第14話

 全種類の入学試験が終わりカノンは解放された。これ以上ない成績だ。カノンはルイドと共に冒険者ギルドに案内され、学園長から連絡が行っていたシークと村井が待つ部屋に移動する。


「師匠! ただいま戻りました!」

「おかえり。学校はどうだった?」

「もう行きたくないです!」


 入室するなり本当の笑顔を浮かべて村井の横を陣取るカノン。笑顔で毒を吐く彼女に村井と話していたシークは苦笑せざるを得なかった。


「あー……ルイドさん、この子はどうでした?」

「逸材ですね」


 少女の表情の変化を見て驚きながらルイドはシークの問いに答える。そしてルイドはそのまま村井に尋ねた。


「どうやったらこの子の様な逸材を育てられるんですか?」

「……本人の素質ですよ。俺は大したことしてません」

「そんなことないです。師匠のおかげですよ。師匠は凄いんです」


 村井の本心からの言葉をカノンもまた本心から否定する。ルイドはそれを聞いて笑った。


「ハハハ、弟子に慕われていますね。いい師のようだ……どうです? 我が学園に来て教鞭をとってみたり」


 ルイドの言葉にカノンがピクリと反応を見せる。そして彼女は何やら少し考える素振りを見せたがカノンが何か言う前に村井はその申し出を断った。


「もう、隠居しているので」

「勿体ない。カノンさんもそうですが、あなたもまた素晴らしい剣の才能がおありと伺っておりますのに」

「そんなことはないですよ。ただのしがない剣士です」

「よく言うな」


 シークが笑い、ルイドも微笑する。釣られるようにして村井も苦笑した。和やかな談笑。そこにお茶と茶菓子が配膳される。一同が口を湿らせたところで前置きは終わらせて本題に入るようだった。


「それで、カノンの入学試験は合格ですか?」

「勿論です。体験と言わず、是非とも入学していただきたい。この才能、地に埋もれさせるには勿体なさすぎる」


 ギルドや学園長にここまで言わせるとはカノンはやはり凄い。自分なんかと一緒にいるよりも学校に行った方がよほどためになるだろう。村井はそう思いながらカノンの方を見て言った。


「だってさ、カノン。学校に」

「もう嫌です」

「そう言わずに。先週は少し行ってみるって言ったじゃないか。今日はテストだけだからまだ通ってないのと同じだぞ?」

「……そんなに師匠は私から離れたいんですか? 私は嫌です」


 機嫌を悪くするカノン。周囲の大人二人は黙って事の成り行きを見守っている。


「カノン、いつかは一人立ちする時が来るって言ってただろう? いつまでも俺と一緒というわけにはいかないんだ」

「……そうですね」


 理解を示してくれた。この辺りが攻めどころか? 村井はそう考えたが、カノンは真剣な顔で村井に向き合って彼が何か言うよりも先に言った。


「この前は変な感じで言ってたので本気にして貰えてないかもしれませんが……この際なのではっきり言わせてもらいます。私は師匠から離れるつもりはありません」

「え?」

「言いましたからね」


 顔を赤く染めてカノンは村井から顔を背ける。村井の方は混乱していた。


「カノン、お前……」


 言いたい言葉が上手くまとまらない。焦りを覚えて軽く腰を浮かせた村井と、何か期待する表情をしているカノン。そんな二人の間にルイドが割って入った。


「まぁまぁ、落ち着いてください。お二人とも冷静になって」

「はぁ」

「私は落ち着いています」


 気の抜けた返事をする村井とまだほんのりと赤いが澄ました顔で落ち着いていると主張するカノン。その双方にルイドは落ち着いた声音で話しかける。


「こういう時は双方、言い分をまとめてから話し合った方がいいですよ。お二人は一緒に暮らしていたのに互いを慮って言えなかったことが多くありそうですから。一気に話すと弾みで変なことまで言いかねない。まずは落ち着いて、言いたいことをまとめてから話し合いましょう」

「……そうですね」


 色々と考える村井。カノンは心配そうに村井のことを見つめる。村井の方はその視線に気付く余裕すらないようだった。そんな村井を見かねてか、シークが声を上げた。


「まぁ黙っていても考えがまとまらんだろう。カノンちゃん、ちょっと俺と一緒に席を外そう」

「……師匠、私は席を外した方がいいですか?」


 シークの言葉を受けてカノンは村井にどうすべきか尋ねる。カノンの言葉を受けてようやく村井はカノンの方を見た。


(不安そうな顔してるな……)


 これまで見たことがない位に不安気な顔。村井は彼女を安心させるべく少しだけ笑みを形作るとカノンの柔らかな黒髪を撫でた。


「ごめんな。ちょっとだけ席を外してくれるか? その間に、色々と考えるから」

「……はい」


 寂しそうな顔をして名残惜しそうにカノンはシークと共にこの場を去った。村井がルイドと二人になったところでルイドが口を開く。


「……予想外、そんな顔をされてますね」

「予想外でしたからね……」

「そうですか」


 沈黙が降りる。ルイドは緑茶を飲んだ後に村井に尋ねた。


「ムライさん、カノンさんはあの年齢にしてはあなたと離れるのを異常に嫌がっていました。何か心当たりは?」

「……魔族に襲われて何もかも失った貴族の末路を考えていただけると。その他に私が把握していることはデリケートな話なので本人の許可なしには話せません」

「なるほど。中々に重たそうだ……」


 家族が魔族に殺された。それだけでも心の闇が深くなりそうなものだが、村井の口振りからして更に問題を抱えていたのだろう。それらの問題を乗り越えて元気に振舞っているカノンにルイドは感心した。同時に、村井が新しい支えになっていることも容易に想像できた。


「……今、カノンさんの心の拠り所となっているのはあなたです。それは先程の彼女の様子からお判りいただけたかと」

「そう、ですね。ただ、彼女には独り立ちしてもらわないと……」

「……その態度が彼女を不安にさせてるのかもしれませんね」


 村井のカノンには独り立ちしてもらうという繰り返しの言葉が印象に残ったルイドは告げる。


「ムライさん。カノンさんに学校に通ってもらうというのは私も賛成です。ですが、その後はどうするおつもりですか?」

「その後……ですか? そうですね。その後を決めるために学校に行ってもらうというのが俺の考えです。カノンの人生を決めるのは俺ではなく、彼女なんですから俺がどうこう言って決めるものじゃないですよ」

「成程……」


 何とも言い辛い答えだった。大切にされているとも取れるが、何の期待もされていないとも取れる。そんな感覚で子ども一人を引き取って生活するとは彼の方にも何かあるのではないか。ルイドは村井を通してカノンを見ることにした。


「期待し過ぎるのも問題ですが、全くしないというのもまた、問題です……ムライさん。あなたはどうして彼女を引き取ったんですか?」

「……色んな兼ね合いですよ」

「それは……つまり、カノンさん自身に何か思うところがあったという訳ではなく周囲の状況によって引き取ったということでいいんですか?」

「いや、カノンだから引き取ったということもありますね。あまり詳しいことは言えませんが」


 ルイドには村井の言っていることがよく分からなかった。村井もルイドに詳しい話をするつもりはないので当然のことだった。ルイドは村井があまり立ち入った話には入らせないのを受けて表面的な対処しか出来ないことを理解する。


「分かりました。詳しい話は出来ないということで、先程の話を聞いて感じた一般的な話をさせていただきます」

「はい」

「……カノンさんぐらいの年頃の娘ですと、不安定になりがちです。そこに、頼れる異性としてあなたがいた」


 ルイドが言いたいことなど分かっている村井は先んじてルイドの結論を出した。


「……分かってますよ。彼女がさっき言っていた俺から離れるつもりはないという宣言は経験不足からくる若気の至り、一時の気の迷いだということは」


 存外、冷静だ。そして師としてあるべき姿を十分に理解し、体現している様子。正直に言って、あれほどの美貌の持ち主に添い遂げられる旨の発言を受けては身を崩す者も多いだろう。だが、村井は彼女のことを考えているように見える。ルイドは村井のことを再評価した。


「その通りです。まだ、外の世界を知らない美しい籠の鳥をその手の中に収めたままで居たい気持ちもわかりますが、それは大空を羽ばたく鳥の可能性を摘んでしまう行為です」

「知っています。だからこそ、外の世界を知るために学校に通わせようとしているんじゃないですか」


 僅かな苛立ちを混ぜて村井がそう告げるとルイドは慇懃に頭を下げた。


「ありがとうございます。あなたが話の分かる方でよかった」

「俺の中ではカノンは学校に行かせるで話は済んでるんですよ。問題はあの子が嫌がってることです。昨日まではまだ行く素振りを見せていましたが、今日はさっきの有様ですよ。学校で何かありましたか?」


 意趣返しのように村井はルイドに言った。ルイドはその言葉に苦い顔になる。


「……心苦しいですが、カノンさんにはしてやられましてね」


 試験の突破のされ方や問題の出し方で学校に通う必要性を見出せないと判断された可能性がある。ルイドは正直に答えた。村井は溜息をつく。


「はぁ……カノンに学んでほしいのはそう言うところじゃないんですが、結果からすればあの子はもう卒業レベルの力を身に着けているということですか」

「申し訳ありません。こちらの不手際です。ギルドの情報を精査して然るべき対策を立てていれば……」

「困ったな……ただ、過去を嘆いていてもどうしようもないですか。先生、カノンを学校に行かせる方法に心当たりはありますか?」

「あります」


 ルイドは断言した。そして真剣な顔をして村井に告げた。


「ただ、それはあなた次第です。ムライさん」

「俺次第?」


 ルイドの言葉を受けて村井は怪訝な顔になるのだった。



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