第66話 ハイスピード・モニカ
俺は昼食をとった後、母上に馬車の1人乗りか2人乗りにすべきかを相談した。
「別に1人で良いと思うわ。戦いじゃないのだから、2人乗せる意味があるのかしら?」
ごもっとも。でも俺は大分2人乗りに気持ちが傾き始めている。それは前世でのあるレースの事を思い出したからだ。
マン島TTレースというオートバイレース。ダイジェスト版でしか見たことはないが、島の一般道をバイクが最高時速300キロメートル超でかっ飛ばす、見ているだけで怖くなるようなド迫力のレースだ。
そのレースのカテゴリーの1つに、サイドカーレースがあった。
それが面白かったのだ。サイドカーでも最高時速は200キロメートルを楽々と超える。そういった速度域でカーブに進入する際に、サイドカーの
親方も言っていたが、戦車の車体はカーブで転びやすいでのはなかろうか。車輪の幅は広めにとってあるとしても、サスペンションを搭載して立って乗る以上、重心は高くなる。そのままコケるということも増えるのではないか。
まさか、クラッシュ続出を許すわけにもいかない。サイドカーと違って前後の2人乗りにすればバランスも崩れない。
まあ、グッドタイミングでモニカたちが遊んでいるから、それを見てから決めようか。
◇◆◇◆◇
食事を終えてしばらく食休みをしてから、俺たちは領軍の訓練場に行くことになった。本館ロビーに伯父上の姿が見えたので誘ってみた。
「もう、試作品が完成したのか。よし、儂もしばらく領軍には顔を出していなかったからな、共に参ろう」
ダメ元だったのだが、伯父上も一緒に行くことになった。確かに、伯父上は王都から戻ってきても執務室に缶詰だったからな。視察でもして気分転換をしようということだろう。
人数が増えたので移動は銀星号だ。車中では、伯父上がフランを相手にニコニコしている。
伯父上は最近、フランと仲良くなった。一緒に行動する時間が多くなって自然と馴染んできたのもあるのだが、伯父上が必殺技を編み出したのが大きい。
甘いもので釣る。これである。
「さあ、フランセスカ、これでも食べなさい。チャコミリスも遠慮はいらんぞ」
とわざわざ籐の籠に入れて馬車に持ち込んだビスケットを差し出した。
「兄上、昼食を頂いたばかりなのですから」
と母上がやんわり否定して、籠にハンカチをかけてしまった。母上は、子供たちの食べるお菓子の量をコントロールしているので、この件についてはいつも渋い顔だ。
「少しくらい良いだろう」
伯父上は不満顔。
「そうね……、フラン、チャコ。1つずつなら食べていいわよ」
「伯父さま、ありがとうなの」
「いただきます」
昼食直後ということで、フランたちもそれ程はがっつかなかったが、言いつけのとおり1つずつ受け取って口に運んだ。別腹なのだろう。
このビスケット、実は俺の考案である。パンを2度焼きしたのがビスケットの始まりというのがかすかに記憶にあったので、砂糖をふんだんに混ぜ込んだメレンゲを塗って焼いてもらったのだ。
パンにもいくつか種類があって、その中で固くて気泡の大きいものを選んだら、上手いことラスクっぽくなった。
今では、屋敷で消費しきれなかったパンの再利用方法として人気である。
「伯父上は、よく甘いものを食べているのに余り太っていませんよね?」
丁度良いので気になっていたことを尋ねてみる。
「む、そうだな。あまり体型には気を使ったことはないな。ナタリアやアマートのような者もおるから、個人の体質なのではないか?」
うおい、『儂、太らない体質なんだ』って、危険な発言ですよ伯父上。
「まあ、テルミナの家系はそうよね」
しれっと母上も同意する。良かったですね、もし日本に生まれていたら嫉妬の嵐ですよ。いや、この世界でも……
「体型に関わらず食事はバランス良くですね。フランたちもお菓子は食べてもいいけど、程々にな」
まあ、普段の食事がパンとスープ、そしてサラダにメインディッシュが一品という定食みたいな構成なので心配はいらないと思うけど。
フランとチャコちゃんはビスケットを頬張りながら頷いた。
「ああ、それとだな、戦車競走の行われる収穫祭に、他領の貴族がやってくるかもしれん。つい昨日手紙が届いた」
「そういう交流もあるんですね」
アブラーモが当主をしていたシルバードーン家には、ほとんど貴族の来客なんてなかったけど、通常はそういうこともあるだろう。
「他人事のようにするなレオナルド。相手はお前を見に来るのだぞ」
「ほえ? 俺をですか? まだ勲章の御威光が続いているってことですか?」
散々パーティに出席したんだから、もうこれからはそっとしておいて欲しいのだが。
「それがな、単に面識を持ちたいということ以上に銀星商会に興味があるらしい。アデリーナとも会いたいと書いてあった」
「まあ、それはどちらの貴族家なの?」
「今の所確定なのはリプトン男爵家だ。どうも男爵本人が来るつもりらしい」
リプトン家は、テルミナ領の南に隣接する領地を持つ男爵家だ。気候とか地形とかが似ているせいで、あちらの領地でも馬産が盛んだ。
「リプトン男爵家ね。あそこの家なら問題ないわね。良くも悪くも損得勘定が得意だから、商人と同じ感覚で相手ができるわ」
損得勘定できる貴族家か。母上が商会の事実上の経営者ということを知っているということはそれなりの情報網があるんだろうな。
銀星商会といえば、第一にニワカ有名人の俺が名が挙がって、表向きの商会長はセバスということになっているから、母上の事を重要人物と知っているのは、王都で商談をした商会とそこに伝手のある人間だけだ。
お金には興味があるが、商売には疎いという貴族家も多い中、指名してで母上との面談を求めるとはなかなかの情報通と見た。
「あの家とはな、主産業が被るせいで色々とある。──まあ性格はともかく実務上の話は通じる相手だ。上手く対応しろ」
性格はともかくって、匂わせるじゃないですか伯父上。まあね、貴族なんて自領では王様な訳だから多少は横柄だったり、風変わりだったりするものだろう。
俺も王都のパーティで苦労したよ。テルミナ邸のパーティで泥酔した挙げ句「どうかね? あのマットレスというものをもっと分厚く出来ないかね、1メートルくらいあれば最高の寝心地だと思うのだよ」と提案してきた貴族がいたしな。笑点の座布団じゃないんだから厚けりゃ良いってもんじゃないよ!
まあ、その貴族は言い値の大金貨2枚(約100万円)でマットレスを予約してくれたから、文句はないんだけど。
「まあ、商談などは母上にお任せですね」
「あのね、あくまで商会の主はレオナルドなのよ。もっと責任感を持ちなさい」
「それは……少しずつ慣らしていく感じでお願いします」
「まったくもう」
埒もない雑談をしている間に銀星号は領軍の訓練場に到着した。
馬車を降りた伯父上の姿を見て、兵士たちがダッシュで駆け寄ってきて整列する。
その中にローガン殿はいるが、モニカの姿はない。
「これはクラリーノ様。わざわざのお出ましありがとうございます」
ローガン殿が頭を下げると、その後ろの兵士たちも規律正しく頭を下げた。
「よいよい。儂のことは気にせんで良いぞ。訓練に戻ってよし」
モニカはどうしたのかと見ると、訓練場で戦車を爆走させているところだった。
そう爆走だ。
「ハイヨー!」
と掛け声をあげて、馬の尻に鞭を当てている。結構なスピードだ。本来の2頭引きでの走りで、時速は多分40キロくらいか? 分からんが、とにかく速い。みるみる姿が小さくなっていく。
「ノリノリですね」
後ろ姿しか見えないが、明らかに上機嫌で戦車を駆るモニカ。それを見つめるローガン殿に話しかけてみた。
「はっはっは。某も試しましたが、娘のほうがハマってしまいましてな! 馬をとっかえひっかえであの調子です」
何が彼女の琴線に触れたのだろうか。見ると、訓練場の先で高速ターンをしている姿が見える。
訓練場は固く踏みしめられた土の広場だ。学校の校庭と同じと思っていい。そこを、土埃を巻き上げながらカーブを曲がる戦車。わずかに片輪が浮いているが、モニカの鞭さばきに躊躇はない。
カーブし終えたモニカは、今度はこちら側に向かって走ってくる。
そこで俺や当主である伯父上の姿を見たのだろう、ニヤリと笑ったように見えた。
「ハイ! ハイ!」
ムチを何発か追加で放って更に加速。満面の笑顔が怖い。
「ちょっと皆、下がりましょう」
スピードとはかくも人を惑わせるのか。
モニカは、ハイスピードで俺たちの目の前をドリフトし、流し目のドヤ顔をキメたところで車体がめくれあがって、吹っ飛んだ。往年の覆面レスラーがフライングクロスチョップするみたいな飛び方だ。
ザッサーと地面に投げ出されたモニカに駆け寄って介抱すると、革鎧を着ているおかげか、無傷ではないが酷いことにはなっていない。良かった。
「しくじったわ。次はもっと上手くやってみせる!」
あのね、今日は試運転なの。なに闘志燃やしちゃってんのよ。
俺は戦車競走の危険性を改めて認識し、2人乗りはやっぱり必要だと思った。
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