第15話
カノンが入学するための説得に自分が関係してくるとはどういうことか。村井は一先ず予想のつく範囲内でルイドに答えを出した。
「嫌われる覚悟を持って強引に進めるとかですか?」
「いえ、そうではありません。唯一の心の拠り所を失えば彼女が暴走する可能性も出て来ますのでそんな真似は出来ませんよ。寧ろ、逆です」
「逆、ですか」
「はい。言い方は悪いですが、カノンさんがムライさんのことを慕っているのを利用してムライさんを餌に学業に励んでもらう。そういうことです」
そう言われても村井には今一ピンと来ていなかった。正直なところ、先程カノンに面と向かってずっと一緒にいたいと言われるまで、あの可憐な少女にそれほどまでに好かれているとは思っていなかったのだ。餌になる自信などない。
「……餌になると言われても、どうするんですか。入学を条件にしてカノンが言う通りにずっと一緒に過ごせと?」
「それをムライさんが望まれていないのはあなたがここに来ている時点で分かっています。ですが、そうとでもしなければ彼女は学園に通わないでしょう」
「そう言われましてもね……あの子にはもっと相応しい場所というのがあります。俺なんかと一緒に居続けるのがいいはずがない」
村井の弱気な発言。それに我が意を得たりとばかりにルイドは頷いた。
「それです。カノンさんほど賢ければ学校に入って視野を広く持った時、そのことに自ずと気付くはずでしょう。そしてそれを望んでいるからムライさんもカノンさんを学校に入れたがっている。そうでしょう?」
ルイドの言葉に村井は何だか微妙な気分になった。自分でカノンと釣り合わないと言うのは別にいいのだが、他人から言われるとお前はダメだと言われている気分になったのだ。実際、この若さで社会に貢献することを止めて楽隠居をしているのでとやかく言える立場ではないのは自覚しているため何も言わないが。そんな村井に対してルイドは続けた。
「当学園に入っていただければムライさんが考える通り、カノンさんに広い視野を持ってもらい、世界に羽ばたく人材となることをお約束します。ですので、あなたには彼女が入る切っ掛けを作ってほしい」
「……具体的には何を?」
「何、簡単な口約束です。必ずカノンさんの帰って来る場所になる。それだけお約束していただければ彼女は……」
ルイドがそこまで言ったところでノックの音が室内に響いた。どうやら時間切れのようだ。ルイドは口早にまとめる。
「いいですか? 子どもが初めて学校に行く際に不安なのは、戻って来た時に親がいないかもしれないということです。その不安を払拭するようにお願いしますよ」
「……もう少し詳しく話をして貰いたいところなんですが」
「カノンさん程賢くて純粋であればあまり時間をかけると僕があなたを騙していると疑いをかける可能性が高い。不自然な真似は出来る限り省きたいのですが」
「いや、カノンは待ってくれと言えば待つくらいはしますよ? 何もそこまで……」
村井がそう言いかけたところで扉が開く。沈んだ表情のカノンとバツの悪そうな顔になっているシーク。外でも話し合いがあったようだ。
「……師匠、私……」
泣きそうになりながら村井の隣に座るカノン。村井はそんな彼女を慰めようとして抱き寄せようとし……その手を止め、肩に手を置いた。日頃はこの華奢な体のどこに魔獣と戦えるような力があるのか不思議なものだと思っていたが、微かに震える彼女を見ると今はその見た目相応の力しかないように見える。
ここで彼女を安心させるのは簡単だった。だが、安易に流されては誰のためにもならない。言葉を選んで慰める必要がある。
「カノン……「そんなにダメなんですか……?」」
村井が慰めの言葉をかけよう。そう思って慎重に口を開いたのを遮ってカノンは村井に尋ねた。彼女は震える声で続けて問いかける。
「私が師匠と一緒にいたいと願うのは、そんなにダメなことなんですか……?」
「ダメじゃない、けど」
「なら、お家に帰りましょう? 私、学校行かなくても頑張りますよ……? 師匠の言う通り、いい子にしますよ?」
「ふむ、何やら修羅場じゃの」
カノンの悲痛な訴え。その音の余韻を掻き消すかのように唐突に女性の声が室内に響いた。すぐに警戒態勢に入る村井だが、シークがそれを制して部屋の隅に声を掛ける。
「……ギルドマスター、いつからここに?」
声を掛けられた女性はいつの間にかとしか言いようがないほど自然に部屋の隅で笑っていた。妖艶な色気を振りまく魔女。村井も何度か話はしたことがある。彼女こそが冒険者ギルドのトップ。ギルドマスターのミリアだった。
彼女は悪戯がバレたかのような笑みを浮かべて四人がいるテーブルの方へドレスを翻して進んで来ながら告げる。
「んむ、お主らが部屋の外で言い争いをしているのを見てちょっと気になってな。さて、お主が件の期待の超新星とやらじゃな」
「……なんですか」
「お主、重い」
不機嫌なカノンにミリアは笑顔で端的に断じた。虚を衝かれて目を丸くする少女を前にしてミリアは目を細めて笑うと続けて言う。
「高々学校に行く、行かない程度の話じゃろ。何を今生の別れのように渋っておるんじゃ。さっさと行きますと言え」
「ッ! 何も知らない癖に!」
「おーおー、何も知らんのはお主の方じゃろうて。何も知らん子どもに外の世界を見せようというそこの
「ミリアさん、なるべく穏便に……」
ミリアを宥めようとするルイド。するとミリアの口撃の矛先が今度はルイドに変わった。
「主らも主らじゃ。小娘相手に何を遠慮してまごまごしとるんじゃ。びしっと言うことも時には必要じゃぞ。特に、長年帝都の教育の頂点で子どもの面倒を看続けとるお主がこの体たらくでは帝都の教育が舐められる」
「……子どもたちにも皆、それぞれの背景があります。それを尊重するのもまた教育者の務めです」
「面倒臭い。非、効率的じゃ。お主、自分の立場を考えて物を言うんじゃな。一々些事に関わっていられるほど暇じゃないじゃろ」
「些事ではありません。人の未来を決める大事な問題です」
ミリアはルイドの真剣な言葉を鼻で笑った。
「口だけは立派なことを宣うのぉ。ま、よいわ。妾も忙しいのじゃ。今は議論する時間も惜しい。こやつを学校に行かせればいいだけの話じゃろ? 何、簡単じゃ。今、学校に通うというのであれば【雷刃】と共に帝都で暮らせるようにギルドから様々な便宜を図らってやろう。じゃが断るというのであれば【雷刃】もお主も二人ともギルドから除名じゃ」
「な……」
ミリアの口から発せられたのは驚くほど強引な措置だった。驚いたカノンが続く言葉を探している間に彼女は愉悦を滲ませて告げる。
「別のギルドに行こうなどという甘い考えは持つでないぞ? ギルドたっての依頼を断って他に流れるような者を重用する温いギルドなど……それこそ、違法ギルドくらいなものじゃろう」
村井はミリアの発言にそうでもないことを知っていたがこのまま押せばカノンが折れそうなので黙って成り行きを見ていた。他二人も同様のようだ。カノンは悲しそうな顔になって村井を見上げる。
「師匠……」
「そんな顔しないでくれよ。お前なら大丈夫だって」
「うぅ……」
「さぁ、さっさと決めるのじゃ」
女王の様な高らかな宣言。対人交渉経験の薄いカノンは抵抗手段を持たずに白旗を上げた。
「わかり、ました……」
「うむ。それでよい。では話もまとまったことじゃしシークを連れて行ってもいいな?」
「……まぁ色々言いたいことはありますが、忙しそうですしいいですよ」
「うむ。後、この部屋の予約時間もそろそろ終わりじゃ。他が
強引に話をまとめたミリア。彼女が副ギルド長を連れてこの部屋を後にした。それを見送ってルイドが沈んだ様子のカノンに声を掛ける。
「そう肩を落とさないでください。当校でも様々な学び、そして気付きがあり楽しく過ごせるはずですから」
「……師匠、先生になる気はないですか?」
「さっきも言ったけど、ないな……」
「そうですか……でも、帝都にはいてくれるんですよね……?」
自宅の方が過ごしやすいんだが……そう思った村井だがルイドがこちらを見ていたので喉元まで出かけていた言葉を呑み込んで告げた。
「わかった。善処する」
「はい」
「その辺りのこともギルドと話し合わないとな。今日はここまでにしておこう。カノン、遅れたけど合格おめでとう。ルイドさんもありがとうございました」
「いえいえ……大丈夫ですか?」
ルイドの気遣いに村井は大丈夫だと返す。一先ず、今日のところはこれまでということになり、一行は解散するのだった。
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