第64話 戦車

「おう坊っちゃん、ちょいといいですかい?」


 ぶどう踏みから数日後、部屋でアクセサリー作りをしていたら、ノック音と一緒にドンガ親方の声が聞こえてきた。どうしたのだろうか、今は町外れの鍛冶場に籠もって、馬車用の板バネを量産に勤しんでいるはずだが。


 ドアの鍵を開けて親方を部屋に招き入れる。


「いらっしゃい親方。どしたの?」


「いえね、ちょいと相談がありやして」


 ふむ、丁度休憩しようと思ってたところだ、話を聞いてみるか。


 作業台の上を軽く片付けてメイドにお茶を頼む。


「それで、相談って?」


「坊っちゃん、戦車競走って知ってますかい?」


 戦車。俺がまっさきに思い出すのは、キュラキュラと移動して大砲をぶっ放すあれだが、親方の言っているのは、戦闘馬車つまりチャリオットのことだろう。馬にちっちゃい大八車みたいな籠を取り付けて、それに乗って戦う古い兵器だ。今ではもう廃れているが、戦勝パレードでは使われることもあるらしい。


「あの、馬に小型の荷台を牽かせて走らせるやつ?」


「そう、それでさぁ。坊っちゃん、その戦車競走を開催しませんかい?」


 はい? 俺に特殊な競馬を主催しろって?


「なんでまたそんな話を。賭けの胴元になろうってこと?」


 運ばれてきた紅茶には見向きもせずに、親方が身を乗り出して語ってくる。


「いえね、銀星号の軸受と板バネがあるでしょう、それらの耐久実験をしようと思ったんですが、普通にやってたんじゃハカがいかねえねえし、街道を全速力で走らせるのは、他の連中に迷惑だ。そこで、あの郊外にある競馬場を借りて集中的に負荷をかけてえな、と」


 ほうほう、つまり自動車で言えば、サーキットを借りて性能実験をしようということだな。前世でも、ドイツのなんちゃらサーキットで走り込みました、とか宣伝していたはずだ。


「馬車競走じゃダメなの?」


「まあ構わねえっちゃ構わねえんですが、ちと図体がでかすぎるんで、競走には向かねえと思いやして」


 確かに、馬車競走よりはスピードも出る出るだろうし、見た目の面白さは戦車競走のほうに軍配が上がりそうだ。それに、競走ということであれば、馬は各自の持ち寄りだとしても車体部分を貸し出せば、サンプル数も増える。お客も呼べば宣伝になって一石二鳥だ。


 テルミナ領は、主産業が馬産なこともあって、競馬場がある。もっとも競馬場と言っても、広い場所に、柵を張り巡らせてあるだけだ。他は、テラス付きの建物がいくつかと簡易的な厩舎があるくらい。傍目には、競馬場というよりも地形を生かしたアスレチック施設かという風情だ。


「面白いね、バリバリ走らせて、ついでに競走にしてしまうのか。お客も呼べば、宣伝にもなるし。ナイスアイデアだ、親方!」


 これはやるしかないと、俺はその日の夕食後に母上と一緒に伯父上を訪ねた。


「戦車競走だと?」


 そこで、伯父上に計画の概要を話す。


「──というわけで、耐久実験と宣伝を兼ねて、戦車競走を開催したいので、競馬場を貸してもらえないかとお願いに来ました」


「戦車競走か……。ふむ、面白そうだな。秋の3月にある収穫祭にあわせて、年一番の競馬がある。その日に同時開催するというのはどうだ? 今からなら大体2ヶ月先だ。参加者を募るためにもそのくらいの準備期間は必要だろう」


 うむうむ。それならばなお好都合だ。年一番のビッグレースであればお客もたくさん入るだろう。それに準備期間も確かに必要だ。


「それでお願いします。数日中には計画をまとめますので、具体的な内容はその時に」


「よし、それが出来たら儂の方からも参加しそうな牧場に声をかけてやろう」


 サクっと話はまとまった。


「そういえば兄上、その競走で賭けは行われているわよね? もしそうならウチにも分け前が欲しいわ」


 さすが母上。ギャンブルの匂いには敏感だな。でも確かに、賭け事は胴元が儲かるに決まっている。競走の主催を銀星商会ということにすれば、何割かは頂きたいところだよな。車体の作製費用とか、賞金を捻出するのが楽になる。


「賭けもやっているが……そのあたりは後日でよかろう。それを取り仕切っている者もおらんし、急ぐこともあるまい」


「そうね、そうしましょう。じゃあレオ、明日は競馬場に視察に行くわよ」


「了解です」



◇◆◇◆◇



 翌日の昼間に、俺たちは競馬場に向かった。母上だけでなく、フランとチャコちゃんも一緒なので、視察というより社会科見学っぽい。


 大体四半刻、馬車に揺られて町外れまでやってくると、広々とした窪地に到着した。柵が広範囲に巡らせてあるので、ここが競馬場だろう。

 俺達は、隣接する建物を訪ねた。そこには老夫婦が住んでいて、一応この施設の管理人ということらしい。


「久しぶりね、キーストン。元気そうで何よりだわ」


「おお、アデリーナ様。お久しゅうございます。そちらにおられるのは、噂のレオナルド坊ちゃんと、お嬢様ですかな」


 このキーストンという老人、元はテルミナ家の庭師らしい。引退してここの管理人をしながらのんびりと暮らしているそうだ。

 広い面積だが、管理自体は隣接する建物の維持管理だけということで、この老夫婦だけが常駐している。競馬が行われる際には、別の人間が取り仕切るとのことである。


「こんにちは! フランセスカです!」


「チャコミリスです」


「はじめまして、キーストン。レオナルドだ。突然訪ねてきて悪いね。競馬場を見学させてもらえるかな?」


「はいはい、キーストンでございます。アデリーナ様方に隠すものは何もありません。どうぞ自由にご覧になってください。何かお手伝いすることはありますかな?」


「そうね、隣の建物の鍵を貸してもらえるかしら」


 そうして、俺達はしばしの休憩と昼食をとり、視察を開始した。


 ここまでで聞いたところによると、今度の年一番の競走というのは、日本で行われていた競馬の障害物競走みたいなものらしい。コースには起伏があって、途中の障害物をジャンプして越えていく、といった内容。それ以外にも、隣町まで行って帰ってくる20キロメートル超の長距離走もあるらしいが、それは今度の開催では実施しないとのこと。まあ、そんなのはもはやジャンルが違うよな。


 俺と親方は、コース内を歩いて、実際のレースをどういう風に行うかを検討する。路面は芝ではなく、砂が入れられている。管理のしやすさと、怪我の防止を考えているのだろう。


「この起伏の部分はそのまま使えるけど、障害物は越えられないから、本番では撤去しないとね。他は……、コーナーの角度がキツイのが気になるかな」


「負荷をかけてえんでキツイくれえで丁度良いでさあ。コケちまうようなヘマをするのかは御者次第でしょうぜ」


 そうすると、距離だな。歩いてみたところ、1周約500メートルくらいか。この世界の馬はサラブレッドじゃないから、日本の競馬の常識は参考にはならないな。超長距離走があるくらいだから、持久力が優れているとして。


「5周くらい?」


 年一番の大レースは、これを10周するらしい。戦車競走は荷台を牽かせるのだから、普通の競馬より短くないと辛いだろうとざっくり考える。


「まあ、そこは試しに走らせてみたらいいんじゃねえですかい? それよりも、もっとこうガタゴトした道に出来やせんかね」


 競馬場というだけあって、路面はそれなりに整っている。あえて、一般の道のような轍とか穴をあけるのは……。他のレースの妨げになるよな。どうしようか。


「なら普通の道も走らせたらいいじゃない。コース内を1周走ってから外に出て、またコースに戻ってくればいいわ。競馬の開催日なら、そういうことも出来るんじゃない?」


 マラソン的な? そうだな、スタートとゴールが競馬場で、途中は一般道。いいアイデアかもしれない。当日は警備の人間も配備されるだろうし、道路封鎖も出来る気がする。


 よしよし、段々とイメージが出来てきたな。

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