第13話
グラウンドに結界を張った後、カノンの戦闘実演が始まる。教員8人掛かりで構築された結界はそう簡単に崩すことは出来ないだろう。戦闘の準備が整ったところでカノンは学園長であるルイドに告げる。
「……本来でしたら不意打ちで一気に決めさせてもらうところですが、今回は演習ということで事前に私の動きを見せておきます」
「そんな気遣いは要りませんよ。ただし、こちらも全力で行かせてもらいます」
「……では、これは私が勝手にやることです。対策を立ててください」
目標は彼らを完全に上回る事。言い訳されないようにカノンは静かにその技の名を告げた。
「【
瞬間。彼女の身体を紫電が纏う。その圧倒的な力の奔流に結界を張っている教員たちからどよめきの声が上がった。ルイドもまた、驚きに目を見開いている。
「では、始めましょう」
「なっ……」
そんな注目を集めていたというのに彼らの目の前から試合開始線に移動した彼女の動きは誰にも追えなかった。誰もが気付けば彼女が試合開始線の前に立っていたとしか言えない高速移動。それはルイドも例外ではなかった。
「アル、本気で頼みます。ここにいる相手は恐らく……剣聖クラスの相手です」
静かに契約している精霊に魔力を託すルイド。最早、自身だけではカノンを追うことすら出来ないと判断してのことだ。
「霊装……精霊使いですか」
「知っているんですね」
「はい。師匠に教えてもらっています」
「……優秀な師だ」
知られていては相手の油断を誘うことも出来ない。苦い笑みを浮かべるルイドだったがカノンの威圧感が一瞬だけ消えた。師匠を褒められたカノンがちょっと気を緩めたのだ。
「始めさせてもらいます」
この機を逃さないとばかりにテスト開始を告げるルイド。教育者にあるまじき姑息な手を使わなければ勝負にすらならないと判断してのことだった。
しかし、そこにカノンの油断はなかった。
「ッ!」
先手を貰って一気呵成に攻め立てるつもりだったルイドの眼前には気付けばカノンの剣の切っ先が迫っていた。精霊の操る風によって辛うじて目前で止められていた刃だが、それに纏わりついている紫電がルイドを焼く。
「ぐッ……」
ルイドを傷つけられたことで精霊が怒りを覚えた。不可視の刃を混ぜた突風がカノンを襲う。だが、カノンの雷装を貫通することはない。ここに来てルイドの精霊も相手の実力を認めた。ルイドから夥しい魔力が吸い取られる。
「アル様の顕現……」
「学園長先生、本気ですね」
「ちょっと大人げないんじゃ……」
「あれを見てそう思うんですか?」
姿を現した風の精霊を前に外野が騒ぐ。カノンはそこから少し情報を得ようとするがほとんど役に立たないものだったので無視して意識を戦闘に切り替えた。
(並の戦士では立っていることさえ難しい状態でこうも自由自在に動くか……!)
本気になった精霊に身体を貸しているだけの存在となったルイドは焦りを覚えながらカノンの実力を見ていた。これはあくまでテストだ。カノンの実力を見て採点する必要がある。
(尤も、この時点で不合格はありえませんが……まさに、逸材)
本気を出した精霊と戦える存在がこの世界にどれだけいると思うのか。カノンが学校に乗り気でない理由もわからなくもなかった。天狗ではなく、学校では彼女と戦える者がいないと考えるのもわかる強さだ。しかし、考えるのは後だ。今は目前の戦闘に集中しなければならない。
「アル、僕も全力を出す。行くぞ」
霊装に弓が追加される。ルイドは近距離も得意だが、遠距離もまた得意だった。近距離戦で不利な場合、距離を取り風で相手の機動力を削いで狩る。それがルイドの戦法だった。
しかし―――
(完全に機動力で負けてるな……!)
カノンはルイドに距離を取らせてくれなかった。ルイドの動きにぴったりと追随して剣撃を仕掛けてくる。しかも、ルイドでは追い切れないため細かい傷が全身に増えていた。
(くっ、逃げる相手の仕留め方も上手いですね……)
特に、足の傷が増えてきたことでルイドは機動力を削がれていた。風の精霊の力で動いているのでなければとうに捕まっているだろう。そしてこのまま戦闘が進んでもルイドのじり貧だ。
(もう、実力の程は見せてもらいました。この辺で……)
ルイドがテストを終了しようとするその瞬間。その気の緩みを察知したのかカノンが玲瓏たる声を響かせた。
「雷刃断迅剣」
マズい。ルイドの危機察知能力が彼の頭に信号を送った―――その時にはすでに決着はついていた。
「……参った。降参です」
「はい」
ルイドの前に回り込んだカノンによって霊装が割られ、彼女の剣がルイドの額に触れる寸前のところで止められていた。その剣は紫電ももう纏っていないがそれはカノンの意思によるものだろう。剣以外には紫電が火花を散らしている。周囲からすれば霊装によってカノンの剣が止められたと受け止められるであろう状態。だが霊装が割られたということは誰よりも当人がよく知っていた。
「カノンさん、もう戦闘態勢は解いて大丈夫ですよ」
「……わかりました」
油断なく戦闘態勢を終えるカノン。周囲の教員たちは絶句していた。まさかカノンがこの短い間でルイドの全力を引き出した上で勝利を収めるとはつゆほども思っていなかったのだ。そんな中、カノンを褒め称えるルイド。カノンはその言葉を受け入れつつも一番褒めて欲しい人の声がないことに寂寥感を覚えた。
「……では、小休憩の後に学力調査です。そちらの準備は」
「特にないです。進めてください」
あれだけのことをしておきながら何ともクールな少女だ。ルイドは何とも言えない笑みを浮かべて休憩に入った。その代わりにベテランの女性教員がカノンのことを気遣う。
「カノンちゃん、凄かったわね~。お水飲む?」
「いえ、大丈夫です」
「あら、遠慮しなくていいのよ?」
「……では、少しだけ」
一応、毒ではないか感知するカノン。本当に一口分だけ飲んで彼女はホテルの方角を見て虚空を眺める猫のような状態になる。村井は今頃何をしているだろうか。
「……帰りたいなぁ」
思わずこぼれ出た言葉。ベテラン教員はそれを聞かなかったことにしてカノンとの会話に興じる。カノンはそれに卒なく応えた。それによりカノンの寂しさを紛らわせることに成功したと思うベテラン教員だが、カノンは周囲の大人の期待に応えるために話を合わせただけだ。何も楽しくなかった。
「そろそろ準備は良いかな?」
「はい」
戻って来たルイドに案内されて学力試験の会場まで移動するカノン。そこでも彼女は迅速に問題を解き終わり、数度の見直しの末に提出して全科目満点を叩き出して教員を驚かせる。
「……学力調査もこれほどまでの出来ですか」
テスト時間を大幅に余らせたことによって各教科担当が忙しなく採点を行う中。カノンの答案が全て揃ったところでルイドは驚嘆の声を漏らしていた。その答案を見たベテラン女性教員も困った顔でカノンの解答を見比べる。
「はい……どうします? まだ時間はありますが」
「この際です。少し探りを入れてみますか……疑う訳じゃないですが、彼女の実力があればテストを事前に入手することも可能です。予定にない上級生のテストを解いてもらいましょう」
「畏まりました」
そして行われた二度目の試験。カノンは難易度が上がっていることに気付いたが、帝都で手続きを行っていた一週間でこの学校に少しでも興味を持たせようとシークが持ってきた教材の内容をあらかた覚えていたので大した問題はなかった。
「……ふぅ」
「終わりましたか?」
「はい。見直しをするので少しだけお待ちください」
歴史に政治。算術に小論文。読解や書き取りに魔学など様々な問題を解き終えて息をつくカノン。
結局、このテストでは全教科で満点こそ取ることは出来なかったが、在校生の中でもトップクラスの点数を記録し教員たちを唖然とさせるのだった。
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