第12話

 カノンが学校入りを渋々承諾して一週間後。シークの手引きの下で冒険者ギルド全面協力で進められた学校お試し期間はすぐにやって来た。


「行ってきます……」

「カノン、急いで。初日から遅刻するぞ」

「まだ大丈夫です。遅刻はしないようにします。はぁ……」


 様々な手続きの兼ね合いなどから帝都に留まっていた村井に見送られてカノンは心から嫌そうに学校に向かう。その姿は学校に通うためだけに作られた華美でありながら動きやすいドレスだった。

 村井が買ってくれたドレスは大事にしたいが、学校に通うために作られたという点が不満なカノン。そんな彼女が向かう学園だが、今日は学園側がカノンの体験入学の条件に課した試験を受けることになっている。一応カノンも周囲の期待は理解しているので手を抜くつもりはないが、気は重い。


(……魔力試験、学術試験、戦闘実演でしたよね。師匠の顔に泥は塗れないのである程度頑張りはしますが……)


「【二足纏雷】」


 試験前から余計な魔力を使ってカノンは学校に向かう。ただ、この程度の消費はカノンにとって些細なものだ。程なくして学校に着くとカノンは術を解く。周囲が唖然とした目で彼女を見る中でカノンはローテンションで入り口に立っていた教員に尋ねた。


「……すみません、試験会場はどこですか?」


 色々と注意しなければならない。その思いで学園に突撃して来た女生徒に近づいて来た男性教員はカノンの姿を見てその美貌の前に言葉を失った。挙動不審になる教員。カノンは彼が試験会場のことを知らないと判断して別の質問に切り替えた。


「? あの、ご存知なければ職員室でもいいんですが……」

「あ! 私、知ってましてよ!」


 全く関係のない女生徒から声を掛けられるカノン。だがカノンからすれば案内人は誰でもよかったのでその女子生徒に頭を下げる。


「すみませんが、案内してもらってもよろしいですか?」

「勿論ですわ!」


 カノンに対して自信満々にそう告げる女生徒だが、彼女と一緒に歩いていた別の女生徒に窘められる。


「勿論ですじゃないですよ、リーナ様。遅刻しますよ~」

「ここでの出会いを逃したら後に後悔することになりましてよ。麗しきレディ、お名前を頂戴しても?」

「……カノンです」

「失礼ですが家名は……」


 カノンは少し悩む。相手は家名を重んじるタイプのようだ。カノンとしては村井の名字を使いたいところだが、村井の許可を得たことがない。仕方がないので元の名を告げることにした。


「マーガです」

「マーガ、ですか……どちらのマーガさんですか?」

「メルノフ家です」

「メルノフ・マーガ……もしや、伯爵の? これは大変失礼致しましたわ」


 優雅に頭を下げる女子生徒。カノンは自分の家は辺境にあったというのにこの子はよく知っているなと思った。だが、そろそろ案内してもらわないと遅刻になると時計を見る。ホテルを出る時に渋った所為で時間がなかった。


「あの、試験が始まるので案内してもらってもいいですか?」

「あら、重ねて大変失礼しました。すぐに案内させていただきますわ。ベル、私にお力添えを」


 一陣の風が舞う。同時に、女子生徒の身体が宙に浮いた。


「さ、参りましょう。テルー、あなたは私が遅れる旨を皆にお伝え願いますわ」

「わ、わかりましたぁ」


 宙に浮いた女子生徒と一緒に登校していた少女は駆け足で昇降口の方へと駆けて行った。そして二人は別の棟を目指して移動を始める。勿論、女生徒が魔術を行使したことで高速移動となっていた。しかし、カノンは身体に魔力を通しただけで術は使っていない。それを見て女生徒が驚きの声を上げる。


「カノンさん、あなた魔術をお使いにならないで私の高速移動に?」

「この後試験があるので、あまり消耗しないように言われてまして……」

「まぁ、何と……」

「あ、この建物ですね? ありがとうございました」


 カノンの実力に驚く少女だがカノンは特に気にした様子もなく向かっている方向からリーナと呼ばれた少女が案内しようとしている場所を割り出して頭を下げる。

 リーナはカノンのことが気になったが、あまり始業に遅れてもいけないのでここで別れることにした。


「ではごきげんよう、カノンさん。またお会いしましょう」

「ありがとうございました」


 貴族の礼を取って去って行くリーナを見送ってカノンは一人、職員室に向かう。ギルドの手筈では学園長に目通りすることになっていたはずだ。


「失礼します。ルイド先生はいらっしゃいますか?」


 ややあって入口付近の若い教員が奥を見て在席を確認した後、カノンに職員室への入室を許可した。カノンは一度だけギルドの面談で会った彼の顔を思い出しつつ部屋の奥へと進む。帝都でもそう多くはないエルフの一人だ。理知的な美男子である彼の下に進むと不愛想な態度でカノンを迎え入れてくれる。


「……よく来てくれたね。早速で悪いが、テストを受けてもらうよ」

「はい」

「早速移動しようと思うが……準備は良いかな?」

「はい」


 道すがら学園の歴史や実績、学園が果たしてきた役割をカノンに語りながら移動するルイド。先程会ったお転婆な女子生徒とは異なり普通に移動することしばし、二人はただ一人のために設営された試験会場に到着する。


「あ、学園長先生。カノンちゃんを連れてきてくださったんですね?」


 カノンのことを待っていたベテランの女教員がルイドを見て状況を把握する。ルイドはそれに軽く応じて彼女の隣に立った。


「あぁ。試験に立ち会おう」

「まぁお忙しいところありがとうございます。それじゃカノンちゃん、まずは魔力の測定から行くわよ?」

「はい」


 カノンに指先サイズの水晶玉が渡される。それに魔力を込めれば大きさや形状が変わるというものだ。魔力が多い程、水晶玉は大きくなり魔力を操る技術が高い程形状が複雑になる。試しにルイドがお手本を見せてみた。


「はぁッ!」


 指先サイズだった水晶玉は膨れ上がり、ルイドと同じくらいの背丈の人形のような形になる。カノンは彼がギルドで噂に聞いていた帝国の宮廷魔術師以上の実力者だということをすぐに理解した。


「さぁ、君もやってみるといい」

「はい……」


 元気のないカノンにルイドはギルドから捻じ込まれた特別待遇に少し苛立ちを覚えていたとはいえ、少しやり過ぎたかと反省する。だが、次の瞬間その甘い考えは覆された。


「な……」

「……はぁ」


 そこに現れたのは、家。しかも村井とカノンが住んでいた家を約半分の大きさで再現したものだ。カノンはその家を見るなり早く村井と一緒に家に帰りたくて溜息が出てしまう。だがしかし見ている側からすればそれどころではない。


「こ、これは凄い……」

「あ、家の中はあまり見ないでほしいんですが」


 見当違いな心配をするカノン。それを聞いて家の扉を開けて中をあらためていた学園長が扉を閉める。その顔は驚嘆の色に染まっており、それを見て女性教員が呟いた。


「長い教員生活ですが、これほどまでの子は初めて見ますね……学園で教える事があるんでしょうか……」

「弱気にならないでください、エイア先生」


 学園長がカノンの魔力に気圧された教員に発破をかける。それを聞いたカノンにふと考えが過る。


(……優秀な生徒であればすぐに卒業できると聞いていましたが、本当のことみたいですね? この分でしたら私から嫌と言わなくても……)


「ま、魔力の確認は終わります。素晴らしいですね。次は実戦演習です。お相手は」

「僕がやりましょう。遠慮せずにかかってきてください」


 カノンがもしかすれば。そう考えている間に学園長による励ましの時間は終わったようで、女性教員がカノンに声を掛けて来た。次は実戦のようだ。相手が学園長ということで、それを聞いたカノンは内心で薄く笑みを浮かべる。彼を倒せば学園生活も短くなる。もしかすれば教えることはないと言って通わなくてもいいかもしれない―――そんなことを考えると沈んでいた気持ちが僅かに高揚するのが分かった。


「よろしくお願いいたします」

「……あぁ」


 その目に肉食獣の気配を感じた学園長は全力を以てカノンの相手をする覚悟を決めるのだった。

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