第19話
「さて、と」
カノンを学校に送り出した後、二度寝したりだらだらしたりしていた村井は昼過ぎになってようやくカノンに言っていた本日の予定を消化しに外に出た。
(何か怠くなってきたな……)
ギルドに行くのが億劫になって来た村井だが、朝に立てた予定すら消化しなければ本物のダメ人間になりそうだったため、カノンに行った宣言の通りギルドに向かう。
帝都の町中は平日だというのに人が溢れていた。尤も、彼がかつて過ごしていた国の都市と比べれば見劣りするものだが。
「いらっしゃいませー」
ギルドに到着するとギルド嬢の挨拶に軽く会釈だけして村井は情報誌のコーナーに向かい、目を通す。そこにあったのはギルド誌などの情報誌だ。ここ冒険者ギルドにおいては冒険初心者に役立つ基本的な情報がまとめられたものや、雑然とした日々のニュースを集めた瓦版の様なもの。その他にも冒険者らしく各地の秘境や他の都市についての話題、魔物の情報や魔族との戦いの情報などが揃っていた。
(特に目ぼしい情報はないか……)
村井は幾つかの情報誌に目を通して軽い世間話に応じられる程度の最新ニュースを獲得した後、息をついて顔を上げた。そして何気なく掲示板を見やる。そこには村井がこの世界に来て冒険者として駆け出しの頃から貼ってあるほぼ達成不可能な依頼である六魔将の討伐依頼など上から緊急性の高い依頼、そしてギルドからのお知らせが貼ってあった。
村井はそのどれもが自分とは関係のないことだと流して飲食可能なスペースに移動し、紅茶を頼んで周囲の様子を観察する。
(昼過ぎだし、こんな時間から遊んでる知り合いはいないか……)
ちらほらと午前で終わる簡単な依頼を達成した者や日をまたいでの仕事を終えた者などがギルドには来ているが村井の知り合いはいない。彼の帝都でのギルドの知り合いで、生きている者はそれなりの立場にある者が多いため当然のことと言えば当然だった。こんな時間から遊んでいるような気質の奴は地方でのんびりしている。
(尤も、知り合いが居たら居たで何をしてるか聞かれても困るが……)
そんな同世代のことに思いを馳せる村井だが、今の自分の状態を考えると会いたいとも思えない。彼の現状は一言で表すのであればカノンに生活費の面倒を看て貰って帝都暮らしをしているひもだ。他人に誇れることもしていない。
外出が億劫だった原因もはっきりしたところで村井は紅茶を飲み干した。
「……図書館行って、適当に本でも探してから帰るか」
村井がそう結論付けて立ち上がろうとした丁度その時。ギルドの扉が開いて金髪の美男子が中に入って来た。まだ若いがその油断のない立ち振る舞いからして、ただ者ではない。村井は手元にあった情報誌を見るふりをして相手を観察する。
(……強いな。だが、相当消耗している。いったい何が……?)
ギルドに厄介ごとが舞い込んで来たか? あまり関わりたくないが……そう思いながら村井が成り行きを見守っているとギルドの奥からつい先日、村井も見た美女がやって来た。
「なんじゃなんじゃ。帝国の剣聖様がアポもなしにこんなところに何の用かの?」
現れたのは冒険者ギルドのギルドマスター、ミリアだった。彼女の一言でこの場にいた人々の視線が金髪の美男子に集められる。村井の視線も同様にミリアから彼に移された。
(剣聖、ね。原作漫画で言うところのカノンの前の剣聖か。俺が覚えてないだけかもしれないが原作だと出てないか、影が薄いからよく知らない相手だ。この世界で普通に過ごすとしたら立場も違い過ぎるし……ま、それはそれとして、剣聖様がギルドに何の用だ?)
色々と考えたが最終的にはギルドにいた他の面々が抱いた疑問を同じように持った村井。衆目を集めた金髪の美青年はそれを気にした様子もなくミリアに告げた。
「カノンをあそこまで育てた人物とコンタクトを取りたい」
思わず一瞬身体を強張らせてしまう村井。だが、すぐに情報誌に目を落として動揺を悟られないように体を制御する。
(何だ? 俺に何の用だ?)
顔を隠しながら様子を窺う村井。だが、彼の抵抗も虚しく、ミリアは村井の存在に気付いていたようで一瞬だけ彼の方に視線を向けてアッシュに尋ねた。
「【雷刃】の奴に何の用じゃ?」
「【雷刃】……それが彼の異名ですか」
ミリアの僅かな動作から村井がカノンを育てた人物、【雷刃】であることを見抜いたアッシュはミリアに礼も言わず、村井に許可も取らずに村井の対面に座った。
「【雷刃】さん。単刀直入に言います。カノンを私に預けてくれませんか?」
「……本人に聞いてくれ」
腹の探り合いは無駄そうだと判断した村井は煩わしそうに剣聖に本音で返した。実際、面倒臭かったのだ。しかし、アッシュは話を聞いていないようだった。
「勿論、タダとは言いません」
「アッシュ、妾もルイドも無視して【雷刃】に直接話か。ちと行儀が悪いんじゃないのかの?」
アッシュの唐突な言葉に話を立ち聞きしていたミリアが席に着きながらアッシュの話を遮った。アッシュはミリアに村井がしたように煩わしそうな顔を向ける。
「あなたに訊いたところで冒険者ギルドの得にならなさそうなことは断られるじゃないですか」
「勿論じゃな。何せ、お主の想い人は冒険者ギルドに所属しておるからの」
揶揄うように笑いながらそう告げるミリア。アッシュはあからさまに面倒臭そうな顔になるとミリアに言う。
「一応、聞き入れないと思いますが言っておきます。彼女は国選騎士になり、剣聖としての道を歩むべきです」
「うむ。ダメじゃな。カノンに目をつけたのはギルドが先じゃ。帝国学園に通わせたのもギルドで、学園での教育は単なる委託。お主はその委託先から更に講義を頼まれただけに過ぎん。分を超えるでない」
「……でしょうね。ギルドとしてあなたはそう言うと思ってたので、彼女の保護者に話をつけに来たんです」
ミリアとの話はここまでだと言わんばかりに体勢を入れ替えてフェードアウトしたがっている村井に向き直るアッシュ。逃げられないと分かると村井は面倒臭そうな顔になって言った。
「率直に言おう。カノンのことは本人に聞いてくれ。以上だ」
「あなたは師ですよね? 彼女の育成方針は……」
「確かに基礎は俺が教えたが最近は好きにさせてるんでね。それであそこまで強くなったんだ。今後も好きにさせるさ」
村井は半笑いで言い切った。それを聞いてミリアが渋い顔をする。
「……ギルドとしてははっきりと断ってもらいたいものじゃがの」
「本人に、とのことですが……それはつまり、私から彼女に対するアプローチは好きにしていいという解釈でいいですよね?」
「ま、そういうことだね。勿論、脅迫したり無理矢理迫ったりするのはダメだけど」
「ギルドとしては断ってもらいたいものじゃがの!」
自分のことを忘れるなと言わんばかりに再三言ってくるミリアだが、村井としては本来のこの世界のストーリーに近い流れ……カノンが剣聖になった方が喜ばしいので無視した。だが、それだけでは色々と角が立つので村井は続ける。
「勿論、ギルドと学校には違約金を払ってもらうことになるだろうけどね。当然だがそっちの面倒は一切見ないから。ぼったくられても知らない」
「……それなりの覚悟はしています」
「ふむ……」
損得計算に入るミリア。仮にカノンたっての希望となればギルドがそれを拒むことは出来ない。彼女にはそれだけの力がある。それならばカノンが移籍するに当たっての条件を今から付けておけば損をすることもないと判断したのだ。ミリアの様子を見てアッシュは少し笑みを浮かべた。
「一考の余地ありというところですか。ありがとうございます。もっと大変な交渉になると思っていました。あなたが理解ある人で助かった」
最近よく聞く言葉だ。そう思いながら村井は曖昧な笑みを浮かべるだけに留めておくのだった。
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