第60話 勅命
王都に戻った俺は忙しかった。
帰還したその足で、王城に行って王弟殿下に報告をして、その後報告書を書く合間に、騎士団や軍に顔を出して状況説明や質疑応答などをした。
当然、熱気球の現物も王弟殿下に引き渡した。その後にどうするのかは聞いていない。
これらだけで、5日間。教会学校で教師を務める余裕もなかった。
それが終わっても、俺はいろんなところに引っ張りだこだった。
まず、お祖母様の生家であるロッシーニ伯爵家から呼び出された。
「レオナルド、話は聞いたぞ。よくやったな。儂も縁者として鼻が高いわ」
そう言ったのは、お祖母様の弟で現伯爵のサルヴァトーレ=ガル・ロッシーニ大叔父上。
年齢は60歳前後のはずだが、実にエネルギッシュな人だ。見た目も、頭は逆立つ赤き剛毛でフッサフサ、片目は眼帯で隠されている。海賊の親分みたいな人だ。いつか「お頭ぁ!」と呼んでみたい。
「うちの屋敷からも、その熱気球というのを目撃した使用人がたくさんいますよ」
そう言ったのは、サルヴァトーレ大叔父上の長男のエウゼビオ殿だ。見た目を一言で言えばインテリなヤクザ。細身の身体で糸目。ピシリと撫でつけられた髪。笑うと逆に怖く見えるという人だ。こちらは「若頭ぁ!」と呼んでみたい。実際は真面目でいい人なんだけど。
話題に出た熱気球というのは、もちろん王城での実験が見られていたのだ。
王城は、防衛の観点から小高い丘に建てられているのだが、そこで30m級の気球を浮かばせたので、よく見えたらしい。
一時、アレは何だと王都で騒ぎになったと聞いている。
俺が王都に戻ってくるまでの間に、その正体の熱気球については、王城に伝手のあるもの、つまり貴族たちにはある程度情報公開がされて、その発案者及び作成者が俺だと知られていた。
大叔父上にしてみれば、嵐で足止めされて、やっと王都に到着したら、親戚の子供が名を馳せていたという状況だ。
廃嫡・追放されたと聞いて不憫に思っていたら、派手なことをやらかしている。
それが嬉しかったらしくて、俺をすぐに呼び出したということだ。
「どうだい、サルヴァトーレ。手紙に書いたとおりレオナルドのことは心配いらないだろう? 何を隠そう、世界で最初に空の旅を楽しんだのはこのあたしさ。レオナルドと一緒に歴史に名を残しちまったかね」
ロッシーニ家なので、同席しているのはお祖母様だ。そのお祖母様は誇らしげに生家の弟と甥に語りかけた。
「姉ちゃんの名前が歴史のに残るなら、ロッシーニの名前も残るな。ますますよくやったぞレオナルド」
いや、ロッシーニの名前は普通に残るでしょうに……伯爵家なんだから公文書にバリバリ登場してるはず。
「まあ、頑張りました。──それに、アブラーモの件も決着がつきましたし、やっと落ち着きそうです。色々とご心配をおかけしましたが、ありがとうございました。後は報告書を提出すれば仕事は終わります。書き直しを命じられなければ、ですが……」
今回の報告書は、俺は原案を考えて、それをモニカが口述筆記で書き起こし、先生や騎士さん達のチェックを経て、提出されることになる。
関係する人数が多いからめんどくさいんだよな。特に先生は俺の教育係だったからけっこう厳し目。
「分かる、分かるぞレオナルド。戦争で戦うのもしんどいが、戦後処理はまた別の面倒くささがあるよな」
俺の憂鬱そうな気分を察して大叔父上が相槌を打った。いや、未成年なんで戦争の経験はないのですが。
ちなみにこの面会、お茶の代わりに酒が供されている。俺は怪我があるので、紅茶に変えてもらったのだが、「身内ばかりだからいいだろう」とのことで、かなりの勢いで大叔父上を始めとするロッシーニ関係者の腹に酒が吸い込まれていく。
これ絶対、宴会に突入するやつだ。
「えっと、この後も行くところがありますので、今日はこの辺でお暇させていただきます」
「そうか、それでは仕方ないな。だが、王都にいる間にまた顔を出せよ」
そうして、俺はロッシーニ家を辞した。お祖母様は今晩はロッシーニ邸に宿泊するそうだ。
ロッシーニ家を出て、俺が向かう先は、どこぞの男爵家だ。
エウゼビオ殿の言ったとおり、王城での熱気球実験は、王都の住民に見られた。それだけでなく、その熱気球で被災したオクタの町の救援を行い、成功したという情報が流れた。
そのおかげで、今王都でもっともホットな有名人が俺なんだそうだ。
お茶会やパーティへの招待状が、ごっそりと舞い込んできた。全てに参加できるわけもなく、そこ取捨選択は大人たち任せなのだが、方針としては「できるだけ顔を売って、今後に活かす」ということらしい。
「次の行き先は、どこだっけ?」
「パップコート男爵家でのパーティです。養蚕業が盛んで、今回の熱気球に使った絹布にもそこの産品が使われていたそうです」
うちの領地の産物の宣伝になったぞ、サンキューな、という意味合いでの招待だろうな。こちらとしては、マットレスを売る際に、絹のシーツや布団を仕入れて抱合せで販売すれば利益率が高くなるという思惑がある。
まあ、今日のところは顔つなぎで、ここで面識を得て、また後日銀星商会の番頭であるバスケスあたりと実務交渉することになるだろう。
あれだな、バスケス以外にも人材育成をしていかないと悲惨なことになりそうだな。あとで母上に話しておこう。
今日はこのパップコート家のパーティで終わりだが、明日以降も予定は目白押しだ。教会学校での教師は、アマートに代打をしてもらっているとはいえ、早くもとの生活に戻りたいものだ。
◇◆◇◆◇
総家族会議まで後2週間というところで、テルミナ家主催のパーティが開催される。俺も参加者の一人のはずなのだが、開催前に仕事を一つ頼まれた。
この頃には、ペンを握れるくらいには傷も回復していたので、伯父上に小型の熱気球を頼まれたのだ。
パーティは夜なので、中庭に3メートル級の熱気球を浮かばせろというオーダーだ。
熱気球を目撃した人間は多いが、ほとんどが遠目に、短時間見ただけだ。それの実物を目の前で見せて、参加者の度肝を抜いてやろうという発案だった。
これは、テルミナ家の評判だけではなく、俺の名声も上げようという狙いがある。なので断れなかった。
フランとチャコちゃんを助手にして、小型熱気球を作成した。
熱源だけは小型のロケットストーブを親方と一緒に作ったが、気球部分の材質は木と紙だ。
竹ひごのように細くした長い木串を、大鍋で煮て、柔らかくした後に整形して、紙を糊付けしていく。俺のイメージとしては、ねぶた祭り的なものだったのだが、完成品を見ると赤ちょうちんみたいになってしまった。
多分、テルミナ家の家紋と、銀星商会のシンボルマークを表面に描いたからそう見るのだと思う。
銀星商会のシンボルマークをリファインしたのがチャコちゃんで、それとテルミナ家の家紋を気球に描いたのはフランだ。
二人は、自分の関わった熱気球のできが良くて喜んでいた。特に、父親が逮捕されたと聞いて塞ぎ込んでいたチャコちゃんにはいい気分転換になったんじゃなかろうか。
ちなみに、モニカは余りの不器用さにフランにダメ出しをされて戦力外になった。
ちゃんと俺が後でフォローしたよ。
テルミナ家主催パーティ当日は、風も弱く、小型熱気球は好評だった。
宵闇の中で、数メートルの高さに浮かび上がる不思議な球体。人はついつい炎に見入ってしまうと言うがあながち嘘でもないようだった。球体の中で揺れる火影は実に幻想的だ。
殆どの参加者が、立ち止まり、近寄って眺めていた。
何故か、俺が中庭で説明役を続ける羽目になったが、かなり顔を売れたので良しとしよう。
そう思っていたのだが、嬉しくない副作用が発生した。パーティへの招待状が更に増加したのである。
テルミナ家のパーティから一週間後、3軒の貴族家をはしごした俺は、テルミナ邸の談話室で、へたり込んでいた。
全く、未成年の怪我人だと言っているのに、無理やり酒を飲まそうとしないで欲しい。しかも相手はルイージ伯爵家の当主だった。
ルイージ伯爵家というのは、俺の従兄弟のカストが乱暴しかけたお嬢さんの家だ。一応レムリア侯爵との手打ちは済んでいるので、西部貴族の彼とも含むところはなくなったとアピールする必要があって、仲良く見せなければならなかった。
だがそれが、えらく疲れた。まさに貴族という感じで、笑っているのに笑っていないというか、何を考えているのか読み取れないのだ。
疲労困憊で、水を貰ってクールダウンしていると、アマートが談話室にやってきた。
「なあ、レオ。そろそろ教会学校の仕事をやってくれよ。本来はお前の仕事のはずだろ?」
俺が忙しくなって、ピンチヒッターだったはずの教師役をアマートがずっと続けてくれている。
とりも直さず、俺が一向に暇にならないからその状態が続いているのであるが、アマートには不満のようだ。
「そう言わずに、続けてくれよ。俺が忙しいの知ってるだろ?」
「教会学校は午前中だけだ。お茶会ともパーティとも被らないはずだぞ。だったら、本来の形にしようぜ」
「勘弁してくれよ。今日なんかパーティだけで3軒だぞ。午前中くらい休みがなけりゃぶっ倒れるっつーの。それともあれか、アマートは俺より忙しいのか?」
「お前ほどではないが、僕だってやることはある。……それに、正直言って、子供は苦手だ……。全然こちらの言うことを聞いてくれん」
ああ、そうねえ。俺たちはまだ13歳だもんな。教師としては舐められやすいよな。
「分かった。教会学校は俺が引き受けよう」
「おお! そうしてくれるか! 悪いな!」
そう言って部屋を出ていこうとするアマートを止める。
「その代わり、パーティの代理出席を頼む。ノルマは一日2軒だ」
「なぜそうなる?!」
アマートよ。俺はお前のことを友達だと思っているぞ。だから苦楽を分かち合おうじゃないか。
「よっし、その旨を伯父上のところに報告に行こう」
「まま、待て待て。僕が言ったのはそういうことじゃない。教会学校とパーティは別のことだ。交換していいものじゃないうえに、相手はお前に会いたいんだろ? 僕が出席したら場が白けるだろう」
まあ、アマートの言うことにも一理ある。元々は俺の仕事だっていうのは事実だからな。本当の本当に嫌なら、俺が復帰しなきゃならないだろう。
ただ、できれば続けてほしいのが本音だ。
「頼むよアマート。マジでしんどいんだ。お前はそんなに薄情な人間じゃないだろ?」
「しかしだな……」
「お邪魔しますよ」
そこに現れたのはここ一週間ほどは顔を見ていなかった先生だ。
「先生、だからテルミナ邸に出没しすぎですって。しかもこの夜更けに」
「なにを言っているのです。レオ君がいるから私が派遣されてくるのです。原因は私ではありませんよ」
「その口ぶりだと、また俺にお仕事ですか?」
見れば、先生は勅任騎士の正装だ。かっこいい鎧姿であるが、嫌な予感がする。
「仕事、とは少し違いますね。まあ、クラリーノ殿が応接室で待っているので、行きましょう」
俺達はアマートを残してすぐに応接室に移動した。そこでは伯父上も正装をして待っていた。
「さて、サンダース殿。王命を携えて来られたそうだが、儂とレオナルドだけで良いのか?」
「ええ、要件はお二人に対してですからね。──コホン。では今から、畏れ多くも国王陛下よりの勅命を伝えます。クラリーノ=ガル・テルミナ子爵及びレオナルド=ガラ・シルバードーンは威儀を正してお聞きなさい」
陛下の名前が出た瞬間に俺と伯父上は即座に膝をついた。
数秒間、部屋に沈黙が訪れ、先生は手に持っていた木箱を頭上に奉った。これは文書に折り目を付けずに運ばれるための、最上位の形式だ。騎士以上の者が手ずから運び、箱に付けられたのし紙のようなものに蝋封がされている。
それが俺たちの目の前で開封される。
「勅。来る総貴族会議において、レオナルド=ガラ・シルバードーンに出席を申し付ける。また、クラリーノ=ガル・テルミナ子爵は、そのための支度を遺漏なく整えるべし。
以上です」
すまんなアマート。こりゃ絶対に教会学校の仕事はできないわ。
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