第4章

第63話 秋が始まる

「しばらく働きません。向こう数カ月分は働いたと思うんです」


 テルミナ領に戻ってきた俺は、自主休暇を宣言した。もしこの国に労働基準法があれば許されないくらいの労働はしたと思うのだ。そもそも未成年だし。


「まあ仕方ないわね。しばらくはのんびりしなさい」


 5日ほどテルミナ邸の離れでゴロゴロして過ごした。やったことと言えば、銀星商会の正式発足を記念して、内輪の宴会に出席したくらいだ。元庭師のトッドと、元従僕のマイルスの家族を呼び寄せたので、その歓迎も兼ねて行った。これまで、従業員とじっくり話す機会もあまりなかったので、有意義だった。


 だが、これまでの勤労で社畜魂に目覚めてしまったのか、それとも根が貧乏性なのか、暇を持て余すようになった。


 なので、俺は仕事を始めることにした。手の怪我は、戦闘訓練などの激しい動きをしなければ問題ない。


 まずはノルマとしてのアクセサリーからだが、10種類、30個を作ったところでデザイン案が尽きた。この若さで才能の枯渇を感じるとは……。まあ、元々は前世の記憶を流用しているだけだったからな、はじめから才能なんてなかったと考えれば辻褄が合う。早くデザイナーを雇わねばな。


 代わりに俺が作ろうと思い立ったのがノベルティグッズだ。宣伝のために無料配布する小物だな。これを大量に生産しようと考えた。


 俺は王都で名を売った。銀星商会は正式な発足前だったが、これも知名度が上がったはずだ。その理由はとりもなおさず、熱気球の成功に原因がある。

 その記憶が薄まらないうちに「熱気球でお馴染み、銀星商会です!」とアピールする作戦だ。商談先に持っていけば喜ばれるだろう。


 なので、熱気球を象ったブローチを作ることにした。気球部分に銀星商会の星マークを入れればバッチリ。


 作り方はベアリングを作った時と同様で、最初に手作業で現物を作る。次に半固形にした鉄にそれを押し当てて雌型を作る。型に油を薄っすらと塗って最後に液化した鉄を流し込んで完了という、スキル鋳造というオリジナル技だ。

 なんとなく、たい焼きを思い出してしまうが、まあ材質以外は似たようなものだ。


 薄い鉄なら浸炭が出来ると学んだので、純鉄のまま流通することもない。


 ここでふと悪いことが脳裏に浮かぶ。この方法、贋金づくりに使えそうだよな。もし、大金貨を同じ方法で、ほんの少しだけ小さく、薄く作ったら……。両替するだけで、儲けが出る。数をこなせば莫大な利益に。


 っと、いかんいかん。俺は悪いことをしてまで金を稼ぎたいわけではないのだ。ましてや王弟殿下が出資してくれた商会でそんな事をやるのはもってのほかだ。


 気を取り直してブローチ作成に戻ろう。


 単純作業で気球型ブローチの本体を作り上げ、過去に量産しておいたピン部分を融着させれば一丁上がりである。細部は手作業で修正するが、少々の不具合は無視した。なにせ無料配布用だからな。

 ひとつあたり数分の簡単作業である。


 サクサクとブローチを作成して、生産数が50を越えたたりで、部屋をノックする音が聞こえた。

 俺はスキル隠蔽のために作業中は部屋に鍵をかけているので、勝手に入ってこられることはない。

 立ち上がって扉に向かい、鍵を開けた。


 入ってきたのはフラン付きのメイド、フィニーだ。


「どうした? なにかあったか?」


「お時間です若様。フランセスカ様たちも準備はできています」


 おっと、そんな時間か。今日はフランとチャコちゃんを連れて街に遊びに行く予定なのだ。ついつい時間を忘れてしまっていたが、もうすぐお昼だ。


「わかった、すぐに行くよ」



 玄関先でフランたちを待ちながら、空を見上げる。


 まばらに雲は出ているが晴天だ。そろそろ日中の暑さも緩んできて、もともと湿度が高くない気候でもあることから、汗ばむようなことはない。


「おまたせー」


 フランとチャコちゃんが、ややスカートの短い町娘の格好をして現れた。それに続いて外に出てきたのはお祖母様。今日の引率者だ。


「お待たせ。じゃあ行こうかね」


「しゅぱーつ!」


「楽しみですね!」


 今日のお出かけは、ちょっとしたイベントに参加するためだ。そう遠くもない場所で行われるので、みんなで歩いていく。


 屋敷を出て10分ほど歩けば、その場所に到着する。そこは領都ジュリアノスで唯一の教会だ。


 そこには、教会関係者だけではなく、近所の者たちの姿もあり、それほど広くない前庭には、いくつもの木桶が並べられている。


「おっ、もう準備は出来ているようだな。フランとチャコちゃんはあっちで足を洗っておいで。俺は司祭様に挨拶してくるから」


 ふたりとも「はーい」と素直に井戸の側に設けられた洗い場に走っていった。


「どうもです司祭様。今日はよろしくおねがいしますね」


「おお、レオナルド様。ようこそお越しくださいました」


 教会の入口前で正装をしている司祭様に軽く頭を下げて挨拶をする。


「いま、妹たちが足を洗いに行っています。参加を認めてくださりありがとうございます」


「いえいえ、お嬢様方もこの街の一員、そして神の愛し子です。我々に拒む理由はありませんから」


 今日は、年に一度のブドウ踏みの日だ。


 教会の農園で採れたブドウを女の子が踏んで果汁にする。ワイン造りの最初の工程だ。


 テルミナ領はワイン造りが盛んというわけではないが、一部ではブドウ栽培をしている。その中で最大の大きさの農場を経営しているのがこの教会で、例年こうやってちょっとしたイベントを開いて近隣住民との交流をしている。


 教会がワイン造りをしているのはいわゆる定番で、大体の教会ではワイン造りをしている。それは儀式で使うためであり、現金収入のためでもある。その他ではロウソク用の蜜蝋を採る目的で養蜂もすることが多い。それで蜂蜜酒なんかも売っていたりする。この国の宗教は結構俗っぽいのだ。


 司祭様も来る者ウェルカムな発言をしていたが、実はそれなりの寄進をして参加をお願いした経緯がある。

 まあ、それでもアコギなというほどの額ではないし、こうやって牧歌的なやり方で収入を得るのはまあアリだと思うので悪感情はない。

 別に兵隊を抱えているわけでも政治に食い込んでいるわけでもないしな。


「晴れてよかったですね。それに結構な量のブドウが用意出来ているようですし」


「ええ、夏の嵐ではいくらか被害も出ましたが作柄は例年通りか少し良いくらいですね」


 他愛もない雑談をしていると、教会の鐘が晴れやかに鳴り響いた。正午の合図だ。司祭様は俺に軽く一礼して数歩進み出た。


「皆様お待たせいたしました――」


 司祭様が、参加者に挨拶をして、聖句を合図にみんなで祈りを捧げる。


 フランたち、ブドウ踏みの少女たちはそれぞれに割り当てられたブドウ入りの桶の前でスタンバイ済みだ。


「では、神の愛し子たちよお願いします」


 司祭様のゴーサインでフランたちは桶に足を入れる。「きゃー」とか「わー」とか、黄色い悲鳴をあげながらブドウを踏み始めた少女たちを大人たちが笑顔で見守る。中には足を滑らせて桶の中でコケてしまう子もいるがそれもまた笑いの種だ。


 長い時間をかけて育てた収穫物をこうやって笑いながら加工していく。そして誰ともなく聖歌『喜びの歌』を歌い出し、やがて参加者全員の合唱となっていく。


 秋は収穫の季節だ。喜びと感謝の季節と言っていいだろう。


 これからもこんな楽しい時間が続きますようにと、俺は秋の空に祈った。

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