第61話 勲章

 総貴族会議までの間、俺は更に忙しくなった。


 まず、その格式に見合うだけの服を持っていなかったので、急遽仕立てることになった。採寸だけで半日かかった。それに、仮縫いが終わった時点で調整も必要だった。超特急の仕事のため、割増料金もかなり取られたようだ。


 そして、お祖母様が本気を出した。超詰め込みのマナー講座だ。


 これに、関係各所への挨拶回りが加わる。「コイツが会議に出席することになりましたので、ご承知おきください」ということだ。これをしておかないと、上級貴族が「聞いてないぞ!」とへそを曲げることがあるそうだ。めんどくせー。

 だからパーティへの出席もサボれなかった。


 アマートも俺のてんてこ舞いの様子を見て、教会学校の教師に戻れとは言わなくなった。


 申し訳なかったのは伯父上だ。通常でも忙しいのに、俺の挨拶回りに付き合っているせいで、なおさら忙しくなった。


「伯父上。俺、本番前に倒れそうです」


「儂より先に倒れることは許さん。倒れるなら、会議が終わってからにしろ」


 こんな会話がされるくらい慌ただしかった。


 心が痛むのはチャコちゃんのことだ。


 俺達は、ヘルメス殿下とファーデン元将軍、それにゴールドムントの犯罪行為について説明を受けた。

 王子は病気療養と称して遠隔地の修道院で幽閉。元将軍は斬首で、その家のフォーサイス家は家財没収のうえで断絶。息子の大隊長も処罰されるとのこと。

 まあ、これらはきちんと処罰がされ、俺達に影響が出ないなら何でも良かったのだが、チャコちゃんの父親のゴールドムントについては、そうも言っていられなかった。


 厳しい処分が下りそうだ、ということは聞いていたが、お祖母様の意向でチャコちゃんには詳細を伏せてあった。段階を踏んで説明することで、少しは受け入れやすくなるだろうという配慮で、まずはゴールドムントがよくないことをして捕まったと教えるに留めていた。


 それが先日、王宮から正式にゴールドムントを鉱山送りにするとの通達があった。こうなっては、別のルートでチャコちゃんの耳に入るかもしれないので、詳細を説明をしたのだ。

 俺はその場に居合わせることは出来なかったが、チャコちゃんは嘆き悲しみ、寝込んでしまった。

 彼女にとってはたった一人の父親だ。俺から見ればクソ親だが、今生の別れだ。他人には計り知れないものがあるのだろう。


 チャコちゃんのケアは女性陣が中心となって行われている。俺は忙しすぎてそちらに手が回らなかった。母上とお祖母様は、離婚した母親とコンタクトをとるそうだ。母親の意向と本人の希望を踏まえて今後の事が決まるだろう。チャコちゃんにとって、最善の道を示してあげられればいいのだが……



◇◆◇◆◇



 なんやかんやとあったが、当日までに諸々の準備を整えることは出来た。

 それで、さあ会議に出発だと玄関前で銀星号を待っていたところに、一台の馬車が到着した。


 銀星号や伯父上の馬車ではない。もっと豪華なやつだ。


 その馬車の側面にデカデカと王家の紋章が飾られているのを見て顔がひきつった。護衛の騎士隊もいる。


 馬車から、中年男性が降りてくる。


「これは、皆様方お揃いで。私、王宮にて儀典官を務めております、ハカン=ガル・ホワイトと申します。先触れもなく罷り越したこと、誠に申し訳ありません」


 ハカンと名乗った中年男性が慇懃に頭を下げ、言葉を繋いだ。


「陛下の命により、皆様を王城にお連れするために参上いたしました」


 初耳である。


 他国の貴族ならそういうこともあるかもしれないが、俺達は招かれたのではなく、命じられたのだから、お迎えを寄越す意味が分からない。


 そもそも、今回の総貴族会議の出席については、事前に王宮の役人と打ち合わせが済んでいる。難しいことはなく、議場の末席に俺の居場所が用意され、会議の最後に、陛下よりお褒めの言葉がかけられるというシナリオだ。


 これは俺たちの働きに報いるという意味もあるが、本質は熱気球という新技術が王家の指示によって・・・・・・・・・開発されたことを各貴族家に誇示するためのセレモニーである。


「ハカン殿、なぜこのような礼遇を賜るのか理由を聞かせてもらっても?」


 俺と同じことを思ったのだろう伯父上が質問した。


「はい。急遽のことではありますが、本日の予定に変更がありました。つきましては、早めの登城をして頂くために、お迎えに参った次第です」


「変更……」


「はい、変更内容のご説明については、道々に行います。ご準備が出来ましたら、お声をかけてください。我々はここで待たせていただきます」


 元々、準備は終わっていたので、そのまま俺達は豪華な馬車に揺られて登城する事になった。

 一緒に行くのは伯父上とモニカだ。功労者という意味では親方も資格があるはずなのだが、そんなところには絶対行かないと駄々をこねて、辞退を認めさせた。お祖母様もだ。

 俺の助手として働いたモニカは伯父上の推しで出席することになっている。いずれ勅任騎士になるために、有利になるそうだ。


 王家の紋章の入った馬車は、各出席者の行列の横をすいすいと追い抜いて、王城の受付の門に横付けされた。


 行列での待ち時間がなくなる分、早く到着して、俺達は改めて説明を受けた。


 それによると、総貴族会議でお褒めの言葉を賜るという形式から、会議前に謁見を行い、そこで勲章を賜ることになったという。

 総貴族会議では、俺達が受章したことを発表して、お披露目するという形式だ。


「なにか、話が大きくなり過ぎでは?」


「これには事情がありまして、先の嵐にについての被害報告を集めたところ、当初の想定以上の被害が国内各地で出ております。それは総貴族会議でも周知するのですが、それに加えて軍内の醜聞もありますので内容が暗すぎてしまいます。そこで明るい話題を提供しようという意図であります。なにぶん、情報の収集にも時間がかかりまして、決定も昨夜のことでした。いささか急な話ではありますが、そのような事情ですので、ご了承頂きたく」


 悪いニュースばかりだとあれだから、良いニュースで多少は中和しようということねえ……。


 謁見の作法をレクチャーしてもらって、俺達は控えの間に通された。


「おそらくは、共和国あたりが騒ぎ出すのを危惧しているのだろうな。王国軍内での不祥事に加えて、災害の被害が大きいと情報が伝われば、彼の国の欲を刺激することになりかねん。被害は出たが、新しい技術の開発に成功したと公表して、ミッドランド王国の地力を見せつける腹づもりだろう」


 伯父上はそう推測した。今は休戦状態だが、東の隣国であるタイサイ共和国は敵国である。余り弱味は見せたくないのだろう。

 熱気球一つでどこまで効果があるのは疑問だが、そういうのは上の人たちが考えることだ。


 俺はまあ、言われたとおりに動くだけだし。

 だが、モニカは顔面蒼白だ。予定より何段階も格式が上がってしまって緊張が極まっているのだろう。


「モニカ、こういうときはな、自分を操り人形だと思ばいいらしい。決められたとおりにだけ動く人形だよ。場の雰囲気とかはまるっと無視して、人形になりきるんだ」


 これは、お祖母様の教えである。儀典では型通りが何よりも要求される。逆言えば型どおりに動けば万事うまくということだ。


「に、人形。そうね……。決められた動きだけをする操り人形……」


 モニカは「わたしは人形……」とブツブツ唱え始めた。


 そこに、正装をしたアリスさんと、鎧姿に漆黒のマントを羽織ったクーガー副隊長殿が現れた。


「どうもですクーガー殿。コクラン殿とエンジャーは来られないのですか?」


「ああ、騎士団からは自分が代表して参加することになりました。サンダースのほうが適任だと思うのですが、本人が固辞しまして。後は軍からも代表一人が参加予定ですね。エンジャーはオクタに戻ったので、あの時の中隊長が来るはずですよ。それに、医者のジャック殿も参加しますね。現地では大車輪の活躍だったそうですから」


 熱気球づくりに参加していない伯父上は見届人的な役割なので、脇に控える形になる。


 ふと思いついて、針子達には報奨が与えられないのかと聞くと、針子の取りまとめをした仕立て屋に王弟殿下の名義で表彰状的なものを授与するとのことだ。当たり前だが、布代と人件費も支払い済。


 やがて中隊長さんとジャック医師も控えの間に通されて来たのとほぼ同時に呼び出しがかかった。



 3メートルはあろうかという巨大で煌びやかな扉のまえで待つ。


 この集団の先頭は俺だ。そうせよという命令なので仕方ない。半歩下がった両脇にはクーガー殿とアリスさん。その後ろに中隊長さんとジャック医師にモニカだ。


 内側から扉が開けられると、朱色の絨毯が玉座まで続いているのが見えた。絨毯の脇には儀仗兵が並んでいて壮観だ。


 俺達は胸を張って歩みを進める。途中の決められた位置でクーガー殿達は止まるが、俺はもう数歩前に出て、王家の紋章の手前で停まって膝をついた。


 内務尚書という偉い人がオクタ救援に係る顛末を喋っていたが、実はあまり覚えていない。しばらく王家の紋章を眺めていると、顔を上げよとの言葉があったのでそれに従う。


「──よって、レオナルド=ガラ・シルバードーンに銀十字功労勲章を授与する。起立せよ」


「はっ!」


 内務尚書閣下が近寄ってきて、俺の首に銀のメダルをかける。胸に佩用するリボン付きの勲章は、箱入りで渡された。

 他の面子は、授与の宣言だけをこの場で行い、式典後に別室で渡されるそうだ。


「これより、アレキサンダー=ソル・コルネリウス・ミッドランド陛下よりお言葉を賜る。静聴せよ」


 俺は再度跪礼した。


「此度のオクタを始めとするナント地域の救援に係るその方らの働き、余は満足である。これからも王国の忠臣として励め」


 跪礼のまま、深く頭を下げて感謝の意を示す。


 定型以上のお言葉はないので、作法通りに下がって謁見は終わった。


 控室に戻った俺達はそろって盛大な溜息をついた。


「終わったわ」


 モニカがそう呟いた。そんな当たり前の感想しか出ないくらい緊張したのだろう。


「それにしても、まさか銀十字とはな」


 そう言ったのは一緒に戻ってきた伯父上だ。俺は勲章の等級ぐらいは知っているが、どのくらいの活躍をすればこれくらいの勲章という相場感はない。

 確か中級の勲章だったはずだが、破格の扱いなのだろうか。


「どのくらい凄いものなんです? 貰っておいてなんですが凄さが分かりません」


「フィルミーノの聖銀大十字章には数段劣るが、そうだな、たしか百足らずの兵で、千を超える敵を相手に殿軍を務めた貴族が銀十字戦功勲章を受章した事があるな。功労勲章と戦功勲章の違いはあるが、それと同等ということだ」


 なんか凄そう。決死の戦いをした人と同格の勲章なんて、申し訳ない気がする。


 その後に、内務尚書閣下が控室にやってきて、残りの面子にも勲章を授与して去っていった。副賞として金銭も頂けるのだが、これは帰りがけに渡されるそうだ。


 アリスさんは銅十字功労勲章、モニカとジャック医師はその下の十字功労勲章を授与された。騎士と軍兵士は個人ではなく集団なので、別系統の報奨規程があるらしく、目録が渡されていた。


「もう帰りたいです……」


 そう弱音を吐いたのはモニカだが、全く同感だ。この後総貴族会議がおよそ2刻も続けられ、最後に俺達の受章の発表とお披露目が行われるので、かなり待たされることになる。


 そう言えば、アリスさんがとても静かだ。ここで絡まれても困るのだが、静かすぎても不気味だ。

 やぶ蛇にならないように、話しかけはしないが、やはり彼女でもテンパっているのだろうか。


 そう思ってチラ見していると、アリスさんは控室を出ていってしまった。城の自室で休憩するそうだ。まあ、自室があるのにここにいる必要もないか。



◇◆◇◆◇



 すべての予定をこなして、テルミナ邸に戻ってきたのは夜になってからだった。


 総貴族会議後の懇親会が苦行だった。会議の最後でお披露目があったのだが、そこで国王陛下が、


「このレオナルドのような才ある若者が我が国にいることは幸いである」


 と俺を持ち上げたものだから、貴族たちに次から次へと話しかけられ、全く食事をつまむ暇もなかった。

 廃嫡、追放されたにも関わらず、僅か13歳で勲章を貰ったのだ。話題性十分で酒の肴に丁度よかったのだろう。

 これまでパーティで散々挨拶をしまくったのだから、俺の顔なんて珍しくないだろうにさ……


 まあ良い。しんどいことはこれで終わったのだ。


 総貴族会議が終われば貴族たちは自領へと帰っていく。時季的に各地での収穫祭の準備もあるから長居はできない。

 だから会議以後のパーティは殆どないし、出席を断っても失礼には当たらないことになっている。


「終わりましたね伯父上。もう倒れてもいいですよね」


「構わん。好きなだけ寝込め。儂も数日は休むことにする」


 俺は正装をしたまま寝てしまい、翌朝一番に母上に叱られた。

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