第22話

 ルイドに先導され、ミリアとアッシュが静かな戦いを繰り広げる前を歩いて体育館まで移動した村井はカノンがこの場に現れるのを待つことになった。


(……どうせ待つなら応接室で座って待ってた方が良かったんじゃ?)


 村井の疑問は尤もな意見だが、一行の移動はルイドがミリアとアッシュの言葉での戦いに村井が巻き込まれないようにルイドが采配してくれたものだった。そんな彼の気遣いのおかげで余計な気疲れを免れた村井はミリアとこれから戦いに臨むアッシュのウォーミングアップを見ることになる。


「……やはり、帝国最高の剣士は伊達じゃないのぉ。【雷刃】、同じ剣士として奴をどう見る?」


 しばらくアッシュのウォーミングアップを見ていたミリアがからかうような笑みを浮かべて村井に話を振って来る。顔は笑っているがその目はどこまでも冷たく、相手の戦力を分析している目だった。その目を向けられた村井は曖昧な感情を苦笑に織り込んでミリアに答える。


「強い。そして何より油断がない。同じ剣士なんて括れるレベルじゃないですね」


 これが村井の正直な感想だった。それを聞いてミリアは今度は目を細めて笑う。


「そうか。じゃが、一度手合わせしてかの剣聖にここまで本気を出させるお主の弟子も相当なものなんじゃろ?」

「……カノンは俺の手を離れてもう久しいですからね。どこまで強くなってるのかは正直言って俺でも未知数です」

「ふむ、面白い……」


 心底楽しんでいる様子のミリア。しかし、その表情とは裏腹に彼女の魔力は周囲を警戒し続けておりその目はどこまでも冷たくアッシュを見据えている。どうにも苦手な相手だ。村井はそう思いつつ彼女から少し距離を取った。


「む?」


 そんな村井の微妙な逃げにミリアはすぐに気が付いた。村井もミリアに気づかれたことに気付いたので別のアクションを取ることで誤魔化しにかかる。


「ルイド先生、いつ頃始めるつもりで?」


 村井がミリアの目を誤魔化すために犠牲としたのはルイドだった。ルイドは全体の流れをよく見ていたので村井が自分を口実にミリアから離れようとしていたことにも気付いたがそれを突くだけ野暮だと判断して村井の言葉に応じる。


「カノンさんが準備を終えてここに来たらすぐに始めるつもりです」

「……それは、カノンの方はウォーミングアップなしということですか?」


 それでは十全に準備しているアッシュが有利になるではないかと不満を抱く村井。そんな彼に対してルイドは微量に冷たさを含ませた笑みを浮かべて答えた。


「彼女は、そんなものなくとも十分に戦います。寧ろ、彼女の方が不要だと……」

「いや、要りますよ?」


 ルイドの言葉を玲瓏な声が遮った。ルイドが驚いて声の方を振り向くとそこにはカノンが道着を着て村井の隣に立っている。


「師匠、ちょっと柔軟手伝ってください」

「ん、いいけど……今更要るか? 俺が何もしなくても「時間がないので」……」


 言外に早くしろと言って村井に柔軟を手伝わせるカノン。カノンは村井が手で軽く押すだけで人間の可動域ギリギリまで簡単に動くので村井はこの柔軟の必要性に疑問を抱くがルイドはそれとは違う点に着目していた。


(この子は本当にムライさんだけ・・を信頼しているんですね……友人のチェリーナさんにも肌に触らせなかったと言うのに……)


 非常に危うい価値観だと思いながらルイドは村井師弟のストレッチを見る。それが終わるとカノンは彼女に遅れてついて来ていたチェリーナのお付きであるテルーに持たせていたハニーレモンを村井に渡す。


「じゃあ、頑張ります。約束守ってくださいね?」

「分かった分かった。無理はしないようにな」

「はい」


 笑顔で村井にそう応じた後、カノンは静かな闘気を漲らせてアッシュを見据えた。村井から見えない彼女の目はミリアよりも冷めている。だが、その口元は僅かに緩んでいた。そんなカノンの視線を受けてアッシュは好戦的な笑みを浮かべつつ軽口を叩く。


「怖い怖い。私にも【雷刃】に向けていたような笑顔を向けてくれないかな?」

「イヤです」

「つれないな……」


 それでもアッシュは笑みを浮かべたままだった。カノンはそれをあまり気にせずに開始線につく。アッシュも同じように開始線に立った。


「【天雷】」

「【風衣】」


 互いにエンチャントを自身にかけるカノンとアッシュ。それを見てミリアが興奮しながら村井の方にやって来た。


「見たか!? あのアッシュがいきなり帝国の奥義を使ったぞ!」

「……こっちも教えられる技の中では最高の技を使ってますね」

「凄い戦いになりそうじゃのぉ! 年甲斐もなく今からわくわくするわぃ」


(この人幾つなんだろ?)


 村井は一瞬どうでもいいことを考えた。だが試合が近付くにつれて増していく力の奔流を前にしてはそんな他愛のない思考など一瞬しか持たない。観客はそそくさと席に着いた。


「では、いきます……」


 全員が所定の位置に着いたことを確認したルイドが自身に精霊の保護をかけてから旗を前に出す。緊張の一瞬。


「始め!」


 旗が上がった。同時に、カノンとアッシュが前に出る。


(先手は貰……)


 先手を取りに行ったアッシュ。彼が先手を取る。そう思ったその時には既にカノンが先手を取っていた。先の先。疾風が会場を吹き抜ける前に迅雷が風を焼いた。


(やはり、思考速度では動くこともままならないか! 流石だ、カノン!)


 ノータイムで繰り出される激しい連撃にアッシュはカノンの技量を褒め称えながら防戦に回る。だが、当然彼も受けてばかりではいない。思考よりも早い反射の域で彼の剣が振るわれ始める。


「おぉ! 凄いの!」


 その光景を見ていたミリアが歓声を上げる。久しく見ていなかった高レベルな戦いだ。それが分かる分だけ彼女の力量も相当なものだった。だが、彼女は意地悪く村井に笑いかける。


「で、あやつは後どれくらいあの速度での戦いに居られるんじゃ?」


 その笑みは今がトップギアで後は落ちて行くだろうという予測を含んだ嘲笑の色を込めたもの。しかし、村井はカノンがこんなものではないことを知っている。それをミリアに伝えるべきか少し悩むがどうせ見て居れば分かることだとして口を割った。


「今のペースなら……」


 村井はカノンが原作知識がなければ倒しきれないと思って居た魔獣と持久戦に追い込まれた時の様相を思い出して少し笑みを浮かべながら答えた。


「半日は戦い続けられますよ」

「ふぇ?」


 気の抜けた返事が聞こえた。思わず揶揄いたくなる村井だが、ひときわ大きな風と雷のぶつかる音が聞こえて一行の目は再び試合に戻される。その時、村井は一瞬だけカノンと目があった気がした。


(いや、剣聖を相手取ってるんだ……気のせい、だよな?)


 流石のカノンでもこの速度での戦いで余所見をしている暇はないはず。村井は先程のカノンの視線はたまたまだと気にしないことにして……ミリアに袖を引かれる。


「のぉ、明らかに速度が上がっておるんじゃが……」

「ま、さっきまでのはあの二人にとっては挨拶みたいなものでしょうからね」

「あれでか!?」


 驚くミリア。後でネタにしようと思う村井だが、今はカノンの方が問題だ。村井には彼女が何やら苛立ちを交えながら剣を切り結んでいることが気になった。


「カノン……思い通りに行かなくて焦ってるのか? 相手に集中しないと……」


 心配する村井。丁度その時だった。雷を纏った木刀が根元から切り飛ばされ、同時に風を纏った木剣が根元から焼き切られた。


「止め!」


 ルイドが旗を挙げて宣言する。新たな木刀と木剣が準備され、勝負は仕切り直しとなるのだった。



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