第8話
広葉植物が多く並んでいる山の中。長い黒髪をたなびかせて一人の美少女が魔獣に突貫しようとしていた。
「【迅雷】! やぁっ!」
カノンが魔力で生み出した雷を纏う刃が身の丈2メートルはあろうかという魔獣の首をいとも容易く切り落とす。直後、彼女がいた場所に飛来物が飛び込んできた。
「やっ!」
その飛来物を難なく避けるカノン。彼女が飛来物が飛んできた方向を見やるとそこには気配を殺した彼女の師匠の姿があった。彼、村井はカノンの視線を受けて拍手しながら告げる。
「よくやった。偉いぞ。最後まで隙が無かった」
「えへへ……」
褒められて嬉しそうにするカノン。彼女はそのまま村井に言われていた通りに油断することなく自身が先程仕留めた熊型の大型魔獣の解体を始める。ベテラン冒険者の村井から見ても素晴らしい手際の良さだった。これでギルドの依頼を受けるようになって半年しか経っていないというのだから驚嘆に値する。
(これで今日の日銭は稼げたな……それにしてもカノンの成長速度が凄い)
美しく育ったカノンを眺めながら村井は内心でそう呟く。美しく艶やかな黒髪にアメジストのような大きな瞳。すっきりとした鼻立ちに桜の花の様な唇。そして雪のような白い肌、しっとりとした女性らしい体つきにすらりとした四肢。村井たちが暮らしている地方都市でも有名な美少女に育ち、その辺りを統治している貴族の息子から求婚される程にカノンは見目麗しく育った。
そしてそれ以上に剣の実力も育っていた。地方都市を治める貴族に対してもその名を押し通し、愛弟子を守り通すことが出来る程の力量を持ち合わせる村井をして自身ももう直に抜かされるだろうと思わせる腕前だ。
(解体も問題なし。もう一端の冒険者だな……)
カノンの作業を見届けて村井は頷く。討伐証明部位となる頭の他、生薬となる熊の胆、武器の材料となる魔獣の爪がついた熊の手や衣類となる毛皮、そして食用の肉が村井の収納魔術に入るくらいの大きさに解体されたところで村井は動き出してカノンに告げる。
「これだけ強ければ海に入ってもいいだろ」
「大丈夫です。頑張ります!」
村井の言葉にすぐに反応するカノン。彼女は意気込んで見せるが村井の方は曖昧な笑みでそれを制した。
「ま、そんなに危ないことをするつもりはないし、カノンは浅瀬で遊んでいるだけでいいから」
「むー……もっと頼っていいんですよ? せっかくの海なんですから!」
村井は力の抜けることを言ってやる気を漲らせるカノンを不満そうにさせる。そんな幕間もありながら二人は依頼を受けた町を目指して歩いていく。その間、村井は大体の時間をカノンを落ち着かせるために使った。
そろそろ町が見える頃になってカノンの意識は夕食に向かったようだ。カノンの話題に村井も乗って話は今日狩った熊型の魔獣の話になる。夕食は魔獣肉になるのはほぼ確定だった。
「今日獲れた熊は美味しそうですよね。鍋にしましょう」
「そうだな。カノンの手際が良かったから美味しく頂けそうだ」
「えへへ……」
村井に褒められ、カノンは夕日に照らされながら締まりのない笑みを浮かべる。その足は軽やかで疲れを感じさせなかった。
程なくして町に入った二人はギルドに向かう。熊型の大型魔獣の討伐依頼を達成したことの報告を行うためだ。町中や町のすぐ近くで日銭を稼いで戻って来た低級冒険者の群れが注ぐ不躾な視線からカノンを庇いながら村井はギルドに入る。冒険者たちの視線に釣られてギルド員の目も入り口に向いたようで、村井はカウンターを超えた向こう側から声を掛けられた。
「お、【雷刃】じゃないか。もう依頼が終わったのか?」
「あぁ。頭も持ってきた。結構デカかったぞ」
「そうか。じゃあさっさとブツ持って裏口に行ってくれ。裏で支部長から話があるらしい」
「……わかった」
支部長への挨拶は面倒臭いと思いながら村井はカノンを連れて裏口に移動する。そこで大型の熊魔獣の頭を見せてギルド員に驚かれ、カノンが狩ったことを告げることで更に驚かれてから二人はギルドの応接間に移動することにする。
ギルド嬢に案内され、二人は一般の受付がある一階から二階に上がる。そして村井たちはこの建物内で最も上等な設えをしてある扉の前に案内された。案内されるまま室内へと入るとそこには白髪交じりの壮年の男の姿がある。彼こそがこの町のギルドマスターだ。
「ムライさん、よく来てくれた。さ、どうぞ掛けてくれ」
椅子に掛けるように言われてソファに座る村井。その隣にカノンも座る。そして村井が口を開いた。
「お久し振りですね、ビーさん。お変わりなく。今日はどうしました?」
「ちょっと気になることがあってね……ところでそちらは?」
村井の問いかけに曖昧な答えを返しながら村井の傍に控えるカノンを見てビーは村井に逆に問いかけた。村井はそう言えば初対面だったなと思いつつカノンの紹介をする。
「カノン・メノルフ・マーガ、魔族との国境付近に居を構えていた辺境伯マーガ家の娘さんですよ。ま、色々あって弟子にしてます」
「カノンと申します。師匠共々よろしくお願いいたします」
「ほう。マーガ家の……俺はてっきりムライさんもいい加減所帯を持ったのかと」
「ハハ、ご冗談を」
村井は軽く笑ってビーの言葉を流した。ビーの方も軽い世間話のつもりでの一言だったようで、深く追及はしない。ただ、特に表情を変えていないはずのカノンの微笑みが何となく怖くなったのでビーはすぐに話を本題に移した。
「それで話と言うのがですね……最近、この辺りで魔獣や魔族の動きが活発化しているとの話が数多く上がってるんですよ。しかも、流れの冒険者の話を聞く限り、ここだけの話じゃない。ムライさん、何か心当たりがないでしょうか」
「……それは、数年前に私が発表した内容の話を知っていての言葉ですか?」
村井は敢えて質問を質問で返した。カノンを拾う前に村井は魔王復活が近いという発表をしている。その期限はもう残り二年を切っていた。それを理解してのことか、村井の言葉にビーは深く瞑目する。
「やはり、そういうことでしょうか」
「私が読んできた文献が本物であるという前提で私の予測が正しければ、という話ですけどね」
こともなさげにそう告げる村井に対し、ビーは頭を抱えて溜息をついた。
「魔王の復活、平和な時代は終わりを告げ、戦争が始まる……」
「そうですね。出来る限りの備えをしておいた方が良いかと」
「……落ち着いてますね。流石に修羅場を潜り抜けた上級冒険者は違うということですか?」
嫌味がましいビーの言葉に村井は苦笑して首を横に振った。
「ま、慌てたところでどうしようもないですからね……それに、魔王が復活するとなればそれと同時に人類にも勇者が現れるはずですから」
「……勇者、か。そう都合よく現れてくれるものですかね?」
「文献が正しければ」
暗に魔王復活と同じことだと言っておく村井。実際はもう少し詳しく説明出来るが、王国の国家機密に準ずる話であるため、濁した返答しか出来ない。と言うのも漫画の設定上、勇者は王都にいる宮廷魔術師たちが異世界……村井からすれば故郷の世界から呼び寄せるものだからだ。しかし、一般人には伏せられている話であり村井もそこまでは明らかにしていない態で研究と発表を行っている。
そんな裏はあるが、確信を持ったかのように告げる村井の態度に幾ばくかビーも心穏やかになったようで、その後しばらく話をした後にカノンと村井を解放する。
解放された村井とカノンはすぐに彼らのこの町での拠点となる素泊まりのホテルに戻って魔術を用いた熊肉の料理を開始。村井は愚痴を言いながらカノンが熊鍋を作り終えるのを待った。
「……師匠」
「うん?」
そんな中、ふとカノンが村井に問いかける。
「魔王、復活するんですか?」
「そうだな……ほぼ、間違いなく」
カノンの問いに頷く村井。カノンは不安そうに村井を見上げて言った。
「師匠は、戦いに出ないですよね……?」
「まぁな。幻滅するか?」
「いえ。出ないならいいんです」
安心して熊鍋の方に視線を戻すカノン。ただ、村井は穏やかな生活をしている彼女の方が自分と違って戦いに身を投じることになるのだろうと思い、やるせない気分になるのだった。
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