第1話
カノン・メルノフ・マーガ。雷神剣の使い手であり、六魔将の黒死王との因縁から原作主人公に力を貸してくれる帝国最強の剣士、【剣聖】である黒髪の美少女。
本来は辺境伯の娘だが、父が黒死王との戦いに敗れて一家離散。帝都にいる遠縁の親戚を頼って帝都に流れてからは家族と友人、そして領民の仇を討つため剣に傾注していく壮麗な美少女様だ。因みに、原作ではまだサポートキャラ扱いだがゲーム版では既にメインヒロインの一人となっている。
(……何か今にも死にそうなんだが)
村井は脳裏に浮かんだ情報を思い出して目の前の光景との落差に頭を抱えた。
(困ったな……この子の力がないと黒死王戦、キツいぞ? 負けたり呪いを受けたりして主人公たちに死なれでもしたらこの世界は終わりだ……別人だったりしてほしいんだが……)
そう思いつつもその可能性はないと村井の持つ雷刃が言っている。村井の今の愛刀であるこの刀は原作のゲームでは作中最強の攻撃力を誇る雷神剣の前身となる刀だ。ある場所に眠っているのを主人公たちが発掘し、本来の持ち主である剣聖カノンが仲間に加入してイベントをこなすことで雷神剣となる。
今、その刀が村井の目の前で進化しかけた。それが目前の苦しみながら眠っている少女が剣聖であることと彼女が死に瀕している状態で全力を出して戦っているという状況であることを物語っている。
(……どうするかな。誰彼構わずに助けるってのは性に合わないんだが……世界の平和のためだし、助けておくかな……)
少女を見つめたまま考える村井。すると、少女が目を開いた。彼女は紫色をした焦点の定まらない、虚ろな目を村井に向けると苦しそうに言った。
「あぶ、ないです……わた、びょうきで……ちかづか、ないで……」
「あぁ、俺に
「でも……」
村井の返事に尚も渋る少女。そんな彼女を見て村井は感心していた。ただ、少し首を傾げてもいる。
(こんな状況で他人の心配か。この年齢で凄いな……ただ、原作と反応が違うな。原作だと主人公にも冷たいんだが……ま、いい。折角起きたんだ。訊いてみるか)
「君は、生きたいか?」
「え……」
唐突な質問。カノンが困惑している間に村井はさらに続ける。
「これから先、辛い事とかキツいこととかが待ち受けてる。それでも生きたい?」
「けほっ、けほ……わ、わかりま、せん……」
「そっか。どっちつかずで何とも微妙な答えだね」
望んでいた答えは得られなかった。だが、村井は続ける。
「ま……答えられるだけの自分すら出来てない子どもってことか。仕方ない」
そう呟くと村井は頭を乱雑に掻いて雷刃を拾い上げるとカノンを閉じ込めている檻を切り裂いて彼女を抱えあげた。呼吸が苦しくなり顔を顰めるカノン。彼女は何が起きているのか理解できないが一先ず村井の身を案じて声を掛ける。
「けほっけほ、うつります……おろして、ください」
「ま、気にするな。大船に乗ったつもりでいるといい。最悪、話を聞かないバカが一人追加で死ぬだけだ」
軽く笑って檻から出る村井。他の奴隷たちが悲鳴を上げたりどよめく中、別の部屋に移動すると彼はベッドにカノンを寝かせて亜空間から取り出した水薬を飲ませた。途端にカノンは自身の呼吸が楽になるのを実感し、首を傾げた。
「今の、は……?」
「今は気にしなくていい。そんなことよりギルドにどう報告したものか……呪病に罹ってるのが分かればギルドも見捨てるかな。その後拾う感じで行こう」
雑な計画を立てて村井は冒険者ギルドのスタッフを待つ。しばらく少女の容態を見ながら待っていると雨音に混じって人の足音が近づいてきた。
「じゃ、報告しに行くか……負ぶされるか?」
「いいの……?」
「いい。早く」
恐る恐ると言った態で少女は村井の背中に自身を預ける。村井の首に回された手には独特な黒い斑点があり、疑いようもなく彼女が呪病に罹っているのが見て取れた。村井はそれを見て説明が楽になりそうだと彼女への同情など滲ませずにギルド員を出迎えに向かう。
入口に向かうと既にギルド員たちが仕事をしているところだった。そこでは村井が最初に倒した男が拘束され、治癒魔術をかけられている。そんな中、彼らの中で指示を出していた男が村井に気付いて声を掛けて来た。
「おっ、【雷刃】。首尾はどうだ?」
声を掛けて来た男に村井は見覚えがあった。こんな場所に来る破目になった原因である男だ。彼を見るなり村井は笑みを浮かべながら返答する。
「……帝都の副ギルド長様が直々に現場に駆り出されるとは人手不足も極まってるな。首尾なら奥に奴隷が繋がれてる。で、この子はそこで呪病に罹ってた」
「なに、挨拶がてら顔を出しておこうと思ってね。それで、呪病?」
男の問いかけに対し、村井は無言で自分の首に回された少女の手を見せる。そこにある黒斑を認めると副ギルド長は顔を顰めた。
「あぁ、そいつぁご愁傷様だ。んで、お前はその子を背負ってどうするつもりだ? 隔離所まで連れて行ってくれるのか?」
「ま、似たようなもんだ。それよりこれで借りはなし。いいな?」
ここに来ることになった原因について念を押しておく村井。黒髪の少女のことはついで程度の口振りで話すことで副ギルド長に意識させないようにしておいた。対する副ギルド長は特に村井の言葉に異論はないようだ。ただ、彼は微妙に悔しそうな顔で村井に言った。
「もっとデカい山に貸しを使いたかったが……まぁ、上から催促のお達しが来てたんで仕方ねぇか……」
「ハハ、運が良かったよ。じゃ、俺は帰るぞ」
「あぁ。田舎暮らしも悪くないんだろうが、たまには帝都に顔出せよ」
副ギルド長にそう言われながら村井はこの場を後にする。そして隔離所ではなく帝都に借りている仮拠点に向かった。
「あの、どこに……?」
「ホテル。今日はもう便もないだろうしな。明日からは長旅になるから今日はそれに備えて休む」
「わたし、びょーきで……」
「耐毒のヴェールを渡しておくから人前ではそれを被ってろ」
感染する可能性を恐れているカノンに村井は適当に返事をしておく。この世界に入って身体能力の上がっている村井の健脚にかかれば二人がホテルまで移動するのにそれほど時間は必要なかった。一部の事実を伏せ、知りあいの子どもを一晩だけ預かることになったと言って既定の料金を払うと村井はカノンと同じ部屋に泊まることになる。
「……ま、同室だが悪く思わないでくれ。何かあった時に面倒だからこうしたまでだ。他意はない」
「い、いえ……」
実家のお屋敷の部屋のような豪華な部屋だ。カノンはそう思った。こんな奴隷用の小汚い貫頭衣ではこの部屋に不釣り合いだと強く感じさせる。それと同時に自身がどう扱われるのか不安も顔を覗かせていた。
(悪い人じゃなさそうだけど……一体、何のために私を……?)
ソファに所在なさげに座らされてから呪病によって正しく回転しない頭を何とか使って村井の目的を考えるカノン。彼女からすれば村井は謎過ぎる人物だ。
見ず知らずの他人、しかも呪病という凶悪な病に侵されて死にかけになっている奴隷の自分だけを引き取って何とかすると言っている。カノンには返せるものなどないというのに、だ。
(えっちなことするなら私じゃなくて、もっと色んな人もいたし……この人はどうして……?)
訝しむカノン。そんな彼女の内心などまったく気にしていない村井だが探るような目を向けられているのに気付くとこの世界に来た時の特典の一つである収納魔術を使用して中から小瓶を取り出した。そしてその中身の粉塵を指先に乗る程度のごく微量な分だけ取り出すとカノンに向けて吹きかける。
「けほっ……今度は、なんですか……?」
驚きながらその粉を吸ってしまうカノン。呪病とは関係のない咳が出る中、村井はなんてことはないように告げた。
「何か言いたそうな顔してたから面倒だし今日は眠ってもらおうかと思って」
「え?」
急激な眩暈。カノンが村井の言った言葉の意味を理解した時、彼女の意識は急速に彼女から離れて行くのだった。そして彼女がソファに倒れ込んだ後、村井は少女を仰向けに寝かせて自身はシャワーを浴びに向かうのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます