第53話 只今作業中

「おはようございます。お願いがあって参りました」


 王弟殿下は、早朝にも関わらず対応してくれた。執務室ではなく、寝室に通されたのは、緊急事態ゆえとそれだけ信頼して頂いてるってことだろう。


「おはよう、レオナルド。それで願いとは?」


「単刀直入に申しますと、絹の布を調達してください。大きさは全部で1500平方メートル。一枚の大きさはできるだけ長いものが必要です。それを縫う針子も必要です。昨日、伝令のエンジャーが一応話をしておいたはずなので、正式に命じて、ここまで連れてきてください。それと現地に運ぶ前に実験をしたいのですが、城の一角を使わせてください」


 今必要なことを率直にお願いした。


「相分かった。おい、そのように手配せよ」


 殿下は控えていた侍従にそう命じて、白湯を口に運んだ。


「でだ。布地が集まるまでに計画の概要と進捗状況を話してくれ。儂も全体像くらいは把握しておかんとな」


 そうだな。昨日は慌ててたから熱気球を今日中に作るくらいしか説明してない。それなのに、未成年にほぼ最大の裁量を与えて、要望も即座に叶えてくれるなんて殿下って豪胆だなあ。


「申し訳ありませんでした。ではご説明をさせていただきます」


 まず、気球の設計は終わったので、今から行うことは、熱気球の上部分を縫ってつくること。同時進行で、それにぶら下げるバスケット部分を作成して、両方が完成したらこれをつなげて、実験飛行を行う。

 実験がうまくいったら、夜のうちにコーエ河に移動し、明日の気温の上る前に実行する。


「ふむ、それで実際にどうやって向こう岸に送り込むのだ? あれは浮くだけで、後は風まかせなのだろう?」


「まず投石機で、縄を向こう岸に飛ばします。川幅が平時で100メートルなら倍と考えても十分届くと考えています。それを気球に結び、向こう岸の人間に引っ張ってもらおうかと。最初に運ぶものは、まず医薬品。次回以降は、向こう岸で不足しているものを載せたいと考えています。あ、投石機を軍から貸し出して欲しいです。騎士団では小さいのしか保有していないそうなので」


「投石機と医薬品の手配は任せろ。だが縄を渡して、それで気球を引き寄せるか……。思い通りになるか? 投石機で直接物資を飛ばしてはいかんのか?」


「やってみなければなんとも言えません。明日の風が強かったり、雨が降っていれば投石機で物資を飛ばしますが……、多分対岸についた瞬間に木っ端微塵になるかと」


 木っ端微塵になった医薬品は、大部分が使いものにはなるまい。

 それも含めて、準備がまるごと無駄になる可能性もある。殿下の面子も立たなくなるが、それを許してくれるだろうか。


「それならそれで構わん。昨日、軍の救助計画の聞き取りもしたのだがな、軍は舟と馬車での輸送を計画しておる。舟による輸送は、河の荒れ方次第だが、最短で明々後日を見込んでいる。馬車だと迂回せざるをえないので今日から5日後だ。だからな、最短で助けられるのはお前の計画だけだ。諸々のことは心配いらん。いざとなれば儂の私財から出す。心配せずにやれ」


「はっ、ありがとうございます。それで、勝手にアリスさんを使って気球の設計とそれに必要な計算をしてもらいました。事後報告ですがご了承ください」


「んん? アリスには部屋で大人しくしておくように申し付けておいたはずだが、誰かが連れ出したのか? しかし役に立ったのなら不問にしよう。お前も毛嫌いせずよく使ってくれた」


「遊ばせておくのはもったいないですからね。私情は一旦忘れました」


 ニンマリと殿下が微笑んだ。これは親の顔だな、娘が役に立っていて嬉しいと見える。


「では、まだまだやることがあるので失礼します。実験の際には是非ご臨席ください」


「うむ頼んだぞ。サンダース、レオナルドはまだ子供だ、無理をせぬように見張っておけよ」


「はい、お任せください」


 俺たちは作業場に戻った。そこには、顔見知りの副隊長さんとその他騎士が10名ほどで俺を待っていた。


「副隊長さん、お久しぶり……ではないですね。お手伝いに来てもらったということでよろしいですか?」


「はい、第1騎士団から選抜した騎士10名で応援に参りました」


 ビシッと敬礼してきたので、こちらも答礼をする。高水準の教育を受けた屈強な成年男子10名だ。なんでも任せられるな。


「ありがとうございます。聞いているかと思いますが、今の俺は王弟殿下から大きな裁量権を預けられています。疑問に思うことがあっても大人しく指示に従ってください」


「は、そのように団長から命じられております。上司になったつもりで、いかようにもお使いください」


「よろしい。最初は計画の概要と熱気球についてを説明する。

 それが終わったら、広場の水たまりをすべて除去してくれ。やり方は任せる。

 これから針子が来て作業をするので、その監督もしてもらう。指示はその都度出すが、軍から投石機を借りる予定なので、それの受け取りをしたり、現地移動の準備もしてもらう。やることはたくさんあるが、頑張ってくれ」


「全力を尽くします」


 そうして、作業場の中で設計書を見せて、熱気球の概要と今日明日の予定を説明していると、更なる援軍がやって来た。


「レオ、来たわよー」


 母上である。一人ではなく、お祖母様とフラン、チャコちゃんまで連れてきている。


「母上、どうしてこちらに?」


 察しはついているが一応訊いてみる。


「やあねぇ。手伝いに来たに決まってるじゃない。難しいことは出来なくても、ご飯くらいは作れるわよ。どうせ飲まず食わずで働いてるんでしょ?」


「兄さまをお手伝いするの!」


 フランは追い出せないなぁ……


 ここはプラスに考えよう。人員が増えたのだ、炊き出しも必要だろう。これから針子も来るし、城の厨房の仕事を増やすよりはいいだろう。


「分かりました。では、炊き出しをお願いします。大鍋を用意してください。メニューは任せますが、簡単に食べられるものでお願いします」


「了解よ。さあフラン、チャコちゃん。みなさんの朝ごはんを作るわよ」


「作るの!」


「が、がんばります!」


 母上たちには、試作で不合格になったロケットストーブを貸し出した。サイズは小さいが、なんとかやりくりしてくれ。


 朝食を終える頃には、針子の集団もやって来た。アリスも仮眠を終えて戻ってきたので、針子の作業を監督するように頼んだ。


 俺は親方のところに戻って、バスケットの作成だ。


 バスケットは、鉄の角パイプを作って、ポリゴンみたいな箱型のフレームを作った。各面に筋交いを1本入れて、角はL字金具で補強する。パイプ自体は、俺がスキルで鉄を柔らかくして整形し、親方が鍛接という熱した鉄同士を叩いて接合させる技法で接合した。壁の部分は、厚めの布を貼り付ける予定だ。

 知恵を凝らしたのは床面だ。木材では、強度が不安だった。代わりは鉄板なのだが、そのままでは重すぎるということで穴を空けて肉抜きをしたが、これでは強度が落ちる。


 そこで、採用したのがグレーチング。要するに側溝の蓋だ。あれはスカスカだが、強度がある。ダンプカーに何度踏まれてもびくともしない。今回は積載量が100キログラム単位のオーダーだから、かなり薄めに作っても使えるだろう。隙間が開いているので、空気の抜けも良い。ほんの少しだが風に強くなると信じる。


 溶接を丁寧にしないといけないが、そこはスキルの恩恵だ。鉄を完全に溶かさなければ純鉄になることもない。俺が柔らかくして、親方が形を作る。これもいくつか試作して、強度と重量のバランスを考えることにする。


 グレーチングづくりに目処がついたところで、針子部隊の進捗を確かめに行く。


「アリス、こっちの進捗は?」


「呼び捨てにしないでって……、まあ今は止めましょう。このペースなら、昼の2刻(午後2時)というというところかしら。そっちの作業は間に合うのよね?」


「ああ、籠の部分はほぼ形になった。あとは布を貼れば完成だ。ここまでは順調か。理論通り浮かべばいいが……」


「ダメなら改良するわ。私は諦めないわよ」


「妙にやる気だな。オクタの町に何かあるのか?」


 オクタの名前を出してから、急に従順になった。設計が楽しかったからかもしれないが、意欲的な気がする。


「あそこは私の故郷なのよ。城に召し出されるまでは私もあそこで暮らしていたわ。母さんのお墓もあるし、他人事じゃないの。だからレオナルド、必ず成功させなさい」


「なるほど、じゃあ友達もいるんだろうな。結果は保証できないが全力を尽くすのは約束してやる」


「と、友達はいないけど……」


「ん? よく聞こえなかったが」


「なんでもないわ!」



 アリスと話をしている間に、軍から投石機が運ばれてきた。


 だが、小さい。高さ2メートル程しかない。もっと大型のものでなければ対岸まで届かないだろう。運んできた兵士に尋ねてみる。


「なあ、投石機ってこんなに小さいのか? もっと大型のものがあるだろう?」


「えっと、すみません。自分たちはただ運べと命じられただけでして」


「レオナルド様」


 エンジャーが俺に耳打ちをしてきた。


「多分、軍の嫌がらせです。自分も軍の一員ですが、軍抜きの計画が面白くないのだと思います」


 はあ? 緊急事態だぞ、そういうのは暇なときにしろよ! イラつくな、場所は知らんが怒鳴り込むか? いや時間のロスだな。偉い人つまり殿下に叱責してもらおう。


「先生、殿下のところに走って注進してきて下さい。くだらない嫌がらせは仕事の妨害にほかなりません」


「まったく、度し難いですね。すぐに行きましょう。レオ君とモニカさんは、今のうちに休憩をしてくださいね」


「分かりました。少し休みます」


 とりあえず、完成までの道筋は付けた。少しは休憩してもいいだろう。


 俺たちは、母上たちの近くに行って、白湯をもらって一息つく。


「兄さま、すごく大きいの! こんなに大きくてもほんとうに飛ぶの?」


 フランとチャコちゃんが小首をかしげる。そうだな、大きいものが浮かぶのは想像しづらいよな。


「これはな、大きくしないと浮かばないんだよ」


「スゴイです……」


 チャコちゃんは、緊張しているな。まあここは王城だ。普通に生きてれば縁のない場所だろうし、強そうな男たちがウロウロしているから、そういう意味でも怖いのかもしれない。


「これは教会でやったことを大きくしてるだけなんだよ。理屈は一緒だね。チャコちゃんもこれから勉強を頑張れば、こういうものを設計できるようになるよ。実際、設計したのはアリスだしね」


「え?! これをアリス様が設計したのですか?」


 そういえば、アリスとチャコちゃんは親戚なのか。世間は狭いなぁ。


「そうだよ。夜なべして計算したんだ。勉強は無駄にはならないってことだね」


 さて、白湯も飲み終わったし、教師ヅラはここまでにして仕事に戻るか。


「じゃあ俺は仕事に戻りますね。またあとで仕事をお願いするのでよろしくお願いします」


「気をつけるのよレオ。できれば仮眠を取りなさい」



 手の空いている者に手伝ってもらい、木炭と砂利を持って、親方のところに戻った。次の仕事は浄水器だ。


 例のごとく、俺と親方のコンビネーションで、浄水器の容器を作る。形はまんまペットボトル型だ。


 一番底には布を敷いて、次に細かい砂利、木炭、大きい砂利を入れていく。どういう順番が正解なのか知らないので、とにかく層にする。


「さ、試してみよう。泥水を注いでくれ」


 わざわざ泥水を作って試験をしてみる。


 結果とすれば概ね成功した。ただ、透明な水はこぼれてきたのだが、量が少なすぎる。これだと、千人単位の飲み水には到底足りない。


「もっと大きくするか……」


 また積載量が増えてしまうな。


「レオ君、これならこちらから運ぶより現地で作らせた方がいいわ。山間で川沿いの町だったら、炭と砂利なんていくらでもあるでしょう」


 おっそうだな。作り方だけ伝えて向こうで作ってもらうか。それは合理的だ。


「そうしよう。まずはちゃんと水が綺麗になってるか確認だ。量が溜まったら動物に飲ませてみよう」


 おそらく煮沸すればいけると思うんだが、万が一が怖いからな。


 騎士の一人に動物を連れてくるように頼んだら、猫が連れられてきた。食料庫の番人(猫)なのだそうだ。名前はゴンザレス。


 ゴンザレスは、嫌がることなく水を飲んだ。しばらく様子を見よう。 


 俺が今やることはこのくらいか。後は気球の縫製が完了するまで待ちだ。今は丁度中天だし、軽く食事をしよう。


 泥水の浄水とその煮沸、加えて毒味をさせたゴンザレスの観察を母上たちに頼むついでに、昼食を用意してもらった。


 パンとスープの軽食を摂ると、途端に睡魔がやってきた。アリスの見込みだと昼の2刻が完成予定だから、仮眠が取れるな。


「気球の完成まで仮眠を取ります。何かあったら起こしてください。モニカさんも休もう」


「そうね、そうさせてもらおうかしら」


 俺たちは二人並んで作業場の隅に寝転んだ。


「おやすみー」


 フランが毛布をかけてくれた。

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