第65話 レギュレーション会議

 戦車競走の計画は、数日かけて練り上げられた。


 計画原案が俺で、母上が監修。親方はテクニカルアドバイザーだ。そして新たな参加者がいる。お久しぶりのローガン殿だ。


 ローガン殿は一緒に王都に行ったのだが、用事が済んだ時点で娘のモニカを置いてテルミナ領に戻っていた。


 俺が熱気球を飛ばすことになった嵐は体感的には結構前の話だが、実際にはまだ1月ちょっとしか経っていない。土砂崩れなどの影響は殆どテルミナ領では出なかったものの、こういう自然災害が起こると、被害を受けて食い詰めた者が盗賊になってしまうことがままある。

 他領から盗賊が流れ込むのを警戒し、主に領境を中心に治安維持に駆け回っていたそうだ。


 当主である伯父上が領地に戻ってきたので、これまでの報告をしに屋敷に来たのだという。ついでに俺たちへの挨拶をと足を向けたところ、丁度俺たちが戦車競走計画の話し合いを始めた場面に遭遇したのだった。


「ほうほう、なるほど。戦車競走ですか。いやー、戦車とは古風ですな。某は実際に乗ったことはありませんが、競走となると……なにやらこう、胸躍るものがありますぞ。馬のいななき、尻を叩く鞭の音、ぶつかり合う戦車。高まる歓声。実に素晴らしい! どうですかなレオナルド様、この不詳ローガン=テルミナ、今しがたクラリーノ様からしばしの休暇を頂きましてな、さてどうやって暇を潰そうかと考えていたところでして。その計画、某も加えていただくことは出来ませんかな?」


 ふむ、地元の有力者が協力を申し出てくれるとは、これはラッキー。俺はノータイムで承諾した。仕事で馬に乗っている人だ。色々コネも利きそうだし、もっけの幸いだ。


「それは心強いです。じゃあ早速なんですが、コースを検討しているところでして、ローガン殿の意見を聞かせてもらいたいです」


 ローガン殿によると、距離は余り関係ないらしい。全速力で走らせればすぐにへたばるのは当たり前で、ペース調整も騎手の腕の見せ所の1つだという。


 なるほど、だったら自由度は上がるな。


 親方は、なるべくハードな道を走らせたいと言い、母上はできれば町の中を走らせて、住民を楽しませたいという希望だ。

 俺は、なるべく怪我人が出ないようなルールを求めた。


 なお、フランとチャコちゃんには、御者の着るビブスのデザインを頼んだ。競馬で言うところの勝負服だな。シマシマでも水玉模様でも、好きに考えて欲しい。


 この第1回戦車競走準備会議は、夜まで続いた。


 まず決めたのは競走名で、『銀星杯争奪競走』と名付けられた。それに伴って優勝者には銀星杯を授与することが決定する。これは甲子園の優勝旗と同じように翌年には返却してもらう予定だ。その代わり、豪華で大きいものを作る。副賞として記念メダルと賞金も渡す。エントリーを増やすために、賞金は多めに出したいが、具体額は要検討で保留となった。メインイベントよりも多く出したらダメだしな。



◇◆◇◆◇



 伯父上に直談判して、戦車競走のテルミナ家側の責任者に任命されたローガン殿が関係各所との調整に動く中、俺と親方は鍛冶場で馬に牽かせる車体部分の作成を始めた。


「余計な装飾はいらない。だけど衝突したりコケたりすることもあるから車輪の外周部以外は鉄製でいこう。2輪でいけると思う?」


 ゴム製のタイヤが存在しないので輪っかの部分、いわゆるリムは木製のむき出しとする。ここまで鉄製にすると滑りすぎてしまうだろう。


「できれば3輪のほうが安定するでしょうよ。今回が初回だし、戦車に乗ったことのある奴なんかいねえでしょうから、今回は3輪でいきましょうや。その方が実験にもなる」


 親方がアバウトに描いたイメージ図を見る。前に大きい2輪、後ろに補助的な1輪か。安全性を考えるとそれでいいかな。


 人が乗る部分は、熱気球の時と同じように鉄パイプでフレームを作って籠にすることにした。親方は重くしたいと言っていたが、それは別枠で重しを乗せれば調整できる。


「親方、なんか物足りなくない?」


「どういうこってす?」


「軸受と板バネの耐久実験が本題なのはもちろんだけどさ、何か新しいアイデアを盛り込みたくない? 技術は常に進歩すべきだと思うんだよ」


 まあ、既に形になっているベアリングとサスペンションの実験だけでは俺のモチベーションが上がらないのだ。新しいものを作るワクワク感? そういうのが欲しいのだ。


「それを考えるのは坊っちゃんの領分ですぜ。俺っちは職人なんで」


「うーん、そうだね……」


 馬車を自動車として考えてみる。まず動力が違うので、エンジンとギアボックス関係は馬車にはない。共通点は、足回りだ。ゴムタイヤは目処がつかないが、ベアリングとサスペンションは実装した。ここの耐久試験が眼目なので今は手を入れられない。それは試験結果をまとめてからの仕事だし。


 ボディはどうだ。単に箱型のリヤカー状態で良いのか? 何か手を入れる余地がありそうな気がする。あくまで戦車という体裁を守るとして……


 空気抵抗を減らすために流線型にするか。


 空気抵抗は馬鹿にできない。自転車で向かい風の中を走っているときに、上体を前に倒すだけでも結構違うのだ。馬が前を走っているから劇的な効果は出ないだろうけど、マシにはなるだろうし、何より目立つ。戦車という古臭いイメージを払拭できれば、新しいタイプの競走だと認知されるのではないか。


 イメージは、ボブスレーだな。リーフサスペンションを組み込んで、御者の視界を確保するため高さはそれなりに必要な事を勘案すると……


「親方、車体の形状をさ、こういう形にしたいんだけど」


 サラサラとイメージ図を描いて親方に見せる。銃弾をイメージしてみた。速そうでしょ?


「坊っちゃん、面白そうな形ですがね、細すぎて転倒続出になりやすぜ」


「そこは車輪の幅を広げればいいと思うんだ。今回の実験の目的から、軽量化はしなくてもいいだろ? だったらカッコイイ車体のほうがウケる気がする」


「まあ、カッコイイかはともかく、重くするのは俺っちの希望でもありやすから、とりあえず作ってみましょうかい」


 一応の合意を取り付けたので、俺たちは戦車の荷台部分の作製に入る。構造はやはり鉄パイプでフレームを作り、それに鉄板をリベットで打ち付けていく方式。そこに足回りのサスペンション、車軸、ローラーベアリング入りの車輪をつければ良い。


 親方の鍛冶場には、定期的に鉄が届けられるようなった。これは俺たちが王都に行っている間に銀製商会番頭のバスケスがそういう契約を結んでおいてくれたからだ。

 既に精錬後の状態で届けられているので、これを鉄板状に延ばしていく。


 熱気球でバスケットを作った経験があるので、作製は半日弱で終わった。調子に乗って、実用上無意味なフロントグリルをつけてやったぜ。


 銀色に輝く車体に思わず『シルバーアロー号』と名付けたくなってしまうが、それは止めとこう。伝説の名車のニックネームを冠するのはおこがましすぎる。


「ってなわけでー、いざ実走!」


 意気揚々と俺たちは鍛冶場の外に出る。


 馬は、ここに来るのに乗ってきたのが一頭いるのでそれと車体を繋いで出発。本来は2頭牽き用の戦車だけど、今日は1頭だ。

 これでゆっくりテルミナ邸まで行ってみよう。そろそろ昼食なので都合がいい。


「最初の試験運転だからね、俺が歩きながら馬を引くよ。親方は車体に乗って、不具合が出たら教えてね」


「合点でさ」


 俺と親方は、のんびりと戦車を引き連れてテルミナ邸まで歩いて帰った。流石にその速度では不具合が出ることもなく、順調だった。戦車を見かけた住民も、あれはなんじゃい、という顔で見物している。まあ、貴族のぼんぼんが変な形のリヤカーを引っ張って歩いている絵面だ。銀星号の初回走行のときより、注目を集めているな。よしよし、まずは目立つことから始めよう。


 屋敷に到着すると、ローガン殿とモニカに会った。親子なので別段不思議でもないのだが、この2人が揃っているの見るのは久しぶりだ。


「ほう、早くも戦車を完成させたのですな。形もなかなか面白いではないですか。ふむ、これが何台も連なって街中を激走する……。イイ、実にイイですな! ──ただ少し小さくありませんかな?」


 ローガン殿は気に入ってくれたようだが、小さい?


「別段、人が1人乗るなら不足ない大きさだと思うのですが」


「おお、そうですか1人乗りでしたか。通常戦車というのは御者が1人に加えて、弓や長柄の武器を持った戦士が乗り込むものなのです。ですので某はてっきり二人乗りで競走を行うものと勘違いしてしまいました」


 二人乗りかぁ。それはそれで面白そうだな。ラリーだって2人コンビだしな。


「二人乗りも候補に入れてみましょうか。俺たちはこれから昼食なんですが、一緒にどうですか?」


「いえ、某達は先程食べましたので。それより、今から昼食ということなら、その間この戦車を貸して頂けませんかな? 領軍の訓練場で走らせてみたいのですが」


「えっと、まだ試作なので安全性が不明です。貸し出しにはまだ早いかと」


「そういうことならむしろ我々の出番ではないですか。鍛えておりますからな。試験走行には最適ですぞ」


 屈強な兵士なら、転んでも怪我をしにくいか。ふむ。


「じゃあ、お貸しします。俺たちの身体が空いたら訓練場に行きますので、堪能してください。ああ、そうは言っても最初は安全第一でお願いしますね。徐々に速度を上げていく感じで」


「心得ました。よしモニカ、お前が戦車を牽いて来なさい。訓練場に向かうぞ」


 今戦車を牽いている馬から戦車を外して、モニカが引っ張ってくようだ。


「モニカも気をつけてなー。無茶するなよー」


「大丈夫よ。落馬よりよっぽど安全でしょ?」


 後刻、猛烈に無茶をしているモニカを目撃することになろうとは、このときの俺はまだ知らなかった。

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