第55話 国王陛下

 陛下のご臨席?! ここに来てまだ騒ぎが広がるのかよ。


 俺は突然のことに驚いたが、泡を食って身体を起こして跪礼した。


「一同、そのままだ」


 騎士団長さん以外はすべて平伏した。貴族は跪礼、平民は座礼だ。ヘルメス殿下も膝をついている。


 静まり返る中庭。ロケットストーブのゴーという音と、元将軍の「馬鹿な」というつぶやき声がよく聞こえた。



「皆、ご苦労。本日は儂の命により作成させていた熱気球の実験に陛下がご興味を示された故、ご臨席を賜る。また異例ではあるが、陛下が労いのお言葉をくださるとのことである。静聴せよ」


 この声は王弟殿下だな。


「余がアレキサンダー=ソル・コルネリウス・ミッドランドである。此度のナント地域の救援準備、大儀である。最後まで気を抜かず励め」


「皆、顔を上げて作業を再開しなさい。それと、ヘルメス、ファーデン、クーガーはこちらに来なさい。おっとレオナルドもこちらに来るように」


 うえっ、マジすか殿下。

 行きたくないなぁ、路傍の石扱いで無視してくれないかなぁ。


「レオナルド、こちらに」


「はっ」


 何言われるんだろう? まさか次男坊の肩を持って処罰するとかないよね。陛下相手に城の中じゃ、逃げ場がない。

 及び腰で近寄って、跪礼をする。


「ヘルメス。余は謹慎を命じたはずだ。なぜここにいる?」


 王様の声、渋いなぁ。重みがあるというか。聞かずにはいられない感じ。


「そ、そのぅ。窓から楽しそうなことが見えたので……」


「ならば、今すぐ部屋にもどれ。沙汰は追って下す」


「待って下さい父上! 僕の熱気球がもうすぐ浮かぶんです。それを見届けさせて下さい」


「お前の熱気球? 聞いてはおらんぞ。トリスタンが命じて作らせたのだろう。それがなぜお前のものになる」


「へへへ。あれはアリスが設計したものだそうです。とすれば僕が貰ってしかるべきです。父上も乗ってみませんか?」


「我が子ながら……。付ける薬もないな。おい、ヘルメスを北塔に幽閉せよ。厳重に鍵をかけ、決して外には出すな」


 やった! 王様はまともだ! そうですよ、野放しはダメです。厳重に管理して下さい。


 陛下に従っていた騎士がすぐさまヘルメス殿下を拘束して連れて行った。青いマントということは近衛騎士だ。「ちちうぇ!」と殿下は喚いているが、抵抗虚しく引きずられていった。


「それで、騎士よ。揉めていたようだが何があった」


 副隊長のクーガーさんが、状況を説明する。複雑なことはないのですぐに説明は終わり、陛下の唸り声が聞こえた。


「幽閉では反省にならんな。修道院で性根を叩き直させるか……」


「お、お待ちを。ヘルメス殿下は学術的な好奇心でそのように申されたのです。寛大なご処置をお願いします」


 口を挟んだのは元将軍。いくら軍のお偉方でも勝手に発言したらいかんだろうが。


「ファーデンか、なぜここにいる? 登城禁止を申し付けたばかりではないか」


「は、はい。それは……ヘルメスの殿下のお召しにより……」


「余の命を軽んずるか。それに余の臣、余の民を害そうとしただと? ファーデン、貴様はそれが許されると、余が許すと思っているのか?」


「めめめ滅相もない! ただただ殿下の御為に動いたまでで……」


「とりあえず地下牢に放り込んでおけ」


「お待ちを、儂はっ、儂には、長年の功績があります。どうかそれに免じて……」


「そなたは何かというとすぐに長年の功績というが、フォーサイス家の功績はすべてそなたの父祖らによるものだ。それを自分の手柄のように誇るな。

 それにヘルメスがあのように理非を弁えず成長したのはそなたの責任でもある。そうだな、地下牢で数日反省しろ。その後は邸宅での永蟄居を命じる」


 うわあ、さすがの最高権力者。即断即決で処分しちゃったよ。

 蟄居っていうのは、つまり家から出るなってことだな。永蟄居となると無期限だ。見たところ高齢だし、死ぬまでそのままということもありうるな。


「そ、そんな……」


「ファーデン、軍に顔が利くのはお前だけではない。これまで見逃してきた不正をいまここで陛下に申し上げてもいいのだぞ」


「トリスタン、その言い方では報告してるの同じではないか」


「おっとそうですな、これは失敗しました」


 はっはっはと笑う、陛下と王弟殿下。こっわ。この兄弟怖すぎでしょ。


「クーガー、連れて行け」



「さてそこの少年、顔を上げなさい」


「はっ」


 陛下の顔を見るのは始めてだ。だが、顔を上げてもマジマジとは見てはいけない。お腹のあたりを見つめないと不敬にあたるのだ。


「ほう、フィルミーノの面影があるな」


「そうですな。レオナルドはまだ13歳。これからもっと似てくるやもしれません」


「フィルミーノの遺児が僅か一日でこれを作り上げるとはな。レオナルド、と言ったな。ここでそなたの邪魔をするのは余の本意ではないゆえ、作業に戻ってよろしい。余のことは気にせず、完成を目指しなさい」


「はっ、ありがとうございます。御前、失礼いたします」


 頭を下げて、そのまま後ろ向きに数歩後ずさる。そしたら立ち上がって振り返る。


 ふう、なんで呼ばれたのかわからんが、とにかく作業を進めろとの仰せだ。緊張するけど、ここまできたらなるようにしかならない。開き直っていこうかね。


 権力者たちが降って湧いたように登場している間に、熱気球は完全に浮き上がっていた。地面に打ち付けた杭がなければ、もっと高く浮かぶだろう。


「じゃあ、続けるよ。まずは籠の強度検査だ。セバス、脚立を持ってきてくれ」


 脚立をセバスに押さえさせて、籠に乗り込む。

 本番では、これに医薬品などの荷物を積載するから、途中で底が抜けるようなことがあってはならない。


 なので、俺はバスケットの中で床を蹴りつける。ガンガンと踏みつけてもびくともしていない。いい仕事だ親方。

 次にジャンプもしてみるが、全く問題ない。手摺部分を掴んで左右に揺すっても大丈夫。


「よし、次は荷物を載せてみる。誰か、木箱を持ってきて」


 石を詰めた木箱が運ばれてくる。それを受け取って、籠の中に置く。一箱20キログラムとして、まずは5つ積み込んでみるが、地面に落ちることはない。8個目を積んだところで、わずかに気球の高度が下がりはじめた。およそ搭乗人員抜きで160キログラム弱が最大積載量だ。


「上出来だ。次は高さを上げるよ」


 ロケットストーブに燃料を追加して、火力を上げる。今日はほぼ無風だが、上空は多少風が流れているだろう、そこでの挙動を確認するためだ。


「若様、一旦降りて下さい。危のうございます」


 そうか、いきなり有人は危険か。安全第一だ。


 荷物を5個に減らし、気球から降りて、杭に縛り付けられている縄を緩めるとすぐに気球は上昇した。


「手の空いたものは、作業場で休憩してもいいぞ」


 陛下のお姿が見えるところだと休まらないだろう。俺は責任者として逃げられないが。


「この後はどうされますか?」


「縄を引っ張って、揺らしてみる。できるだけ本番を想定した動きをさせたい」


 それでも、不安要素は尽きない。上空で突風に煽られたらどうなるか……


「でも、やるしかないよな。コクラン、縄を引っ張ってくれ」


 気球は4本の杭と縄で地面に繋ぎ止められている。少々揺らしたくらいでは杭は抜けないだろうが、気球の方はどうなるか。


 コクランたちが縄で気球を引っ張ると、わずかに傾いたものの、気球は引っ張られた方向へ移動した。


「コクラン、どうだ? 人力でも誘導できそうか?」


「はい。男が何人かいれば十分だと思います。ただ、風に煽られたら、身体ごと持っていかれそうです」


 やはりそうだよな。何と言ってもサイズが巨大だ。受ける風圧も相当なものだろう。


「初回は人力しかないが、縄を巻き取る機材を向こう岸に運ぶか」


 イメージしたのは、ウインチだ。地面に固定さえしてしまえば、回すだけで縄を牽引できる。綱引きのように踏ん張る必要がない分、安全で効率的だろう。


 全部を鉄で作るのは、重すぎて気球に載せられない。力のかかるハンドル部分と歯車、それに地面に固定する部分だけをこちらで作って、胴体などの木製部分は向こう岸にお任せだな。浄水器と併せて設計書を送ろう。


 と、ウインチの事を考えていると、アリスの悲鳴が聞こえた。


「急に高度が下がってきたわ!」


 あ、これはヤバい。


「脚立と手袋を持ってこい! 筒暖炉を外すぞ! 布が燃えれば今日一日の苦労が水の泡だ!」


 騎士が持ってきた手袋をはめてバスケットに乗り込み、ロケットストーブを外した。

 気球の開口部から上を眺めると、光が漏れているのがみえる。一部が破けたかほつれたのだろう。


 急速にしぼんでくる気球から間一髪でロケットストーブを外して退避させる。良かった。どこにも燃え移っていない。


 ドスンと地面に降りた気球の穴の部分を見分する。


「縫い目に沿って、破れた……引き裂かれたみたいになってるわね」


「アリス、一箇所が破れたってことは、他の箇所も破れる可能性があるってことだ。修繕はもちろんだが、補強の手段も考えてくれ。多分、力のかかりやすい箇所があるから、そこを見つけて対処するんだ」


「補強……、重さが増えるわよ」


「浮かんでも落ちてしまうなら本末転倒だ。少々の重量増は目をつむる。やってくれ」


「今からだと、補強が終わるのは夜になるわね。実験はどうするのよ?」


「補強が終了次第、現地に移動する。明日の朝一番で浮かせて、それを実験の代わりにする。ほぼぶっつけ本番になるが、遅らせることはしない」


 川沿いで待機して、条件のいいときに一気に飛ばしたい。そのためには、今夜中に移動しなければならないのだ。


「分かったわ。修繕と補強はなんとかする。それ以外は順調なの?」


「多分な。投石機の調達が間に合えば大丈夫だ。ここは任せるぞ、俺は縄を牽引する道具を作る」


 俺は、陛下に一礼をして、親方のもとに向かった。


 ウインチは似たようなものが既にあるので、試作は一刻ほどで終わった。作ったのはかなりの部分が鉄製だが、負荷の小さい部品を木製に換装しよう。あとはそれ用の設計書を作成して、鉄製部品をもう一セット作ればすれば完了だな。この試作品はこちら岸で、新しく作る方は向こう岸用だ。


 投石機については、作業中に連絡が来て、軍の保有する最大のやつをすでに現地に発送したそうだ。図体がでかいのでバラして運ぶのだが、それでも相当な重さがあって、早めに送らないと間に合わないらしい。


「もう夕暮れだし、親方の仕事はとりあえずはここまでだね。ご苦労さま」


「坊っちゃん、設計指示書なら俺っちが書きまさあ。坊っちゃんは移動の準備をしたどうですかい? 目的地まで半日っつっても夜なら余計に時間がかかりますぜ」


「移動か、そうだな。早めに出発するか。親方たちは銀星号でお城まで来たのか?」


「勿論でさ」


 ふむ、銀星号は大きめの馬車だ。バスケットと気球の布部分、ロケットストーブをまとめて載せた上に、一人か二人なら乗せられるだろう。

 絶対に必要なものと俺を銀星号で運んで、その他の材料や人員は普通の馬車で輸送してもらうか。現地での修理要員として、親方と針子の一部は必要だから、それなりの集団になるな。副隊長さんに話しておこう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る