第59話 その後の話

 熱気球は、都合4度の輸送に成功した。


 午後には、風が出てきてしまったので、以後は断念したが、子供を最寄りの町に搬送して戻ってきた医者を、最後の便で向こう岸に送ることには成功した。医薬品も持ち込んだ分はすべて届けることが出来た。


 医者ってすごいよな。治療のためなら二日くらい徹夜しても平気なんだそうだ。張り切って気球に乗り込んでいったよ。


 これで当初の目的である36刻以内での救援について、俺に出来ることは終わった。


 後日、熱気球よりも良いアイデアを思いつくかもしれないが、最大限の努力はしたし、ある程度の貢献もできたと思う。


 日が暮れて、俺達は最寄りの町に移動した。


 前日から細切れの睡眠しかとれていない俺は町に到着後、気を失うように熟睡した。夢は見なかった。



「これからのことなんですけど」


 翌朝、先生とクーガー殿を捕まえて今後のことを相談する。この日はそこそこ風が吹いているので、今のところ熱気球は飛ばせそうもない。


「私達の役目はここまでですね。河の水量が減って、軍が人員を送り込むまではここに駐留して、それを見届けたら王都に戻りましょうか。天候次第では、追加の物資を送るのも一案ですが、最重要の医薬品は手元にありませんし、数名の人員を送ってもどれほど効果があるか」


「怪我をしていた子供はどうなんでしょう。何か聞いていますか?」


「はい、容態は安定していて、このままなら助かるだろうとのことです。麦粥も食べたそうですよ。救助した兵士はすっかり元気ですね」


 それは良いニュースだ。


「兵士と言えば、舟に捕まって流されていった2名のその後は? 追いかけた騎士さんは戻りましたか?」


「はい、彼らは昨夜こちらに合流しました。下流に滝というか5メートルほどの落差があったようでして……残念ながら2名とも死亡したようです。1名の遺体は回収できたのですが、もう1名は無理だったそうです」


「そうですか……」


 軍も上層部の思惑はどうあれ、現場の兵はオクタ救助のために危険を顧みずに挑戦したのだ。命がけで舟に乗っていた彼らは、無謀ではあったが勇敢でもあった。冥福を祈ろう。


 俺達は揃って黙祷を捧げた。


「他は、その軍の部隊と連絡を取ろうとしています。彼らの救援計画も知っておきたいですから」


 軍が現地に到着できれば、俺の出る幕もなくなるだろう。


「レオ君、お疲れさまでしたね。限られた時間でしたが、よくやったと思いますよ」


「できるだけの事はやりましたが、もっとやれたかもしれないと思うのは傲慢ですかね?」


「どうでしょうね、大事なのは次に活かすことだと思いますよ。今回の件で言えば、王都に戻ったら、詳細な報告書を作成しましょう。

 災害時の対応についての検討は軍が中心となって行うでしょうが、報告書は重要ですから。頑張りましょうね」


 災害救助マニュアル的なものを策定するのかな。それの検討材料としての報告書を俺に書けと。場合によっては聞き取り調査とかもされそうだな。

 協力することはやぶさかではないが、軍に囲い込まれそうで怖いな。王弟殿下と伯父上に守ってもらおう。


「じゃあ、あと一日二日はここで骨休めですね。針子達は先に帰しましょう。母上達はどうする気かな?」



◇◆◇◆◇



 午前中に、軍の中隊長という人が宿にやってきた。

 ご遺体の回収と、救助への感謝をされた。


 軍は、計画通り水量が減ったら舟で人員を送り出すそうだ。規模は約100人。中隊をまるごと突っ込むらしい。


 俺は2つアイデアを提供した。1つ目は舟橋についてだ。


 数珠つなぎに縄で結んだ舟を河に並べて、その上に板を渡して簡易的な橋とするのだ。よりスムーズに移動ができるだろうし、怪我人たちをこちらに連れてくるのも楽になる。舟が足りない分は、丸太を筏にすれば良い。折れた樹木はたくさんあるだろうからな。


 中隊長さんは、その手があったかと膝を叩いて喜んでくれた。


 まずは舟で100人をオクタに運んで、現地の状況を見ながら舟橋の設置を検討するそうだ。

 遠からず、迂回して食料を運び込む部隊も到着するそうなので、そうすれば人員に余裕が出来るはずだと言っていた。


 もう一つは、ハンモックだ。


 100人単位の兵士が常駐すれば寝る場所にも困るだろう。それに濡れた地面に直接寝るというのも厳しいと思う。

 ハンモックであれば、木と布と縄があれば作れる。もちろん町の住民が使っても良い。

 中隊長さんはイメージが出来なかったようで首をかしげていたが、こちらも物資の状況次第で試してみると言っていた。


 そういう話をした後、中隊長さんは、最後にもう一度俺たちに頭を下げて帰っていった。

 ちゃんとした軍人さんで良かった。


 なんでマトモそうな中隊長さんが、無茶な命令をしたかについては、上役から絶対に俺たちよりも先に現地に到着しろという命令を受けていたかららしい。上意下達が叩き込まれている軍人にそんな命令を出すなんて……


 その命令をしたのが、あの元将軍の息子と聞いて溜息がこぼれた。

 舟に乗り込んだ3人は、自分の意志で志願したとのことだが、やりきれないな。



◇◆◇◆◇



 針子達はその日のうちに王都に帰したが、母上たちは俺と一緒に戻ることになった。


 フランとチャコちゃんが、熱気球に乗りたいと駄々をこねだした。


 風もあるし、ここでまた気球を浮かせると、びっくりした中隊長が飛んでくるかもしれないので、それは許可しなかった。あちらの邪魔になってはいけない。


 代わりに、余っていた縄を使ってブランコを作ってあげた。

 都合の良いことに、大きくて枝ぶりのいい木が町外れにあったので、そこに設置。


 使った縄が長いので、ブランコも全長10メートル以上のロングタイプだ。


 最初は、モニカさんを含めた4人で遊んでいたのだが、次第に町の子供達も集まり、盛況になった。追加のブランコを設置したくらいだ。


 俺とモニカさんは、少し離れたところで見守ることにした。


「モニカさんもお疲れ様」


「私は役に立たなかったわね……」


「十分じゃない? 俺は助かったよ」


 まあ、ぶっちゃけモニカさんでなければ無理な仕事はなかったが、それでも不眠不休に近い形で働いたのだ。それが雑用であっても役に立ったことは間違いない。


「そうね、そう思うことにする。それよりレオ君。なんでアリス様は呼び捨てなの? おかしいわ」


「あれはまあ、切羽詰まっていたし、有無を言わせないためにそういう態度になったんだ。もう落ち着いたから呼び名は戻すよ」


「そうではなくて……。わ、私のことも呼び捨てでいいのよ……?」


「え? ああ……うん。じゃあこれからは呼び捨てでね。俺も呼び捨てにしてくれていいよ」


 て、照れる!


「じゃ、じゃあ。モニカって呼んでみて?」


「今回はお疲れ様、助かったよ……モニカ」


「どういたしまして。レオ」


 これが甘酸っぱいという感覚なのだろうか。無性に身体を動かしたくなるな。

「あの……お二方、ちょっとよろしいでしょうか……って、どうされたんですか!? お顔が真っ赤ですよ?!」


 俺たちに話しかけてきたのは、アリスさんのお付きの侍女さんだ。俺達より年上で20歳を過ぎていると聞いたが、見るからに気弱そうで、いつも眉をハの字にしている人だ。

 何か事情があったのか、彼女は熱気球の作成にはノータッチで、今日になってからこの町に来た。名前は確か、ミータさん。


「な、何でもないですよ。それよりどうされました? アリスさんが問題でも起こしましたか?」


「えっと、レオナルド様にお願いがありまして……。お嬢様がこのまま王都に帰らず、オクタの町で救助活動にあたりたいと言っているのですが、お疲れですし、他の方のお邪魔になりますので、王都に戻るように説得して頂けないかと……」


 被災地で救助活動か……。そういう気持ちは尊いし、称賛すべきだろうけど……


「性格的に、トラブルを起こしそうだよねぇ……」


 あの中隊長さんも、アリスさんの詳しい素性は知らずとも、王弟殿下の養い子ということくらいは知っているだろう。気を使わなきゃならない相手だ。

 それを訳知り顔で、救助活動に参加しますと言われても、ありがた迷惑だ。力仕事が出来るわけでも、医者でもないんだからな。


 災害発生からの3日間というタイムリミットの中で、俺達は医薬品と浄水器の設計書そして医師を現地に送ることに成功した。昨日までの段階なら、俺やアリスさんでも役に立つ場面はあったろうが、今はもう次の段階へと進むべきところだ。


 医療行為は続けるとして、これからの主任務は、瓦礫の撤去や、仮設住宅の設置とかだろう。あるいは、埋葬だ。

 そこは小手先のアイデアよりも、大人数を効率的に動かすことが重要だと思う。


 つまりアリスさんが単独で出張ってもあまり役に立たないと思える。


 俺が王弟殿下の短剣を振りかざして、現地で独立した部隊をでっち上げ、アリスさんを使うということはやろうと思えば出来るが、軍の邪魔になりそうな気がする。

 騎士さんたちはもう王都に帰るつもりなので、それを延長させてまで現地入りするのはどうなんだろう。


 一応、宿に戻ったら皆と相談してみるか。


 アリスさんの説得はその後、俺以外の人にやってもらおう。俺がやると、絶対に口喧嘩になる。


「ミータさん、ちょっと騎士さんたちと相談してみるね」


「は、はい。よろしくお願いします。私だとお嬢様を止められないので……」


 コミュ障のボッチのくせにガンガン行くタイプの人に仕えるって大変だよな。そのハの字眉も原因はアリスさんなのかもしれない。



 俺たちは、フランたちが遊び疲れるまでその場で過ごし、午後の一番暑い時間に宿に戻った。


 チャコちゃんは、預かって僅か数日なのに、すっかりフランと仲良くなった。フランが人懐っこい性格なのもあるが、きっと反りも合うのだろう。

 お祖母様と母上にチャコちゃんのことは任せているが、王都に戻ったら一波乱あるかもしれないな。


 宿では、お祖母様と親方が酒盛りをしていた。まあ、それは想定の範囲だ。


 だが、母上が騎士さんたちを相手に『ルール・オブ・マネー』で無双している。わざわざ持ってきたとも思えないので、今日になって自作したんだろう。

 でもなぁ……そのテーブルの上に散らばった現金はどういうことなんでしょう……


「クーガー殿、ちょっと相談があるのですがよろしいですか?」


「あ、レオナルド殿! もちろんです! 行きましょう、すぐに別室に行きましょう!」


 これはクーガー殿、相当やられたな。


 母上無双だ。


 別室に先生も呼んで、アリスさんの意向と、現地で救助を手伝うか否かについて話し合った。


 結論からいうと、予定通りに軍の現地入りを見届けて王都へ帰ることになった。


「これは、被災者には申し訳ないのですが、多少は軍にも活躍の場を与えないと、面倒くさいことになります。最悪は現地でのイザコザです。これを回避するためにも、自分たちは引くべきです。実は、騎士を向こうに送る案に消極的だったのもそれが念頭にあったからです」


 騎士団と軍の軋轢のために割を食うのが被災者というのが気に食わないが、それがトラブルの元になるなら、引くしかないという結論だ。


 せめて何かできないかと考え、俺達はスゴロクを量産して軍に預けることにした。現地の雰囲気が最悪なのは想像に難くない。娯楽でもあれば少しは気分も晴れるかもしれないという想いからだ。


 母上たちにも話をして、俺たちはいくつものスゴロクを作成した。作成にかかった費用は、母上が騎士たちから巻き上げたお金が使われ、残ったお金は義援金として現地に送られることになった。俺も手持ちの現金を供出した。


 スゴロク作成で最も活躍したのはチャコちゃん。


 なんと、今回の熱気球作成から物資の輸送の一連の流れを、スゴロクに落とし込んだのだ。

 サイコロで確率的に成功と失敗の判定をして、決められたターン内での輸送量の多寡を競う遊びになっている。

 例えば、サイコロで1の目が出たら、『風強く、熱気球に損傷 修理の為に10マス戻る』とか、6の目が出たら『輸送大成功 100の物資の届けた』と言った感じだ。


 僅か7歳にしてスゴロクの新種を考案したことに、俺と大人たちは戦慄したが、お祖母様だけは軽やかに笑ってこう言った。


「子供の可能性は無限大さ」



 なお、アリスさんは母上が説得した。と言うか『ルール・オブ・マネー』でけちょんけちょんに叩きのめしたうえで、説教をしたのだ。


「人には手が2本しかいないのよ。出来ることは限られているの。だから、できるだけ意味のある選択をし続けることが人生なのよ。ゲームの中ですら猪突猛進の貴方が、現実で最善の行動をとれるのかしら? 確率もいいけれど、相手は人間なのだから、やりたいことだけではなくて、やっていはいけないこと、やるべきことは何かと考えなさい」


 ボードゲームを出汁に説教するのはどうなのだろうかと俺は思ったのだが、アリスさん本人の心には響いたようだ。

 王都への帰還を了承した。



◇◆◇◆◇



 その二日後、軍は舟での人員輸送に成功した。


 これは王都に戻ってから聞いた話ではあるが、俺達の運んだ医薬品で、多くの被災者が救われて、浄水器も大活躍したそうだ。


 被害規模としては、概ね50軒の家が損傷を受け、約100人の町民が亡くなった。それでも、医薬品が届かなければ、更に100人くらいは死んでもおかしくなかったと聞くと、頑張った甲斐はあった。


 仮設住宅等ができ次第、慰霊祭を行うとのことで、俺達も招待されたのだが、残念ながら出席することが出来なかった。


 なぜなら、俺達は王都で時の人になってしまい、目の回るような忙しさになってしまったからだ。


 代わりに、王都で最大の教会に寄進をして、鎮魂の祈りを捧げてもらった。

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