ける。返す。止める。崩す。
木刀の動きだけでどれだけの攻防が虚実綯い交ぜにして行われているのだろうか。刀剣の動きに加えて体術でも互いに鎬を削っている。白熱した試合が続き、しばらく経過した今、村井には過熱する目前の試合の全てを追うことは出来なくなっていた。
だが、それでも分かることが1つ。
カノンは確実に、万全に成長していた。原作知識が云々というレベルはとっくの昔に過ぎている。最早、自分が面倒を看るなどと言う戯言は通じない。村井では彼女のためにもう何か出来るということはないだろう。
(あぁ……カノンはやっぱり凄いな。流石は物語の中心人物。俺なんかとは違う)
村井の心中ではカノンに対する称賛の声が諦念と共に響いていた。異世界に来れば何かが変わる。いや、変えてやる。そう思って剣の道を進んできた村井。そして彼は現実に一定の成果を上げて来た。
だが、目前の光景を見てふと我に返れば自分と並んで観客席にいる者、そして審判の姿すらも村井がこれまで居たコミュニティとはかけ離れた者たちばかりであることに村井は気付かされる。
(ギルドマスターに皇女殿下、帝都の最高教育機関の学長に剣聖。10年がかりで俺が築いて来た人脈すらもカノンにとっては数ヶ月でひっくり返せるものなんだな)
脳裏ではまだカノンの運と実力に抵抗しようと自分の人脈を掘り返し、ミリアの師とコンタクトを取れることなどが頭に挙がっていたが、それ以上に諦念というものが彼を支配していた。思わず笑いが込み上げてくる村井。だが、不思議と悪い気分ではなかった。自分でも分かるほどに吹っ切れていた。
(やっと分かった。劣等感を覚えて苦しんでたのが馬鹿みたいだ。いや、馬鹿だったんだろうな。俺とカノンじゃ比べることもおこがましいというのに。異世界で色々と上手く行き過ぎて勘違いしてたみたいだ)
なまじ上手く行っていたことが勘違いの要因だったのだろう。本物を目の当たりにして村井はやっと目が覚めた気分だった。
(さて、目が覚めたところでどうしようかな。俺の方は色々と腑に落ちたが、カノンはいきなり何のことかとなるだろうし……おっ、今のは良い攻撃だ)
試合を見ながら色々と考える村井。彼の視線の先でカノンはノリに乗っていた。彼の剣聖を一方的に押し込めている状況だ。それでも剣聖も負けていない。猛攻の隙を縫っては的確に反撃に転じ、カノンと殆ど互角といえる戦況に持ち込んでいる。
(流石は剣聖。今のを軽く躱すどころか反撃に転じるか。俺には到底無理だな……)
試合を見て行く内にカノンを今以上に鍛え上げ、高みを目指させるにはやはり剣聖の下に預けるべきだと村井は確信する。
(……カノンは嫌がるだろうな)
剣聖に預けるべきだと告げる脳内の声に対し、カノンの意思の尊重も大事だと警鐘を鳴らす声にも耳を傾ける村井。今朝の様子を見るに、剣聖の下に行かせるのに何もないということはないだろう。恐らく強い抵抗があるはずだ。本当に嫌われてしまうかもしれない。
だが、終わってしまった自分と違ってカノンには未来がある。それを考えるとこのままでいいとは思えなかった。
(カノンとこの国の未来の為だ。もう少し骨を折るとするかな……)
魔王が復活し、平穏だったこの国の情勢も変わる。その時、そしてその後にカノンが動きやすくなるように村井は後少しだけ頑張ることを決めるのだった。
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