第52話 立ってる者は

「アリス、お前暇だよな?」


「は?! 呼び捨てにしないで!」


「質問に答えろ。暇だろ?」


「訳が分からないわ。暇なら何なのよ!」


 よっしゃよっしゃ。コイツとのいざこざは今は忘れよう。立ってる者は親でも使えっていうしな。


「熱気球の浮力を計測して、どれくらいの大きさにしたら、どれだけの重さのものが浮かべられるのか計算しろ。それで、布地の面積を割り出して形状を設計するんだ。

 最低でも100キログラムは乗せたい。籠その他の重量とマージンを考えて300キログラムの浮力をはじき出せ」


「ちょっと何言ってるの?」


「いいか? 俺たちは土砂崩れの起きたオクタの町に物資を届ける計画を立てて、熱気球を作る準備をしている。救助のタイムリミットは、明後日の日が沈むまで。明日中には完成させる。今は私情は抜きだ。手伝うか消えるか、今決めろ」


「オクタ……」


「早くしろ。人の命がかかってるんだ。グダグダ抜かすなら今度こそ力尽くで追い出す」


「オクタね。オクタならいいわ! やってやろうじゃない!」


 よくわからんがこれで、計算要員確保だ。俺がやるよりも早くて正確だろう。


「じゃあ、コクランとペアを組め。いいか、要は密度の差だ。温かい空気は薄い。薄ければ軽い。軽ければ浮く。水の中の気泡をイメージしろ。いいな、計測と計算だ。大きさと、布面積を割り出せ。今夜中だ」


 紙にざっと熱気球の形、これまでの紙袋の形ではなく、風船状のものを書き付けて、アリスに渡す。球と円錐の体積が求められるなら、近似値は出せるだろう。表面積も同様だ。


「いいわよ。300キログラムの重さを持ち上げることの出来るサイズと、それに必要になる布の面積ね。ただし誤差が出るわよ」


「推計値に幅をもたせろ。お前は薪を使って試算しておけ。俺はより気球内の温度を上げる方法を考える」


「そっちこそ、間に合わせなさいよね」


「上等だ」


 気球の設計はあっちに任せる。俺はバーナーの代わりになるものを考案しなきゃな。


 熱、火力。石油的なものを探してもらうか? いやいままで見たこともないのにそう都合よく見つかるはずがない。

 酒を蒸留してアルコールを取り出すか?


 そうだ! ロケットストーブ!


 構造は簡単。今回は耐久性は一日保てばいい。それでいこう。ダメならエタノール蒸留で次の策を考える。


 となれば、設計だ。それといくつかサイズ違いを作って、使い勝手を確かめなくては。

 親方、早く来てくれ。


「本当にあの人に任せていいの? 私は信用できない」


 モニカさんは、不満のようだな。初対面での印象も悪かっただろうし、そりゃあ諸手を挙げて賛成とはならないよな。


「まあ、人格はともかく貴族学園で才媛と噂されるくらいだから、頭はいいと思うよ。俺よりもね。だから仕事をさせる」


「レオ君がそう言うなら認めるけど……」


「大丈夫さ。変なこと言われても無視すれば良いんだしね。それに、俺の仕事が減ってちょっと余裕ができたよ」


「そうね、レオ君に余裕ができるなら納得するわ」



◇◆◇◆◇



 完全に夜になって、誰かの腹が鳴った頃、夕食が運ばれてきた。気を利かせて片手でつまめるようにカナッペになっている。スープはジョッキで運ばれてきた。イイね。最低限飲み物があれば、一晩くらいは楽勝だ。


 ロケットストーブ。あれは効率がいい。


 通常の燃焼では、実は薪などは完全には燃えていない。可燃性のガスが燃えないまま放出されているからだ。でも、熱を逃さなければこのガスも燃やすことが出来る。


 ロケットストーブは煙突を付けることによって、熱を逃がさず、煙突内で二次燃焼をさせる。だから高効率なのだ。


 形状はL字型。煙突は長めの方がいいはず。軽さを求めて薄い鉄板で作りたいが、薄すぎると熱が奪われやすい。放熱の計算をするよりも、実測で試したほうが早いと思う。


 煙突は一先ず、直径20センチメートル、長さは1メートルで作る。サイズ調整は都度対応だ。


「おう坊っちゃん、呼ばれたんで来ましたぜえ」


 ナイスタイミング!


「早速だけど、これを作りたい。手伝ってくれ」


 やっと先生が親方とセバスを連れてきてくれた。だいぶ時間がかかったが、なにぶん急な呼び出しだ、そんなものだろう。まだ十分に間に合う。

 書きかけのロケットストーブの設計書を見せる。


「ほう、ちっこい暖炉みたいなもんじゃな。さっき炉を見てきたが、これぐれえなら作れるぜ」


「俺も行く。アリス、コクラン、エンジャー! 俺たちは炉のある場所に行く。何かあったら呼びに来てくれ!」


「分かりました!」


「3人とも俺と来てください。やります・・・・よ」


 右手の布を口で剥ぎ取る。ペンの時間は一旦終わった。ここからはスキルの時間だ。


 先生、セバス、モニカさんが神妙に頷く。王城という権力者の巣窟でスキルを使うのだ。アクシデントは避けたいが、この面子なら大丈夫だろう。


「若様。鉄の材料もかなり運んできました。いくらでも試作できます」


「いいねえ。材料が足りなければ武具を潰そうと思ってたんだが、それなら騎士団に恨まれずに済むな」


 先程計算したところでは、鉄はおよそ40キログラム弱使う見込みだ。剣なら20本以上が必要だった。


 親方に炉のある場所に先導されながら、先生とつかの間の雑談をする。


「レオ君、間に合いそうですか?」


「五分五分です。夜が明ける前に目処をつけないとなりませんが、一発で上手くいくわけもないので」


「その割には楽しそうですね」


「そうですか? めっちゃ集中してるからですかね」


「ええ、そう見えますよ。やはり世界を少しだけ幸せにする運命さだめがあるんじゃないですか?」


「そりゃあどうでしょう? 前にローガン殿が言ってましたよ。『一人ひとりが全力で役割を果たさねばならない』って。だから、俺は俺の出来ることをやるだけです。誰かに仕組まれたのではなく自分の意思ですよ」


「なるほど。教育係として教え子の成長が嬉しいです」


「はは、ここまでワガママを通して失敗したら赤っ恥ですけどね」


「なに、失敗しなければいいんです。やってやりましょう」


 炉のある簡易的な鍛冶場に到着した。多分、武器を一から作るための施設ではなく、刃こぼれを直したり、曲がった剣を補整したりするメンテナンスルーム的な位置づけなのだろう。

 炉自体は、小さいながら機能は普通のものと変わらないので安心だ。


「まずは薄い鉄板を作るよ。親方はそれを丸めて筒状にして欲しい。先生とモニカさんで、どっかから広いテーブルか木の板を借りてきてください。地面だと平らな鉄板が作れないので」


「了解です。私が戻るまではアレは使わないでくださいね」


 部外者が急に入ってきたら困るからな。先生たちが戻ってくる前に、親方にロケットストーブの概要を説明しておくか。


「形は、設計書のとおりだ。サイズ違いをいくつか作って、より性能の良いものを採用する。今回は早さが最優先。次に軽さで、耐久性は低くても良しとする」


「急ぎってえと、この”筒暖炉”は純鉄で作るんですかい?」


「そうだね、親方みたいに気づく人が出るかもだけど……。今回は悠長に鍛え直してる時間もないだろ?」


「耐久性より軽さを求めるっつうなら、鉄板は薄いんでしょう? だったら作った後に炭で蒸し焼きにすりゃあ大丈夫でさあ。ちょいと脆くなりやすが、耐久性が要らねえなら大丈夫だろ」


 ああ、そういうやり方で炭素を吸着させるのね。さすが鍛冶師だ、よく知ってる。


「よし、手順を説明する。まず俺がスキルで薄い鉄板を作る。それを親方が形にして、セバスたちはその手伝いと部外者が入ってこないように見張りもしてもらう。親方、形にするのに時間はどれくらいかかる?」


「このくれえなら、ひとつ目は一刻、慣れてくれば半刻ってところでさ」


「なら夜のうちに3つくらいは作れそうだ。その後は、気球の開口部に固定する器具の作成だな。円形の鉄パイプを気球側に付けて、そこの中央に筒暖炉を結ぶ。余りフラフラさせたくないから針金で車輪みたいにする。ここまでで質問は?」


「気球は明日中に完成させるとのことですが、実験はしますか?」


「できればやりたい。一刻くらい浮かばせたいところだ。だが明日の夜のうちに移動したいから、最悪は現地でちょっと浮かせて終わりかもしれん。それにぶら下げる籠の作成もしなきゃならん。鉄パイプで骨組みを作って、側面は布張りでいいだろう。床面は木の板で考えてるけど、強度が足りなかったら鉄板に変更する。夜が明けても眠る時間はないが、怪我をしないようにな」


 注意一秒怪我一生だ。まあ、この中で一番不注意なのは俺のような気もするが。


 そこに、先生とモニカさんが大きなテーブルを運んできた。


「ありがとう。これで準備完了ですね。始めましょう」


 俺たちは作業に取り掛かった。


「じっくり見るのは始めてだけど、すごいわよね神の恩寵ギフテッド・スキル。こんなに簡単に鉄を溶かすなんてまるでおとぎ話みたい」


 くず鉄を溶かして薄板にしていると、モニカさんがそう呟いた。


「だよね、助かっているよ。でもモニカさん、ここは王城で人も多いから発言には注意してね。バレたらまた誘拐されちゃうかもだから」


「あ! そ、そうよね……。ごめんなさい、気が緩んでいたわ」


「まあ、実際に力を使っている俺が言うのもなんだけどね」


「坊っちゃん、無駄話していて良いんですかい?」


 おっと、そりゃいかん。手を動かそう。



◇◆◇◆◇



 空が白み始め、雨も風も完全に収まった頃、ロケットストーブは完成した。


 形状は当初の案のとおりL型。長さはおよそ1メートルで変更なしだが、 煙突は少し細くして約15センチ。


 台風一過で晴れ渡った屋外に出て、試してみる。


 最初は、上手く煙突に火が回らなかったが、最初に息を吹き込んでやることでその後は安定して動作するようになった。

 空気を吸い込むゴーという音と煙突の先から火柱が見えているので成功と言っていいだろう。


「坊っちゃん、よくもまあこんなものを考えつきやすね。こんなに勢いよく燃えるとは思わなかったぜ。俺っちの鍛冶場にも置きてえぐれえだ」


「炉の温度には敵わないと思うけどね。でも、一先ずこれで熱源は確保だ。親方はしばらく燃やし続けてくれ。俺たちは作業場を見てくるよ」


 作業場の倉庫では、アリスがテーブルに突っ伏して寝ていた。散乱した紙を拾い集めると、どうやら計算は終わったようだ。

 コクランとエンジャーは布を火にかざして炙っている。難燃性を比較しているんだろう。


「お疲れ様。設計は終わったようだけど、今は材質の選定かな? どの布が軽くて燃えづらい?」


「あ、レオナルド様。お疲れさまです。今のところ、絹が最有力ですね。燃えやすさは羊毛と変わりませんが、薄く作れるので軽いです。ただ、気球の大きさとなると、値段が……」


 へー、俺のイメージだと絹なんていかにも燃えやすいと思ってたんだけど、そうでもないのな。繊維の細さで比べたら、絹糸はかなり細いから、薄くて軽いのは理解が出来る。値段が高いのはそういうものだとして、果たして気球に必要なだけの量が集まるかが問題点だな。


「絹だね。一応王弟殿下に話を通しておこうか。地道に集めるよりよっぽどことが早く進むだろう」


 先生とモニカさんを連れて、王弟殿下の執務室に向かう。他の者はしばしの休息だ。

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